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潮州人  新刊

華人移民のエスニシティと文化をめぐる歴史人類学

潮州人

移民する彼らの動態と文化の変容を各地の事例から報告し、「潮州人とはだれか」に迫る、初の論著である。

著者 志賀 市子
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2018/02/20
ISBN 9784894892477
判型・ページ数 A5・424ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき──潮州人とはだれか
序章 「潮州人」のエスニシティと文化をめぐって(志賀市子)

     第Ⅰ部 中国、台湾

第一章 宣教師が見た一九世紀の潮州人(蒲 豊彦)
第二章 外の世界へ―一八五〇年から一九五〇年の潮汕における移民母村の女性 (蔡 志祥/川瀬由高訳)
第三章 台湾南部の潮州系移民をめぐるエスニック関係──陳氏一族の社会的経験(横田浩一)
コラム①潮州人と客家──差異と連続(河合洋尚)
コラム②汕尾から考える「広東三大民系」(稲澤 努)

     第Ⅱ部 香港、東南アジア

第四章 潮州の「念仏社」とその儀礼文化──香港及びタイへの伝播と継承(志賀市子)
第五章 潮州系善堂における経楽サービスとそのネットワーク──マレーシアとシンガポールを中心に(黄 蘊)
第六章 ベトナムの潮州人宗教結社──ホーチミン市とメコンデルタ(芹澤知広)
第七章 タイ現代史の中の潮州系善堂──華僑報徳善堂の発展と適応(玉置充子)
第八章 海外華人宗教の文化適応──タイ国の徳教における「白雲師尊」像の変化を事例として(陳 景熙/阿部朋恒訳)
第九章 功徳がとりもつ潮州善堂とタイ仏教──泰国義徳善堂の事例を中心に(片岡 樹)
コラム③潮州劇について(田仲一成)

あとがき
索引

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内容説明

広東省の潮州・汕頭地域にルーツを持つ彼らは、華僑・華人を代表する言語集団の一つとして、世界に活動の場を広げている。本書は、移民する彼らの動態と文化の変容を各地の事例から報告し、「潮州人とはだれか」に迫る、初の論著である。

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まえがき─潮州人とはだれか


志賀市子



 「潮州人」とはだれか。こう尋ねられたとき、「潮州人」について、なにがしかのイメージをすぐに思い浮かべることのできる日本人はそれほど多くはないかもしれない。日本では、「潮州人」は「広東人」、「福建人」、「客家人」などに比べてあまりなじみのある存在とは言いがたいからである。だが香港や東南アジアの華人社会では、「潮州人」という言葉を聞いたことがないという人はまずほとんどいないと言ってよいだろう。

 事典風に言えば、「潮州人」とは中国広東省東部の潮州・汕頭地域(以下「潮汕地域」と略称する)にルーツを持ち、「潮州語」を話す人々の集団であり、「広東人」(「広府人」)、「福建人」、「上海人」、「客家人」などと同様に、「漢族」というエスニック・グループの下位に位置付けられる方言集団、またはサブ・エスニック・グループの一つである。

 潮州人は広東語では「チウヂャウヤン」、閩南語音では「デージウナン」、中国語の標準語音では「チャオチョウレン」と呼ばれ、中国語の文献では「潮人」、「潮州人」、「潮汕人」、「潮籍人士」、欧文文献では“Chaozhouren”、“Chiujauyahn”、“Teociu” 、“Teochew” などの名称で表記される。いったい彼らはどういう人々なのだろうか。

 潮州人は、広東人や福建人よりも少数派であるにもかかわらず、どこの地域でも独特の存在感がある。潮州人といえば、だいたいにおいて勤勉、商売上手、倹約家(吝嗇)、徒党を組む(団結力が強い)、排他的である(自己意識が強い)といった正負相混じったイメージで語られる。潮州文化といえば、潮州料理、功夫茶(工夫茶と表記されることもある)などの独特の飲食文化や潮州劇、潮州音楽などの信仰、民俗、芸術文化が挙げられることが多い。日本人の筆者に対しては、潮州語の音の響きが日本語に似ているとか、日本人のように勤勉で、細かい手作業が得意であるとか、日本人との類似性を挙げる人が少なくなく、潮州人と日本人は親戚かもしれないなどと言う人もいる。

