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チベットの文化大革命

神懸かり尼僧の「造反有理」

チベットの文化大革命

凄惨さと特異性で知られるニェモ県の事件の全貌を、資料と証言で明らかにし、その本質に迫る。

著者 メルヴィン ゴールドスタイン
タンゼン ルンドゥプ
ベン ジャオ
楊 海英 監訳
山口 周子
ジャンル 歴史・考古
出版年月日 2012/09/25
ISBN 9784894891821
判型・ページ数 A5・384ページ
定価 本体3,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき(山口周子)
原著謝辞
主要登場人物


第一章 チベット文化大革命
第二章 ニェモ県のギェンロ派とニャムデ派
第三章 ギェンロ派の攻撃
第四章 悪鬼悪霊の殲滅
第五章 バゴル地方およびニェモ県への襲撃
第六章 尼僧逮捕
第七章 結論
第八章 エピローグ

附録(資料、関連主要年表)

監訳者解説(楊海英)
  強盗の論理を「奴隷」の視点からよむ――『チベットの文化大革命』の背景と性質

訳者あとがき
参考文献

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内容説明

特異な事件が照射する動乱の本質

文革の真っ最中の1969年、各地で派閥間抗争が繰り広げられていたチベット。中でも、若い尼僧が主導したニェモ県の事件は、その凄惨さと特異性によって様々に語り伝えられている。本書は40年後に初めてその全貌を描き出した人類学者によるドキュメンタリーである。

 

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訳者まえがきより

 中国のプロレタリア文化大革命下、チベット自治区のある地方で、殺人および傷害事件が立て続けに起こった。本書は、当事者の口述記録に基づいて、その真相に迫ろうとする民族誌である。

 もっとも、この時代の中国では、「革命」と称した暴力沙汰は決して珍しいものではない。しかし、本書で扱う事例には、ある特殊な背景があった。つまり、一連の事件の背後には、僧院を追われたひとりの若い尼僧が存在していたというのだ。しかも驚くべきことに、かの文化大革命下において、彼女はとして力をぞんぶんに振るい、周囲の人々から畏れられると同時に、忠実な信者まで獲得していた。

 宗教的なるもの──それが純粋な意味での宗教かどうかはさておき──が、政治的影響力をもつ例は、古今東西、よくあることではある。特に、巫覡などという生活全般の不安を超自然的な力で解決してくれる存在は、悩める民にとって、下手な為政者よりも魅力的な存在だったに違いない。

 

 巫覡といっても、その種類や機能は、さまざまである。病治し、予知、雨乞い、死者の口寄せ、はたまた呪詛までが、彼らの仕事の範疇に含まれている。そして、その力の源も、精霊であったり、神であったり、あるいは個人の才覚であったりと、さまざまである。本書の尼僧の場合は、アニ・ゴンメィ・ギェモという名の、ある女神が憑き神であった。

 チベットには、「ケサル王」──モンゴリアでは「ゲセル王」──と呼ばれる、仏教の守護神として信仰を集める「英雄」の物語が伝えられているが、くだんの女神は、その中でアドヴァイザー的な役割で登場するという。ただし、不思議なことに、この尼僧は、ケサル王の物語を知らなかったようだ。もっとも、これは彼女がとりたてて寡聞であったというわけではなく、彼女の居住地の問題らしい──そこには、ケサルの物語はさほど流布していなかったという。

 ただ、それだけに、ひょっとすると、彼女の巫覡の才能はまぎれもなく「本物」であったのかもしれない。女神の指示によって繰り返されたのが残虐な殺害、もしくは傷害行為であったという点も、この神がもともと好戦的な性格を持ち合わせていたらしいことを考えると、彼女の神懸りは、より真実味を帯びてくる。

 もっとも、本書の趣旨は、尼僧の神懸りそのものではない。文化大革命下で巫覡が村民を動員するほどの影響力を持ったという特殊な事実、さらにその背景に潜む当時の権力者たちの冷徹で実利的な計算、事件の舞台となった土地の住人を取り巻く政治的・経済的事情や個人の思惑など、さまざまな要因が複雑に絡み合い、最終的には凄惨な事件へと発展していった。その過程を、可能な限り正確にあぶりだそうという試みである。

 そして、事件の過程を描き出す人々の告白には、単純な善悪二元論では割り切れない、抗いがたい時代の奔流に翻弄された人間の哀しみが見え隠れする。読者諸氏には、あまり知られることのなかった、チベットでの文化大革命の新たな一面を知っていただくことができるだろう。

 

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著者略歴

メルヴィン・C・ゴールドスタインMlevyn C. Goldstein

ケース・ウェスタン・リザーヴ大学にてジョン・レィノルズ・ハークネス人類学教授、チベット研究センター総監督を勤める。『近代チベット史 (1913—1951年)』、『近代チベット史 (1951—1955年)』、『雪山の獅子と龍』、『チベット革命家』(すべてカリフォルニア大学出版)等、チベットに関する多くの著作あり。

 

ベン・ジャオBen Jiao

チベット自治区ラサのチベット社会科学アカデミーにて、現代チベット研究所副所長を務める。

 

タンゼン・ルンドゥプTanzen Lhundrup

中国北京チベット学センターにて、社会経済研究所副所長を務める。

 

監訳者

楊 海英Yang Haiying

日本国静岡大学人文学部教授。専攻、文化人類学。主な著書に『草原と馬とモンゴル人』(日本放送出版協会、2001年)、『チンギス・ハーン祭祀—試みとしての歴史人類学的再構成』(風響社、2004年)、『モンゴル草原の文人たち—手写本が語る民族誌』(平凡社、2005年)、『モンゴルとイスラーム的中国—民族形成をたどる歴史人類学紀行』(風響社、2007年)、『墓標なき草原』(上・下、岩波書店、2009年)などがある。

 

翻訳者

山口周子Yamaghuchi Nariko

財団法人東方研究会研究員。専攻、文献文化学。

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