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二〇世紀前半インドネシアのイスラーム運動 46 新刊 これから出る本

ミアイとインドネシア・ムスリムの連携

二〇世紀前半インドネシアのイスラーム運動

オランダの統治から日本の軍政期、外来の支配者に服従と抵抗で対応するムスリムたちの動き。独立を準備した時代の精神を活写。

著者 土佐林 慶太
ジャンル 歴史・考古
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2017/12/15
ISBN 9784894897953
判型・ページ数 A5・70ページ
定価 本体800円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

はじめに

一 歴史的背景(一九〇〇年代〜一九二〇年代後半)

 1 二〇世紀の幕開け
 2 体系的なイスラーム団体の設立とその活動
 3 東インド・イスラーム会議とムスリムの連携
 4 インドネシア・ナショナリズム運動における変化

二 オランダ統治期末期のムスリムの連携活動⑴(一九二〇年代後半〜一九三七年)

 1 東インド・イスラーム会議の終焉
 2 ムスリム共通の危機感と再団結への高まり
 3 イスラーム最高協議会の設立
 4 婚姻法令案委員会と全国大会

三 オランダ統治期末期のムスリムの連携活動⑵(一九三七〜一九四二年)

 1 ミアイの設立とその目的
 2 インドネシア・イスラーム会議と初期ミアイに対する評価
 3 ミアイの組織拡充とメッカ居住者帰国事業
 4 ガピの結成とミアイの政治参加

四 日本軍政期のムスリムの連携活動(一九四二〜一九四五年)

 1 日本軍政によるミアイの承認
 2 日本軍政期のミアイの目的とバイトゥル・マル
 3 ミアイの解散とマシュミの設立
 4 マシュミの活動

おわりに

注・参考文献
あとがき

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内容説明

独立と信仰の尊厳を目指して
オランダの統治から日本の軍政期、外来の支配者に服従と抵抗で対応するムスリムたちの動き。独立を準備した時代の精神を活写。

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 ……そこで本書では二〇世紀前半、特に一九三〇年代〜四〇年代のインドネシア・ムスリムの連携活動に焦点を当てる。具体的には、インドネシアで設立したイスラーム諸団体の連合体ミアイ(一九三七〜一九四三年)を中心に、その後続組織と言われるマシュミ(一九四三〜一九四五年)、またそれらの組織設立以前のイスラーム諸団体の連携活動を取り上げ、それらの設立背景やインドネシア社会に果たした役割を検討する。それは以下二点の理由からである。

 一つ目の理由として、インドネシア・ナショナリズム運動の展開を扱った従来の研究は、オランダの弾圧により運動が後退した一九三〇年代以降のイスラーム運動を、充分に検討してこなかった。しかし、こうした運動は、その後インドネシアでイスラーム勢力が社会的、政治的に大きな影響力を行使する発端となった。本研究では、そうした運動を担った指導者達に焦点を当て、彼らのムスリムとしての意識とインドネシア人としての意識の連関を探る。

 また何らかの連携をする時、そこには必ず共通の目的や課題がある。インドネシア・ムスリムの連携活動に着目することで、彼らに共通の目的や課題を明らかにし、そこから当時の「インドネシア・イスラーム」の一つの形を提示することができるのではないかと考える。

 二つ目の理由として、インドネシアにとってこの時代が持つ意義とインドネシア人、日本人双方によるこの時代の捉え方のギャップ(隔たり)である。インドネシアにとってこの時代は、社会の転換期であった。長きにわたるオランダ植民地期から日本軍政期を経て、インドネシア国家が成立する直前の時代である。独立記念日の八月一七日には、毎年各地で独立を祝う式典やイヴェントが開催され、政府による国家レヴェルのものから、学校や職場、町内会といった地域の末端レヴェルのものまで存在する。それは、インドネシア国外においても同様である。この原稿を執筆しているオランダのライデンでも、先日、インドネシア人学生による独立記念日を祝うイヴェントが開催されていた。植民地からの独立とその闘争の歴史であるこの時代は、インドネシアの人々にとって七〇年以上経った現在でも毎年回顧され、彼らのアイデンティティ形成において重要な意義を持っている。

 それでは日本人にとってはどうだろうか。確かに、終戦記念日には戦没者慰霊祭などが一部で開催されているが、年々こうした記憶は風化しているような印象を受ける。ましてや日本国外のインドネシアで起きた出来事となるとなおさらである。そんな中で、筆者がインドネシアで出会う日本人からは「インドネシアは、日本の植民地期を経験したが親日的だ」といったものや、「インドネシアが親日的な理由は、日本がインドネシアの独立を助けたためである」という論調を頻繁に耳にする。こうした論調の真偽に対して、筆者はここで肯定も否定もしない。筆者が懸念するのは、両者を取り巻くこの時代に対する温度差である。この温度差の存在を認識せず、少ない情報から一つの論調を絶対的な真実として語ることはやはり危険であるし、いつの日か両者の間に摩擦を生む要因となるかもしれない。ここにおいても、最初に述べた「多様な視点からの情報の必要性」が見え、これこそが歴史学の本質である。なおこの点において本書は、課題があることも認めなければならない。それは、インドネシア・ムスリムの多様な動向を理解するために依拠している資料が、インドネシア側のものに終始し、オランダ側の資料がほぼ反映されていない点である。これについては、開始したばかりのオランダ調査を継続的に進め、今後の課題としたい。

 本書は、「現在のインドネシアにおけるイスラームとは何か」を直接語るものではない。またタイトルに記した「二〇世紀前半」、「インドネシア」、「イスラーム運動」といった言葉は、日本人にとって、時代的にも、距離的にも、分野的にも遠い存在であるかもしれない。しかし、これらの中に我々日本人とインドネシア人の大きな接点があったことは確かである。本書を通して、そうした接点を感じ、少しでもインドネシアのイスラームや歴史を知るきっかけとなっていただければ幸いである。

 本書の執筆に関して、以下の点を断っておきたい。インドネシアは一九四二年までは「蘭領(オランダ領)東インド」と呼ばれていた。しかし本文中では煩雑さを避けるため、組織名や団体名などにそれらが使用されている場合を除き、インドネシアで表記を統一した。同様の理由から、先行研究の引用の出典は主に本文中に記し、史料の出典等は本書末尾の注に記した。また、本書で取り上げる連携活動は、主にジャワ島とマドゥラ島で行われたものである。しかし、これらはジャワ・ムスリムのみならず、インドネシア・ムスリムの連携ということを主眼に展開されていることから、本書のタイトルは『二〇世紀前半インドネシアのイスラーム運動』とした。……

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著者紹介
土佐林慶太(とさばやし けいた)
1981年、北海道生まれ。
現在、早稲田大学大学院文学研究科人文科学専攻東洋史学コース博士後期課程。主な論文に「ミアイ(Madjlis Islam A’laa Indonesia, M. I. A. I.)の設立過程とその初期組織変遷」(『史滴』第35号、2013年)がある。

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