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アイランドスケープ・ヒストリーズ

島景観が架橋する歴史生態学と歴史人類学

アイランドスケープ・ヒストリーズ

大地とは異なる独特な景観を、文化人類学(ヒト)・地球科学(コト)・考古学(モノ)の立場から探る、超学際的な重層的対話の試み。

著者 山口 徹
ジャンル 歴史・考古・言語
出版年月日 2019/02/28
ISBN 9784894892583
判型・ページ数 A5・364ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき(山口 徹)
 
序 章 島景観をめぐる学際的対話(山口 徹)
 
 1 景観史を発想する
 2 ジオアーケオロジーの可能性
 3 マルチスケイラーな歴史生態学
 4 歴史生態学と歴史人類学
 5 2つ景観史に学ぶ
 6 景観を記述する
 7 論集の構成――島景観の多様な歴史
 
第1章 石垣島のジオアーケオロジー
       絡み合う人と自然の景観史(山口 徹)
 はじめに
 1 石垣島名蔵地区の現景観
 2 化石マイクロアトールが示す相対的海面低下
 3 浦田原谷戸内の堆積層序
 4 ボーリング試料の元素分析が示す氾濫原の形成
 5 谷戸を埋めた崩積土
 6 微粒炭分析にみる火災の痕跡
 7 環境変遷史からみる石垣島の先史文化
 8 木本から草本へ変化した谷戸内の植生
 9 水田景観の形成
 おわりに──代替指標から景観史へ
 
第2章 石垣島名蔵における近世琉球統治政策の景観史
       近世琉球行政文書からみる
       名蔵地区浅層ボーリング資料の一解釈(小林竜太)
 はじめに
 1 近世における放射性炭素年代測定法の制約
 2 名蔵川河口域低湿地における堆積物観察とその推定年代
 3 ボーリング試料の花粉分析
 4 近世琉球王府による八重山統治の来歴と諸政策の背景
 5 近世名蔵に関わる文書記録
 6 近世琉球行政文書からみる名蔵地区浅層ボーリング資料の一解釈
 おわりに
 
第3章 陸に上がったサンゴ
       漆喰からみる石垣島のシマ景観(深山直子)
 1 サンゴ(礁)を考える視点
 2 サンゴ(礁)の直接的利用
 3 「石」としてのサンゴ
 4 サンゴを使った左官仕事
 5 サンゴの集落/島景観
 
第4章 パラオ共和国バベルダオブ島の古植生調査(鈴木 茂)
 はじめに
 1 調査地の設定
 2 ボーリング調査の記録
 3 ボーリング試料
 4 放射性炭素年代測定
 5 花粉分析の方法および結果
 6 植生変遷
 7 ゲルメスカン川下流域の景観史
 おわりに
 
第5章 道の交差と記憶の相克
       パラオ共和国ガラスマオ州における鉱山採掘と村落景観(飯髙伸五)
 はじめに
 1 ガラスマオへの道のり
 2 重なりあう道
 3 採掘時代の記憶
 おわりに
 
第6章 成長する景観
       恋路島からみた水俣(下田健太郎)
 はじめに
 1 島と岬の境界性―−水俣病顕在化以前の恋路島
 2 仕切られる海
 3 地域再生事業のなかの恋路島
 4 移ろいゆく景観のなかで
 おわりに
 
第7章 儀礼と観光のはざまの景観史
       インドネシア、バリ・アガの村落の事例から(鈴木正崇)
 はじめに──バリ・アガの村へ
 1 村落
 2 ウサバ・サンバー
 3 ウサバ・カサ
 おわりに──儀礼と観光
 
第8章 環礁州島の成り立ちと地球規模変動(山野博哉)
 はじめに
 1 1000万年〜100万年の変動−−環礁の成立
 2 10万年〜1万年の変動−−海面の変動とサンゴ礁の成長
 3 1000年の変動−−海面の低下
 4 州島形成研究の進展
 おわりに
 
第9章 「陸」の景観史
       ツバル離島の村落と集会所をめぐる
       伝統、キリスト教、植民地主義(小林 誠)
 1 陸、外洋、礁湖
 2 ナヌメア
 3 西洋世界との接触以前の村落と集会所
 4 教会による村落の再編と集会所
 5 植民地支配から独立にかけての集会所
 6 陸をめぐって
 