 博物館の展示や学術書の記述に現れる潮州人像や潮州文化もだいたい似たようなものである。二〇一〇年に新しく建てられた広東省博物館新館の常設展示には広府人、客家人と並んで潮汕人の展示コーナーがある。そこには、「工夫茶」、「潮綉」(潮州刺繍)、「木雕」(木彫りの工芸品)、「陶瓷」(陶磁器)など、「潮州らしい」とされるさまざまな文化が紹介されている。潮州の歴史と文化を紹介する学術書では、潮州人は海洋民族で進取の気風を持つ人々として描かれている[隗芾 二〇一一]。潮汕文化を網羅的に解説した『潮汕文化概説』の目次には、まず潮人経済として潮州会館や工芸品、潮汕風俗として三山国王信仰や仏教、飲食文化として潮州料理と工夫茶、最後に潮汕建築という項目が立てられている[陳澤泓 二〇〇一]。

 巷に氾濫するこうした言説の根底にあるのが、「潮州人とは中国中原地域にルーツを持ち、広東省東部の沿海地域という風土のもとに育まれ、その一部は海外へと移住し、移住先においても独自の文化伝統、民族気質を継承、維持している民族集団である」という民族観である。潮州人をそのような民族集団と解することについて、「潮州人」というエスニックな輪郭がはっきりとした地域で、もっと言えば「潮州人」というアイデンティティを自覚している人々の集団を対象とするならば、疑問をはさむ余地はないように思われる。

 だが、たとえ複数の地域にそのようなアイデンティティを持つ人々の集団を見出しえたとしても、彼らをすべて一括りにして、同じ潮州人とみなすことができるのかという疑問は残る。たとえば中国の潮州人、香港の潮州人、タイの潮州人は同じエスニック・グループに属する人々と言えるのだろうか。中国の潮州人と香港の潮州人、あるいはタイの潮州人が出会ったときに、ルーツを同じくすることで互いに親しみを感じたり、共同で何らかの活動を行うことはあるかもしれない。だが、彼らは潮州人であると同時に、香港人であったり、タイ人であったり、漁師であったり、公務員であったり、仏教徒であったり、キリスト教徒であったりするわけで、とりわけ現代社会においては言うまでもないことだが、一人の人間は複数のアイデンティティを持ち、時と場合に応じてそれらを使い分けている。日本に住む日本人とペルーの日系人が同じエスニック・グループに属する人々とは言えないように、中国の潮州人とタイの潮州人も同じとはいえない。したがってマレーシアの潮州人であるA氏と香港の潮州人であるB氏がビジネスパートナーであるからといって、「同じ潮州人だから」と短絡的に決めつけることはできない。彼らの行動原理をすべて華人や潮州人の特性と結びつけて論じようとするのは、「観察される全ての現象を専ら『華人(学)』へと回収させようとする」悪しき「循環論」[津田 二〇一六:二三]として批判されるのが落ちである。

