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前言 本書の課題について
本書は、これまで民間信仰としての内実が知られることの少なかった蠱毒など、呪術的内容をもつ霊物の伝承を取り上げ、中国における民俗社会の心性に光を当てる。蠱毒とは、一言でいえば、霊的な毒物に関する信仰である。蠱は毒物で、その毒性を蠱毒と呼ぶが、特定の人物、家庭で使役され、他人に病気などの被害をもたらすとされる。
筆者がこのような呪術的伝承に関心を抱いたきっかけは、次のような事情による。
筆者は中国の民間信仰を研究対象としており、これまで中国民俗学・中国文学を専門とする立場から、筆記類、地方誌、民国以降の民族誌・民俗誌などの文献も合わせて研究資料に取り上げ文献的な研究を行ってきた。
その一方で中国雲南省を中心に、民間信仰の現地調査を行ってきたが、その際に各地で蠱毒や、それに類する民間信仰が現地の漢族、非漢民族を問わず、深く人々の間に信じられてきたことを知った。
たとえば、雲南省西部大理白族自治州のペー(白)族は、蠱毒に類する霊物をペー(白)族語で「ピョ」(Pyo)と呼んでいるが、村落内部にピョを養っているといわれる家庭が少なからずあり、周囲の家庭はこの種の家庭からピョによって病気をもたらされたり、財物を奪われることを恐れていた。そのような家庭は、ピョの内容によっては日常の交際や婚姻が忌避されることもあった。
大理白族自治州を西に下った隣接地区の保山市では、市政府所在地の隆陽区に、「五郎神」(Wu Lang Sen・漢語「ウーランセン」。以下、本書の漢語表記は雲南漢語〈西南官話の一支〉の現地音による)と呼ばれる神霊が信じられていた。五郎神は村内の特定の家庭で祭祀され、周囲の家庭から財物を持ってきてその家庭を豊かにするとされまた新たに別の家庭に移動してその家を富ませる。五郎神を祭祀する家庭から嫁を迎えると、その家庭も五郎神を祭祀するようになるなどといわれ、やはり婚姻が忌避される伝承が伝わっていた。
保山市の西隣地区である、徳宏族景頗族自治州一帯では、タイ()族やジンポー(景頗)族に生霊的な霊物である「枇杷鬼」(Pi
Pa Gui・漢語「ピーパークゥイ」)の伝承があった。特定の婦女が枇杷鬼にとり憑かれると、彼女の魂は身体を脱けだし、周囲の者にとり憑く。とり憑かれると病人はうわごとを話したり、犯人とされる者に似た言動や行動をとるとされる。誰の魂がとり憑いているかが判明すると、その婦人は村内から放逐されるという。
これらの伝承は、民俗社会内部の人々の心の奥底に潜んだ暗がりともいうべき心性の一面を窺わせるものとして、筆者の深い関心を呼び起こさずにはおかなかったが、いずれも特定の家庭や人物が原因とされ、それらを起因源としてなんらかの霊物が被害を及ぼすとされ、周囲の家庭や成員から警戒されたり、忌避されたりする共通性で語られており、一連の類縁性をもった伝承であるように思われた。本書における立脚点と方針は、つまるところ、かかる類縁性をどのように研究主題として提示するかという問題に帰結する。
これらの民俗事象を類縁性としての視座のもとに、一つの総合的な研究テーマとして対象化するためには、まずもってそのような類縁性を統一的に言い表すだけの概念設定がなされる必要がある。しかし、ここで問題となることは、中国の民俗学的研究では、これらの民俗事象の類縁性に着目した研究は、夏之乾氏の「談談『放蠱』及其類似習俗産生的原因和危害」などを除いて少なく、統一的な概念を設定する試みは、いまだなされていないのが現実である[cf.
