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宣教と改宗 別巻15 新刊 これから出る本

南米先住民とイエズス会の交流史

宣教と改宗

複雑な民族・言語状況の中、布教のツールは先住民をも魅了する音楽であった。慣習とキリスト教理の相互の再解釈=「接触」の歴史。

著者 金子 亜美
ジャンル 歴史・考古
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻
出版年月日 2018/10/25
ISBN 9784894894075
判型・ページ数 A5・56ページ
定価 本体600円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

はじめに──東方三賢人の贈り物

一 スペイン領南米における先住民のキリスト教化とチキトス地方

 1 植民地支配と先住民のキリスト教化
 2 宣教の概史とチキトス地方のイエズス会布教区
 3 キリスト教化を通じた混交の歴史

二 先住民への宣教に関するカトリック教会の構想

 1 先住民との接触
 2 現地語宣教の規範と低地の多言語状況
 3 言語と音楽の使用をめぐるカトリック教会の思想史
 4 先住民を「惹きつける」音楽

三 チキトス地方の先住民の信仰と慣習

 1 信仰なき民
 2 嘘つきな神々と呪術師
 3 戦争と収奪の慣習
 4 歓待と饗宴、そしてチチャ

四 イエズス会士とチキトス地方の先住民の接触

 1 魂の捕獲
 2 イエス・キリストと異教の神々を讃える歌
 3 布教区への招待と歓待の慣習
 4 酩酊と死の予言

五 イエズス会布教区におけるキリスト教化

 1 規律的な生活様式
 2 告解による精査
 3 チキト語共通語政策
 4 ミッション音楽と記憶

おわりに──幼子イエスの歓待

注・参考文献
あとがき

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内容説明

魂の捕獲、歓待の慣習
複雑な民族・言語状況の中、布教のツールとなったのは先住民をも魅了する音楽であった。慣習とキリスト教理の相互の再解釈=「接触」の歴史は独特の文化として今も根付いている。

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 ……本書では、一七世紀から一八世紀にかけてチキトス地方の先住民が経験した、キリスト教との接触の歴史を詳述してきた。そこからわかるのは、対面での相互行為のなかで両者が互いの慣習を模倣し合い、双方の実践が絶えず歩み寄っていく過程であった。そのようにして布教区で確立されていったキリスト教徒としての生活様式は、カトリックの普遍的な特徴を確かに受け継ぎつつも、同時にチキトス地方の固有性を反映するものでもあった。こうした歴史を通して、カトリック的なものとチキトス的なものは、当地においてほとんど見分けることが不可能なまでに、一体となったのである。
本書の冒頭で示した楽器の起源についての「説教」も、正統的な聖書解釈からの逸脱としてではなく、以上のような背景において理解されなければならない。かの一節は、チキトス地方の人々が今日生きる、カトリックの「守護聖者祭」との関係で語られたものといえるであろう。

 チキトス地方のすべての布教区は、それぞれカトリックの聖人の名を冠し、その人物を守護聖者としている。例えば、サンタ・アナの布教区の聖人は聖母マリアの母の聖アンナで、したがって住人は、その祝祭日である七月二六日に「守護聖者祭」を祝う。またサン・イグナシオの布教区の聖人はイエズス会創立者の聖イグナティウス・デ・ロヨラで、守護聖者祭は七月三一日となる。今日、守護聖者祭の日になると、各共同体の住人は祭の主催者として、近隣の共同体に暮らす隣人を招待する。人々はこの関係性について、「主人」と「訪問客」の語で説明する。

 「主人dueño」というスペイン語の単語は、物や不動産、人的資源などの所有者という一般的な意味を持つ一方で、守護聖者祭の文脈で用いられる場合、それは祭を主催する共同体の住人をあらわす。

 一方、「訪問客poosoca」という語はチキタノ語(ミッション時代に「チキト語」と呼ばれていた先住民言語の今日の呼称のひとつ)で、守護聖者祭の文脈では「主人」と対比的に用いられる。この語には、「家」をあらわすpoo-s、ないし「家を持つ者」をあらわすpoo-soという語根が含まれている。したがって、複数形の接尾辞-caを伴うpoosocaとは、「家を持っている者たち」、すなわちその家から訪ねてきてくれた者たちの意になる[cf. Tomichá Charupá 2002: 306; Pacini 2012: 151]。

 今日、守護聖者祭を開催する主人は、祭にやってくる訪問客のために十分な食物とチチャを用意し、音楽を奏でて彼らを盛大に歓待しなければならない。そして訪問客は、振舞われた食物を残さず食べ尽くし、チチャを一気に飲み干し、音楽に合わせて踊るのである。

 食物とチチャ、そして音楽によって歓待する主人と、それを消費する訪問客。この関係性は、かつてイエズス会士によって模倣された、チキトスの先住民同士の歓待と饗宴の慣習を想起させるものである。守護聖者祭を軸としたこの関係性は、実際に今日のチキトス地方の人々によって、イエズス会時代に端を発するものとして語られている。

 この関係性は、今日もチキトス地方の人々の社会生活のあらゆる面に通底している。そうであるとすれば、かの東方三賢人の「説教」が語っていたのは、生まれたばかりのイエス・キリストを「訪問客」として、音楽を奏でながら歓待し受け入れた、「主人」としてのチキトス地方の人々自身の姿だったのではないだろうか。それは、今日のチキトス地方の人々がキリスト教化の歴史をいかにとらえているのか、その片鱗を窺わせてくれるものなのである。 ……

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著者紹介
金子亜美(かねこ あみ)
1988年、千葉県生まれ。
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻文化人類学コース修士課程修了、同博士課程在籍。修士(学術)。
宇都宮大学国際学部助教。
主な業績として、「指標的記号形態としての音の研究に向けて:シルヴァスティンのコミュニケーション理論に基づく試論」(『音楽学』60巻1号, pp.14-29, 2014年)、“Diferencia de habla entre hombre y mujer: transformación del significado meta-pragmático sobre la indicialidad de género en el idioma chiquitano.”(María Laura Salinas y Fátima Victoria Valenzuela (eds.) Actas de las XVI jornadas internacionales sobre las misiones jesuíticas. Resistencia: Instituto de investigaciones geohistóricas, pp.132-149, 2016年)などがある。

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