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台湾と伝統文化

郷土愛と抵抗の思想史

台湾と伝統文化

皇民化運動に抵抗し、新文化運動によって転換の時代に向かう伝統文化。内外の圧力との相互作用による自律的な変革を追う。

著者 陳 昭瑛
池田 辰彰
池田 晶子
ジャンル 歴史・考古
シリーズ アジア・太平洋双書
出版年月日 2015/12/20
ISBN 9784894892163
判型・ページ数 4-6・384ページ
定価 本体3,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

日本語版刊行に寄せて(日本私立学校振興・共済事業団理事長、関西大学前学長 河田悌一)
旧版の序文
新版の序文
第一章 鄭氏政権時代の台湾の中国伝統文化
 一 はじめに
 二 政治と教育
 三 生活と宗教
 四 文芸と建築

第二章 朱子学の東方伝播──清朝台湾書院の「学規」における朱子学
 一 はじめに
 二 学規と朱子学の伝播
 三 張伯行と台湾書院学規の関わり
 四 台湾書院学規の先駆──「海東書院学規」とその「続編」
 五 澎湖の「文石書院学約」と乾嘉時代の学術
 六 大学規と小学規を兼ね備えた『白沙書院学規』
 七 恒春県の塾規と先住民社会
 八 結論

第三章 日本統治時代における台湾儒学の植民地体験
 一 はじめに
 二 華夷の弁──台湾割譲初期における儒生の武装抗日運動の思想基礎
 三 旧文化への抵抗──書房、詩社、鸞堂及び祠堂
 四 新旧融合の試み
 五 祖国回帰か地下潜入か──一九三七─一九四五

第四章 連横の『台湾通史』と清朝の公羊思想
 一 はじめに
 二 「継絶存亡」の史観──連横と龔自珍
 三 「種性」思想──連横と章太炎

第五章 連横『台湾通史』に見られる「民族」概念──旧学と新義
 一 はじめに
 二 民族性──「我族」と「異種」の対比
 三 民族性──「自在自為」における自我の関係

第六章 日本統治時代の伝統詩社「檪社」の歴史的転換点
      ──伝統遺民文学から近代民族運動まで
 一 はじめに
 二 遺民文学の伝統――中原から台湾へ
 三 一九〇二年―一九一一年――櫟社の成立と初期の活動
 四 一九一一年―一九二五年――梁啓超来台から治警事件まで

第七章 啓蒙、解放と伝統──一九二〇年代台湾知識人の文化考察
 一 はじめに
 二 一九二一年の台湾──啓蒙
 三 一九二四年から一九二五年の新文学運動──「啓蒙」から「解放」へ
 四 一九二七年の台湾──解放
 五 「伝統」の再現
 六 代表的な人物──王敏川

第八章 一本の金細工──頼和「一本の〈竿秤〉」に見られる伝統文化
 一 はじめに
 二 一九二五年の台湾
 三 秦得参の一生と最後の一日
 四 「竿秤」と日本の警察のイメージ
 五 「一本の金細工」の象徴と女性キャラクター

第九章 同胞の魂、未だ死せず、誰が受け継がんや
     ──葉栄鐘の『初期文集』(中文原題は『早年文集』)の志と思想
 一 はじめに
 二 啓蒙から自治へ
 三 中国新文学に対する評論
 四 台湾文学に対する考え
 五 光復初期の社会参加
 六 結論

訳者あとがき
台湾史略年表・地図
索引

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内容説明

伝統文化は、日本統治下の皇民化運動に抵抗しながら、世界の思潮の中で精錬され、さらに新文化運動によって転換の時代に向かった。本書は、内外の圧力との相互作用による伝統文化の自律的な変革を追った、注目の論考群である。

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日本語版刊行に寄せて

日本私立学校振興・共済事業団理事長
関西大学前学長
河田悌一

(前略) 本書は、 “グローバル化”のなかで“格差”を少なくしようと努力している台湾で生まれ育った、(父祖の代からの本省人である)女性研究者として、最も輝き活躍している研究者のひとりといえる、陳昭瑛教授によって執筆された書物である。

