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はじめに
梶 亨
懐かしい唱歌をオーケストラの演奏で聞いた時、その旋律の美しさに心地よい感動を覚えた。音楽だけではない、美術館で思いがけず出会った名画の魅力、ふと旅に出たときにふれた美しい自然の風景や歴史的面影を残す町並みのすばらしさなど、音楽や美術、演劇、自然の景観、町の歴史など数々の感動、いわば文化、芸術にふれる機会に恵まれ、いくたびか心を揺り動かされる経験をした。そして、それらが私の人生のいろいろな場面での大きな糧となり、新たな生きがいや勇気を与えてくれた。
二〇年以上前、文化行政が時代のうねりのように全国に広まった。画一化から多様化へ、個性化の時代へと、地方の時代と歩調を一つにしたこの時代の思潮ともいうべき政策は、全国の自治体に大きな影響を与えた。そのときの基本となる考え方をいま振り返れば、それまでの芸術文化や文化財を中心とした分野から、人々の生活のあらゆる営みを文化ととらえながら、これを支える行政は文化的な視点や感性を各々の施策の中に取り入れていかなければならないという、従来の領域を越えた新しい概念への転換であった。
文化行政が台頭してからこの間、日本の社会はもとより、世界の政治、経済、社会システムも大きく変わった。そして、文化への関わり方自体も時の流れの中で大きな変容を遂げた。とりわけ、バブル経済の崩壊による経済、社会状況の変化は、地方自治体の文化振興に大きな影響を与えた。
そうした中で、文化行政をどうとらえ直し、時代の要請に呼応した政策として再編成していくか、この分野に携わる者にとって極めて大きな課題であるとともに、日頃の生活のなかで文化に関わる割合が、大きくなればなるほど身近な課題としてとらえていかなければならないものである。
本書は三章に分け、いずれも時代の転換期にあたっての文化行政の新たな視点と改革の条件を、具体的な事例を交えながら述べてみた。
第一章は、文化行政推進の基本となる考え方を、政策化の四原則と称し、マスタープランづくりを事例に展開してみた。また、従来の自治体の文化行政という領域から文化政策といった政策構築への転換の必要性を核に論じてみた。特に、これまでの文化行政・行政の文化化の概念を越え、社会全体で文化に関与し総合的な対応をしていくため、新しいパートナーシップ型文化政策を提案してみた。これがきっかけとなり自治体の文化行政が、一層、充実、発展し社会全体で支える真の地域文化政策へと昇華していくことを期待したい。
第二章は、全国で展開されている様々な文化のまちづくりの底流にあるものを、文化資源という切り口から事例を交えアプローチしてみた。また、人的資源、歴史資源、観光資源などに加え、環境が持つ要素・資源性をこれからの重要な文化のまちづくりの基軸に据えていくべきとの考え方を私なりに展開してみた。
第三章は、文化財保護行政に対する改革の視点として、最近陽の目を見るようになった近代化遺産、とりわけ産業遺産について、京浜工業地帯における実態や全国のまちづくりの事例、海外の事例等をもとに、これからの自治体の文化財行政への提言としてまとめてみた。
いずれも、これまでの文化行政の視野、領域を広げ、時代のニーズに呼応した幅広い視点に立った政策として展開していくべきところに力点をおいたつもりだが、浅薄な知識と経験ではその意図が十分言い表せないものとなってしまった。見えない部分を見えるようにしていく、見える部分は時代の要請や市民のニーズを基本に再編を繰り返し、市民にとって、地域にとってよりふさわしい政策として創り上げていくことが大切である。いずれにしても、法令、セオリーから脱却し独創性を基本とする地域文化の振興にとって拠り所となるものはポリシーの確立である。
全章にわたって、私が携わってきた川崎市の文化行政の計画、調査をモデルの一つとし、時にはマクロな視野へと広げ展開したつもりである。まだ歴史の浅い分野であるが、この若い政策を広めていくため、また、文化行政に長年携わってきた者の使命として、次代の担当者、研究者に引き継ぐためにも、概括のとりまとめを先輩たちから勧められた。
その矢先、大学で知人の特別講義のお手伝いをする機会に恵まれ、これまでの文化行政の整理を始めたのが本書に取り組むきっかけであった。その際、何か新しい提案となるものを考えながら暫く思いあぐねた。ようやく思い立ち執筆、編集にとりかかった折、諸先輩の方々をはじめ、知人などから自治体の文化行政の改革に向けた提言となるものをと再び励まされ、新たな気持ちで取り組みようやく出版にこぎつけた次第である。参考文献の活用及び引用にあたっては、十分注意、配慮をしたつもりであるが、何分にも初めての経験であるため非礼があることを予め申し添え、切にお許しを願う次第である。
なお、本文中、文化行政と文化政策を分離または接合し使い分けをしたが、これは自治体の文化振興やまちづくりの深化の度合いがまちまちであることを考慮し、文脈に即した形で使い分けたことによるものである。読みづらい点はご了承いただきたい。
「二一世紀は文化・芸術の時代である」と各界の識者がいくたびか提唱されている。本書は、そうした時代の転換を予測しながら二〇〇〇年という記念すべき年に、これまでの私の掲載論文等を中心に一冊の本としてまとめ自費出版したものである。また、長年にわたり文化行政に携わらせていただいたお礼の意を込めて、これまでの貴重な経験、蓄積を生かした内容となるよう心がけた。発行にあたりご助言をいただいた方々に心から感謝申し上げるとともに、多くの方々にお読みいただきご意見、ご批評を賜れれば幸いである。
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