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民族文化資源とポリティクス

中国南部地域の分析から

民族文化資源とポリティクス

資源化された民族の記憶や人々の経験は、「モノ」となり、政府、知識人、企業、一般民といった様々な主体によって操作可能となる。

著者 塚田 誠之
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2016/03/30
ISBN 9784894892286
判型・ページ数 A5・504ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序(塚田誠之)

●第1部 生態文化、民俗知識とポリティクス

〈森林〉の資源化と精霊祭祀のゆくえ
   ──西双版納における「生態文化」のポリティクス(長谷川 清)

   一 はじめに
   二 タイ・ルーの環境認識と象徴秩序
   三 社会主義建設と森林政策
   四 タイ・ルー社会におけるゴム栽培の展開
   五 「生態文化」のポリティクス
   六 むすび

中国貴州省における生態博物館の二〇年(曽 士 才)

   一 はじめに
   二 貴州省における生態博物館の理念と導入の経緯
   三 生態博物館の理念に直接触れた村民
   四 生態博物館の現状─石板鎮鎮山民族村の場合
   五 生態博物館の現状─錦屏県隆里郷隆里村の場合
   六 おわりに

ハニ族と雲南イ族における薬草知識をめぐるポリティクス
   ──ABS法と非物質文化遺産(稲村 務)

   一 序論
   二 ABS法が突きつけるもの
   三 生物多様性条約と中国の環境政策
   四 中国の「民族医薬」をめぐる動きとハニ族の生物多様性研究
   五 ハニ族の薬草知識は「伝統的知識」といえるか─北部タイのアカ族との比較
   六 雲南イ族の薬草知識の資源化
   六 ハニ族と雲南イ族の民族薬開発の比較
   七 結論─ハニとアカの「先住民」としての権利としての薬用植物知識

●第2部 年中行事とポリティクス

キン族の伝統文化の資源化とその影響
   ──中国広西チワン族自治区東興市尾村の哈節を例として(廖 国 一)

   一 序文
   二 尾村キン族伝統哈節の概況
   三 尾村のキン族の伝統文化の資源化の表現
   四 尾村のキン族伝統文化の資源化の影響
   1 プラスの面
   五 結びに代えて

羌年の観光資源化をめぐるポリティクス
   ──四川省阿壩蔵族羌族自治州汶川県の直台村と阿爾村の羌年を事例として(松岡正子)

   一 はじめに
   二 被災前後の羌年およびシピ文化に関する研究
   三 政府による羌年の創出と観光資源化
   四 汶川県龍渓郷の阿爾村と直台村における集団型羌年の復活とその後
   五 おわりに

祖先祭祀をめぐるミクロな資源化
   ──珠江デルタの水上居民を例に(長沼さやか)

   一 はじめに
   二 文化資源からの問い
   三 珠江デルタにおける祖先祭祀
   四 事例─水上居民の祖先祭祀
   五 考察─祖先祭祀をめぐるミクロな資源化
   六 おわりに

文化の資源化と宗教
   ──中国ラフ族の「葫蘆文化」論をめぐって(片岡 樹)

   一 はじめに
   二 中国におけるラフ族社会・文化研究の趨勢
   三 「葫蘆文化論」の登場
   四 「葫蘆文化」と宗教
   五 おわりに

●第3部 観光化とポリティクス

国境地域における観光の現状と問題
   ──徳天跨国瀑布観光の事例から(塚田誠之)

   一 はじめに
   二 瀑布の概況と観光開発の歴史
   三 瀑布観光と「公司」・政府
   四 瀑布観光と徳天村
   五 瀑布観光とベトナム
   六 整理

ベトナムにおける民族文化の資源化と観光開発
   ──マイチャウとソンラーにおけるターイの事例から(樫永真佐夫)

   一 はじめに
   二 ホアビン省マイチャウ県の事例
   三 ソンラー省ソンラー市の事例
   四 まとめ

棚田の文化資源化とその再資源化をめぐるポリティクス
   ──中国雲南省元陽県を例として(孫 潔)

   一 はじめに
   二 元陽でしか見られない景観
   三 「農業景観」から「光と影のパラダイス」へ
   四 「光と影のパラダイス」から「観光地また世界遺産」へ
   五 「農産物を収穫するための棚田」から「観光収入を得るための棚田」へ
   六 おわりに

