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「ビルマ系日本人」誕生とそのエスニシティ  新刊

多民族な社会と新たな連帯

「ビルマ系日本人」誕生とそのエスニシティ

長期滞在の中で連帯が生まれ、新たなエスニシティが形成されている。来たるべき「移民社会・日本」への新たな視座。

著者 梶村 美紀
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2018/02/20
ISBN 9784894892453
判型・ページ数 A5・236ページ
定価 本体4,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
序章 日本定住ビルマ人への視座
 一 背景と研究目的
 二 先行研究の検討と問題設定
第一章 日本の法制度と定住ビルマ人
 一 在留資格統計とビルマ出身者
 二 日本の難民制度の推移
 三 定住ビルマ人の日常生活
 四 小結
第二章 多民族社会ビルマと少数民族グループ
 一 一九四七年パンロン協定と少数民族グループ
 二 独立ビルマと少数民族グループ
 三 越境する少数民族グループ
 四 国民和解への取り組み
 五 小結
第三章 来日前の経歴から考察するエスニシティ
 一 来日前の経歴と民族意識
 二 再認識した民族意識――民族州生まれヤンゴン居住の少数民族グループ
 三 獲得した民族意識――ヤンゴン出身の少数民族グループ
 四 活性化した民族意識――民族州出身の少数民族グループ
 五 小結
第四章 日本定住ビルマ人の組織活動と意識の変容
 一 定住ビルマ人の組織の概要
 二 定住ビルマ人の組織活動の変遷(第一期〜第五期)
 三 在タイ・ビルマ人組織活動の特徴
 四 小結
第五章 日本定住ビルマ人の選択
 一 ビルマの「民政移管」
 二 統計からみる定住ビルマ人の選択
 三 アンケート結果からみる定住ビルマ人の選択
 四 定住ビルマ人の将来に関する考察
 五 小結
第六章 結論
 一 三つの問いへの答え
 二 「ビルマ系日本人」は誕生するのか
あとがき
参考文献
索引

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内容説明

定住する移民の民族性とは
母国ミャンマーでは多数派民族と少数民族の区分は明確だが、長期滞在の中で連帯が生まれ、新たなエスニシティが形成されている。来たるべき「移民社会・日本」への新たな視座を与える論考。

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はじめに





 グローバリゼーションの伸長によって世界は多様化している。現在の日本でも国境を越える人の移動がますます大きな意味をもつようになってきている。本書では、日本定住が長期化するニューカマー、特にビルマ(現ミャンマー連邦共和国)出身の人びとの動向に着目し、多様化する日本社会の実情を捉える。具体的には、多くの人がビルマから越境する契機となった反政府の動きがあった一九八八年から二〇一三年にいたるまでの当事者の意識の変容と、その後の選択を分析し、「ビルマ系日本人」が誕生する可能性とそのエスニシティを明らかにすることが目的である。

 国際社会では、日本の難民受け入れは消極的だと評価されることが多いが、二〇〇〇年代にビルマ難民を積極的に受け入れた実績があるのも事実である。また、留学という手段を用いて祖国を離れ、日本で習得した知識や技術を活かし日本で生活基盤を築いている人もいる。しかし、これらの人びとは、安全な生活を手に入れたものの、その多くが非正規雇用のままにされており、日本社会の底辺に位置していると評価されている。その一方で、家族形成が進んでおり、すでに日本企業で働く二世や三世代で暮らす家族もいる。このような定住ビルマ人は、滞在の長期化に伴い、より安定的な在留資格へ変更したり、なかには日本の国籍を取得している人もいる。例えば、二〇〇〇年末には一一五名だった「永住者」資格取得者が二〇一六年末には一八九五名へ、二〇〇〇年末に一三四名だった「定住者」資格取得者が二〇一六年末には二三九二名へと大幅に増加している。ビルマは二〇一一年に「民政移管」したが、多くの定住ビルマ人は帰国していない。そればかりか、留学生や技能実習生など、新たに来日するビルマ人の数は大幅に増加している。日本社会の多様性を体現する存在であるこれらビルマの人びとに着目し、当事者のアイデンティティのあり方を実証的に明らかにすることが本書の主なねらいである。

