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モンゴル人ジェノサイドに関する基礎資料8

反右派闘争から文化大革命へ

モンゴル人ジェノサイドに関する基礎資料8

反右派運動と四清運動を分析し、さらに大字報が大量逆殺の雰囲気醸成に加担していったプロセスを描く。膨大な一次資料を踏まえ論述。

著者 楊 海英
ジャンル 書誌・資料・写真集
出版年月日 2016/03/01
ISBN 9784894898882
判型・ページ数 A4・956ページ
定価 本体20,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

一 反右派闘争という中国現代史
1.1 従来の中国反右派闘争に関する研究
1.2 内モンゴル自治区における反右派闘争に関する従来の研究
1.3 日本を拠点としたモンゴル人の研究

二 反民族右派闘争の展開
  既往研究が伝える内モンゴルの反右派闘争
  党よりも個人への意見
  (中略)
  全国にいた民族右派

三 内モンゴル師範学院の反右派闘争
  自治区の重点、師範学院
  正常な意見
  (中略)
  「漢族は少数民族より進んでいる」
  自治区における反右派闘争の特徴  

四 社会主義教育運動
  階級闘争と民族間の闘争
  (中略)
  免罪符のないモンゴル人
  造反の潮流から消えいくモンゴル人  

五 内モンゴル大学における「反民族分裂主義運動」
  「民族分裂主義」の先駆
  (中略)
  独立と自治の模索者の運命

六 内モンゴル自治区党委員会の大字報
  モンゴル人政治家の抵抗と敗北
  第一号の大字報の意義
  (中略)
  特定の民族への憎しみ
  文化大革命全体における大字報の性質

七 「帽子を取り外す」という軽薄な「名誉回復」
  下品な紙が伝える「名誉回復」
  (中略)
  自治区末端の右派たちの実態

参考文献
本書所収資料の出典
あとがき

資料一 内蒙古師範大学等反右派整風資料
(整风简报,整风办公室编印,内蒙古师范学院资料室马列主义教研室,1957)

1,整风简报,第一期,1957年6月12日
讲师与科长以上非党同志座谈会继续进行
理科教学人员座谈会发言摘要(1957年6月11日)
各科蒙族教师座谈会六月十一日座谈情况
2,整风简报,第二期,1957年6月13日
简报编辑部的几句话
在文科教师座谈会上对党及院领导提出的意见记录摘要
行政人员座谈会发言摘要(六月十一日)

  (中略)

29,反右派斗争和社会主义思想教育学习参考资料,第四册,内蒙古师范学院马列主义教研室编(蒙古族的败类——荣祥;看,孔庆瑧的反动言论。夸大人民内部矛盾,颠倒黑白; 曾士先的“感激莫铭”; 卢健飞口是心非,狡猾奸诈,是阴险的两面派; 色道尔基阴谋分裂内蒙古,恶毒攻击党的领导,反对民族区域自治,企图分裂内蒙古)

資料二 四清運動与反民族分裂主義運動
1,马克思列宁主义,還是資産阶级民族主义?——陶克涛著“内蒙古发展概述”(上册)近代部分中的几个问题,1965年4月30日
2,四清简报(内蒙古语委四清工作队办公室),第三十三期,对戈瓦党内检查的意见,1966年3月23日

  (中略)

18,内蒙古大学反对民族分裂主义资料汇集,第二集,1966年..

資料三 内蒙古党委弁公庁機要局(内蒙古党委機関)文化大革命大字報選編
1,文化大革命大字报选编,一,1966年6月13日,封锁消息;民族问题上的阴谋;仇视、辱骂党委领导同志;窃取机密
2,文化大革命大字报选编,二,1966年6月13日,你们和云丽文是什么关系;浩帆在小營子搞的是什么名堂;高尼、任秀贞把黑名单交出来!原来锐军是浩帆的外甥!高尼是怎么来的?高尼来之有“因”,这几天在大字报上几点建议值得注意

  (中略)

262,无产阶级文化大革命大字报选编,四六三,1966年12月2日,最最强烈的抗议
263,无产阶级文化大革命大字报选编,四六七,1966年12月5日,强烈的要求!(致内蒙古党委)