項羽の歴史記憶の資源化と観光開発(韓 敏)

   一 はじめに
   二 安徽省における項羽の記憶
   三 項羽観光化のプロセスと文化資源
   四 考察と結び

●第4部 「歴史」とポリティクス

文化資源としての戦跡──旅順の事例を中心に(高山陽子)

   一 はじめに
   二 日露戦争と旅順観光
   三 旅順の社会主義化
   四 愛国主義教育基地としての戦跡
   五 戦跡における「国恥」
   六 おわりに

現代中国における文化資源としての族譜とその活用(瀬川昌久)

   一 はじめに
   二 族譜の前近代的意味と機能
   三 一九八〇年代以降の宗族復興における族譜の意味
   四 少数民族籍獲得のポリティクスと族譜
   五 おわりに

イ族史叙述にみる「歴史」とその資源化(野本 敬)

   一 イ族の「歴史」について
   二 「イ族史」の叙述形式
   三 自民族発揚資源としての「歴史」
   四 おわりに

歴史の資源化と歴史意識
   ──雲南省徳宏州の「果占璧王国」論をめぐって(長谷千代子)

   一 はじめに
   二 徳宏州傣学学会と果占璧王国論
   二 果占璧王国論の主旨とその検証
   三 果占璧王国論を語るきっかけと背景
   四 分析
   五 まとめ

あとがき
索引

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内容説明

資源化された民族の記憶や人々の経験は、「モノ」となり、政府、知識人、企業、一般民といった様々な主体によって操作されることとなる。本書は、発展変化の著しい中国南部の多様な事例から、諸主体間のせめぎあいや妥協を分析。中国現代社会論の再構築。

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序より

 

塚田誠之

 

  一

 二〇〇〇年代に入って日本の文化人類学界で注目を集めているテーマの一つが「文化資源」に関わる諸問題である。とりわけ「文化資源学会」の設立(二〇〇二)や論文集「資源人類学」シリーズ(二〇〇七、全九巻)の刊行などの動きは目に見えてこの方面への関心の高まりを示している。文化資源の問題として、今村仁司は、「資源」は最初から「資源」として存在しているわけではなく、人はカオス的な源泉一般で水や空気といった無関心な「本源」から、価値を持ち財貨や商品としての形式をまとう「資源」を作ること、本源を素材として資源を生み出す操作「資源化」を経ることを指摘した[今村 二〇〇七:三五七─三七一]。また森山工は、誰が、誰の「文化」を、誰の「文化」として(あるいは誰の「文化」へと)、誰を目がけて「資源化」するのかという、「誰」をめぐる四重の問題を論じることだと指摘した[森山 二〇〇七]。さらに、今村は、資源の概念として、「何かに役立つ」手段的な意味が強いことを挙げ[今村 二〇〇四:一三]、清水展は、文化を資源とすることをもって、「行為者が文化を対象として実体化あるいは客体化し、それを提示したり操作したり活用したりすることによって利益や効用を得ること」としている[清水 二〇〇七:一二七]。木下直之は、「資源ゴミ」の比喩を用いて、ゴミとゴミでないものの境界線を「有用性」の有無としている。その場合、「有用性」の判断は個人や社会によって異なるものである[木下 二〇〇二]。

 「資源人類学」シリーズでは現代世界において人間の多様な領域における活動にとっての資源の持つ意味が学際的・包括的に議論され、アジア・アフリカ・オセアニア地域の周辺の諸民族社会が研究対象とされた[内堀 二〇〇七:一─五]。しかし、広大な国土に多彩な民族集団が居住し膨大な文化資源を有する中国は検討されることが少なかった。

 中国は多くの民族集団が居住する多民族国家である。それら民族集団の文化は、近現代において資源化され続けてきたのであり、グローバル化の進む現在もその動きが進行中である。そこには様々な主体、すなわち中央、地方のさまざまなレベルの政府、知識人、企業、一般民が存在する。一般民は都市住民と農民に分けられるが、一般民での中でも上層部は地方政府の末端として位置付けられ政府とも結びつく場合もあって一枚岩ではない。中国の「民族」についても政府が時間をかけて公認した経緯があって、一枚岩的存在でなく、地域集団あるいは複数の支系の集合体である場合が少なくない。「漢族」とされていても元水上居民のように周縁的な位置に置かれた人びともいる。漢族から少数民族への族籍変更の動きも見られる。このような状況において、誰の、どのような視点から、なにがどのように「資源化」されるのか、という問題について、複雑に絡まった糸をほぐすような分析が必要となる。

