top page | News/新刊 | 刊行リスト | 目録ダウンロード
風響社通信 | ご注文は | リンク集 | フィールドから
広場 | 書評 | 研究会情報


石の華 アンコール遺跡を守る人々へ 非売品

近藤博子著/石澤良昭・序
1994年、初めて訪れた遺跡の美しさにうたれ、詠み下ろした歌集。保存・修復にたずさわる人々に捧げられた300余首の短歌と20余葉の写真は、造形の美しさを讃えてやまない。
B6判・並製・144頁・非売品
ご希望の方には送料込み1000円で差し上げます。
収益は「アンコール基金」に寄付します。
目次
序・あとがき
内容紹介

目次

序 アンコール・ワットは劇場寺院 (石澤良昭)


石積みの塔

女神像

榕樹

バイヨンの微笑

水の道

石造廃寺

少年僧

僧房の砦

メコンのさざなみ

 幻想の寺 アンコール・ワット (田村洋子)

 あとがき (近藤博子)

【↑最初の行へ】

アンコール・ワットは劇場寺院
近藤博子さんと天空の楼閣

石澤良昭


 

 日本では中尊寺金色堂が完成しつつあった十二世紀前半に、カンボジア西北部のトンレサップ湖岸に近いところでアンコール・ワットが建立されつつありました。首都プノンペンから三百キロあまり、熱帯の密林の樹海の中にアンコール・ワットは建っていました。アンコール王朝最盛期の大伽藍であり、往時の都城の中心寺院でありました。寺院の中央祠堂では降臨した神々を迎えて五穀豊饒と国体鎮護を願って祭儀が執り行われていました。当時王は人間と神々の仲介者と考えられており、神の恩寵を人々へとりなす役割をしていました。その政治は祭政一致的な体制でありました。
 アンコール・ワットはまさしく天空の楼閣といわれるほど壮大で華麗な寺院でありました。
 広大な大樹林に囲まれ、二百メートルの幅の環濠が四周をめぐり、この世のものとは思われないほどです。入口から中央祠堂まで六百メートルあまりの参道、ナーガ(蛇)神の胴体の欄干づたいに涅槃の道を行くがごとし。六十五メートルもある高塔が林立し、天空に突き出た山のごとし。雨季のスコールのあとこの五基の高塔の背景に七色の虹がかかり、これをカンボジア人は天空とのかけ橋といい、この虹橋から神々がアンコール・ワットへ降りて来ると伝えられています。数キロに及ぶ回廊の浮き彫り絵図および建築装飾文様はまるで美術館を散策しているようであります。
 アンコール・ワットはまさしく劇場寺院といわれます。いろいろな舞台と装置が用意されています。午後四時から入陽までの間、夕陽の赤い西日が回廊浮き彫りを照らし出します。浮き彫りの名場面はスポットライトならぬ夕日に映し出され、往時の歴史を語りはじめます。圧巻なひと時であります。さらに夕日はいたずら好きです。壁龕に刻まれた女神たちを踊りに誘い出します。二人組の女神、四人組の女神、どの女神も夕陽に輝くと壁から抜き出て来て舞いを舞うごとき群舞を見せるといいます。古典舞踊の中にアプサラ・ダンスがありますが、まさしく壁龕の女神が出てくるものであるといいます。
 朝早く日の出と共にワットに来ると、樹海の中から太陽が登り、高塔群を赤色に染めます。宇宙の中心山須弥山のごとく照り輝く高塔。アンコール・ワットこそ神の世界を想わせる、まさしく劇場寺院であり、舞台と自然の装置を配備した不可思議でたぐい稀な大寺院であります。

 近藤博子さんが神の世界を模したアンコール・ワットの前に立って歌をよまれました。その紀行歌集を上梓されることになりましたので序文を書かせていただきました。歌人としての近藤さんに捧げるものであります。


 一九九七年 師走
劇場寺院のアンコール・ワット前にて


 

