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先住民の労働社会学  新刊

フィリピン市場社会の底辺を生きる

先住民の労働社会学

「劣った労働力」と見なされ、力尽きれば路上生活に追いやられる先住民。生活現場の実態調査から「先住民底辺化」の構造を解明。

著者 吉田 舞
ジャンル 社会・経済
出版年月日 2018/02/20
ISBN 9784894892491
判型・ページ数 A5・294ページ
定価 本体4,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

サパへの旅
凡例

●Ⅰ部 市場社会への参加と貧困

 第一章 先住民と市場社会
  一 先住民の相対的底辺化
  二 なぜアエタの労働なのか
 第二章 調査対象の説明
  一 調査対象と調査方法
  二 サパ・アエタの経済史
  三 国家のまなざし──政策
  四 社会のまなざし──呼称と差別

●Ⅱ部 参加する先住民/参加しない先住民

 第三章 先住民の研究と課題
  一 排除される貧者
  二 市場社会と相対的底辺化 
 第四章 適応型の労働と生活
  一 村で働く
  二 都市で働く
  三 市場文化へ包摂される人びと
 第五章 伝統型の仕事と生活
  一 アエタの仕事」と「労働」
  二 婚資の変容
  三 協同組合と互助機能
  四 女性の副業と「暇」の概念
 第六章 解体型の労働と生活
  一 ホームレス化する先住民
  二 エスニック・ネットワークからの断絶
  三 路上のネットワーク
 第七章 先住民の相対的底辺化
  一 カテゴリー化される〈差異〉
  二 貧困の共有から貧困の分有へ
  三 類型移行のメカニズム
  四 相対的底辺化再考
 第八章 マニラの路上から
  一 先住民バジャウ
  二 都市底辺労働の階層化
 補論 「確かなデータ」についての考察
  一 データの科学性
  二 調査の科学性 

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参考文献/索引

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内容説明

マイノリティはなぜ貧しくなるのか。
グローバリゼーションのもと、不可欠な人員でありながら、「劣った労働力」と見なされ、力尽きれば路上生活に追いやられる先住民。生活現場の実態調査から「先住民底辺化」の構造を解明。

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サパへの旅



 アエタだけ(開発から)おいていかれるんだ。おいていかれるんだよ。集落が開発され、発展することは、たしかにいいことだ。こうやって村を見渡しても、前と比べて発展しているのは分かるだろう。でも、なぜか平地民ばかりが豊かになっているんだよ。[首長、二〇一二年三月二二日]

 これは、観光開発が進む集落に住む先住民アエタ(Aeta)が発した言葉である。なぜアエタだけが「おいていかれる」のだろうか。なぜアエタの暮らしは、よくなるどころか、ますます苦しくなるのだろうか。本書は、この問いに答えるためのひとつの試みである。先住民アエタは、一九九一年のピナトゥボ山の噴火を境に、急速に市場社会に組み込まれることになった。しかし、彼ら彼女らは、市場社会において「差異をもつ人びと」として、平地民(多数派のフィリピン人)とは異なる位置に置かれた。他方で、首都マニラでは、フィリピン南部のミンダナオ島出身の先住民、バジャウ(Badjao)が急増している。アエタとバジャウは、民族的特徴だけではなく、歴史的背景も、市場社会へ組み込まれるプロセスも異なる。また、平地社会における労働環境や居住形態も異なる。しかし、フィリピンの労働市場において、双方とも、底辺に置かれた人びとであり、そこにはあきらかに、先住民として境遇を同じくする「相対的底辺化」の傾向がみてとれる。

 本書は、フィリピンの市場社会の構造を、先住民の労働と生活をとおして分析する。グローバリセーションの経済環境のもと、先住民の労働と生活は、激しく変容している。一方で、先住民は、労働市場において、なくてはならない労働者として取り込まれている。しかし他方で、先住民は、「劣った労働力」とみなされ、労働市場の底辺に置かれている。また、労働者になれない人びとは、路上に押し出され、物売りや物乞いとして生計を立てている。本書では、このような先住民の労働と生活をとおしてフィリピン社会を考察する。それによって、マイノリティを底辺に押し込めることで維持され、機能している市場社会の構造をあきらかにする。