 ついで、中国における民族の「文化資源」は、とくに観光を含む文化産業と結びついて経済的な利益を生む資源ととらえられがちである。それは先に引用した「有用性」や「何かに役立」ち、「利益や効用を得る」という文化資源の特徴の一側面と合致している。経済発展の進展にともない資本主義的な傾向が目立つ中国ではそうした面が多かれ少なかれ見られるよう推測される。もちろん、実利を得ること以外にも、資源化を通じて現実の社会における他者との関係性の構築やアイデンティティを確認するなど個人の社会生活にとっての意味合いもある。それらの面を含めて各民族・地域においてはどのような現象が生起しているのであろうか。最新のデータに基づくそれらの分析を通じて、中国の諸民族文化の理解において新たな知見をもたらすであろうと思われる。

 文化資源の多様性やその生成と変貌のありようについては、民博共同研究「民族文化資源の生成と変貌―華南地域を中心とした人類学・歴史学的研究」(代表:武内房司、二〇〇六〜二〇〇九年度)とその成果[武内・塚田編 二〇一三]において一定程度明らかにし得た。文化資源の内容は本来広範にわたるが、「文字による記録・モニュメント・衣装や技術・写真映像等の有形無形の表象形式など、民族の過去の記憶や自らの同時代的経験を文化として継承し発信することを可能とする資料の総体」として位置付けた[武内・塚田編 二〇一三:二]。取り上げられた地域・民族・テーマは多岐にわたった。その成果として大きく分けると3つの点が挙げられる。第一に、文化資源の多様な存在形態が明らかにされた。第二に、文化資源の当事者にとって果たす意義が検討された。文化が観光資源として資源化された場合に人々に経済効果をもたらし、また資源化の過程において人々が自らの習俗や祭礼などを自分たちの文化として自覚することによってアイデンティティの確立につながった。第三に、文化が資源化されていく過程において、さまざまなレベルの政府や知識人がどのように関与してきたのかというポリティクスの問題が扱われた。

 ただし残された課題もまた少なくなかった。たとえば、年中行事、生態文化や民俗知識、資源としての「歴史」といった分野が挙げられる。中国諸民族の年中行事は、民族文化の特徴が表れる場合が多く、その点で観光化と結びつきやすいし、当事者にとっても特定の民族の成員であることを確認することができる場として資源化の対象になる。くわえて、観光への資源の活用について、前稿[武内・塚田編 二〇一三]においても、雲南省徳宏州や同省西双版納州における上座仏教に関わるいくつかの事例を取り上げて観光資源化がなされつつあることに論及したが、一九九〇年代半ば以降、中国が急激な経済発展を遂げるとともに、観光資源化が急激に、かつ大規模に各地で進行する中で、自然の景観だけでなく民族文化の諸側面が観光資源の対象とされてきており、さまざまな事例からの幅広い検討があらためて要請される。生態文化や民俗知識やなどの文化の多様な側面の分析からは、その資源化がいかに進行中で、いかなる問題点を抱えているのかについてより奥行きの深い理解が得られるであろう。

 歴史について、過去の出来事や人物の事績について記録や景観(史跡)を通じて後世に伝承されるが、中国では無数の出来事の中から特定の事柄が人爲的に選択されて文字史料として記述され、特定の場所が歴史上のゆかりの地とされてきた。そもそも歴史は当然ながら史実とは限らず、それを認識するさまざまな主体によって自分たちの正統性とアイデンティティの維持のため書きかえられてきた。その点からすれば、歴史は文化として創造され得るものであり、容易に資源化の対象となり得るであろう。従来の人類学の文化資源研究でも歴史的事象が全く扱われなかったわけではないが、とくに文字記録が多く残された中国については研究は不十分であった。