 本書の最も優れたところは、どこにあるのか。独断と偏見でもって大刀闊斧に論ずれば、以下の三点ということになろう。

 第一は、これまで台湾の歴史、思想、文化について綿密かつ体系的に説いた書物が乏しかった。それに対して、四世紀にわたる歴史的展望、パースぺクティブにおいて、本書は執筆されていることが注目される。すなわち、十六世紀、清に滅ぼされつつある明朝を支援し、“反清復明”をスローガンに台湾に渡って、いわゆる「鄭氏政権」を打ち建てた鄭成功時代に焦点をあてているのだ。この時期の台湾における中国の伝統文化を、「政治と教育」、「生活と宗教」、「文芸と建築」などの視点から論じていて、私は、あたかもアナール(Annales School)学派の論説を読む心地がした。

 第二は、日清戦争で日本が台湾の統治権をえた、いわゆる「日本統治時代」における「儒教(原文は“儒学”)」のあり方を、論じ明らかにしていることである。

 台湾が日本に割譲された後、抗日武装闘争に少なからぬ“儒生(いわゆる儒教の徒)”が参加したこと、抗日運動鎮圧後は“詩社”や“書房”という結社・団体を結成して抵抗をつづけたこと、「皇民化運動」が本格化された以降、“儒生”は地下運動に転じたこと──などなど日本統治時代の「寒くて暗い冬の時代」を、きわめて冷静に描写していて、日本人として身につまされて読んだ。

 第三は、これまで私が無知にして知らなかった台湾出身の歴史家、文学者、詩人などの知識人について、その業績、事跡、歴史的価値を資料に依拠しながら、読者の前に著者は自身の創見を披瀝していることである。
たとえば、儒教経典である五経のひとつ、『春秋』を基礎にしつつ、日本統治期に執筆した『台湾通史』の著者、連横(一八七八〜一九三六)。また旧文学の洗礼をうけながら新文学の筆法によって台湾の古典的世界を見事に描き、「台湾新文学の父」「台湾の魯迅」と称される頼和(一八九四〜一九四三)。日本統治期そして蔣介石の独裁期という、まさに二十世紀の苦難の時代を生きて、「台湾人による最初の新文学概観」を書き上げるとともに、時局にたいする自らの苦悩や想いを評論やエッセイによって吐露した葉栄鐘(一九〇〇〜七八)。さらに、早稲田大学政治経済学部に学び、その日本留学中に左翼思想に触れ、「儒家とマルクス主義の平等観念にも依拠」しながら議会設置運動や女性の人権のために活動をつづけ、捕らわれた獄中で南宋末の愛国者、文天祥(一二三六〜八二)の「正気の歌」を詠じたという王敏川(一八八九〜一九四二)。

 本書は多くの新しい事実と知見が凝縮された、まさに得がたい書物といえるだろう。

(中略)

 最後に、本書の著者の人となり人物と経歴について、私の知るところを記しておきたい。

 陳昭瑛教授は一九五七年、台湾に生まれた。父は嘉義県民雄郷の、母は台南の人、というから、まさに生粋の台湾人である。台湾の最高学府である国立台湾大学「中文系(中国文学)」を卒業。大学院ではヘーゲル研究によって「哲学の修士号」を、さらにドクターコースでは中国と西洋との比較文学理論の研究によって「比較文学の博士号」を取得。ハーバード大学や上海の復旦大学のビジティング・スカラー(客員研究員、客員教授)として研究と教育活動をおこない、現在は台湾大学(中文系)教授を務めている。


『芸術の弁証――ヘーゲルとルカーチ』、『台湾詩選注』、『台湾文学と本土化運動』、『儒家の美学と経典詮釈』、『台湾儒学』などをはじめ多くの著作が、著者にはある。この『台湾と伝統文化』は一九九九年に「初版」が上梓された後、二〇〇八年に増補再版が出版され、本書はこの「増補版」をテクストとして訳出されている。

 はじめて陳昭瑛教授と私が面識をえたのは、十一年前の二〇〇四年秋。大阪の千里山にある関西大学において、畏友の台湾大学の黄俊傑教授とともに、学長を務めていた私が中心になって「東アジアと儒教」とタイトルする国際シンポジウムを、開催したときのことだった。(中略)