 潮州系移民によってもたらされたとされる「潮州文化」の中身も同じとは限らない。同じ「潮州料理」というラベルが貼られていても、汕頭の庶民的な潮州料理と香港の高級レストランの潮州料理とでは、食材も調理のしかたも見映えも、さらには「潮州料理」という名前が喚起する意味も大きく異なる。もっとも、潮州料理が香港に行って高級志向になった程度のことならたいした問題ではないかもしれないが、ある地域では潮州人を象徴する文化とされているものが、別の地域ではまったく違う意味づけがなされていたり、そのような文化自体見あたらないという場合は、なぜそうなのかをもっと考えてみるべきであろう。韓愈や三山国王信仰は、潮汕地域では潮州人の代表的な信仰と見なされているが、台湾では客家の代表的な信仰と見なされている。東南アジアでは潮州人が信仰する代表的神格と見なされている宋大峰祖師に至っては、台湾では影も形も見られず、名前すら聞かれない。いったいなぜこのような状況が生じたのだろうか。
そもそも台湾には、歴史的に遡ってみても、潮州府から潮州語を話す人々が長期にわたって多数移住したはずなのに、現代台湾の「四大族群」と呼ばれるエスニック構成(閩南人/客家人/外省人/原住民)のなかに「潮州人」は存在しない。このような、消えてしまった、あるいは見えなくなってしまった「潮州人」を、いったいどのように取り扱ったらいいのだろうか。通常彼らはホスト社会、もしくは多数派のエスニック・グループに同化したのだと説明される。だが、二〇世紀にシンガポールに渡った潮州人は福建人や客家人に同化しなかったのに、清代に台湾に渡った潮州人はなぜ福建人や客家人に同化してしまったのだろうか。
タイ国では、華人のタイ化が進み、祖先が潮州出身であっても、潮州語を話さず、中国の習慣とも中文名とも縁のない人々が多数を占めるようになっている。それにもかかわらず、潮州由来の信仰や潮州式葬送儀礼や法会が、タイ人の中流層の間で盛んに行われている現状を、いったいどのようにとらえたらいいのだろうか。

 本書は、「潮州人」をテーマとして日本で初めて出版される学術的な論集である。客家に関する書籍は日本でこれまで多く出版されてきたが、潮州人に絞った書籍はなぜか今まで出版されてこなかった。本書が、これまでことさらに問われることのなかった「潮州人とはだれか」、「潮州文化とはなにか」という問いを敢えて発するのはなぜか。「潮州人とはだれか」を問うことによって、いったい何が見えてくるのか。本書をお読みになれば、各章の執筆者の丹念な観察の中から、あるいは斬新な分析の中から、その答えをいくつも見出すことができるだろう。

 本書は専門書ではあるが、中国系移民、華僑華人といった話題に関心を持つ一般の読者や大学生、大学院生にも理解できるよう、できるだけわかりやすい表現を心掛けた。またより身近に感じてもらうために、読み物として三本のコラムを収録した。本書がアジア地域における民族や文化の境界をめぐるダイナミズムの一端について、あるいは一つのカテゴリーでくくられがちな中国系移民とその文化について、新たな発見をしたり、再考したりする機会となれば幸いである。

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編者紹介

志賀市子(しが いちこ)
1963年生まれ。
1997年、筑波大学大学院歴史・人類学研究科博士課程修了。文学博士。
専攻は文化人類学、中国華南地域の近代道教史及び民間信仰研究。
現在、茨城キリスト教大学文学部教授。
主著書として、『近代中国のシャーマニズムと道教─香港の道壇と扶乩信仰』(勉誠出版、1999年)、『中国のこっくりさん─扶鸞信仰と華人社会』(大修館書店、2003年)、『〈神〉と〈鬼〉の間─中国東南部における無縁死者の埋葬と祭祀』(風響社、2012年)、『香港道教與扶乩信仰─歴史與認同』(香港中文大学出版社、2013年、監訳)。論文として、「十九世紀の嶺南地域における新しい道教コミュニティの生成─聖地、救劫経、ネットワーク」(『東方宗教』124号、2014年)、「清末民初嶺南地区的呂洞賓信仰之地方化」(『道教研究学報:宗教、歴史與社会』第7期、2015年)など。

執筆者紹介(掲載順)

蒲 豊彦(かば とよひこ)
1957年生まれ。
1986年 京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
専攻は歴史学、広東省農村史研究。
現在、京都橘大学教授。
論文として、「長江流域教案と“子ども殺し”」(『長江流域社会の歴史景観』、2013年)、「宣教師,中国人信者と清末華南郷村社会」(『東洋史研究』62巻3号、2003年)、「地域史のなかの広東農民運動」(『中国国民革命の研究』、1992年)など。