 前稿[武内・塚田編 二〇一三]においても、人民共和国後の文芸政策史のなかでのトン族の演劇の事例などを取り上げて民族文化の歴史に論及したが、あらためて一章を割いて歴史の資源化それ自体に関する検討を加える必要があるだろう。

 こうした文化の諸側面の資源化過程における諸主体間の関与のしかたに関しても、一歩踏み込んだ動態的な検討の余地が残された。たとえば資源化に関与する諸主体について、上記の政府、知識人、企業、一般民という分け方は有効で、それら諸主体間のせめぎあいや妥協・協働など複雑な関係について、一層掘り下げた検討が必要である。その場合、資源化の過程においてさまざまなレベルの政府や知識人が関与するという点で政治性の強さが前稿でも指摘がなされ、中国における資源化の主体のありようが推測されるが、この点についてより踏み込んだ検討が必要であろう。ほかにも、族譜編纂など、場合によっては国外の父系同族が関与したり、元水上居民が関与する漢族の祖先祭祀など、過去に民族集団の周縁に、あるいは外部に位置付けられてきた人々の関与の仕方、さらに観光の場合は資源を利用する側として観光客の視点を加える余地がある。

 本書は、二〇一〇年九月から二〇一三年三月まで国立民族学博物館において開催された共同研究「中国における民族文化の資源化とポリティクス―南部地域を中心とした人類学・歴史学的研究―」の成果である。先の中国西南部の諸民族の文化資源に関する問題意識を共有しつつ、前稿での検討をふまえ、上記の問題点の解明を中心として、現代の中国諸民族の社会において、文化がどのように保存・発展・利用され資源化されているのか、またそこにいかなるポリティクスが働いているのかのダイナミズムについて深く掘り下げた検討を行った。


 二

 本書の内容

 本書は、一、生態文化と民俗知識とポリティクス、二、年中行事とポリティクス、三、観光化とポリティクス、さらに四、「歴史」とポリティクス、の四部から構成されている。多様な側面の資源化に関する最新の調査に基づく報告を通じて、文化の資源化がいかに進行中で、諸主体がいかに関与し、いかなる問題点を抱えているのかを理解する。(中略)

 

 三

 第二節から、文化資源とポリティクスに関する各論文の検討の過程が明白であるが、それらは第一節で提起した諸問題を考える際に有力な材料を提供している。ここで本書の各論文について、部構成を越えて、横断的に通観していくつかのポイントを挙げよう。第一に、文化資源をめぐる諸主体の関係が指摘されよう。長谷川論文では、村民の共有資源である森林空間は、民俗的慣行を生きる村民側と政府・企業などの外部との間で「利益のせめぎあいと交渉の過程が日々繰り返され」る複雑なポリティクスが展開される磁場であることが指摘されている。この場合、政府側も企業側についたり環境保護を訴える知識人側をも支持するなど多様な対応を取っている。曽論文では、一部の生態博物館において、文化資源を保護・管理する政府やそれに連なる業者と、その運営に対して「参与はできるが管理はできない」立場にあって文化資源をもとに観光開発を進めて一層の豊かさを志向する村民との方向性の相違が指摘されている。このように政府やそれに連なる企業と住民との間でせめぎあい・交渉が見られる。

 また、塚田論文では、中越国境の瀑布観光の事例から、地方政府の主導や管理、企業の観光地開発、村民が各種観光業に従事して観光の受益者になっている現状が示され、それら諸主体はいわば協働の関係にあることが見て取れる。樫永論文では、企業が観光客用にターイの民族文化を創造して成功を収めている。この場合、マイチャウ県では村民が協力して積極的に新しい観光文化を創造している。廖論文では、キン族の年中行事の事例から、地方政府やスポンサーの企業が行事を主導し、商業的な雰囲気が濃厚になって、もとは村民の宗教儀礼であった行事の側面が薄れ、当事者の村民の意志が軽視されている現状が示されている。片岡論文では、行事「葫蘆節」を含む「葫蘆文化」は、一九九〇年代以降新たに県政府主導でラフ族文化振興や隣接諸民族をも巻き込んだ政策として進められているが、学問的にはほとんど考察の対象になっておらず、キリスト教徒ラフ族以外の住民との接点も薄い。