 本書の学術的な挑戦は三つある。一つ、労働研究としての挑戦である。これまで先住民の貧困・労働問題は、エスニックな偏見により社会の周縁に置かれた「先住民」の問題として、本質化されて捉えられてきた。そこでは、先住民の労働が固有の労働問題として構築されることはもとより、社会全体の構造の歪みとして論じられることもなく、したがって、社会学のテーマとなることもあまりなかった。そのような認識に基づき、本書は、先住民の労働と生活を社会学的手法により分析し、先住民をとおした市場社会の構造について分析する。これをもって、労働社会学へのひとつの介入を試みる。二つ、貧困研究としての挑戦である。本書では、先住民が経験している社会的排除の現実だけでなく、その境遇を生きる彼ら彼女らの生活世界にも焦点を当てる。そして、排除された人びとこそ、支配的価値に取り込まれている(そうならざるをえない)という「文化的包摂」に着目する。そして、その認識をもとに、市場社会において先住民の貧困が再生産されていく仕組みについて考察する。三つ、都市研究としての挑戦である。本書は、先住民の労働と生活をとおして、労働市場や(開発という名の)生活空間の再編が、底辺層に与える諸影響について考察する。こうして本書は、現代フィリピンの市場社会のありようについて考察する。

 本書は、このような関心に基づき、市場社会における先住民の相対的底辺化について仮説を構成し、その検証をめざす。そのために本書は、主題を理論的に提示するⅠ部と、アエタの事例データにより仮説を検証するⅡ部、都市のバジャウとベンダーの事例を考察した三部から構成される。

     (中略)

 著者は、二〇一一年より、サパから都市に移動するアエタを追って、マニラでの調査を行なっている。これにはつぎの理由がある。まず、都市において先住民の相対的底辺化はどのように現われるのか。また、市場社会のなかで、アエタは今後、どのような道を歩むのか。都市で働くアエタは、都市に出てきている先住民のなかで、どの位置にいるのだろうか。さらに、先住民を含む都市の底辺層の人びとは、近年の都市(再)開発のなかで、どのような境遇におかれているのだろうか。

 そして著者は、これらをあきらかにするため、マニラのアエタとともに、もうひとつの先住民バジャウの労働と生活を調査している。なぜバジャウなのか。その目的は二つある。一つ目は、マニラに出て来るバジャウは数が多く、彼ら彼女らはすでにマニラで、先住民としてコミュニティをつくって生活している。それは、マニラに出て来るアエタがそれより少ないなかで、バジャウはアエタの将来像を予測する示唆を与える可能性があると思うからである。二つ目は、アエタとバジャウの比較による利点があるからである。都市に住むアエタとバジャウには、先住民としての類似性と、労働と生活の差異性がみられる。ゆえにバジャウは、アエタの労働と生活を分析する際に、それらの特徴を浮き彫りにする「比較の準拠集団」になる。このような理由のため、本書におけるアエタの研究と区別し、第三部の八章として、バジャウの調査の一部を掲げたい。アエタとバジャウの本格的な比較は、これからである。

     (中略)

 つぎに、補論として、本書がフィールドワークで参照した方法(論)について議論する。最後に、「あらたな旅へ」において、先住民が市場社会への本当の意味での「参入」をなしうる可能性を求めて、本書に残された課題を提示する。

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著者紹介

吉田 舞(よしだ まい)
1977年 生まれ
2001年にフィリピンの大学を卒業後、企業、日本大使館、NGOで働く
2015年、首都大学東京大学院人文科学研究科博士後期課程修了
博士(社会学)
専門は都市先住民・在日外国人の労働社会学
現在、特定非営利活動法人 社会理論・動態研究所 研究員
主な業績:「ジェントリフィケーションと都市底辺労働の階層化──マニラのストリート・ベンダーを事例として」 『理論と動態』 9号 2016年、「市場経済との遭遇──先住民の排除の構造」 『社会学論考』 34号 2013年、そのほか 在日外国人の労働に関する論文など

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