蔡志祥(チョイ チチョン Choi Chi-cheung)
1955年生まれ。
1989年東京大学大学院東洋史研究科博士取得。博士(東洋史)。
専攻は社会経済史。
現在、香港中文大学歴史系教授。
主著書として、『打醮─香港的節日與地域社会』(三聯書店、2000年)、『許舒博士所蔵商業及土地契約文書:乾泰隆文書2:商業契據』(香港科技大学華南研究中心、2003年)、『延続与変遷─香港社区建醮伝統的民族志』(香港中文大学出版社、2014年、合編)。論文として “Rice, treaty ports and the Chaozhou Chinese Lianhao Associate companies: construction of a South China-Hong Kong-Southeast Asia commodity network 1850s-1930s”(in Yuju Lin and Madeleine Zelin eds., Merchant Communities in Asia, 1600-1980, Pickering & Chatto Publishers Ltd., 2014)、 “Kinship and business: paternal and maternal kin in the Chaozhou Chinese family firms”(Business History, 40(1), 1998)など。

川瀬由高(かわせ よしたか)
1986年生まれ。
2012年首都大学東京大学院人文科学研究科博士前期課程修了。修士(社会人類学)。
専攻は社会人類学、中国江南地域研究。
現在、日本学術振興会特別研究員(DC2)/首都大学東京大学院博士後期課程。
主な論文として、「費孝通の学問的背景─複数の機能主義に就いて」(『知性と創造:日中学者の思考』4号、2013年)、「流しのコンバイン─収穫期の南京市郊外農村における即興的分業」(『社会人類学年報』42号、2016年)、など。

横田浩一(よこた こういち)
1979年生まれ。
2014年、首都大学東京大学院人文科学研究科単位取得満期退学。
専門は社会人類学、中国研究。
現在、亜細亜大学国際関係学部等非常勤講師。
論文として、「農村社会と『国家』言説―広東省潮汕地域における農村住民の日常生活から」(『白山人類学』19号、2016年)、「潮汕族群の宗教・信仰研究に関する動向と課題」『華僑華人研究』13号、2016年)など。

河合洋尚(かわい ひろなお)
1977年生まれ。
2009年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。博士(社会人類学)。
専攻は社会人類学、漢族研究。
現在、国立民族学博物館グローバル現象研究部准教授。
主著書として、『景観人類学の課題―中国広州における都市景観の表象と再生』(風響社、2013年)、『日本客家研究的視角与方法―百年的軌跡』(社会科学文献出版社、2013年、編著)、『全球背景下的客家文化景観的創造―環南中国海的個案』(暨南大学出版社、2015年、共編著)、『景観人類学―身体・政治・マテリアリティ』(時潮社、2016年、編著)、『フィールドワーク―中国という現場、人類学という実践』(風響社、2017年、共編著)ほか。

稲澤 努(いなざわ つとむ)
1977年生まれ。
2011年、東北大学大学大学院環境科学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学、華南地域研究。
現在、尚絅学院大学総合人間科学部准教授。
主著書として、『消え去る差異、生み出される差異─中国水上居民のエスニシティ』(東北大学出版会、2016年)、編著書として『僑郷─華僑のふるさとをめぐる表象と実像』(行路社、2016年、共編著)、『食をめぐる人類学─飲食実践が紡ぐ社会関係』(昭和堂、2017年、共編著)、論文として「汕尾客家与『漁民』的文化景観創造」夏遠鳴・河合洋尚 (編)『全球化背景下客家景観的創造─環南中国海的個案』(暨南大学出版社、2015年)など。

黄 蘊(こう うん)
1974年、中国陝西省生まれ。
2005年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学。博士(人間科学)。
専攻は文化人類学、東南アジア地域研究。
現在、尚絅大学文化言語学部准教授。
主著書として、『東南アジアの華人教団と扶鸞信仰―徳教の展開とネットワーク化』(風響社、2011年)、『往還する親密性と公共性―東南アジアの宗教・社会組織にみるアイデンティティと生存』(京都大学学術出版会、2014年、編著)、論文として、「上座仏教を実践する「華人」たち―マレーシアの上座仏教徒についての考察」津田浩司・櫻田涼子・伏木香織 (編)『「華人」という描線―行為実践の場からの人類学的アプローチ』(風響社、2016年)など。