夏之乾 一九八四]。
ただ、日本人としての視座からみると、これらの民俗事象は、日本で知られてきたいわゆる「憑きもの」の民俗と類似した性格もある。大理地方のピョにおける、共同体内の特定の家庭が、周囲に被害を与えるとされ、交際を忌避されたりする性格は、日本で言ういわゆる「憑きものもち」の家庭と似たような状況にあることを示している。
日本では、西日本に比較的多いかたちで、狐の霊を使役するとされる「キツネもち」や、犬神筋などの家庭や家系があるとされ、それらの家庭は、共同体内で憑きものを扱うというまことしやかな風説のなかで、婚姻や交際忌避などの扱いを受けてきた。かかる伝承と中国の南部に語られ続けてきた蠱毒の伝承を比較すると、きわめて類似する内容をもつことに驚かされる。
たとえば、蠱毒の伝承のなかで、よく知られた話の一つに、晋・干宝『捜神記』巻十二の記事がある。
「陽に廖という姓の家があった。代々蠱をなし、富を致していた。後に嫁を迎えたが、蠱のことは話さなかった。家人がみな外出しているとき、嫁は一人で家を守っていたが、部屋の中に大きな缸があるのに気がついた。試しに開いてみると、中に大蛇がいた。そこで湯を沸かして注いで殺した。家人が帰り、嫁はつぶさに話した。家中の者は驚き残念がったが、幾ばくもしないうち、疫病が起り、ほとんどが死に絶えた」。
この話と類似した伝承が、四国の讃岐地方に伝わっている。この地方は、「トンボガミ」(「土瓶神」・または「トウビョウ」と呼び、〈土瓶〉と表記する)と呼ばれる蛇体の憑きものがあるとされ、特定の家庭内で甕に入れて食物、酒を注いで養うといわれているが、柳田國男は、『巫女考』で、次のような伝承を紹介している。
旧幕時代にある人が讃岐中部の農村に国普請の夫役のために行き、ある家に宿を借りていた。「一日宿に帰って見ると、家の者は皆留守で、台所の鑵子(かんす)がぐらぐら煮えている。一杯飲もうとふと床の下を見ると蓋をした甕がある。茶甕かと思って開けて見れば、例の神(トンボガミを指す──筆者註)がうようよと丸で泥鰌の籠のやうであった。乃ち熱湯を一杯ざっぷと掛けて蓋をして置いた。帰って来てから後に人に話を聞けば、其家では大喜びで、普請で知らぬ人を宿した御蔭に永年の厄介物を片付けることが出来たと云って居たさうである」[柳田 一九六九:二六三]。
『捜神記』の蠱毒は、蛇体の蠱であり、讃岐地方のトンボガミも蛇体であるが、いずれも容器の中に飼われ、特定の家庭でひそかに祭祀されている。トンボガミは、他の記事をみるかぎり、容器の中で七十五匹まで増殖し、それを飼うことが、祭祀者の富の繁栄をもたらすとされるが、中国の蠱毒も、容器の中で毒性を高めて増殖し、その力で他の家庭から財物を招来するという。石塚尊俊氏は、「それにしても、かくまで相似た話が彼我の間にあるとしたならば、たとえその間に一千五百年の距りがあるにしても、これを全く無縁の話としてしまうわけにはいかぬのではないか」とし、この記事が日本の憑きもの信仰にも類似することを指摘されている[石塚 一九七二:一九八─二〇二]。吉田禎吾氏はこの讃岐地方のトンボガミの伝承と、上述の『捜神記』の話の類似を指摘され、偶然であるとは思えないとしている[吉田 一九七二:三五─三六]。少なくともトンボガミ・トウビョウと呼ばれる西日本の憑きものの類は、中国の蛇蠱と極めて内実が類似していることは確かである。
中国の蠱毒伝承は、日本民俗学における憑きもの信仰と共通点がみられ、日本の憑きもの信仰の大陸におけるルーツとされていることは、すでに多くの論者が指摘している。たとえば、石塚尊俊氏は『日本の憑きもの──俗信は今も生きている』の中で、日本の憑きもの信仰と、大陸の蠱毒との関連を指摘されているが、江戸時代の漢学者の指摘について、以下のように引用されている。
天野信景『塩尻』巻の五十三「異邦、巫蠱、左道の邪術いにしへより多し。巫蠱(我国にいふ犬神)、蛇蠱(とうびやう)、髑髏神、或いは鳴童、預抜神(我国にいふゲボウ頭)の類、数ふるにいとまなし」。
林自見『雑説嚢話』「四国ノ狗神、支那広ノ金蚕ニ類ス」。
本居内遠『賤者考』「犬神、狐役などといふは、もろこしの蠱毒の類にて、かの土には、金蚕、蝦蟇、蛇、蜈蚣などの毒種と見ゆれど、皇国にはきかず」[石塚 一九七二:一九八・一九八]。
冒頭の雲南省の事例でも、たとえば蠱毒以外の霊物信仰の事例として、保山市の五郎神が、特定の家庭から特定の家庭に移動して、その家庭を富ませる性格は、共同体内部での財の移動に係わる霊物であるということが理解できるが、このような霊物は、日本でもザシキワラシなどの例がある。特定の家庭の富の増減、繁栄と衰退を語りだすにあたって、説明に使われる霊物としての性格に注目するならば、五郎神とザシキワラシは、中国と日本の特定の地域共同体の内部で相通じた役割をもっているらしいことが理解される。
