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アルゼンチンのユダヤ人 別巻9

食から見た暮らしと文化

アルゼンチンのユダヤ人

日常食からは舌に刻み込まれた習性を、儀礼食からは信仰心を感じながら、ユダヤ人とは何か、彼らにとっての自分たちとは何かを考察。

著者 宇田川 彩
ジャンル 人類学
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻
出版年月日 2015/10/15
ISBN 9784894897847
判型・ページ数 A5・66ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
 ユダヤ人とは誰か

一 アルゼンチンのユダヤ人
 1 アルゼンチンという国
 2 アルゼンチンのユダヤ人の来歴
 3 言語・教育
 小括

二 安息日のハラー
 1 安息日の食事
 2 ロミナ家の安息日の晩餐
 3 食餌規定と聖なるもの
 小括

三 苦菜と蜂蜜
 1 苦いものと甘いもの
 2 ジュディス家の過ぎ越しの祭
 3 言葉と食べ物
 小括

四 牛肉とアサード
 1 牛肉とアルゼンチン人
 2 お母さんの料理とユダヤ料理
 小括

五 食べ物がもたらすつながり
 1 「ホーム」と食べ物
 2 食べ物を分かち合うこと

おわりに
注・参考文献
あとがき

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内容説明

南米一の人口を持つ彼らの素顔に迫る
近現代の3次にわたる移民流入により、多様な来歴や習慣を持つ20万の人々。「同じ釜の飯を食う」中で、日常食からは舌と身体に刻み込まれた習性を、儀礼食からは信仰心を感じながら、ユダヤ人とは何か、彼らにとっての自分たち自身とは何かを考察。人類学調査の新たなレシピ。

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 それではなぜ、「涙」と「ユダヤ料理」が結びついて語られるのか。それは、しばしばユダヤの歴史は、苦難や度重なる追放、迫害と結び付けられてきたからだ。旧約聖書が書かれた時代の迫害から、前世紀のアウシュヴィッツに象徴されるホロコーストまで、ユダヤ史は苦難を除いて描くことはできない。ただ、その中でも人々の暮らしには我々と変わらない苦楽の日常があった。今日のアルゼンチンでも、ユダヤ的な諧謔は重みをもって、しかし軽やかな形で人々の日常に溶け込んでいるのである。儀礼や祈りの場だけが「宗教」ではないし、ユダヤ人だからといって必ずしも宗教がアイデンティティの根幹にあるわけではないことが、本書を読み進めていくうちに理解されるだろう。

 本書は、地球上に広がるユダヤ世界の中でも、私が二〇一一年から二〇一三年の二年間にわたり、生活を共にし、「同じ釜の飯」を食べた南米アルゼンチンで、食や料理という日々の営みを一つの視角として現代ユダヤ人の生き方について考察する試みである。

 補足すると、ユダヤ人と非ユダヤ人が結婚することは、アルゼンチンではありふれている。カトリック・キリスト教が国内の多数派であるため、宗教やエスニック・マイノリティとの間の結婚は一般的に「通婚(matrimonio mixto)」と呼ばれている。ただし、人びとのあいだでは「通婚」が何ら目新しい出来事として取りざたされるわけではない。また、宗教やエスニシティの異なる夫婦のもとに生まれた子どもが、どのように自らのアイデンティティをとらえるかは、幼少時の環境や学校教育、交友関係によって異なる。たとえば学校は公立学校に行かせ、スポーツクラブはユダヤ系のところを選んでユダヤ人同士の交友関係を持たせることをのぞむ家庭もあれば、一切の宗教色を排する家庭もある。

 小括としてまとめるならば、「アルゼンチンのユダヤ人」と呼んだとしても「ユダヤ系アルゼンチン人」と呼んだとしても、個々のあらゆるケースに適するカテゴリーを用意することは不可能だろう。本書での立場としては、「ユダヤ人と自己認識している人」がユダヤ人であるとまとめておきたい。あいまいな定義に見えるが、人口統計や学術調査でも、方法論的に同様の立場が採られているし、とりわけ本書のように質的調査に基づいた議論では、事例の検討を通じて明らかになることのほうが多いからだ。

 構成は以下の通りである。第一節でまずアルゼンチンのユダヤ人について概略を述べる。第二節では、世俗化した現在にまで通底する食物のもつ宗教的な意味を論じる。第三節では、日常生活と、非日常のお祭りの機会にユダヤ人が食べるものの意味について考える。第四節では、ディアスポラ(離散)の歴史を積み重ねたユダヤ人の視点と照らし「ふるさとの味」とは何なのかを考察する。第五節「食べ物がもたらすつながり」では、出自や家族の系譜を越えたつながりについて、ユダヤ的な文脈を超えた理論的な展開にも視野を広げつつ考察していく。

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著者紹介
宇田川 彩(うだがわ あや)
1984年、横浜市生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程在籍。主要業績に、「似たものとしてのブエノスアイレスのユダヤ人─《私》から考えるユダヤ人アイデンティティ」『ユダヤ・イスラエル研究』2011年、第24号、”Spiritual Searchers without Belonging: through the case study of Buenos Aires Jews”『文化人類学研究』2014年、第14巻など。

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