あとがき

近藤博子

 一九九四年十二月、長い間の念願が叶い、アンコール遺跡めぐりがついに実現。それも第一人者の石澤良昭先生がご案内という願ってもない幸運に恵まれたのです。
 様々な現地調査に、遺跡保存・修復の指導、折衝その他ご多忙中を、素人にも分かるようにていねいな解説をして下さいましたこと、簡単ながらも、築造物の時代順や自然地理と遺跡の歴史的推移、発見されてからの碑文解読など多岐にわたり長年のご苦労、ご丹精の貴重な成果をご教示いただきまして、今もありがたく思っています。

 はるかな時空を超え、高校で見た岩波写真文庫──四面の顔をもつ高大な石造の塔の不思議さがよみがえる。あの異様な形を創り出したものは何なのか、とても気にかかっていた。アンコール遺跡の何たるかの記憶はないが、造形の怪しさは、長い間その実物を見たい好奇心を打ち鳴らしていた。
 インドシナ半島の政情不安は、おぼろげに伝わり、第二次世界大戦後、植民地支配からの独立、民族国家への脱皮、アメリカ介入のヴェトナム戦争から長引く内戦はいかばかりであったか。
 アンコール遺跡へ一般人が立ち入られる安定した期間は、残念ながらまたも限定されてしまったが、伺えば一九九二年の世界遺産登録により、保存修復の道は確保されるよう進められているとのこと。

 旅の後にも度々各地の文化遺産に関する発掘・調査報告会がなされ、その都度ご案内下さり、日程の都合つくかぎり参加させてもいただいたなかで、スライド活用の講演を拝聴し、常にあらたな発見があり、実に地道な活動を通して、いかに歴史の謎を解きほぐし、証明し、仮説をたてながら定説化するか──それらをまとめるまでの労力、現地の人たちの生活をも支え合えるような仕組みへの協力と援助は、今後の一地球人としてのあり方にも通い合うことと感じさせられた。
 一九九七年一〇月二四日「密林に残る巨大寺院・カンボジア・ベンメリア遺跡」写真ニュースが、今後の遺跡保存へ問題を強く投げかけた。また『真臘風土記』を表した中国人・周達観のカンボジア訪問七〇〇年に当たり(一二九六〜七)、上野都美術館で「アンコール・ワットとクメール美術の千年展」もひらかれた。
 これを機に、世界自然遺産屋久島・宮の浦岳を縦走。縄文杉・ウィルソン株を見てそのエネルギーに圧倒され、一本へ心かたむいたのである。

 追って、一九九八年一月一日、石澤良昭先生の序文が、バンコクより成田から速達で届き、重ねてのありがたさに身もうちふるえつつ、あらためて拝読している時、啓示のように「石の華」なる言葉がひらめき、タイトルとなりました。
 石澤先生をはじめ、発掘・調査研究・修復などにたずさわる人々へ感謝をこめて編みました。一日も早く地雷暴発の危険に身をさらすことなく、内外ともに世界中の人々が、自由にアンコール遺跡の見学ができますように心から祈ります。
 アンコール遺跡を現代に活かし、さらに未来へつなぐ象徴としても、文化を守る一灯──ささやかな相互理解を深める一助になれば何よりです。お気にとめていただけましたら、どうぞアンコール遺跡保存にご協力の程差し出がましくも一言申し添え、その連絡先を記し置きます。

  アンコール遺跡保存等に関する連絡先
   上智大学・アジア文化研究所
    石澤研究室
   東京都千代田区紀尾井町711(〒102-0094)

 同行の旅の友、和歌山より田村洋子様に一文を寄せていただき、友人に励まされ後押しされながら、そして風響社の石井雅氏にはご多忙中ご無理なお願いにもかかわらず仕上げて下さり共に感謝申し上げます。本当にどうもありがとうございました。

【↑最初の行へ】

内容紹介(石積みの塔より)
石の華蓮のつぼみの形して浮き起ち上る塔のまんだら
高みへの内なる希求に魅せられて宗教都城の宇宙観に立つ
くぐりゆく石の門より見る塔は額絵のような造形の妙
うす闇をくぐりし眼の真正面へシンメトリックな尖塔ひかる
切面の摩擦が接ぐ積み石の技みがかると仰ぐ高塔
急傾斜の階段のぼる鋭角の謎の一つは神の降り顕つ高さ
石積みの高き堂塔見上げつつ創建当時の偉容を偲ぶ

【↑最初の行へ】