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序
オセアニア島嶼国はいずれも、未発達な国家アイデンティティと政治基盤のために「脆弱国家」あるいは「失敗国家」といわれてきた。二一世紀になってからも、多くの社会的混乱が起きている。くしくも、二〇〇五年には、三ヵ国で大きな出来事が相次いだ。フィジー諸島共和国では、政府の国家財政の透明性を求める四度目のクーデターが、ソロモン諸島国においては、政治家の不正にからむ暴動が発生した。そして、トンガ王国では、人民(平民)の経済的困窮に配慮しない政府の構造改革に対してゼネラル・ストライキが、そして翌年には暴動が起きた。これらの動きは、国民が国家運営に対する政府の姿勢を問い、正している点で共通している。
オセアニアの島世界には、一九六二年のサモア独立国(旧西サモア)の独立以降、九四年のパラオ共和国の独立までに一二の島嶼国家が誕生した。これらの国々は、近代国家としての体裁を整えるべく、とりわけ政治的自律と経済的自立に向けて努力している。政治の面では、憲法の制定、立法・行政・司法など民主主義に基づく制度を整備してきた。植民地期には経験したことのない民主的な政体を樹立する一方で、伝統的な指導者や首長の位置づけが大きな問題となっている。首長が担ってきた権威・権力と役割を、新しい国家の政治機構といかに接合ないし並存させるかという課題である。
一方、経済的分野においては、旧宗主国や先進国からの財政援助や経済支援なしでは、国家運営が立ち行かない状態が続いている。そのような環境の下で島嶼国家のエリートたちは、グローバル経済への参入と競合の方法を求めている。具体的には、外国資本の誘致、プライベートセクター(民間企業)の創生、人口増加と都市集中化の解決など、国家の経済的自立を達成するには多くの難問が立ちはだかっている。
本書では、グローバルな政治・経済的、そして文化的な影響を受けながらも独自の国家運営や近代化を進めているオセアニア島嶼国の現在の姿を描くと同時に、独立以降に顕在化してきた「国家のゆがみ」を正す住民の活動について考察することを目的にしている。
一 国家の体裁
トンガでは王が元首として首相・閣僚と貴族を国会議員に指名し、フィジーやマーシャル諸島共和国では首長が首相や大統領に就任している。また、独立時のサモアでは称号保持者の伝統首長が国会議員の選挙権と被選挙権を独占していた。これらの国は、近代と伝統の政治を接合させた例である。一方、フィジーは「首長会議」を設置して国家政治に関して発言権を認めているし、パラオ共和国は憲法に「全国首長会議」の設置を規定し、そこに伝統と慣習に関する議決権を与えている。これは、伝統の政治と近代の政治を並存ないし共存させた例である。このように、多くの国々では独立以降、伝統的な政治のしくみや権力者ないし首長層を国家のなかにどのように配置するかについて多様な試みを行っている。その一つは、伝統的政治権力に対する民主化の動きであり、もう一つはその逆で、近代的社会・政治体制の進展とともに弱体化する伝統勢力の地位の保全と回復の流れである。
オセアニアで唯一の王国であるトンガは一八七五年の「欽定憲法」の制定、一九〇〇年のイギリスの保護領化そして一九七〇年の独立以後も、ツポウ王家への国民の尊敬、そして国王・王族と貴族の政治権力の掌握による安定した国家運営を行ってきた。しかしながら、一九八〇年代後半から国王と閣僚の「不公正」な国家運営に異議を唱えて民主化を求める運動が強まってきている。そして、二〇〇五年の公務員ストライキを契機に政治改革の動きが加速し、人民選出の国会議員数を増やす政治改革案が議会で討議されている。サモアにおいては、一九九一年から国民の要望を受けて被選挙権は称号保持者に限られるが普通選挙制が普及している。
他方、イギリス・フランス共同統治から一九八〇年に独立したヴァヌアツ共和国では、憲法で伝統的指導者層に土地や慣習に関する権限を付与しているが、その権力を明確にし、増大させる動きがある。これは村落レベルで起こる事件に関しては、首長が一定の司法的権限を行使し、かつ最終的裁定を行うというものである。このほか、フィジーのようにインド系住民の政治勢力に対し、クーデターにより下院議会の議席の過半数を永久にフィジー系住民の手中におくという首長会議による憲法改正など、近代化に抗して伝統的指導者層の復権を一時的に実現した例もある。
二 国家の経済と国民
オセアニア島嶼国は、政治的には独立し、国際社会に仲間入りしたとはいえ、国家財政は旧宗主国や先進国の経済援助に依存しない限り自立の道はないのが現状である。パプア・ニューギニアなどメラネシアの国を除けば、漁業以外の資源開発や国内産業が未発達のために財政的に困窮した国家運営を行っている。金銀銅や石油などの資源と森林資源の開発を進めているパプア・ニューギニアでも、国家財政は潜在的には「破産」状態が続いている。豊かな漁業や森林資源に恵まれたソロモンでも、一九八〇年代からマグロの缶詰などの加工品や木材の輸出によって外貨を獲得してきたが、二〇〇〇年の民族紛争以降、その和平調停の賠償金を海外からの援助によって調達するなど国家財政は危機に瀕している。