 韓論文では、地元で戦没した項羽を観光化する際に地方政府の役割の大きさが指摘されている。高山論文では、戦跡が中国政府の愛国主義教育に基づき、紅色観光(革命観光)の拠点とされている点で、政府の主導が明らかである。稲村論文では、イ族の民族の伝統的な薬草知識に基づく治療法を政府が文化遺産として申請しており、政府による新薬開発のための研究施設や企業誘致も近い将来の可能性として示唆されている。

 このように国家の行政が地域社会の隅々にまで浸透している中国では、住民とのせめぎあい・交渉・協働の関係が見られながらも、政府主導で資源化が進められていることが大きな特徴であるということが出来よう。

 なお、政府に連なる知識人の役割も見逃せない。長谷論文では、そうした知識人(タイ族学会成員)が古代の王国の掘り起こしを通じてタイ族のアイデンティティの主張や歴史の資源化を行っている。この場合、歴史の資源化において、タイ族のみならず徳宏州の他の民族への配慮や中華民族の一体性の理想という政治性を強く帯びている。野本論文でも、非漢族イ族の知識人が自民族の歴史を創出するに際して、「中華民族」としての現行体制で不合理を蒙らないよう戦略性を見込んだ動きを見せている。長谷川論文では、政府は経済発展をめざす企業と結びつくが、他方で学者の影響をも受けて環境保護政策を進めている。

 第二に、住民にとっての文化資源の位置づけが挙げられる。政府主導で文化の資源化がすすめられる一方で、民族文化の保護と継承については、住民側の主体的な取り組みも不可欠な場合が見られる。松岡論文では、政府がチャン族文化の核心として位置付ける祭り「羌年」について、その復活と観光資源化を進めながらも、「他者に見せる」ための「本来の真正なものではない」活動を重視して、かつて祭りを運営してきた村民組織や村民の参加を軽視したため一過性に終わったことを示し、祭りの継続にとって住民の自治的祭祀組織を通じたボトムアップ型の住民参加が不可欠であることを指摘している。先の曽論文でも、生態博物館のなかには、文化遺産の保護と継承に関して、楽器の演奏、歌舞、刺繍などの技術の習得と伝承を地域住民が持続し発展させる地道な努力が続けられていることが触れられており、住民の主体的な取り組みが不可欠である。

 また、文化の資源化が観光資源のように実利と結びつくもの以外にも、住民自身のアイデンティティの維持と深く関わっていることも見逃せない。この点について瀬川論文では、族譜の編纂の動きに注目し、族譜が「自らの出自の証明やアイデンティティの確立のための重要なツール」として用いられ、「現代を生きる人びと自身が主体的に利用する文化資源としての価値をもつ存在である」ことを示している。元水上居民を扱った長沼論文からは、清明節の「正しい」墓参行為は、当事者は自覚的ではないものの、漢族社会の周縁に置かれた人びとによる、「中華の内側」、すなわち広東本地人に連なりたいという意志の表れであろうことが推測される。

 なお、文化の資源化に関する新たな視点あるいは今後ますます重要視されるであろう論点も本稿では少なからず提示されている。その一端のみを次に挙げよう。まず、孫潔論文では、棚田観光について、資源を利用する主体として、政府、研究者、地元住民のほか、カメラマニアという新しい観光客の存在が指摘されている。従来は観光客は受身的存在とされてきたが、カメラマニアは写真を撮ることによって棚田を資源化する過程に参与するようになり、その写真によってさらに資源を政府とともに「再資源化」する動きが見られる。資源化する主体と利用する主体に関して、中国における文化の資源化の研究に新たな問題を提起している。

 また、片岡論文では、脱宗教化という点で葫蘆文化が県の多民族に受容されやすく、民族政策に寄与していること、しかし文化資源の発掘が文化の再定義をもたらし、それが宗教の取り扱いに問題を生じさせ、宗教と文化との線引きを迫られるというデリケートな問題を惹起しやすいことが指摘されている。資源化される「文化」の位置づけについて、とくに宗教の関わりとの線引きの曖昧さという点で、再考を迫るものである。

 さらに、中国では環境問題に大きな関心が集まる中で、政府が「生態文明建設」を目標に掲げ環境保護政策の維持、環境保全に対する法的な整備を進めている。他方で、持続可能な経済発展が要請されており、両者がどのように共存し得るのか注視されるところである。長谷川論文では、このような背景の下での住民の民俗的慣行と政府・学者の関与を論じているが、こうした問題は今後、一層深く掘り下げて検討する必要があろう。