芹澤知広(せりざわ さとひろ)
1966年奈良県生まれ。
1997年、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(人間科学)。
専攻は文化人類学。
現在、奈良大学社会学部教授。
主著に、「移民─香港の人の動きから考える」『東アジアで学ぶ文化人類学』(上水流久彦・太田心平・尾崎孝宏・川口幸大編、昭和堂、2017年)、『日本人の中国民具収集─歴史的背景と今日的意義』(風響社、2008年、共編著)、など。

玉置充子(たまき みつこ)
1965年生まれ。
2009年、慶應義塾大学文学研究科博士課程単位取得退学。
専攻は東アジア近現代史、東南アジア地域の華人社会研究。
現在、拓殖大学海外事情研究所附属台湾研究センター専任研究員。
主著書として、『入門東南アジア現代政治史(改訂版)』(福村出版、2016年、共著)、『「華人」という描線─行為実践主義の場からの人類学的アプローチ』(風響社、2016年、共著)、論文として「第二次世界大戦後におけるタイ華人の祖国救済運動─『暹羅華僑救済祖国糧荒委員会』(1945〜1948)を中心に」(『華僑華人研究』8号、2011年)など。

陳景熙(チェン・ジンシー Chen Jingxi)
1972年生まれ。
2010年、中山大学歴史学系博士課程修了。博士(歴史学)。
専攻は歴史学。主な研究テーマは海外華人宗教信仰研究、潮汕僑郷と潮汕族群歴史文化研究。
現在、華僑大学華僑華人研究院副教授、華僑大学海外華人宗教研究センター副主任、『華僑華人文献学刊』副主編、中国社会科学院世界宗教研究所海外華人宗教研究基地副主任。
主著書として、『潮州学論集』(汕頭大学出版社,2006年)、『学者観徳教』(社会科学文献出版社,2011年、共編著)、『海外華人文献與中華文化伝承:新馬徳教紫系研究』(社会科学文献出版社,2016年)、『故土與他郷:檳城潮人社会研究』(三聯書店,2016年)など。
阿部 朋恒(あべ ともひさ)
1979年生まれ。
2010年、首都大学東京大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(社会人類学)。専攻は社会人類学、東アジア地域研究。
現在、首都大学東京大学院博士課程在籍中。
主著書として、『文化遺産と生きる』(臨川書店、2017年、共著)。『フィールドワーク―中国という現場、人類学という実践』(風響社、2017年、共著)。論文として、「先住民族からみた『世界遺産』―紅河ハニ棚田の世界遺産登録をめぐって」(『国立民族学博物館調査報告136 中国地域の文化遺産―人類学の視点から』、2016年)、「日本民間信仰研究回顧―従反思二分法視点的角度来看」(『宗教人類学』第四輯、2013年)など。

片岡 樹(かたおか たつき)
1967年生まれ。
2003年、九州大学大学院比較社会文化研究科博士課程単位取得退学。博士(比較社会文化)。
専攻は文化人類学、東南アジア地域研究。
現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。
主著書として、『タイ山地一神教徒の民族誌─キリスト教徒ラフの国家・民族・文化』(風響社、2007年)、『東アジアにおける宗教文化の再構築』(風響社、2010年、共著)、『民族文化資源とポリティクス─中国南部地域の分析から』(風響社、2016年、共著)、論文として、「架空の識字力─現代タイ国における漢文経典の知識をめぐって」(『華僑華人研究』13号、2016年)、「想像の海峡植民地─現代タイ国のババ文化にみる同化と差異化」(『年報タイ研究』14号、2014年)など。

田仲一成(たなか いっせい)
1932年生まれ。
1962年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。1983年、文学博士(東京大学)。
専攻は中国演劇史
現在は、公益財団法人東洋文庫常務理事、図書部長。東京大学名誉教授。日本学士院会員。
主著に、『中国祭祀演劇研究』 (東京大学出版会、1981年)、『中国の宗族と演劇』(東京大学出版会、1985年)、『中国巫系演劇研究』(東京大学出版会、1993年)、『中国演劇史』(東京大学出版会、1998年)など。

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