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画像が語る 台湾原住民の歴史と文化

鳥居龍蔵・浅井恵倫撮影写真の探究

画像が語る 台湾原住民の歴史と文化

多様な民族が交錯する中、漢化や近代化によって変貌した原住民の姿。古い写真資料に潜む多彩な情報を、人類学的調査から読み解く。

著者 清水 純
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2014/03/20
ISBN 9784894892026
判型・ページ数 A5・400ページ
定価 本体6,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次


 台湾の民族構成
 凡例

●第一部 埔里の歴史と民族

第一章 埔里盆地における最後の原住民
 一 埔里の写真資料
 二 埔里の黄望家
 三 埔里の原住民と開拓の歴史
 四 望麒麟とその一族
 五 鳥居龍蔵の埔里調査と画像資料

第二章 埔里における「眉蕃」の末裔
 一 平埔族の入植と眉蕃の激減
 二 日本統治時代初期における眉蕃調査
 三 眉蕃の行方
 四 画像から戸籍へ
 五 眉蕃の名前
 六 古文書の中のタイモと阿生

第三章 猫霧捒社蕃曲とパポラ族
 一 平埔族の埔里入植
 二 蕃曲稿本をめぐる考察
 三 パポラとバブザ
 四 浅井ノートから見た大肚城の平埔族
 五 大肚城における民族集団
 六 写真鑑定──大肚城の人と家

●第二部 台湾南部のタイヴォアンの歴史と文化

第四章 小林村の平埔族と桃源村のガニ移民
 一 タイヴォアンの画像と映像の記録
 二 タイヴォアンの移住と小林の平埔族
 三 日本統治下のガニ移民の歴史
 四 戦後の桃源村

第五章 タイヴォアンの公廨と祭祀

第六章 小林村の人と生活文化

第七章 八八水害からの再建


●第三部  東海岸のクヴァランとトロブアン

第八章 クヴァランの家屋の構造と機能
 一 発掘資料と歴史の接点
 二 伝統的家屋の構造
 三 各部屋の機能
 四 家の周囲の空間利用
 五 家の耐用年数──新築と引越し
 六 画像に残された家屋の形状
 終わりに

第九章 トロブアンの歴史
 一 クヴァランとトロブアン
 二 トロブアンの歴史
 三 画像・映像資料からみたトロブアン

第一〇章 新年に現れる民族
 一 クヴァランに内包されるトロブアン
 二 パリリン儀礼

あとがき
 参考文献
 収録写真・図版一覧
 索引

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内容説明

17世紀に歴史に登場して以来400年。特に戦前・戦後の激変を受け、台湾の原住民族は生活や文化を大きく変容、消滅してしまったものも多い。本書は失われたそれらを写真資料と詳細な裏づけ調査によって復原する試みである。

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序より

 ……本書は、台湾のオーストロネシア語系原住民のうちでもとりわけ早くから漢人の影響を受けてきた人々の文化と歴史に関する筆者のこれまでの論考をまとめて再構成したものである。筆者の関心の中心は、明清時代に入植した漢人によって台湾社会の基盤が確立されていく過程において、平地の原住民の諸集団が、どのように外来の民族との遭遇の中で社会基盤を失い、固有性を消失あるいは変容させていったか、また彼らの子孫がどのように自らのアイデンティティの拠り所を見出して今日に至っているかということにある。平地を主な居住域としていた原住民について特に考察の対象としているのは、これらの人々の存在が今日の台湾漢人社会の特性を作り出す一つの根源となり、また今日の台湾の多民族・多文化社会を構成する重要な一要素でもあると考えるからである。
 ところで、本書の特徴は、歴史的事象を取り扱うにあたり、写真という画像資料を利用することに重点を置いたことにある。台湾原住民に関する日本植民地時代の古い画像資料は、一九八〇年代後半から次第に注目されるようになり、それまで未整理のまま埋もれていた写真が次第に大型のプロジェクトによって整理され、写真集として出版されたり、データベースとして整備されたりするようになった。なかでも、人類学者鳥居龍蔵と言語学者浅井恵倫による台湾原住民の写真は数が多く、過去の原住民の生活文化に関する貴重な情報が豊富に含まれている。鳥居と浅井が撮影した写真群はすでにそれぞれデータベース化され、インターネット上で公開されている。また、台湾大学でも、台北帝国大学時代に土俗人種学教室の研究者たちが撮影した原住民の写真や、当時収集した収蔵品を撮影した写真がデータベース化され、インターネットで公開されるようになった。過去の画像資料が研究者や一般の人々に自由に閲覧できるようなシステムが日本でも台湾でも整備されてきたのである。ここ一〇〇年余りの間に起こった台湾原住民の社会・文化の変化は著しいものがあり、多くの習俗や物質文化が消えていった。植民地時代に撮影された写真は、すでに見ることができなくなったそれらの習俗や民族の姿を今に伝えてくれる貴重な情報源でもある。一枚の画像の中に含まれる情報量は多く、様々な角度から読み解くことができる。本書は、このような写真に残された画像を手掛かりのひとつとして、台湾原住民の歴史と文化に光を当ててみようとする試みである。……