 これらの他、松岡論文に示されている住民の主体的な参与の必要性という点も、年中行事の維持にとどまらず文化の保存と伝承のうえで、今後、議論が進められるべき問題である。長谷論文に示されている、歴史を自らのアイディンティティや「中華民族」の枠組みの保持のための手段として活用するような、中国における知識人の歴史の創出に果たす役割は中国社会の理解にとって興味深いものがある。

 くわえて、歴史の資源化という点について、中国では、民族の起源・神話、伝承、歴史上の人物や事象の記録・記憶、史跡、景観といったさまざまな「歴史」の細片を操作的に縫合して構築し、資源化しがちな傾向にある。そのことは、とくに政府や政府と深くかかわる知識人やメディアの主導によって展開されており、その過程において「中華民族」の一員としてアイデンティティの主張と結びつきがちである。本稿でも、歴史上の人物ゆかりの地、戦跡、族譜や古代王国の記録、さらに非漢族の自民族による歴史の記述などの諸側面から検討を行い一定の成果を収めたが、「歴史」が中国においていかに資源化されているのか、さらなる全面的な探究が必要である。

 

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執筆者紹介(掲載順)

塚田誠之(つかだ しげゆき)
1952年、北海道生まれ
北海道大学大学院博士課程修了。博士(文学)。
専攻は歴史民族学。
現在、国立民族学博物館研究戦略センター教授。
著書に『壮族社会史研究:明清時代を中心として』(国立民族学博物館、2000年)、『壮族文化史研究:明代以降を中心として』(第一書房、2000年)、編著に『中国の民族文化資源:南部地域の分析から』(武内房司・塚田誠之編、風響社、2014年)など。


長谷川 清(はせがわ きよし)
1956年、埼玉県生まれ。
上智大学大学院博士後期課程単位取得退学。
現在、文教大学教授。
論文に、「『貝葉文化』と観光開発:西双版納における上座仏教の資源化と文化的再編」(武内房司・塚田誠之編『中国の民族文化資源:南部地域の分析から』風響社、2014年)、「宗教実践とローカリティ:雲南省・徳宏地域ムンマオ(瑞麗)の事例」(林行夫編著『〈境域〉の実践宗教の大陸部東南アジア地域と宗教のトポロジー』京都大学学術出版会、2009年)など。


曽 士才(そう しさい)
1953年生まれ。
東京都立大学大学院人文科学研究科中国文学専攻博士課程満期退学。
専攻は文化人類学、中国民族学。
現在、法政大学国際文化学部教授。
主著書として、『世界の先住民族:ファースト・ピープルズの現在 01東アジア』(明石書店、2005年、共編著)、『中華民族の多元一体構造』(風響社、2008年、共訳)、論文として、「中国における民族観光の創出―貴州省の事例から」(『民族学研究』66巻1号、2001年)、「西南中国のエスニック・ツーリズム」(鈴木正崇編『東アジアの民衆文化と祝祭空間』慶応義塾大学出版会、2009年)など。


稲村 務(いなむら つとむ)
1966年生まれ。
筑波大学博士課程歴史・人類学研究科文化人類学専攻後期課程退学。
論文博士(学術)(東北大学)
専攻は文化人類学、社会人類学、中国・東南アジア地域研究。
現在、琉球大学大学院人文社会科学研究科教授。
主著書として、『祖先と資源の民族誌:中国雲南省を中心とするハニ=アカ族の歴史人類学的研究』(めこん、2016年)、「中国紅河ハニ棚田の世界文化景観遺産登録からみる『文化的景観』と『風景』」(『地理歴史人類学論集』5号 琉球大学法文学部紀要人間科学別冊 2014年)など。 


