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グローカリゼーションとオセアニアの人類学

グローカリゼーションとオセアニアの人類学

グローバル化の激流に棹さし、開発・伝統・移民・観光などの現場で行われた多様な受容の有り様を通し、 地域や人びとの素顔に迫る。

著者 須藤 健一
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2012/08/20
ISBN 9784894891470
判型・ページ数 A5・342ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序   須藤 健一

●第Ⅰ部 人の移動とアイデンティの形成

一 単なる「出身」、それとも「エスニシティ」?
    ──ヴァヌアツ・ルガンヴィル市におけるマン・プレス概念   吉岡政德

二 ヤップ州離島から見た国家と国民のスケッチ   柄木田康之

三 キリバス離島における村集会所の崩壊と再興──グローカル化装置の再領土化   風間計博

四 混血から見るグローカリゼーション──パプアニューギニアにおける華人の土着化の諸相   市川 哲

●第Ⅱ部 民主化・近代化と伝統の相克

五 選挙制度のグローカリゼーション──サモアの近代   山本真鳥

六 トンガ王国の政治改革と君主制への固執   須藤健一

七 ポスト「ポスト・コロニアル」状況下のフィジー──四度目のクーデターのあとで   橋本和也

八 パラオ共和国における出産のグローカリゼーション──出産儀礼に関する近年の動き   安井眞奈美

九 グローバル化する精神科医療とサモアの精神疾患──マファウファウの病気をめぐって   倉田 誠

●第Ⅲ部 開発と観光への展望

一〇 疎外される州民──ソロモン諸島における地方分権化と開発的公共圏   関根久雄

一一 想像の「オセアニア」──ヴァヌアツ・アネイチュム島観光におけるローカリティ   福井栄二郎

一二 伝統文化の振興と観光資源化
     ──パプアニューギニア、ナショナル・マスク・フェスティバルをめぐって   林 勲男

あとがき

索引

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内容説明

オセアニアは海洋に分断された典型的ローカルながら、それら社会間を越える広範な交流を行ってきた。本書は、グローバル化の激流に棹さし、開発・伝統・移民・観光などの現場において行われた多様な受容の有り様を通し、 地域や人びとの素顔に迫る試み。

 

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序(須藤健一)より

 

 二一世紀の人類社会は、グローバリゼーションの急激な進展にともなって、情報、技術、金融、政治の分野だけでなく、文化やメディアの面でも均質化や画一化が危惧されている。しかし、他方では、グローバリゼーションは世界各地でのローカルな文化的アイデンティティやナショナリズムの興隆を促している。支配的な文化への均質化に抗して、あるいは刺激されて自らの固有の価値観や伝統的文化の意味を見直し、再生させる動きも顕著になってきているのである。グローバル化の動きは、単一な事象ではなく複合的な現象である。イギリスの社会学者、J・トムリンソンは、グローバリゼーションの状況を「複合的結合性」とよび、「近代の社会生活を特徴づける相互結合性と相互依存性のネットワークの急速な発展と果てしない稠密化」と概念づけている[トムリンソン 二〇〇〇:一五]。……

 