 と同時に、この書の翻訳者がわが関西大学で研究活動をおこなった新進の研究者であることに、浅からぬ“因縁”を感じている。訳者の池田辰彰氏は、一九八七年に慶應義塾大学商学部を卒業。縁あって「台日経済貿易発展基金会」に勤務し、「台湾中央放送局」の国際放送のアナウンサー兼記者として活躍していたが、二〇〇八年秋、関西大学大学院に入学。三年間、近世近代の東アジア交渉史研究の泰斗である松浦章教授の指導のもとで研鑽をつんだ後、博士号(文学)を取得して、現在は台湾の玄奘大学応用外国語学科副主任の任にある好学の士である。そしてまた、共訳者である池田氏の夫人、池田晶子氏は早稲田大学教育学部(国語国文学科)を卒業後、各種の教育機関で日本語教育に携わり、現在は台湾大学、台湾師範大学、世新大学などで講師を務める才女である。

 これらの、実に様々な「縁」によって、“フォルモサ(Formosa, 麗しの島)”と称される台湾への誘いともいうべき本書の「日本語版刊行に寄せて」を依頼された私は、学者冥利につきる、との想いを胸中に抱きつつ拙文を書いてきた。

 著者の陳昭瑛教授は現在、台湾大学「東アジア儒学研究プロジェクト」の執行委員長、すなわちリーダーとして、朝鮮儒教、荀子の法哲学などについて、その研究領域を拡大している。のみならず、国際的な学術交流にも日夜、努力貢献しておられる、と仄聞する。

 著者の陳教授そして訳者の池田夫妻の更なる健筆、また関西大学と台湾大学との交流の深化、さらに日本と台湾との友好と学術交流のますますの拡大を、衷心から祈念して、筆を擱くことにしたい。

 

 

旧版の序文

 

 この本は台湾と中国伝統文化の関係に焦点を当てたもので、対象となる時代は、日本統治時代に比較的に集中している。その時代の台湾における中国伝統文化は二方向からの挑戦に直面していた。一つは台湾総督府の文教政策、もう一つは台湾知識人による新文化運動である。日本人による台湾人の同化及び皇民化運動に直面した時、伝統文化はそれに強固に抵抗した。また、新文化の衝撃に直面した時、伝統文化は自己反省と新たな段階への転換の時代に入った。この時に影響力のあった台湾知識人は、往々にして二種類の特質を露呈した。一つは新学と旧学の間で新旧融合を図ろうとするものであり、もう一つは、知識の探求を社会現実と結合させることにより、理論と実践をあわせ持つ知識人の型を造ろうとするものである。このような知識人たちの努力により、伝統文化のある一面は世界の思潮の中で洗礼を受け、精錬されることになり、その一方で、台湾の現実の土壌に根ざし、台湾独自の固有のものになっていった。それで、台湾史の各時代区分において、日本統治時代は、台湾の特性と中国伝統文化の間で、最も深淵で最も近代的意義をもたらす相互作用の時代であった、と言えるのである。

 本書の各章はそれぞれが異なる場所で発表した論文であり、その都度、師や友人からの批評や教え、そして励ましを受けてきた。「明鄭時期台湾的中国伝統文化(鄭氏政権時代の台湾の中国文化)」は一九九八年四月、西安で開かれた「黃帝与中国伝統文化(黄帝と中国伝統文化)」シンポジウムで発表したものである。「日拠時期台湾儒学的殖民地経験(日本統治時代における台湾儒学の植民地体験)」は一九九七年六月、シンガポール国立大学で行なわれた「儒学與世界文明(儒学と世界文明)」国際シンポジウムで発表した。「日拠時期伝統詩社櫟社的歴史転折:従伝統遺民文学到近代民族運動(日本統治時代の伝統詩社「櫟社」の歴史的転換点──伝統遺民文学から近代民族運動へ)は一九九五年十二月、台湾大学中国文学学科の講演会での発表であり、「一根金花:頼和一桿『称仔』中的伝統文化(一本の金細工─頼和「一本の〈竿秤〉」に見られる伝統文化)」は台湾大学外国語学科張静二教授のご推薦により『中国現代文学理論季刊』第九期(一九九八年春季号)に掲載したものである。「啓蒙、解放与伝統:論二十世紀二十年代台湾知識分子的文化省思(啓蒙、解放と伝統──一九二〇年代台湾知識人の文化考察)」は、一節から五節は台湾大学創立七十周年記念「跨世紀台湾的文化発展(世紀を越えた台湾の文化発展)」国際シンポジウムで発表したもので、その時には施淑教授の意義深い評論をいただいた。第六節は王敏川を論じた部分で、一九九八年十月十九日、杜維明教授主催の「哈仏儒学研討会(ハーバード儒学シンポジウム)」で発表したものである。

