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ビルマ古典歌謡の旋律を求めて 書承と口承から創作へ

井上さゆり著 伝統音楽の演奏にあって意外に重視される即興性・創作性。師弟関係の間で行われる技法の伝承をつぶさに見た著者の語る、アジア音楽の核心とは何か。ミャンマー古典音楽の知られざる現在。「ビルマの竪琴」の音色に迫る。(ブックレット《アジアを学ぼう》6)
A5判・並製・60頁・本体700円
2007年11月10日発行
ISBN978-4-89489-732-8
目次
はじめに
著者紹介

目次

 はじめに

一 ビルマ古典歌謡

 1 ビルマ古典歌謡としての「大歌謡(タチンジー)」
 2 「大歌謡」の認識と保存
 3 楽器と音階

二 古典歌謡の創作―既存の作品からの借用・バリエーション・再利用
 1 他の作品の旋律の利用
 2 同一の題材のバリエーション
 3 部分的な旋律の再利用

三 歌謡集の伝承機能
 1 歌謡集編集の意図
 2 伝承の機能としての歌謡ジャンル

四 伝承のかたち──書承と口承
 1 歌唱の伝承方法
 2 楽器の演奏法の伝承方法 
 3 伝承方法が可能にする「即興性」と創作
 4 師弟関係

おわりに

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はじめに


 筆者は大学でビルマ語を専攻し、ビルマ語やビルマについて学ぶ中で、ビルマ音楽に興味を持ってCDなどを通して聴くようになった。そして、古典歌謡の解説書を入手し、韻文である歌詞とその散文訳を読んで、歌詞そのものに興味を抱くようになった。古典韻文は通常の文章に使用されるビルマ語散文とは異なり助詞等が省略され、個々の単語の意味を組み合わせて文意を考えるため、読み手によって解釈は様々である。歌詞を読み解くことの面白さに魅かれる一方で、その演奏方法も学びたいと思うようになったが、一九九四年に開設された文化大学(写真5、6)は当時留学生を受け入れておらず、一九九九年になってようやく留学ができることになった。一九九九年から二〇〇一年にかけての二年間の留学の機会を得た際、文化大学宛てに、自分が一八─一九世紀を中心として歌謡研究をしていること、実技として竪琴を学びたいことを予め文書で伝えてから、ビルマへと渡った。歌唱と楽器は全く別のものであり、経験のある楽器の方が学びやすいだろうと考えたためである。しかし、筆者のために大学側で作成されていたカリキュラムには、実技のうち半分が歌唱、半分が竪琴として組まれていた。

 実際に学んでいく中で、楽器を演奏するには歌を修得していることが必要不可欠であることを徐々に理解していった。ビルマ古典歌謡において楽器は当然のことながら歌と共に演奏するものであり、歌の旋律を覚えていることが前提となる。また、ビルマの古典芸能において、歌だけ、竪琴だけ、舞踊だけ、というように一種類しか実技を身につけていない奏者、演者はまれである。個々人で得意分野はあるが、複数の楽器、舞踊や人あやつり人形などを含めた複数の芸能の技術を学んだ経験を持っていることが普通であることなどが分かった。

 ところで、筆者が特に抱いていた問題関心は、古典歌謡がどのように作られていたのか、という点にあった。歌詞を読み解く過程で、歌詞内容はそれほど多様ではなく、情景の描写、王権の威光の讃仰、恋愛などについてが主で、そこで使用されている語彙や表現も曲ごとに異なるのではなく、他の作品と共通しているものが多く見られることに関心を引かれた。そして、録音媒体を通して聞いてみたどの曲も似通って聴こえることから、歌詞内容の点からも音楽の点からも類似の作品が多く作られている創作の仕組みを知りたいと思うようになった。類似の作品を大量に作るという創作は、現代の我々の感覚で考える創作とは相容れない。

 実際にビルマで古典歌謡の実技を学んだ二年間を通して、このような創作方法は伝承の方法にも密接に関係していると感じるようになった。楽器を学ぶ際にも歌の旋律を修得していることが前提となると先に述べたが、歌の旋律を覚える、ということが伝承において重要な意味を持ち、さらにそれは作品の創作にも関わるのではないかと考えるようになった。従来、ビルマ古典歌謡の研究は、音楽学の面からは特に音階構造の分析に重点が置かれ、また、文学としての研究においては歌詞の内容の解釈が中心であった。つまり、創作の結果としての作品分析のみが為されてきて、それらの作品がどのような過程を経て創作されたのかについては注目されてこなかった。しかし、結果としての作品ではなく、それらの作品を作り出していくシステムに、筆者はより関心を覚えた。

 本書では、以上の筆者の問題関心に基づき、ビルマ古典歌謡における創作と伝承の方法と両者の関係について、以下のような構成で考えていく。まず第一節においては、本書で扱うビルマ古典歌謡について概説する。第二節において、古典歌謡の創作方法について分析し、既存の作品に依拠する技法が重要であることを示す。第三節においては、歌謡集が持つ伝承の機能について検討する。第四節においては、古典歌謡の伝承方法を示し、さらに、伝承方法が創作技法に関係していることを考察する。以上のような手順で古典歌謡を創作と伝承の側面から見ていくことによって、そこにおける営みの在り方を描き出すことを試みる。

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著者紹介
井上さゆり(いのうえ さゆり)
1972年、鹿児島県出身。
東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科ビルマ語専攻、東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。
現在、東京外国語大学非常勤講師。
主な論文に「ビルマ古典歌謡の創作─チョータチン(弦歌)の〈アライッ〉(「替え歌」)の分析を中心として」『言語・地域文化研究』第6号(東京外国語大学大学院、2000年3月)、「ビルマ古典歌謡におけるジャンル区分の形成」『アジア・アフリカ言語文化研究』第74号(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2007年12月末日発行予定)などがある。

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