 グローバリゼーションの侵略に直面して発展途上国の社会がとってきた対応には、二つの極端な方法がある。一つの極は、強力な異文化が侵入する境界を開放して自らの制度、慣行や実践と統合させる方法である。もうひとつの極は、自文化の純粋性を保持する理念の下に境界を閉め、経済的孤立によってグローバル化の過程を排除する方法である[Rosenau 2002: 69]。前者は、異文化を選択的に受容する対応の仕方で多くの社会で実践してきた。後者は、日本の江戸時代の鎖国にほぼ相当する方法で、二〇世紀以降のオセアニア社会ではほとんど行われていない。文化のグローバル化は、文化的強者の価値観や文化要素が地球規模で拡散していくことをさすが、オセアニアの島嶼地域の人びとは、こうして流入してくるグローバルな文化を自分たち流に読み替えて受け止めようとしている。これがパシフィック・ウエイ、「祖先のやり方」、「フィジー風」、「サモア流」などと名づけられる対応である。 グローバリゼーションの流れをローカル化(現地化)する動き、つまりグローカリゼーションは、地域に根ざす人びとが一方的に「世界水準」を追い求めるのではなく、それを選択的に受容して新たな生活様式や文化を生み出す可能性を示している。われわれはこの主体的な伝統の客体化や国民文化の創生の動きに注目する必要がある。したがって、本書のねらいは、オセアニア島嶼に生きる人びとが行っている、グローバリゼーションの影響を独自の政治・経済体制、伝統的な社会編成や固有の価値観と接合させて新たな社会や文化を生み出す営み、つまりグローカリゼーションの生活戦略とその実際を明らかにすることにある。……

 

 

 本書には、オセアニアの現代の人の移動、社会と政治の改革、医療制度、地方分権と観光開発に関する一二の論文が収められている。いずれの論考も、二一世紀の現在のオセアニアの人びとが直面している問題をトピックとして考察している。その概要について述べることにしよう。

 第I部「人の移動とアイデンティティの形成」においては、グローバル時代の人の国内外への移動に焦点を当てて、都市居住者の自他認識やエスニックコミュニティの性格、移住者とホームランドの人びとの新しい社会状況に対応する生活戦略をとりあつかっている。……

 第Ⅱ部「民主化・近代化と伝統の相克」では 民主主義や医療などグローバル水準の制度導入と伝統的な社会・政治組織や価値観とのせめぎあいを考察する。……

 第Ⅲ部「開発、地方分権と観光への展望」は、メラネシア地域の資源開発と観光産業などに関する国家、州、村落の各レベルにおける住民の対応について記述している。……

 

 以上で、オセアニア社会で起きている出来事をグローカリゼーションの視点と概念で論述してきた。グローバリゼーションという通信システム、文化要素や社会制度、支配的な価値観などの侵入に対して世界システムの末端に位置する島嶼国と島の人びとは、土着の、自らの「伝統」や「やりかた」を駆使して対応していることが明らかになった。グローバルな影響で、都市への移動によって出自を異にする都市居住者の間では、エスニシティの意識の芽生えやアイデンティティの再構築、国家に対峙する新しい社会単位の強化の動きが起きている一方で、政治・社会的な組織や集団の単位を伝統的な島・村落に分節化ないし個別化する動きもあり多様なグロカリゼーション現象がみられる。

 また、グローバルスタンダードの民主主義の導入に関しては、近代的制度を首長制など伝統制度と接合させる「身の丈にあった」改革を進めている。文化遺産の保護や観光化というグローバルな動きに対しては、国家レベルでの文化政策の確定とあいまって伝統芸能の保護、国民文化の創生、さらには観光化に対する文化の「捏造」という動きも起きている。 本書を通して、読者諸氏が、地域に生きるオセアニアの人びとの目を通して彼/彼女らが経験しているグローバル時代への対応の現実を読みとり、理解してくださることを期待する。

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編者紹介

須藤健一(すどう けんいち) 1946年新潟県生まれ。 1975年東京都立大学(現首都大学東京)大学院社会科学研究科博士課程単位修得退学。文学博士。 専攻は社会人類学。 現在、国立民族学博物館長。 主著書に、『母系社会の構造』(紀伊国屋書店、1989年)、『性の民族誌』(人文書院、1993年、共編著)、『性と出会う』(1996年、講談社、共著)、Contemporary Migration in Oceania: Diaspora and Network.(1997年、国立民族学博物館、編著)、『岩波文化人類学講座4―個からする社会展望』(1997年、岩波書店、共著)、『土地所有の政治史―人類学的視点』(1999年、風響社、共著)、『パラオ共和国』(2003年、おりじん書房、編著)、『オセアニアの人類学』(2008年、風響社)など。

