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帰国華僑

華南移民の帰還体験と文化的適応

帰国華僑

華僑農場で繰り広げられる「中国人化」のプロセス。移民のアイデンティティや母国認識をたどる時、中国社会の特質も逆照射される。

著者 奈倉 京子
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2012/02/28
ISBN 9784894891791
判型・ページ数 A5・304ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

序論──「多元的コミュニティ」と「文化的適応」の理論的枠組み
 第一節 華南移民の文化的適応に関する先行研究
 第二節 本書の理論的枠組み
 第三節 フィールドワーク
 第四節 本書の構成

第一章 台山海宴華僑農場
 第一節 問題意識の芽生え
 第二節 戦後の東南アジアにおける華僑排斥と中国政府の帰国華僑安置政策
 第三節 台山海宴華僑農場の創設―政治・経済構造

第二章 多元的コミュニティの構造
 第一節 人口構造
 第二節 帰国華僑の優遇政策と「本地人」との関係
 第三節 帰国華僑村の概況

第三章 多元的コミュニティのグループ関係
 第一節 インドネシア帰国華僑を主導的グループとする社会構造
 第二節 インドネシア帰国華僑の仲介的グループとしての役割

第四章 多元的コミュニティの整合とグループ関係
 第一節 新たなグループの形成─「臨工」
 第二節 新しい生産方式の導入
 第三節 帰国華僑と「臨工」

第五章 経済発展と帰国華僑の適応
 第一節 インドネシア帰国華僑の経済生活
 第二節 ベトナム帰国華僑の経済生活
 第三節 帰国華僑間の不均衡

第六章 日常生活からみた帰国華僑の適応
 第一節 生活習慣
 第二節 言語
 第三節 摩擦

第七章 思想からみた帰国華僑の適応
 第一節 インドネシア帰国華僑の思想
 第二節 ベトナム帰国華僑の思想
 第三節 ベトナム帰国華僑の宗教儀礼―「打斎」

第八章 越境する帰国華僑
 第一節 インドネシア帰国華僑の拡大と集団意識の形成
 第二節 ベトナム帰国華僑のダイナミズム

結論──帰国華僑の「文化的適応」の一モデル

おわりに──農場再訪

参考文献
索引

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内容説明

 

「私の故郷はどこ?」……。帰国を余儀なくされた人びとを受け入れる施設、「華僑農場」で、様々に繰り広げられる「中国人化」のプロセス。移民のアイデンティティや「母国」認識をたどる時、そこには、中国社会の特質も逆照射されていく。

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はじめにより

 

……帰国した移民にとっての「帰」の概念について討論する時、越境経験のある移民は「私の故郷はどこなのか?」、「私はどこの出身なのか?」、「私はどこの国の人なのか?」というアイデンティティや故郷認識の問題に直面するであろう。しかし、自己をどのように同定するかということは血縁だけでなく、文化的要素も関わる。華南移民の中には血縁的には中国人だが、海外で生まれ育ったため、その土地の文化習慣に従って生活してきた人も多くいる。彼ら彼女らが「帰国」した時に改めて社会化しなければならない。

以上の背景を踏まえ、本書は、広東にある台山海宴華僑農場の帰国華僑の「文化的適応」に関する考察を行う。華僑農場とは、帰国華僑の基本的生活を保障するために政府によって建設された国営農業である。主に一九五〇年代から七〇年代にかけて、東南アジア諸国から帰国した帰国華僑は、二つの大別できる。一つは、華僑排斥に遭い、(半)強制的に「帰国」を余儀なくされた人々である。もう一つは、進学や社会革命に参加することを目的に、自ら進んで、あるいは両親の勧めで帰国を選択した人々である。本書で扱うのは前者である。筆者が接触した多くの帰国華僑が、移住先地で生まれ、まだ見ぬ「母国」に「帰国」することになった。帰国華僑が新たな生活環境へ適応していくプロセスや、「中国人化」の考察を通して、越境する移民がどのように自己を同定し、どのように「母国」を認識しているのか、ということをより深く考察することができると考える。角度を換えて見れば、帰国華僑の受け入れの状況を見ることで、中国社会の特質も逆照射するであろう。中国は混交した文化をもつ帰国華僑をどのように受け入れるだろうか。またどのように海外の中国人と関係を結ぶのだろうか。これらの問題は、帰国華僑についてのみではなく、現代中国の「海帰」(hǎiguī)(帰国留学生)に対する中国政府の見方とも共通点が見られる。この点に関して、王蒼柏は「帰国華僑」と、改革開放以降の「海帰」を比較して次のように述べている。一九五〇年代初めから一九七〇年代後半の帰国華僑に対する政府の基本方針は中国を中心としたもので、海外中国移民は周辺から中心(中国大陸)に向って一方向的に移動するというものであった。その根本は民族主義と愛国主義であり、帰国者の価値を計る唯一の基準は彼ら彼女らが「国家利益」に値するか否か、であった。このような価値観は帰国者を「帰国→他者化→感情的距離感→去る」という方向に導く結果となった。大部分の人は主流社会に入ることができず、周辺的な「他者」として見られたのであった。そして注目すべきは、改革開放以降の「海帰」にもそのような中国政府の帰国華僑に対する考え方や政策の繰り返しが見られるということである。海外の人材を帰国させるために、政府は各種特別な政策を打ち出している。このような方法は短期的には効果が見られるが、長期的に見ると不安定な要因を含んでいる[王蒼柏 二〇〇七:一〇七─一一四]。