第10章 実践が村空間を紡ぐ
       1995 年、クック諸島プカプカ環礁社会の場合(棚橋 訓)
 1 1995年、プカプカ環礁
 2 村の空間──素描
 3 番人組
 4 資源保護区──それぞれの顔
 5 総有の共同体という誤解
 6 均等な分配の実践
 7 移動と拡散、流れとしてのプカプカ環礁社会
 8 求心と遠心の狭間で
 
第11章 水没する環礁の真実
       サンゴとホシズナが作る地形(茅根 創)
 1 水没する環礁
 2 フォンガファレ島へ
 3 水没の真実
 4 異分野の価値観の相違
 5 生態プロセスの破壊
 6 島の生態工学的維持
 7 ローカルな問題とグローバルな問題
 
終 章 フィールドでの実感、そして歴史の島景観へ(山口 徹)
 
あとがき(山口 徹)
 
写真図表一覧
 

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内容説明

自然と人間の営みが凝集された空間=島。大地とは異なるその独特な景観を、文化人類学(ヒト)・地球科学(コト)・考古学(モノ)の立場から、存分に語り尽くそう、それが本書の目論見だ。生態学や人類学の眼差しが島の悠久の歴史を探る、超学際的な重層的対話の試み。アイランドスケープ・ヒストリーズ。

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まえがき


山口 徹




 この論集は、2015〜2016年度の2年間にわたって編者が主催した景観史研究会での発表をもとに編まれた。研究会の正式名称は小難しいタイトルだが、『歴史生態学と歴史人類学の節合による景観史研究の拡張──アジア太平洋のフィールドワークから発想する』である。考古学、文化人類学、そして地球科学を専門とする15名の方々が分野を超えて集まり、個々の研究を語り、それに対して思うところをぶつけ合って、また考えた。造語が好きなメンバーのあいだでは、多人数の多領域による対話という意味で、ダイアローグを超える集まりとして「ポリローグ」と呼び合ってきた。

 繰り返しになるが、この論集は直接的には景観史研究会の成果である。とはいえ、領域をまたぐ研究会が俄かに生まれたわけではない。専門分野の数は限られるものの、それでも全体として文理融合の会となったのは、20余年にわたる島のフィールドワークのなかで考古学を専門とする編者が出会い、調査をともにした方々の協力があってのことである。そういう理由で序章では、景観史をめぐる理論的な考察に加えて、執筆者の方々と編者の関係についても紹介させていただいた。

 ところで、島というと一般的には辺境のイメージがついてまわるが、海で囲われているがゆえに限られたその陸域に、さまざまな分野の研究者が調査のために集結することがある。ほんの少し勇気を出して視野を広げれば、思いもよらなかった異なる分野の知見や経験がすぐ近くで手に入ることもある。これまでの調査を振り返ってみると、自分にとって島はいつも出会いと絡み合いのフィールドであった。
このことは、編者の個人的な経験にとどまるのだろうか。人間も含めて陸棲の生物は海洋のただ中で途中下車することはできないから、海原を渡るものたちは生命ある限り島の陸地を目指す。それゆえ、人間を含めた生き物、そしてさまざまなモノやコトが島に凝集し、その絡み合いによって島景観を時どきに作り変えてきたし、これからも作り変えていくはずである。島景観史――アイランドスケープ・ヒストリーズ――の発想は、まさにここから生まれた。

 本論集では、東アジアからリモートオセアニアまでさまざまな島が取り上げられ、しかもそれぞれ異なる領域や視点から多様な景観史が論じられている。タイトルを「ヒストリーズ」と複数形にした理由である。それでも全体を見渡してみると、自然の多様な営力のあいだ、自然と人間のあいだ、あるいは多様な由来と目論見をもつ人々のあいだの絡み合いが動態として描きだせているのは、各々の島に多かれ少なかれ凝集性があるからだろう。