廖 国一(リャオ グオイー)
1963年中国北海市生まれ。
中央民族大学大学院史学科博士課程修了。歴史学博士。
専攻は文化人類学、華南地域研究。
現在、中国広西師範大学歴史文化与旅游学院教授。
主要著書として、『歴史教学与田野調査』(広西民族出版社、2004年)、『桂林通史』(広西師範大学出版社、2004年、共著)、『広西史稿』(広西師範大学出版社、1998年、共著)など、論文として「論西瓯・駱越文化与中原文化的関係」(『民族研究』1996年第6期)、「壮族農村経済社会転型的新模式探析」(『広西民族大学学報(哲学社会科学版)』2005年第4期)、「従哈節看北部湾京族的跨国交往」(『西南民族大学学報(人文社会科学版)』2011年第5期)、「新形勢下環北部湾少数民族経済社会発展対策研究」(『広西師範大学学報(哲学社会科学版)』2014年第6期)、「中国広西与日本沖縄飲食文化比較研究:以横県魚生和沖縄刺身為例」(『農業考古』2015年第3期)など。


松岡正子(まつおか まさこ)
1953年長崎県生まれ。
早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。
専攻は文化人類学、中国民俗学。
現在、愛知大学現代中国学部・大学院中国研究科教授。
主著書として『中国青蔵高原東部の少数民族:チャン族と四川チベット族』(ゆまに書房、2000年)、『四川のチャン族:汶川大地震をのりこえて[1950─2009]』(風響社、2010年、共著)、論文として、「チャン族被災民の漢族地区への移住とコミュニティの再建:四川省邛崃市火井郷直台村を事例として」(愛知大学国際中国学研究センター編『中国社会の基層変化と日中関係の変容』日本評論社、2014年)、「汶川地震後におけるチャン文化の復興と禹羌文化の創出」(瀬川昌久編『近代中国における民族認識の人類学』昭和堂、2012年)など。

長沼 さやか(ながぬま さやか)
1976年生まれ。
総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
専門は文化人類学、中国地域研究。
現在、静岡大学人文社会科学部准教授。
主著書として、『広東の水上居民:珠江デルタ漢族のエスニシティとその変容』(風響社、2010年)、『中国における社会主義的近代化:宗教・消費・エスニシティ』(勉誠出版、2010年、小長谷有紀、川口幸大と共編著)、論文として「祖先祭祀と現代中国―水上居民の新たな儀礼の試み」(川口幸大・瀬川昌久編『現代中国の宗教:信仰と社会をめぐる民族誌』、昭和堂、2013年)など。


片岡 樹(かたおか たつき)
1967年東京都生まれ
九州大学大学院比較社会文化研究科博士課程単位取得退学。博士(比較社会文化)。
専門は文化人類学、東南アジア地域研究。
現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。
主要著書として『タイ山地一神教徒の民族誌:キリスト教徒ラフの国家・民族・文化』(風響社、2007年)、『ラフ族の昔話:ビルマ山地少数民族の神話・伝説』(雄山閣、2008年、チャレ著、片岡樹編訳)、『アジアの人類学』(春風社、2013年、シンジルト・山田仁史と共編)、論文として「妖術からみたタイ山地民の世界観:ラフの例から」(鈴木正崇編『東アジアにおける宗教文化の再構築』風響社、2010年)、「複ゲームとシンクレティズム:東南アジア山地民ラフの宗教史から」(杉島敬志編『複ゲーム状況の人類学:東南アジアにおける構想と実践』風響社、2014年)など。


樫永真佐夫(かしなが まさお)
1971年兵庫県生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学、東南アジア地域研究。
現在、国立民族学博物館教授。
主著書として『黒タイ歌謡〈ソン・チュー・ソン・サオ〉:村のくらしと恋』(雄山閣、2013年)、『黒タイの年代記:「タイ・プー・サック」』(雄山閣、2011年)、『ベトナム黒タイの祖先祭祀:家霊簿と系譜認識をめぐる民族誌』(風響社、2009年)、論文として、「東南アジア少数民族の年代記と歴史研究:ベトナムにおける黒タイ年代記の分析から」(『歴史と地理─世界史の研究』226号、2011年)、「ベトナム、黒タイの『亀の甲』型の家」(『ヒマラヤ学誌』11号、2010年)など。