本書での考察を通して、筆者も王蒼柏のこの観点に賛成するようになった。筆者が考察の対象とした帰国華僑に対しても、政府は、海外華人の投資を促し、それを社会主義建設の資金にするために、海外華人とパイプを持つ帰国華僑に優遇政策を採った。つまり、国家利益のための対応である。

このような政府の政策の影響を受け、これまで中国人研究者によってなされてきた帰国華僑研究は経済を視座に据えた考察が多くを占めており、文化的適応の角度から考察したものは少ない。帰国華僑の逆カルチャーショックの要因や、文化的適応のプロセスについては理解されてこなかった。中国経済が目覚ましい発展を遂げる中、今後、海外との物質的な生活面の格差はしだいに縮小していくことは容易に予想される。海外の中国人が帰国するか否かを決める際に考えるのは、経済条件や人間関係などの生活環境や安心して生活が送れるかどうかという精神面のことであろう。これは中国と海外移民がどのように関係を結んでいくかという問題に及ぶことであり、同時に中国社会の発展にも大きな影響を与えることである。

本書の目的は、台山海宴華僑農場の帰国華僑について、文化変容、「文化的適応」、「多元的コミュニティ」という三つのキーワードから、以下の点について考察を行うことである。まず、政府の政策が当事者に与える影響を考慮した上で、帰国華僑の文化的適応の能動性、選択性について考察する。次に、帰国華僑内部の多様性、グループ間の関係、及びその均衡・不均衡の状態が帰国華僑の「文化的適応」に与える影響に留意し、帰国華僑の「文化的適応」にとって何が重要な要素なのかということについて明らかにする。最後に、帰国華僑の「文化的適応」の情況から、彼ら彼女らのアイデンティティ、故郷認識及び文化の変遷、伝承について考察する。

もちろん、海外移民が帰還した後の適応の問題は中国に限って存在することではない。例えば、日本の場合、「残留孤児」、日系ブラジル人、日系フィリピン人、「帰国子女」などを挙げることができるし、植民地政策や国民統合に影響を受けた「入植型」の帰還移民[大川 二〇一〇]といった中国系移民とは性質の異なる帰還移民の問題も存在する。従って、様々な地域の帰還移民の比較研究を行うことによって初めて「帰」との対話が可能になるであろう。本書は、帰還移民の一例として中国系移民を取り上げ、東南アジア諸国から帰国した帰国華僑を考察の対象とし、当事者の視点からその帰還体験を考察することによって、「帰」の一つの捉え方を提示することを試みるものである。……

 

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著者紹介
奈倉京子(なぐら きょうこ)
1977年静岡県生まれ。
2007年中国中山大学大学院人文学院(現社会学与人類学学院)博士課程修了。博士(法学)。
専攻は文化人類学、中国地域研究、特に中国系移民研究、華南僑郷研究。
現在、静岡県立大学国際関係学部 専任講師。
著書に、『「故郷」与「他郷」―広東帰僑的多元社区、文化適応』(北京社会科学院文献出版社、2010年)、『中国系移民の故郷認識:帰還体験をフィールドワーク』(風響社ブックレット、2011年)、論文に、「過渡的居場所としての『ベトナム帰国華僑』」(2007年度日本華僑華人学会研究奨励賞受賞論文、『華僑華人研究』第4号、pp.17-41、2007年)、「中国人留学生の文化的経験」(『中国21』愛知大学現代中国学会、pp.1‐18、2010年)、「華南僑郷における家族史の観光資源化」(『中国研究月報』第65巻第9号、pp.20‐35、2011年)等がある。

 

 

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