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亡命者の二〇世紀 37

書簡が語る中央アジアからトルコへの道

亡命者の二〇世紀

ソ連初期、中央ユーラシアの知識人たちは亡命者としてトルコ・中西欧などを目指した。彼らの書簡から読み解いた、近現代の裏面史。

著者 小野 亮介
ジャンル 歴史・考古・言語
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2015/10/15
ISBN 9784894897823
判型・ページ数 A5・68ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
 1 本書の目的
 2 トルコの書籍事情

一 トルコ人とトルコ主義
 1 「トルコ人」は誰を指す?
 2 トルコ世界と汎トルコ主義

二 ゼキ・ヴェリディ・トガンとトルコ公定歴史学
 1 一九三〇年初頭以前のトガン
 2 新生トルコ共和国と歴史学
 3 「トルコ史テーゼ」と第一回トルコ歴史学大会
 4 スタイン宛書簡での批判
 5 アタテュルク宛書簡に見る弁明と「テーゼ」との再対峙
 6 書簡の時代背景

三 アブデュルヴァッハプ・オクタイ書簡群から見る亡命者コミュニティ
 1 オクタイとの出会い
 2 雑誌刊行の試み
 3 フィンランド・タタール人との交友
 4 イスハキーの死を巡って
 5 ミュンヘンでの会合
 6 トルコ帰国後のトガン

四 一九五二年・スリナガルのカザフ人
 1 新疆カザフ人の大移住
 2 移住当事者に会う
 3 スリナガルの支援者たち
 4 パックストンとの文通
 5 カザフ難民とUSEP

おわりに

コラム1 アブデュルハイ・クルバンガリーと回教政策
コラム2 極東でのアヤズ・イスハキー
コラム3 回教政策の「コマ」としてのアブデュルレシト・イブラヒム
コラム4 アリムジャン・タガン、トゥラン主義、相馬黒光

主要参考文献
主要人物生没年表
あとがき

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内容説明

その足跡と緻密なネットワークに迫る
中央ユーラシアにはトルコ系(トルコ人と言語的・文化的親戚関係にある)民族が多い。ソ連初期の動乱により知識人・エリートの多くは亡命者としてトルコ・中西欧などを目指した。本書は彼らの書簡から読み解いた、近現代の裏面史である。

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 ロシアからの亡命者といえば白系ロシア人のことを思い浮かべる読者は多いだろう。日本への亡命者でいえばプロ野球初の三〇〇勝投手スタルヒンや、プリンやチョコレートで有名な洋菓子店を創業したモロゾフは身近な例だし、ユーラシア主義者のトルベツコイや哲学者ベルジャーエフのように、ヨーロッパへの亡命者たちは思想史でも一ジャンルを築いている。これらの亡命者がスラブ系であるのに対し、本書が対象とするのは中央アジアの主要民族のうちトルコ系の人々である。トルコ系という言葉については次節でも述べるが、これはトルコのトルコ人と言語的・文化的親戚関係にある人々を指す。中央アジア、もう少し視点を広げ中央ユーラシアに目を向けると、ロシア領では帝政末期から一九三〇年代、中国西北部では中華民国期後半から中華人民共和国初期にかけて、動乱や政策の失敗などによって多くの命が失われた。特に一九二〇年代のソ連領では、バスマチと称される反ソ・ゲリラと赤軍との間の内戦が社会に荒廃をもたらした[小松 二〇一〇:一〇五─一〇八]。また、帝政末期からソ連初期にかけて活躍したトルコ系知識人、政治エリートの多くが一九三〇年代の大テロルによって処刑されている。こうした様々な事情を抱え、トルコ系の亡命者たちは祖国を離れた。

 本書では、ロシア革命後の自治運動に失敗し、トルコで歴史学者としての道を歩んだ者(二節)、ドイツへ留学したまま、中央アジアへ戻らなかった者(三節)、ヒマラヤ山脈を越える苦難の旅路の末トルコへ移住した集団(四節)、この三者を主に論じることにしたい。またコラムでは彼らとは逆に東方、つまり日本へ逃れた人々を取り上げる。本書ではこうした人々を亡命者と総称したい。ディアスポラでは漠然とした感があるし、英語ではフランス革命に由来し、ロシア革命を契機とする亡命者を指すエミグレ(émigré)に含まれているためだ(四節の集団は難民refugee)。また彼らの自称として小松[二〇一〇]にも用いられたように、トルコ語では四節の集団も含めて「ムハージル(muhacir)」という用語が一般的である。この言葉は元々広く「移住者」を指す単語だが、はるかかなた中央アジアから来たムハージル集団といった場合、それだけで政治的亡命者であることを言外に含んでいる。

 ところでナチスによって併合されたオーストリアを去り、アルプスを越えるラストシーンが印象的な映画『サウンド・オブ・ミュージック』のように、亡命のハイライトはそれに追い込まれる過程や危機を脱するまでの緊迫感にあると言ってよい。だが本書では亡命後を扱いたい。国境を越え、生命や思想の自由が保障されたのち、安穏な人生を過ごせた亡命者も多かっただろう。しかし本書では、亡命後に行く先々で新たな問題や困難に直面したトルコ系の人々に焦点を当てる。具体的に取り上げるのは、新生トルコ共和国で国民意識創出のため形成された公定歴史学との対立(二節)、トルコ国内外の同胞との密な交流やその一方で見られる不和や組織再編の試み(三節)、更にはインドでの現地レベルからワシントンの国務省上層部レベルに至るアメリカの接触・支援(四節)についてである。またコラムで扱う四人は、亡命者と大正・昭和史との交差の実例でもある。このようにトルコ共和国や中央アジアといった地域的な枠組みには収まらない変幻自在な在り方こそ、亡命者研究の特徴であり、魅力である。

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著者紹介
小野亮介(おの りょうすけ)
1984年、大分県生まれ。
現在、慶應義塾大学大学院 文学研究科史学専攻 後期博士課程。
主な論文に「『新トルキスタン』誌におけるゼキ・ヴェリディ・トガンの文化観とその背景」」(『史学』第84巻第1-4号、2015年)、「オーレル・スタイン・ペーパーズから見るゼキ・ヴェリディ・トガンのトルコ史研究と歴史観」(『日本中央アジア学会報』第10号、2014年)などがある。
http://researchmap.jp/ryosuke_ono/

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