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| 西澤治彦著 中国料理は、その多様さのみならず、医食同源やマナーなどに中国人の生命観・世界観を映し出す巨大な文化複合である。本書は、特に食事の仕方に焦点をあてながら、中国食文化の体系を歴史人類学的に精緻に分析した貴重な論考。 A5判・上製カバー・784頁・8000円 2009年12月24日発行 ISBN978-4-89489-023-7 目次 まえがき 著者紹介 |
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まえがき 第一章 序論 第二章 食事方法の歴史的変遷 第三章 宋〜明代の宴会儀礼 第四章 清代〜中華民国期の宴会儀礼 第五章 家族制度と日常の食事──民族誌から 第六章 同時代中国の食事方法──参与観察を中心に 第七章 考察 あとがき |
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人間の食事活動の過程は、大別して、食物の獲得活動と消費活動に二分される。消費活動の過程はさらに、調理すること(cooking)と、食べること(eating)の二つに分けられる。調理することは、火の利用をはじめ、道具類の使用など人類の文化の起源の問題と深い関わりがある。その調理したものを、人間は家族や仲間と分かち合う。従って、食べることは食物の分配を前提とし、そこに共食者との人間関係が生じる故に、調理以上に文化的、社会的な行為と言える。 本書は、人間の食事活動のうち、後者の消費活動、とりわけ食べる過程に注目し、食物の分配方法や食べ方の分析を行い、それを通して食事方法に反映されているところの家族制度や人間関係、ひいては社会構造などを探ろうとするものである。従って、本書が扱う内容は、狭義の「食事作法」よりは遙かに広く、食事の準備を含む食物の消費活動全体をカバーするものである。食事方法を記述するに際しては、座法と食台、食具とその使われ方を一つの軸として、分配の仕方と食べ方を分析している。 本書が研究対象とする地域は中国であるが、筆者の関心は中国のほか、朝鮮(韓国)・日本を含む東アジア地域に及ぶため、必要に応じて東アジア地域内での比較に言及している。なお、中国本土に加え、香港と台湾も対象地域に含む。これには政治的な意図はなく、エスニック・チャイニーズの文化を対象としているということである。また、本文中に特に言及がない限りは、漢族を対象としている。とはいえ、広大な国土故に、私自身の中国経験は全土に及んでいないし、依拠する文献資料にも地域的な偏りがあることは否定できない。本書ではこうした制約を補うべく、中国各地の中国人や現地体験のある日本人研究者らとの議論を経て、できる限り中国全土に普遍的に見られる食事方法を描き出すように試みた。 従って、本書は文化人類学の著作ではあるが、いわゆるインテンシブなコミュニティー・スタディーに基づく民族誌ではなく、筆者の中国各地における長期の参与観察と、文献研究とを統合した研究である。食事方法という「つかみ所のない」主題を研究するに際しては、従来の人類学の枠を越えた研究方法が模索されてしかるべきであると思う。研究史や方法論上の諸問題に関しては、第一章の序論において詳述している。 研究の対象とする時代は、これも従来の文化人類学の枠を越え、広範囲に及ぶ。というのは、我々が目にする同時代の中国人の食事方法というのは、決して古来から不変なものではなく、歴史的に何度かの大きな変遷を経ているからである。従って、食事方法から中国人の家族制度や人間関係などを論じようとするならば、その歴史的側面も押さえておく必要がある。特に中国では、唐宋代において食事方法の大転換が起きており、これを無視することはできない。そこで第二章では、古代から宋代までの、食事方法の歴史的展開を概観している。但し、歴史的な変遷は、先行研究の論点を本書の主題にそって整理したものであり、厳密な意味での歴史学の研究ではない。とはいえ、引用されている原典に対しては、時に従来とは異なる解釈を試みているし、筆者なりに新たな資料を付け加えてはいる。 食物の消費活動を、それが行われる「場」で分けるならば、家族内における日常の食事と、フォーマルな宴会での食事に分けられる。さらに細かく分類するならば、この家庭と外食という場に、ハレ(非日常)とケ(日常)という組み合わせがあり得る。言い換えれば、家庭におけるフォーマルな宴会や、外食での日常の食事というものも存在する。しかしながら本書では、得られる文献資料の制約と、記述の便宜を考え、家庭内における日常の食事と、フォーマルな宴会(この中に家庭と外食とが含まれる)とに大別し、この両方を分けて分析することにした。 とはいえ、歴史的文献で残されている食事方法はフォーマルなものが多い。そこで第三〜四章では、宋元代、及び明清代におけるフォーマルな宴会に焦点をあて、文献資料から当時の手順と儀礼を再構成し、様式の連続性と簡略化、さらには中国文化における儀礼の重要性について考察を行っている。その際、明代までと清代以降とを分けて記述したのは、時代区分論的な意図があってのことではなく、単に用いる資料の違いと分量による。なお、現代の宴会については第六章で別途述べるほか、中国社会における宴会の重要性については、第七章で改めて論じる。 一方、日常の食事を比較的詳細に記述しているのは、人類学者が記した民族誌である。しかも民族誌には家族制度の記述も豊富である。そこで第五章では、研究対象の場を家庭に設定し、中華民国期以降の民族誌の記述を通して、中国の家族制度と食事方法との関係を分析している。なお民国期以降、家庭における食事方法にも変化が見られ、結果としてそれは中国の近現代史を反映したものともなっている。第六章では、同時代中国の食事方法を参与観察に基づいて記述・分析し、その意味するものを中国の社会、文化、歴史の文脈の中で考察している。 第一章から第六章までは、各章ごとに完結したものとなっているが、各章を執筆していく過程で、各章の記述には収まりきらない、新たな問題もいくつか浮かび上がってきた。そこで、第七章の考察では、それまでの記述や分析の中から、特に食事方法から見た家族制度、中国の社会構造と宴会、及び食事方法の歴史的展開という三つの論点に絞り、改めて理論的な考察を行っている。 このように、本書の構成は、食事がなされる「場」に違いが見られるものの、古代〜宋元代、明清代、そして中華民国期〜現代と、歴史的な時間の流れに沿ったものとなっている。構成としては、序論から第四章までの歴史的な部分を「第一部」、第五章から第七章までの同時代中国の部分を「第二部」とした。 しかしながら、本書の「第一部」の目的は、単に古代から現代までの食事方法の変遷を再構成することにあるのではない。人類学徒として、筆者の問題関心はあくまで同時代から出発しており、最初に論文としてまとめたのも、第六章で展開されている同時代の部分である。その後、同時代の構造分析が歴史的にどこまで妥当性をもって遡れるのか、言い換えると、現在の構造は歴史的にどこで組み替えられたのか、そしてそれ以前はどのような構造であったのか、といった問題意識から、過去に遡っていったわけである。但し、一冊の著作としてまとめるに際して、筆者の問題意識の展開に沿って記述すると、過去に遡って歴史を再現することが必要以上に強調されてしまい、筆者の意図をうまく表現するのは難しい。そこで記述に際しては、過去から現代に向かう時間軸でまとめることとした。しかし過去の分析は、あくまで同時代の分析から得られた知見を踏まえながら行われている。従って、本書は頭から通読して頂いてもいいが、序論の後に第六章を先に読んで頂いても構わない。 本書が、副題を「食をめぐる家族と社会の歴史人類学」としているのは、このように歴史的な変遷の流れの中に、現代の家庭や宴会における食事方法を位置づけると共に、現代の分析を鏡として、過去に起こった変遷の文化史的な意味を再考したいと目論んでいるからである。 |
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