 もちろん、凝集の程度の差によって主島と離島といった政治経済的な差異が生まれることも承知しているが、それは必然的というよりも、「状況のシンテーゼ」あるいは「巡り合わせの構造」[サーリンズ, M. 1993 『歴史の島々』山本真鳥訳,法政大学出版局]といった歴史人類学的視点からいずれは捉えるべきテーマだと考えている。少なくとも、外からの影響を何も受けず、完全に孤立した島などない。島の陸地は風雨にさらされて浸食を受けるし、海鳥が糞を落とすことによってリンや窒素がそこに堆積し、風で運ばれた草木が根付くだろう。そして何よりも、島に寄り来る人々は必ずモノやコトを持ち込むはずである。

 そう考えると我われの研究や調査もまた、島景観に影響を及ぼすある種の営為であることに気づく。考古学の発掘調査はまさに島に穴を掘る物理的な行為であり、発掘トレンチのいくつかは島民によってゴミ穴やバナナの植栽に転用されることがある。発掘地点や調査成果が部分的にせよ、次に訪れたときには島の歴史語りに組み込まれていることもある。掘り上げたトレンチの縁に立つとき、島景観の改変や島の人々の歴史実践に自分自身がかかわっていることを強く感じるのである。

 だからこそ島景観の記述には、それを経験し記述する「我われ」自身を含み込まねばならない。そのことを、論集の企画段階から執筆者の方々と話し合ってきた。「アイランドスケープ」という造語をタイトルに使用したのは、「島景観」の意とともに、経験し記述する「自分自身」(アイ)を表現したかったからである。

 本書におさめられた複数形の島景観史を通して、島景観の凝集性とその一部をなす「我われ」自身が少しでも読者に伝わるのであれば、編者として望外の幸せであり、またその先へと歩みを進める活力となるだろう。


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【執筆者紹介】掲載順 *は編者

山口 徹(やまぐち・とおる)*
1963年生まれ。
1994年慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得満期退学
2000年オークランド大学大学院人類学博士号取得
専門はオセアニア考古学、歴史人類学。
現在、慶應義塾大学文学部教授。
主業績として、『海民の移動誌』(昭和堂、2018、分担執筆)、『石垣島の景観史研究(Ⅰ)』(慶應義塾大学民族学考古学研究室、2016、共著)、「ウリ像をめぐる絡み合いの歴史人類学-ビスマルク群島ニューアイルランド島の造形物に関する予察-」(『史学』85、2015)、”Archaeological Investigation of the Landscape History of an Oceanic Atoll: Majuro, Marshall Islands.” (Pacific Science 63(4), 2009)など。

小林 竜太(こばやし・りゅうた)
1983年生まれ。
2015年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。修士(史学)。
専門は考古学、資源利用史。
現在、埼玉県川口市教育委員会学芸員。
主業績として、「八重山先史時代における海産資源重視論の再考」(『日本オセアニア学会NEWSLETTER』98号、2010年)、「リモートセンシングによる石垣島サンゴ礁形成史の地域差推定─先史資源利用研究に向けて」(『考古学研究』第60巻第2号-2〈通巻238号〉、2013年)など。

深山 直子(ふかやま・なおこ)
1976年生まれ。
2008年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会人類学)。
専門は社会人類学、先住民研究、島嶼研究、オセアニア研究、沖縄研究。
現在、首都大学東京人文社会学部准教授。
主業績として、『現代マオリと「先住民の運動」──土地・海・都市そして環境』(風響社、2012年、単著)、『先住民からみる現代世界──わたしたちの〈あたりまえ〉に挑む』(昭和堂、2018年、共編・分担執筆)など。

鈴木 茂(すずき・しげる)
1951年生まれ。
現在、株式会社パレオ・ラボ 取締役、顧問
主業績として、「神奈川県鎌倉市における鎌倉時代の森林破壊」『国立歴史民俗博物館研究報告』(第81集、131-139、1999)、「鎌倉の遺跡と寄生虫卵」『考古論叢 神奈川』(第16集、77-83、2008年)など。