資料四 右派摘帽文件
1,中共中央通知,中共中央文件(中发1978,55号),1978年9月17日

  (中略)

17,张国政写给土左旗文教局领导同志的信,1979年10月6日

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内容説明

本書は内モンゴル自治区でおこなわれた中国文化大革命に関する第一次資料を解説し、影印するシリーズ。大字報が大量逆殺の雰囲気醸成に加担していったプロセスを詳しく描く。一次資料からその局面を探る。

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はじめに より

 

……

 

 文化大革命が発動された政治的、国際的な背景はどこにあるのだろうか。少数民族を大量虐殺してきた運動を中華人民共和国の歴史のなかで、どのように位置づけすればいいのだろうか。言い換えれば、中華人民共和国はいかにして文化大革命まで辿りついたのか。文化大革命は突如として現れたのではない。その前の多くの政治運動と連動しているし、その後の国家運営ともつながっている。したがって、文化大革命について研究する際も、建国直後からの歴史から着手しなければならないし、必然的に今日における中国と国際社会との関係にまで注視する必要があろう。

 私は今までの研究のなかで、深刻化する中国の民族問題はどれも文化大革命時のジェノサイドに起因する、と指摘してきた[楊 2009a,b;2013b;2013c;2014b:437-456]。本書においては、文化大革命以前の政治運動に遡って、その実態について資料解析してみたい。具体的には1957年に勃発した反右派運動と1964年からの社会主義教育運動(四清運動)を取りあげる。この二つの運動に関する第一次資料を解説した上で、更に文化大革命が始まった直後の大字報(壁新聞)の内容検討に入る。共産党政府の中枢にいた人物たちの書いた大字報が大量逆殺の雰囲気醸成に加担していったプロセスを詳しく描く。これが、本書の目的と内容である。

一 反右派闘争という中国現代史

私が文化大革命以前の政治運動に注目する理由は、中国人研究者は「反右派運動は文化大革命の予行演習だ」とみているからである[瀋志華 2008:200]。また、別の研究者も「反右派闘争と大躍進、文化大革命、それに1989年の天安門事件は現代中国の四代災難」である、と位置づけている[丁抒 2007:vi]。モンゴル人も「文化大革命的な政治手法は1964年の社会主義教育運動(四清)から始まっている」と認識している[楊 2009a:230-232]。このように、研究者たちの見方とモンゴル人の見解は一致しているのである。

……

 

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編者紹介
楊海英(Yang Haiying)
日本国静岡大学人文学部教授。専攻、文化人類学。
主な著書
『草原と馬とモンゴル人』日本放送出版協会、2001年。
『チンギス・ハーン祭祀―試みとしての歴史人類学的再構成』風響社、2004年。
『モンゴル草原の文人たち―手写本が語る民族誌』平凡社、2005年。
『モンゴルとイスラーム的中国―民族形成をたどる歴史人類学紀行』風響社、2007年。
『モンゴルのアルジャイ石窟―その興亡の歴史と出土文書』風響社、2008年。
主な編著書
『《金書》研究への序説』国立民族学博物館、1998年。
Manuscripts from Private Collections in Ordus, Mongolia I, Mongolian Culture Studies I, International Society for the Study of the Culture and Economy of the Ordos Mongols (OMS e.V.), 2000, Ko¨ln, Germany.
Manuscripts from Private Collections in Ordus,Mongolia II, Mongolian Culture Studies II, International Society for the Study of the Culture and Economy of the Ordos Mongols (OMS e.V.), 2001, Ko¨ln, Germany.
『オルドス・モンゴル族オーノス氏の写本コレクション』国立民族学博物館、2002年。
『ランタブ―チベット・モンゴル医学古典名著』大学教育出版、2002年。
Subud Erike: A Mongolian Chronicle of 1835. Mongolian Culture Studies VI, International Society for the Study of the Culture and Economy of the Ordos Mongols (OMS e.V.), 2003, Ko¨ln, Germany.
『内モンゴル自治区フフホト市シレート・ジョー寺の古文書』風響社、2006年。
『蒙古源流―内モンゴル自治区オルドス市档案館所蔵の二種類の写本』風響社、2007年。

 

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