 

執筆者紹介(掲載順)

吉岡政德(よしおか まさのり) 1951年奈良県生まれ。 1979年東京都立大学(現首都大学東京)大学院社会科学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会人類学)。専攻は社会人類学。 現在、神戸大学大学院国際文化学研究科教授。 主著書に、『社会人類学の可能性Ⅰ 歴史のなかの社会』(1988年、弘文堂、共編著)、『オセアニア3 近代に生きる』(1993年、東京大学出版会共編著)、『メラネシアの位階階梯制社会』(1998年、風響社)、『オセアニア近代史の人類学的研究』(2000年、国立民族学博物館、共編著)、『反・ポストコロニアル人類学』(2005年、風響社)、『オセアニア学』(2009年、京都大学出版会、監修・共著)、『南太平洋を知るための58章』(2010年、明石書店、共編著)、など。

 

柄木田康之(からきた やすゆき) 1955年神奈川県生まれ。 1988年筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得・退学。文学修士。専攻は文化人類学。 現在、宇都宮大学国際学部教授。 主著書にContemporary Migration in Oceania: Diaspora and Network (1997年、 国立民族学博物館、共著)、『都市の誕生―太平洋島嶼国の都市化と社会変容』(2000年、アジア経済研究所、共著)、『島々と階級―太平洋島嶼国における近代化と不平等』(2002年、アジア経済研究所、共著)、『環境と資源利用の人類学』(2006年、明石書店、共著)などがある。

 

風間計博(かざま かずひろ) 1964年東京都生まれ、埼玉県育ち。 1998年総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程修了。 博士(文学)。専攻は人類学。 現在、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。 主著書に、『窮乏の民族誌』(大学教育出版、2003年)、『オセアニア学』(京都大学学術出版会、2009年、共編著)、『環境と資源利用の人類学』(明石書店、2006年、共著)、『平等と不平等をめぐる人類学的研究』(ナカニシヤ出版、2004年、共著)など。

 

市川 哲(いちかわ てつ) 1971年東京都生まれ。 2004年立教大学大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。専攻は文化人類学。 現在、立教大学観光学部交流文化学科助教。 主著書に、『朝倉世界地理講座 第15巻 オセアニア』(2010年、朝倉書店、共著)、『華人社会がわかる本:中国から世界へ広がるネットワークの歴史、社会、文化』(2005年、明石書店、共著)、『拡大する中国世界と文化創造─アジア太平洋の底流』(2002年、弘文堂、共著)等。主論文に「移住経験から見るサブ・エスニシティの説明方法―パプアニューギニア華人を事例として」(『社会人類学年報』第35号、2009年)、「新たな移民母村の誕生―パプアニューギニア華人のトランスナショナルな社会空間」(『国立民族学博物館研究報告』第33巻第 4号、2009年)、‘The Role of Religion in Chinese Subethnicity: Christian Communities of Papua New Guinean Chinese in Australia’ (People and Culture in Oceania 24. 2008)等。

 

山本真鳥(やまもと まとり) 1950年神奈川県生まれ。 1981年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。文化人類学専攻。 現在、法政大学経済学部教授。 著書に、『儀礼としての経済―サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』(山本泰と共著、弘文堂、1996年)、編著に『世界各国史27 オセアニア史』(山川出版社、2000年)、『性と文化』(法政大学出版局、2004年)、Art and Identity in the Pacific: Festival of Pacific Arts. JCAS Area Studies Research Reports 9, (JCAS: the National Museum of Ethnology, 2006)など。共著に『白人とは何か─ホワイトネス・スタディーズ入門』(刀水書房、2005年)、『貨幣と資源』(弘文堂、2007年)など。

 