 本書で取り上げる原住民は、このような歴史の流れの中にあって、台湾開拓にともなう影響をもっとも大きく受けてきた人々である。本書の焦点は、漢人と原住民の社会・文化が直接接触する状況において、その一方が人数だけではなく政治的・経済的・社会的にきわめて強い影響力を発揮するような場合に、もう一方がどのようなプロセスで異なる民族文化の要素を吸収し変化するのか、また、変化しながら固有の要素をどのように残していくのか、そしてその結果、民族がどのように姿を変えていくのかを探究することである。
 このような文化変容の著しい民族、あるいはすでにほとんど消えてしまった民族を研究対象とする場合、現時点で得られる研究資料は限られており、文化人類学のフィールドワークという方法によって知りうる事柄はわずかなものであるにすぎない。そこで、過去の断片的な事実を丹念に集める作業が必要となる。そこで本書では歴史的な文献資料に加えて古い写真を手掛かりの一つとしている。
 台湾原住民研究が開始された当初から、写真は重要な民族資料として意識されていた。植民地統治開始後まもなく、鳥居龍蔵をはじめ、伊能嘉矩、森丑之助ら日本人研究者は台湾の民族調査に写真機を持ち込み、植民地政策によって変化する前の姿を学術資料として残すべく、原住民とその生活の様子を積極的に撮影するようになった。当時撮影された写真の多くは当時の諸民族の鮮明な姿を残し、今日では行われなくなった習俗や、服装、家、道具などの物質文化を画像として記録した。本書では、これらの画像を、研究の一つの入り口として、あるいは直接観察することができない人々についてのイメージをより明確なものとするための材料として位置づけ、そこから得られる情報をたぐりながら原住民の歴史と文化を探る道筋をたどってみることにした。
 ところで、植民地時代の写真の多くは付随する説明がないものが多く、そこからあらためて情報を引き出すための作業が必要であった。七〇〜一〇〇年も前の撮影写真について現時点での情報収集が果たして可能であるかどうかという不安はあったものの、とりあえず筆者は撮影の場所や人物などに関する現地での聞き取りをできる限り行うという方法をとった。写真の鑑定作業は、すでに得られた情報からおよその場所と民族の見当をつけて聞き取り調査に出かけるというやり方でスタートした。現地の人々に画像を直接見てもらったことで、断片的ながら昔の記憶をさまざまに呼び起こすことが可能となり、生活文化や歴史に関する記憶を集めることができた。これらの記憶は断片にすぎないが、画像以外の資料、たとえば古い契約書や証文、清朝時代の文献、戸籍などの日本統治時代の公的な記録、日本人研究者の調査記録など可能な限りの書かれた記録と画像とを相互に関連づけることで、彼らの生活文化と歴史をより多面的なものとして再構成することが可能になる。この作業を通じて、それぞれの民族のその時代における一面に光を当て、今日の彼らのありようを作り出してきた道筋を振り返ってみたいと思う。
 本書に掲載した画像のうち主なものは、日本植民地時代の初めに台湾を調査した人類学者・鳥居龍蔵と、台北帝国大学で教鞭をとりながら原住民言語の調査を行った言語学者・浅井恵倫の撮影による写真である。このほかに、台湾大学に残された台北帝大時代の写真、戦後の研究者による六〇年代、七〇年代に撮影された写真や、筆者自身の撮影した八〇年代および最近の写真などを適宜加えた。
 写真はそれぞれ異なる場所でさまざまな機会に撮影されたものであって、すべての原住民集団を網羅したものではなく、また、聞き取り調査から得られる断片的な情報は一貫した論考として整理しにくい面もある。そこで本書の内容は、民族文化や歴史に関する考察を中心とした部分と、現地における写真の鑑定やその内容にまつわる聞き書きを中心とした部分とを混在させるという、やや変則的な構成をとることにした。そしてその範囲でできる限り文章の内容と画像との関連付けを行った。
 本書の各章における考察内容と画像との関連はそれぞれの章において、あるいは個々の写真によって少しずつ異なるものとなっている。画像の人物と史料との対照を通じて家族や民族の歴史を考察した論考もあれば、物質文化や過去の生活様式をより具体的に再現するために画像を参照したものもある。またこれらの研究の前提として、民族や人や家の場所を確定するための調査報告もある。性質のやや異なる考察内容が混在することになったのは、それぞれの写真が内包する民族誌的情報の可能性や、他の資料との連関をあるがままに追求した結果としてである。
 過去の探索は、単に過去を掘り起こすだけのサルベージではなく、現代における諸民族の姿を理解することにつながるものだ。現代に生きる子孫たちを念頭に置きながら、台湾の民族の過去から現在に至る変化のありかた、民族の固有性の消滅と残存、そして現代における民族的アイデンティティの再構築まで、画像とともにたどってみたいと思う。……


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著者紹介

清水 純(しみず じゅん)
1956年生まれ。
1990年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。
専攻は文化人類学、台湾・中国研究。
現在、日本大学経済学部教授。
主な著書として『クヴァラン族――変わりゆく台湾平地の人々』(アカデミア出版会 1992年)、『中国文化人類学文献解題』(東京大学出版会、1995年、共著)、『原語によるクヴァラン族神話・伝説集』(南天書局、1998年)、『台湾原住民研究への招待』(風響社、1998年、共著)、『台湾原住民研究概覧』(風響社、2002年、共著)、『現代アジアにおける華僑・華人ネットワークの新展開』(風響社、2014年、共著・共編)。

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