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君主制と民主主義 別巻11

モロッコの政治とイスラームの現代

君主制と民主主義

「アラブの春」以降もアラブの王制はなぜ倒れないのか。モロッコの事例から現代イスラーム国家の政治・統治・民主主義の実態を考察。

著者 白谷 望
ジャンル 社会・経済・環境・政治
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻
出版年月日 2015/10/15
ISBN 9784894897861
判型・ページ数 A5・56ページ
定価 本体700円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
 1 「アラブの春」の衝撃と君主制国家の安定
 2 君主制の類型化
 3 本書の課題

一 アラブの政治
 1 民主主義の理解とアラブの権威主義体制
 2 現在のアラブ君主制
 3 モロッコ王制の特徴

二 伝統と宗教に正統性を求める君主制
 1 モロッコ王家(図3)
 2 憲法から見る国王の権威
 3 可視化される国王の伝統的・宗教的正統性──バイアの儀式

三 君主制下の議会と選挙
 1 政治勢力の細分化と分断統治
 2 政治アクターの「取り込み」の手法とその変化
 3 「アラブの春」とイスラーム政党の勝利

おわりに

注・参考文献
あとがき

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内容説明

アラブの王制はなぜ倒れないのか
「アラブの春」以降、チュニジアやエジプトのように独裁政権が倒れ、その後政治的混乱に陥った国々、あるいはリビアやシリアなど戦争状態に突入した国家、そしてテロなどが頻発している国はすべて共和制である。
一方、君主制諸国では、国民が街頭に飛び出したものの、体制が崩壊したり、政治状況が混乱したりすることなく、概して安定を保っている。

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 二〇一〇年末から二〇一一年初頭にかけて、アラブ諸国で起きた若者を中心としたデモは、世界を驚かせた。

 そのきっかけとなったのは、北アフリカの小国チュニジア南西部の町シディ・ブーズィードでの出来事である。二〇一〇年末、一人の青年が営業許可なく路上に露天を広げていたところ、警官に見咎められ、平手打ちを食らい、強制的に退去させられた。その後、彼は自らに火を放って自殺したのである。この事件がSNSやメディアで繰り返し取り上げられたことから、全国各地で反政府デモが勃発し、二〇一一年一月には革命が起きてベン・アリー大統領が亡命した。その翌月にはエジプトにもこの政権転覆が波及し、二九年間の長きにわたり大統領職にあったムバーラクの政権が崩壊した。こうした潮流はまたたく間に周辺のアラブ諸国に及び、イエメンやバハレーン(一般的にはバーレーンと表記されるが、本書ではよりアラビア語の発音に近い表記を採用する)、リビア、シリアにおいて、民衆デモが起き、リビアでは、半年間の激しい衝突ののち、NATO(北大西洋条約機構)軍の空爆を後押しとして、四〇年以上続いていたカダフィー政権が倒れた。

 世界はこの一連の政治的変化を驚きとともに、明るい希望の念を抱きつつ眺めていた。ついにアラブ地域にも「民主化」が起こる、「アラブの春」の到来は近い、と思ったのである。だが、その後の歩みはどうであったのだろう。バハレーンやシリアでは、政府側の鎮圧でデモ隊は蹴散らされ、特にシリアでは、現在も熾烈な内戦状況が続いている。

 一方、北アフリカのリビアでは、欧米諸国の後押しもあって、なんとか政権転覆は実現したものの、本書執筆時点(二〇一五年三月)には、東側と西側に「議会」と「政府」が並列し、それぞれ民兵や部族、部隊を巻き込み、内戦状況が続いている。さらには、革命後に民主化が最も順調に進んでいたはずのエジプトでは、二〇一三年七月に軍がクーデタを起こし、選挙で選ばれたムハンマド・ムルスィー大統領が、その地位を追われた。また、「アラブの春」の発端となった国であり、紆余曲折を経てではあるが民主化プロセスを着実に進めてきたチュニジアでは、二〇一五年に入りテロリストらによる観光客を狙った襲撃事件が連続して勃発し、邦人を含む多くの犠牲者を出した。加えて、「アラブの春」の直接の影響は受けなかったものの、イラク戦争の後遺症に苦しむイラクから内戦の続くシリアにかけて、二〇一四年以降「イスラーム国(IS)」が台頭し、その残虐な活動が連日メディアをにぎわせている。

 つまり、二〇一一年からの地域的な政治変動の帰結は、とうてい「春」と呼べるようなものではなく、むしろ中東・北アフリカ地域は混迷を深めている。

 しかし同時に、「アラブの春」以降の状況は、非常に興味深い疑問を投げかけている。というのも、チュニジアやエジプトのように独裁政権が倒れ、その後政治的混乱に陥った国々、あるいはリビアやシリアなど戦争状態に突入した国家、そしてテロなどが頻発している国はすべて共和制である。一方、君主制諸国では、国民が街頭に飛び出したものの、バハレーンを除き体制転覆を求めるスローガンはほとんど見られず、治安当局の取締と政府の懐柔策によって社会運動は早々に収束した。バハレーンも、サウディアラビア軍の協力によって反政権デモの封じ込めには成功した。すなわち、本書で扱うモロッコを含むアラブ君主制国家は、体制が崩壊したり、政治状況が混乱したりすることなく、概して安定を保っているのである。

 現在、アラブ連盟を構成する二二カ国のうち、八カ国が君主制を採用している(図2)。そして、それらの国々では、通常世襲で王位を継承する君主が、絶対的な権限を有している。なぜ、アラブ地域にはこうした君主制国家がこれほど多く現存し、また共和制以上に安定性を維持しているのだろうか。

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著者紹介
白谷 望(しらたに のぞみ)
1985年、千葉県生まれ。
上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士後期過程在籍中。
主な論文に、「『アラブの春』が証明したモロッコの政治体制の盤石性─名目的な政権交代と牙を抜かれたサラフィー主義」(『中東研究』第517号)、「モロッコにおける権威主義体制持続のための新たな戦略─2011年国民議会選挙と名目的な政権交代」(『日本中東学会年報』第30巻第1号)などがある。

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