孫 潔(そん けつ)
1973年生まれ。
2009年東北大学大学院環境科学研究科博士課程修了。博士(学術)。
現在、佛教大学専任講師。
主要論文に「観光ガイドのライフヒストリーからみた中国の観光開発:雲南省元陽県棚田地域を例として」 (『旅の文化研究所研究報告』2014年)、「Tourist Tales-A case study on Photography Tourism in Yuanyang, China」(Min Han and Nelson Graburn(eds.) Tourism and Glocalization : Perspectives on East Asian Societies 2010, Senri Ethnological Studies, National Museum of Ethnology,Japan)など。


韓 敏(かん びん)
1960年中国瀋陽市生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科文化人類学博士課程修了、博士(学術)
専攻は文化人類学、漢族研究。
現在、国立民族学博物館教授。
主要著書として、『中国社会における文化変容の諸相:グローカル化の視点から』(風響社、2015、編著)、『近代社会における指導者崇拝の諸相』(国立民族学博物館、2015年)、『中国社会的家族・民族・国家的話語及其動態:東亜人類学的理論探索』(国立民族学博物館、2014年、韓敏・末成道男共編)、『政治人類学:亜洲田野与書写』(浙江大学出版社、2011年、阮雲星・韓敏共編)、 Tourism and Glocalization : Perspectives on East Asian Societies.(National Museum of Ethnology,2010年HAN Min & GRABURN Nelson共編)、『革命の実践と表象、現代中国への人類学的アプローチ』(風響社、2009年、編著),『回応革命与改革』(江蘇人民出版、2007年)、『大地は生きている、中国風水の思想と実践』(てらいんく、2000年、聶莉莉・韓敏・曾士才・西澤治彦共編)など。


高山 陽子(たかやま ようこ)
1974年宮城県生まれ
東北大学大学院環境科学研究科修了、博士(学術)
専攻は文化人類学、観光研究。
現在、亜細亜大学国際関係学部准教授。
著書として、『民族の幻影:中国民族観光の行方』(東北大学出版会、2007年)、論文として、「社会主義キッチュと革命観光」(『亜細亜大学国際関係紀要』第24巻、2015年)、「英雄の表象:中国の烈士陵園を中心に」(『地域研究』第14巻第2号、2014年)、「パブリック・アートとしての銅像」(『亜細亜大学国際関係紀要』第23巻、2014年)、“Red Souvenirs: Commodification of Chinese Propaganda Art.”(『比較地域大国論集』第14号、2014年)など。


瀬川昌久(せがわ まさひさ)
1957年生まれ。
東京大学大学院社会学研究科博士後期課程退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学。
現在、東北大学東北アジア研究センター教授。
主要著書として、『客家:華南漢族のエスニシティーとその境界』(風響社、1993年、単著)、『族譜:華南漢族の宗族、風水、移住』(風響社、1996年、単著)、『中国社会の人類学:親族・家族からのアプローチ』(世界思想社、2004年、単著)、『現代中国における民族認識の人類学』(昭和堂、2012年、編著)、『現代中国の宗教:社会と信仰をめぐる民族誌』(昭和堂、2013年、川口幸大との共編著)など。


野本 敬(のもと たかし)
1971年生まれ。
学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士後期課程単位取得退学。
専攻は歴史学、西南中国地域研究。
現在、帝京大学短期大学現代ビジネス学科講師。
論文に「清代雲南武定彝族土目那氏の動態にみる官:彝関係」(『国立民族学博物館調査報告104、2012年)、「金沙江流域的開発及其対民族地区社会・環境的影響」(楊偉兵編『明清以来雲貴高原的環境與社会』東方出版中心、2010年)など。


長谷千代子(ながたに ちよこ)
1970年生まれ。
九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。
専攻は文化人類学、主に中国雲南省の宗教研究。
現在、九州大学比較社会文化研究院准教授。
主著書として、『シャンムーン:雲南省・徳宏タイ劇の世界』(雄山閣、2014年、長谷千代子訳著・岳小保共訳)、『文化の政治と生活の詩学:中国雲南省徳宏タイ族の日常的実践』(風響社、2007年)、論文として、「現代中国の宗教文化と社会主義」(櫻井義秀・外川昌彦・矢野秀武編著『アジアの社会参加仏教:政教関係の視座から』、2015年)、「観光資源化する上座仏教建築:雲南省徳宏州芒市の景観変容の中で」(武内房司・塚田誠之編『中国の民族文化資源:南部地域の分析から』、2014年)など。

 

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