資源開発を望めない、ポリネシアとミクロネシアの国と地域からは、多くの国民が環太平洋先進国へ移住している。ミクロネシアからはアメリカ合衆国、ポリネシアからはニュージーランド(アオテアロア)、アメリカ合衆国、オーストラリアが移住先である。大規模な海外移住が行われるようになったのは、ポリネシアにおいては一九七〇年以降、ミクロネシアでは一九八〇年代後半からのことである。マス・エグゾダス(国外大量脱出)とも呼ばれる、海外移住が起きる背景には、世界市場の中心からの辺境性、狭隘な国土と限定された資源、急激な人口増加など、島嶼世界という環境に根ざした要因がある。
一方、アメリカとオーストラリアは、毎年十万人単位、ニュージーランドも数万人単位の外国人を受け入れている。これらの先進国が太平洋島嶼地域からの移住者を受け入れてきた歴史的背景には、産業発展に必要な労働力の確保、移民送出国との植民地統治関係、近年では「家族再結合」といった人道的移民法の制定などが存在する。第二次大戦後、ミクロネシア連邦、パラオ共和国、マーシャル諸島共和国はアメリカの、サモアとクック諸島はニュージーランドの、それぞれ国連信託統治領であった。これらの統治国と被統治国間の人の移動は、独立後も自由な往来と定住を可能とする協定で保障されている。
二一世紀初頭の、ハワイイとニュージーランドを除くポリネシア地域の総人口は六五万人と推定される。一方環太平洋先進国に居住するサモア、トンガ、クック諸島三国とその他の地域のポリネシア出身者は五〇万人を越える。この地域からの移住者は、アメリカに二〇万人、ニュージーランドに二五万人、オーストラリアに八万人が住んでいる(第一章、表1?1参照)。そして、クック諸島からは国内人口の三倍、サモアとトンガからは国内人口を凌ぐ国民が海外に移住している。また、ミクロネシア連邦やパラオからも人口の三〇パーセントがアメリカに住んでいる。
自国の産業が未発達ゆえに、海外移住と先進国からの経済援助に依存する国家運営に対して、経済学者はMIRAB経済ないし社会と定義している。それは、移住(migration)、送金(remittances)、海外援助(aid)、官僚制(bureaucracy)の頭文字からなる造語である。つまり、MIRAB社会は、先進諸国へ労働移民を送り出し、移民からの送金が本国の人々の生活を支え、旧宗主国や先進国からの経済援助で国家財政を賄い、官僚機構が援助の公式・非公式の分配装置として機能する社会体制のことである。この概念は、一九八〇年代から九〇年代のクック諸島、ニウエ、トケラウ、トンガとサモアなどポリネシア島嶼国と地域を対象に考案されたものであるが、最近では送金の方法や性質、官僚制の合理化などに変化が起きている。したがって、MIRAB概念も問い直す時期にきている。
三 構成とねらい
本書の内容について概観しておこう。本書は、三部より構成され、ポリネシア、ミクロネシアそしてメラネシアの国々で現在起きている人と社会の動きを文化人類学的な視点と方法によって記述している。第一部ではトンガ王国、第二部ではミクロネシア連邦、そして第三部ではソロモン諸島が舞台となる。これらの国々は、立憲君主制、伝統と慣習の尊重、伝統権力の維持と地方分権など、これまで培ってきた社会と文化の独自性を維持しつつ国民国家の建設を行った点では共通する。
他方でトンガ王国は、一九七〇年代からグローバルないしはトランスナショナルな動きを先取りする形で海外移住を推進してきた。ミクロネシア連邦でも九〇年代からアメリカ合衆国への移住が見られるものの、伝統的な社会や政治に基づく国家運営を重視している。そして、ソロモン諸島は漁業資源と森林資源の開発とその保護を国家の重要課題にしてきた。したがって、本書では、グローバリゼーションの先兵的動きを見せるトンガ王国、伝統と慣習の維持を国是とするミクロネシア連邦、そして資源の開発と保護を実践するソロモン諸島と、それぞれの特徴を明らかにすることを意図している。
第一部は、トンガの海外移住とそれに支援される民主化運動に焦点を当てて、一九七〇年代以降のトンガ社会の変容と近代化の問題をとりあげる。とりわけ、国内人口より多い国民の海外進出、そして送金や物資の送付による本国経済への貢献、前近代的な王制改革への支援、そしてトンガへのアイデンティティの維持と発展など、移住者と母社会の人々の関係について考察する。
第二部においては、ミクロネシア連邦のヤップ州の本島とその離島社会の政治と土地と交易関係について検討する。ヤップ州は、近代国家の枠組みで社会を統治している一方で、首長の権力や伝統的指導者の知識を尊重して「首長会議」を設置して「伝統と慣習」に関する事項の審議と決定を付託している。また、本島と離島の間には歴史的に構築された序列関係が存在し、その二者関係は今日の人々の社会生活にも維持され、相互支援的な役割を果たしている。
第三部は、ソロモン諸島の外国資本による大規模森林開発に抗する森林局や地域住民の対応について述べる。ソロモン諸島では、一九九八年から二〇〇三年にかけて、資源開発と経済格差などに原因する民族紛争が起きた。本書の舞台、西部州は、森林伐採と木材輸出によって国家財政を支えてきたが、乱開発への反省から持続的な森林資源の利用に向けてのNGOや教会と村落の人々の活動について考えることにする。
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