 各論文を執筆した時のことを思い出すと、それぞれ異なる心情や風景が思い出される。その中でもありありと目に浮かぶのは、ケンブリッジで「啓蒙、解放与伝統:論二十世紀二十年代台湾知識分子的文化省思(啓蒙、解放と伝統──一九二〇年代台湾知識人の文化考察)」を執筆した時のことであろう。昨年八月、マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード大学に赴き、一年間にわたる燕京研究所の訪問研究員生活が始まった。陳熙遠氏の支援により生活上の不安はなくなり、九月二十日には、宋家復氏が、私にとって最も必要な書斎デスクを運び、大汗を流しながら部屋に備え付けてくれた。旧友の労苦のおかげで、私はこのデスクで仕事に打ち込むことができたのである。窓の外には青い空に色づいた紅葉が鮮やかに映えていた。その景色を見ながら、私の心によぎったのは、獄の中でも「正気歌」の歌を詠んだ、台湾儒学者王敏川の感動を覚える生涯である。ニューイングランドのケンブリッジと日本統治時代の台湾とでは、時空がこれほど離れていながら、なんと身近なのであろう。これが、私が海外での漢学研究の最初に抱いた心情である。十月十九日「哈仏儒学研究会(ハーバード儒学研究会)」で、中国からアメリカに移住した学者と王敏川について意見を交換し、思いがけずも喜びを味わった。中国の文化の領域がなんと広大なことかと初めて実感したのである。ケンブリッジでの経験は、四十歳を過ぎて初めて海外遊学する、根っからの台湾人に、全く新しい刺激と十分な啓発を与えるものであった。今、窓の外は凍てつく寒さで雪が降り積もり、そう遠くないチャールズ河は凍りに覆われている。この著作をまもなく終えようとしている今、数ヵ月後には、あの耐え難いほど暑い台湾に戻っているであろう。この本の出版がまさにケンブリッジで過ごした記念であり、またこの地で得たひとつひとつの友情の記念といえるであろう。

 最後に呉宏一先生と梅家玲先輩に励ましていただき、この著作が出来たことを感謝したい。また楊儒賓先生にはご自身の著作「読李喬先生的中国文化論」をこの本に収録[訳者注:本書にはこの著作は掲載していない]することに同意いただいたことにも感謝申し上げたい。楊先生は著作の中で、「中国文化はなんと幸運なのであろう、このように強固な反対者(李喬先生を指す)がいたのだから」と記しているものの、私はここで一言付け加えずにはいられない。「中国文化はなんと幸運なのであろう、楊儒賓先生のような英知の守護者を得たのだから」と。我々の世代の台湾人があきらめずに努力を続けさえすれば、台湾は中国文化が芽を出す肥沃な土壌となりうるのであり、また中国文化は台湾人にとっての最も豊かな精神的な糧となりうるのであろう。

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著者紹介
陳昭瑛(ちん しょうえい)
1957年、台湾生まれ。
現在:国立台湾大學中国文学科教授、国立台湾大學人文社会高等研究院特任研究員。
歴任:ハーバード大學燕京研究所訪問学者(1998-1999)、同訪問研究員(2010-2011)
著書:『台湾詩選注』『台湾文学與本土化運動』『台湾與伝統文化』『台湾儒学:起源、発展與転化』『儒家美学與経典注釈』など。

訳者紹介
池田辰彰(いけだ たつあき)
1962年、福岡県生まれ。
現在:玄奘大学応用外国語学科副学科長
慶應大学商学部卒、関西大学大学院文学研究科博士課程卒、博士(文学)
歴任:台日経済貿易発展基金会、中央放送局記者を経て、現職。台湾大学人文社会高等研究院訪問学者(2013)
主要翻訳:中華民国国史館数位典蔵系列『蒋経国総統』、『争鋒:蒋中正的革命風雲』、『驟変1949:関鍵年代的陳誠』。主要論文:「日本統治時代前期宜蘭における経済発展」(『南島史学』83号)、「台湾総督府が登用した台湾人」(『南島史学』82号)など。

池田晶子(いけだ あきこ)
1963年、広島県生まれ。
現在:台湾大学、非常勤言語講師、台湾師範大学、世新大学、非常勤講師、早稲田大学教育学部卒、台湾大学日本語文学科修士課程卒。

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