飯髙 伸五(いいたか・しんご)
1974年生まれ。
2008年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会人類学)。
専門は社会人類学、オセアニア地域研究。
現在、高知県立大学文化学部准教授。
主業績として、Leisure and Death: An Anthropological Tour of Risk, Death, and Dying (University Press of Colorado, 2018, 分担執筆)、『交錯と共生の人類学』(ナカニシヤ出版、2017年、分担執筆)、『帝国日本の記憶─台湾・旧南洋群島における外来政権の重層化と脱植民地化』(慶應義塾大学出版会、2016年、分担執筆)、論文として、“Remembering Nan’yō from Okinawa: Deconstructing the Former Empire of Japan through Memorial Practices” (History and Memory Vol.27 No.2, 2015)、「「ニッケイ」の包摂と排除─ある日本出自パラオ人の埋葬をめぐる論争から」(『文化人類学』81巻2号、2016年)など。

下田 健太郎(しもだ・けんたろう)
1984 年生まれ。
2015 年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(史学)。
専門は文化人類学。
現在、慶應義塾大学文学部助教(有期)。
主業績として『水俣の記憶を紡ぐ─響き合うモノと語りの歴史人類学』慶應義塾大学出版会、2017 年)。論文として、「モノによる歴史構築の実践:水俣の景観に立つ52 体の石像たち」(『文化人類学研究」12 巻、2011 年)、“Possible Articulations Between the Practices of Local Inhabitants and Academic Outcomes of Landscape History: Ecotourism on Ishigaki Island” (H. Kayanne ed. Coral Reef Science: Strategy for Ecosystem Symbiosis and Coexistence with Humans under Multiple Stresses, Springer Japan, 2016 年)など。

鈴木 正崇(すずき・まさたか)
1949年生まれ。
博士(文学・慶應義塾大学)。
専門は文化人類学、宗教学、民俗学。現在は、中国少数民族の社会文化の動態、南インドの祭祀と芸能、日本の山岳信仰と修験道、などについて調査研究を行っている。
現在、慶應義塾大学名誉教授。
主業績として、『ミャオ族の歴史と文化の動態』(風響社, 2012)、『東アジアの民族と文化の変貌』(風響社、2017)、『女人禁制』(吉川弘文館、2002)、『山岳信仰』(中央公論新社、2015)、『熊野と神楽』(平凡社、2018)など。

山野 博哉(やまの・ひろや)
1970年生まれ。
1999年東京大学大学院理学系研究科地理学専攻博士課程修了。博士(理学)。
専門は自然地理学。
現在、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター長。
主業績として、『久米島の人と自然』(築地書館、2015年、共編著)、『サンゴ礁学』(東海大学出版会、2012年、分担執筆)、『Coral Reef Remote Sensing』(Springer、2013年、分担執筆)。

小林 誠(こばやし・まこと)
1980年生まれ。
2012年首都大学東京大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(社会人類学)。
現在、東京経済大学コミュニケーション学部専任講師。
主業績として、『探求の民族誌─ポリネシア・ツバルにおける神話と首長制の「真実」をめぐって』(御茶の水書房、2018年)、『景観人類学─身体・政治・マテリアリティ』(時潮社、2016年、共著)、論文として、「豊穣か、幸福か─ポリネシア・ツバルにおける首長のカタの『効果』をめぐって」(『文化人類学』81巻2号、2016年)、「神話の真実の在り処─ポリネシア・ツバルにおける憲章作成と合意の政治」(『アジア・アフリカ言語文化研究』86号、2013年)など。

棚橋 訓(たなはし・さとし)
1960年生まれ。
1989年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程中退。博士(社会人類学)。
専門は文化人類学、オセアニア地域研究。
現在、お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系教授。
主業績として、『講座 世界の先住民族 ファースト・ピープルズの現在 第9巻 オセアニア』(明石書店、2005年、共編著)、『人類の歴史・地球の現在─文化人類学へのいざない』(放送大学教育振興会、2007年、共編著)、『はじめて学ぶ文化人類学』(ミネルヴァ書房、2018年、共著)など。

茅根 創(かやね・はじめ)
1959年生まれ。
博士(理学)(東京大学)。
専門は地球システム学、サンゴ礁学。地球温暖化に対するサンゴ礁の応答(温暖化、酸性化、海面上昇)について、琉球列島と太平洋の小島嶼をフィールドとして、調査研究を行っている。
現在、東京大学大学院理学系研究科・教授。
主業績として、“Coral Reef Science” (編著、Springer、2016)、Validation of degree heating weeks as a coral bleaching index in the northwestern Pacific. Coral Reefs, 36, 63-70, 2017 など。

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