 序章では、まず、先行研究で定住ビルマ人の実態解明が不十分であった点を指摘し、ビルマ研究で重視されることの多い多民族性を考慮する視座を提示する。次に、定住ビルマ人を生み出す背景を日本とビルマの歴史的経緯から考察する。第一章では、プッシュ要因として来日後の当事者の動向に影響を与えたビルマの少数民族グループの歴史的な背景を考察し、定説であった一九八八年の民主化要求運動に加えて、民族問題を解明する。第二章では、プル要因としてビルマ人の滞在長期化を可能にした日本の難民受け入れのあり方を分析する。

 続く第三章では、来日後のエスニシティを超えた連帯が構築された経緯を考察し、その意義を明らかにする。具体的には、ビルマ国内での居住パターンを三分類したうえで、それぞれの「◯◯民族」意識形成の特徴を考察し、来日前の少数民族グループには「ビルマ人」という意識が希薄であった点を指摘する。第四章では、ビルマの少数民族グループと多数派とされるビルマ民族(バマー)とのエスニシティを超えた連帯が日本で育まれた要因を分析する。具体的には、「ビルマ人」意識が希薄であった少数民族グループが「◯◯民族」から「在日ビルマ人」へとそのエスニシティを変容させた経緯を明らかにする。

 第五章では、「民政移管」したビルマへの帰国よりも日本滞在の継続を選択する当事者の意向を分析し、より安定した在留資格および日本国籍の取得を望む人が増加している現状を「ビルマ系日本人」誕生の契機と捉える。結論部分である第六章では、来日前の「◯◯民族」、来日後の「在日ビルマ人」という意識、さらに「日本人」という日本社会に即した認識を含む複合的なアイデンティティを共有しながら生きていく人、つまり「ビルマ系日本人」が日本にとっていかに重要な存在であるのかを提示する。

 ビルマではアウンサンスーチー氏による政権が誕生し、さまざまな制度改革が進められているが、長年国家運営を翻弄してきた民族問題は一朝一夕に解決できるものではなく、今後もさまざまな課題の発生が想定される。少数民族グループとバマーとの連帯がうみだす「ビルマ系日本人」誕生は、研究上の新たな発見であるとともに、ビルマにおける複雑な民族問題の解決への糸口ともなりうる点も本書では重視した。なお、本書では、ミャンマー連邦共和国ではなく、ビルマを国名として使用するが、その理由は以下の通りである。一九四八年の独立時における国名は、ビルマ語ではミャンマー連邦「ピーダウンズ・ミャンマーナインガンドー」、英語ではビルマ連邦「The Union of Burma」であった。その後、一九八八年の民主化要求デモ後に権力を握った軍事政権が、一九八九年六月に英語表記を「The Union of Burma」から「The Union of Myanmar」に突然変更した。その理由として、英語表記のBurmaの元となったビルマ語のバマー(ビルマ)には狭義のビルマ民族の意味しかないが、Myanmarには連邦諸民族すべてを含むため変更したと説明される。ただし実際のところは、バマーもミャンマーも歴史的には狭義のビルマ民族を指しており、ミャンマーは文語体、バマー(ビルマ)は口語体という違いが存在するのみである。この突然の変更に対して、国民への説明や同意を得ずに強制的に変更されたという経緯に賛同できず、現在でもビルマ(バマー、Burma)を好んで使用する在外のビルマ出身者は多い。少数民族グループのなかにはこだわりのない人や若い世代にはミャンマーを使用する人もいるが、一九八八年八月以降の日本におけるビルマ出身者を主な研究対象とした本書では、起点であるその当時に日本で使用されていたビルマ連邦を省略したビルマを国名として使用する。


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著者紹介
梶村美紀(かじむら みき)
徳島県徳島市生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。
専攻は国際社会学、アジア地域研究。
現在、大阪経済法科大学国際学部准教授。
論文に「定住ビルマ人の来日前の経歴と民族意識の形成に関する考察」(『東アジア研究』第64号、2015年)、“The Residency Trend of the people from Burma in Japan” East Asian Review Vol.16, 2015.、「在日ビルマ人ネットワークの諸相─1988〜2013年の東京における組織活動を中心として」(根本敬編『上智大学アジア文化研究所occasional Papers(20)在外ビルマ人コミュニティの形成と課題─日本と韓国を事例に』2016年)など。

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