橋本和也(はしもと かずや) 1947年神奈川県生まれ。 1987年大阪大学人間科学研究科博士課程単位修得退学。博士(人間科学)。 大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。 専攻は文化人類学。 現在、京都文教大学人間科学部教授。 主著書に、『キリスト教と植民地経験』(1996年、人文書院)、『観光人類学の戦略』(1999年、世界思想社)、『ディアスポラと先住民』(2005年、世界思想社)、『ラグビー&サッカーinフィジー』(2006年、風響社)など。

 

安井眞奈美(やすい まなみ) 1967年京都府生まれ。 1997年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。 専攻は文化人類学、日本民俗学。 現在、天理大学文学部准教授(歴史文化学科考古学・民俗学専攻)。 主著書に、『世界の出産―儀礼から先端医療まで』(2011年、勉誠出版、共著)、『出産・育児の近代―「奈良県風俗誌」を読む』(2011年、法蔵館、編著)、『産む・育てる・伝える―昔のお産・異文化のお産に学ぶ』(2009年、風響社、編著)、『オセアニア学』(2009年、京都大学出版会、共著)、Art and Identity in the Pacific: Festival of Pacific Arts. JCAS Area Studies Research Reports 9, (JCAS: the National Museum of Ethnology, 2006, 共著)など。

 

倉田 誠(くらた まこと) 1976年三重県生まれ。 2009年神戸大学大学院総合人間科学研究科(現国際文化学研究科)博士課程修了。博士(学術)。専攻は医療人類学。 現在、近大姫路大学看護学部特任講師。 主著書に、『南太平洋を知る58章』(2010年、明石書店、共著)、『可能性としての文化情報リテラシー』(2010年、ひつじ書房、共著)など。論文に、「サモア社会における知識の個人差と病気をめぐるリアリティ」『日本保険医療行動科学会年報』19号(2004年)など。

 

関根久雄(せきね ひさお) 1962年東京都生まれ。 1996年総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程中退。博士(文学)。専攻は文化人類学、地域開発論。 現在、筑波大学人文社会系教授。 主著書に、『開発と向き合う人びと』(東洋出版、2002年)、『グローバルコミュニケーション論』(ナカニシヤ出版、2002年、共編著)、『ソロモン諸島の生活誌』(明石書店、1996年、共編著)、『観光開発と文化』(世界思想社、2003年、共著)、『文化人類学20の理論』(弘文堂、2006年、共著)など。

 

福井栄二郎(ふくい えいじろう) 1973年兵庫県生まれ。 2006年神戸大学大学院総合人間科学研究科博士課程修了。博士(学術)。専攻は社会人類学。 現在、島根大学法文学部准教授。 主著書に、『世界の宴会』(2004年、勉誠出版、共著)、『やもめぐらし―寡婦の文化人類学』(2007年、共著)、『オセアニア―海の人類大移動』(2007年、昭和堂、共著)、『医療人類学のレッスン』(2007年、学陽書房、共著)など。論文に「伝統文化の真正性と歴史認識―ヴァヌアツ・アネイチュム島におけるネテグと土地をめぐって」(『文化人類学』70巻1号、2005年)、「「伝統を知らない」老人たち―ヴァヌアツ・アネイチュム島における老人の現在と社会構築主義批判」(『国立民族学博物館研究報告』32巻4号、2008年)など。

 

林 勲男(はやし いさお) 1956年千葉県生まれ。 1992年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。文学修士。専攻は社会人類学。 現在、国立民族学博物館および総合研究大学院大学准教授。 主著書に、『オセアニア近代史の人類学的研究』(2000年、国立民族学博物館、共編著)、『20世紀が創りだした「民族」』(2004年、ドメス出版、共著)、『ミクロ人類学の実践―エイジェンシー/ネットワーク/身体』(2006年、世界思想社、共著)、『2004年インド洋地震津波災害被災地の現状と復興への課題』(2007年、国立民族学博物館、編著)『災害と共に生きる文化と教育―〈大震災〉からの伝言』(2008年、昭和堂、共編著)、『自然災害と復興支援』(2010年、明石書店、編著)など。

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