タイ族やジンポー族で信じられる生霊的な霊物である「枇杷鬼」は、生身の人間の魂が身体から脱けだし、周囲の人物に憑依するという点で、一種の生霊信仰であるといえる。これに対して、蠱毒は、他人を害するに当たり、身体内部に入り込み臓器を喰らい、中毒させる被害を及ぼす。いわば、他人に「つく」ことはあっても、その性格は広い意味での憑霊現象であって、患者に霊的に憑依・独占するトランス現象をもたらす事例は少ない。だが、枇杷鬼の場合は、憑依現象を起こし、患者のうわごとから犯人捜しの言説が生じる。
日本の憑きものの中でも、生身の人間の魂が憑依するとされる例は、飛騨地方のゴンボダネ(「牛蒡種」)や、沖縄のイチジャマ(「生邪魔」)などの例がある。日本では、たとえば『源氏物語』の六条御息所の生霊事件がそうであったように、生霊となった者みずからは、自分の魂が生霊として抜け出すことを知らない場合が多い。タイ族の枇杷鬼もみずからは意図せずに、魂が抜け出して他人に憑依する。このような性格をもつ生霊信仰は、もちろんアフリカなど、世界各地の諸民族にもみられるが、とくにアジア地域に限定して考えるならば、稲の魂や人間の魂が驚いた拍子に抜け落ちやすいなどの信仰は、日本にもタイ族にもあり、稲作を生業とする民族どうしの基層文化上の共通性を背景に読み取ることもできるだろう。
中国南部の諸民族に信じられるこれらの霊物の信仰は、日本人としての筆者の眼からみれば、日本の憑きもの信仰を下敷きにみると、たしかに一定の類似や、理解のヒントとなる現象に気づくことが少なくない。本書の題名は、読者にとり、なじみのない「蠱毒」などの概念をはじめから提示するよりも、日本の「憑きもの」にいったん引きつけたうえで、中国南部の霊物信仰の内実に理解を得ていただくための橋渡しとしてつけられている。
もっとも、本書の主題は一貫して中国南部にみる呪術的な霊物信仰の研究にあり、それらの信仰を「憑きもの」という言葉で説明しようとするものではない。本書の題名は、あくまでも、日本人にとっての中国の民俗事象への理解の入り口として設定されたタイトルである。日本の憑きもの信仰との比較は、各章のなかで、有益であると思われる場合のみ適宜触れた。本書副題でいう華南地方は、広い意味での中国南部を指している。華北・華南の対立した地域概念のなかで用いられているが、具体的には広東省・広西壮族自治区を中心とした中国南部を指し、雲南省・貴州省・四川省を含む西南地方と、福建省が属する東南地方を含む範囲を研究対象としている。具体的には、白鳥芳郎先生が使われた意味での、中国西南地方を含めた華南の地域概念に準じている[白鳥 一九八五]。なお、本書の民族集団の表記に「P人」「人」「Y夷」などの漢人側の貶意を含んだ伝統的呼称があるが、研究書の性格上、本書でも原資料の表記のまま用いたことをお断りする。
ところで、本書で行った現地調査は、あくまでもインフォーマントに対して研究対象となる霊物に対する認識を聞き書き調査したに過ぎない。ただ、目下個人の身分で、いまだその内実が明らかでない民俗伝承を調査するためには、口頭伝承調査に限った限定的な方法をとらざるをえないことも、外国人が、中国における現地調査に参与する際の実情を考慮すればやむをえない。本書における現地調査は、口頭伝承調査に限られ、調査対象となった地域社会における、特定の対象者と、他の成員との関係性に一定の認識を得ることを目標とし、伝承によって見いだされる関係性のみを対象とすることに考察の範囲を限定した。
本書は以上のように、方法論的に制約と限界があるが、一方で本書は、筆者が専門とする中国民俗学と中国文学の知見を活用し、中国南部地域における研究対象に関わる文献資料を、古籍文献から現代著作まで網羅的に取り扱うことを通じ、この種の民俗事象の全体的な連関と見通しを提示し、かかる制約と限界を補うことを目論んでいる。本書後半部の論考は研究対象となる民俗事象の諸事例を、引用によって再配列し、主題となる民俗事象における各引用事項の基本的な位相をつきとめることを目的とし、総合化の努力によって費やされている。現地調査による局地的観点と、文献資料の網羅的な通覧と考察による民俗事象の全体的把握を結びつけ、本書によって名指された蠱毒・運搬霊・鬼人・恋薬などの「呪術的霊物」に相当する民俗事象の実態について初歩的な解明を果たすことが、本書の一連の論考で筆者が目指している課題である。
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