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聖地のポリティクス

ユーラシア地域大国の比較から

聖地のポリティクス

インド、中国、ロシアの聖地について、物語性や観光化、宗教や国家イデオロギーの介入、「再」聖地化といった現代の諸相に切り込む。

著者 杉本 良男
松尾 瑞穂
ジャンル 人類学
文化遺産・観光・建築
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2019/03/30
ISBN 9784894892620
判型・ページ数 A5・352ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

目次
 序論(杉本良男・松尾瑞穂)
 
Ⅰ 物語性と歴史性
 
第1章 聖山は遠くにありて:19世紀の修道士パルフェーニーのアトス(望月哲男)
 1 はじめに――聖山アトスと19世紀のロシア人修道士
 2 ピョートル・アゲーエフ(修道士パルフェーニー)とその遍歴記
 3 アゲーエフ (パルフェーニー)の見た聖山アトス
 4 修道生活の頂点と失楽園の周辺
 5 結び――聖なる空間の記憶
 
第2章 歴史のなかの聖地と記憶のなかの〈聖地〉:福建客家社会における寧化石壁、李氏大宗祠、保生大帝廟(小林宏至)
 1 はじめに
 2 客家社会と調査地における複数の聖地
 3 エスニックグループの聖地とクランの聖地
 4 記録としての祖先と記憶としての祖先
 5 調査地における〈聖地〉保生大帝廟
 6 D村の廟を中心とする保生大帝の「信仰圏」と信仰体験
 7 保生大帝を「信じる」ことと「知る」こと
 8 保生大帝の神秘性と不確かさ
 9 おわりに
 
第3章 聖地と物語:マハーヌバーヴ教団の事例から(井田克征)
 1 はじめに
 2 インド的文脈における聖地という概念
 3 マハーヌバーヴ教団とは
 4 リッダプルにおける聖地の再構築
 5 なぜ聖地が求められるか
 6 おわりに
 
II 観光化と再整備
 
第4章 北ロシアにおける聖地と文化遺産:社会主義の経験と景観表象の変容(高橋沙奈美)
 1 はじめに
 2 「ロシアの北」
 3 「驚嘆すべきナロードの芸術」
    ――キジにおける木造建築と民俗文化の博物館
 4 語られぬ過去と懐古する語り――ヴァラーム島博物館・自然公園
 5 結びに代えて
    ――聖地はいつも満員御礼(свято место пусто не бывает)
 
第5章 近代中国の指導者ゆかりの聖地構築(韓 敏)
 1 はじめに
 2 中国社会の聖地とその意味
 3 中華民国建国の父である孫文の生誕の地とその聖地化
 4 毛沢東の生誕地である韶山の聖地構築
 5 聖地作りにおける地域の関わり方
 6 結び
 
第6章 グローバル化を生きるインド「仏教聖地」(前島訓子)
 1 はじめに
 2 インドにおける「仏教聖地」
 3 遺跡及びその周辺の「仏教化」
 4 ブッダガヤにおける「観光地化」
 5 遺跡およびその周囲空間の変貌
 6 ブッダガヤにおける「仏教聖地」の固有性
 7 おわりに
 
III 再聖地化の諸相
 
第7章 新仏教聖地建設の夢:カルムィク人の仏教復興と民族文化復興のあいだ(井上岳彦)
 1 はじめに
 2 ロシアの仏教信仰の歴史
 3 カルムィク人仏教教団の「仏教復興」
 4 仏教聖地と民族文化のあいだ
 5 おわりに
 
第8章 聖地言説と信仰実践:中国梅州市の呂帝廟をめぐる「聖地」の複雑性(河合洋尚)
 1 はじめに
 2 新呂帝廟の建設と活動
 3 旧呂帝廟をめぐる記憶と信仰
 4 おわりに――誰にとっての「聖地」なのか?
 
第9章 洪水を超えて:南インド、タミル農村における廃墟の聖地化(杉本良男)
 1 はじめに
 2 カーヴェーリ・デルタ―地方都市の聖地
 3 生きている洪水神話――クンバコーナムのマハーマハン
 4  洪水の先へ――ティルップランビヤム村
 結論 洪水を超えて――外部者の介在
 
IV イデオロギーの介入
 
第10章 ロシアの「メッカ」の創造:ロシア連邦ボルガル遺跡の開発とイスラーム(櫻間 瑛)
 1 はじめに
 2 ボルガルの盛衰と遺跡化
 3 ボルガルの再生と世界遺産化
 4 ロシア/タタールの「メッカ」としてのボルガル
 5 「あるべきイスラーム」を求めて
 6 おわりに
 
第11章 「中華聖地」と「我々の聖地」に見る現代中国の政治、宗教、親族:炎帝黄帝陵から祖先墓まで(川口幸大)
 1 はじめに
 2 「中華聖地」としての炎帝黄帝陵
 3 我々の聖地――直近の祖先の墓と祖先祭祀
 4 一族の聖地――宗族の祖先墓と祭祀
 5 一族の祖先の聖地――上位宗族の墓と祖先祭祀
 6 宗族の聖地――南雄珠璣巷と宗親会(クラン)レベルの祠堂
 7 私の祖先から民族の始祖まで
 8 おわりに
 
第12章 インド・ヒンドゥー聖地の複数化する宗教資源とその正当性(松尾瑞穂)
 1 はじめに
 2 聖地の宗教資源
 3 聖地をめぐる競合――バラモン集団と在地社会
 4 儀礼の正当性をめぐる競合――イデオロギーの対立
 5 おわりに
 
あとがき(杉本良男)

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内容説明

聖地はいつも「満員御礼」
「聖性」についての論議はひとまず置き、本書では、インド、中国、ロシアそれぞれの聖地について、その物語性や観光化、宗教や国家イデオロギーの介入、「再」聖地化といった現代の諸相に切り込む。人々にとって聖地とは何かを考究する、民博共同研究の成果。

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序論

杉本良男・松尾瑞穂





 本書は、国立民族学博物館共同研究「聖地の政治経済学――ユーラシア地域大国における比較研究」(2013〜16年度)、および北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター共同研究(プロジェクト型)「ユーラシア地域大国における聖地の比較研究」(2016年度)の研究成果である。本研究は、聖地をめぐるポリティクスに関するイデオロギー論的研究であり、すなわちそれをユーラシア地域大国、ロシア、中国、インドにおいて比較しようとするものである。前提となる聖性の定義に関しては基本的に社会学・人類学的視点に立ち、比較の対象をユーラシア地域大国に限定し、当該地域における聖地の現代的意義を、その歴史性を考慮しながら検討する。

 西欧近代世界において、宗教伝統は再定義され、それが自己意識化、実体化され、輓近のポスト・モダン状況のもとでさらに再々定義され、イデオロギーとして固定化、原理主義化される事態となっている。こうした現代的状況のなかで聖地は、実体化・イデオロギー化された「伝統宗教」の金城湯池であり、また遺産化・商品化された「消費宗教」の花園である。 

 聖地の研究は、「聖」地の研究であるだけに、宗教の核心をなす聖性のそのまた中心におかれるべき位置にある。この聖性に関する議論は、ルドルフ・オットーやG・ファン・デル・レーウ、ミルチャ・エリアーデに代表される宗教学的立場と、エミール・デュルケームに代表される社会学的立場とに大別される。すなわち、聖性を人間や俗世界を超越した力の現れ(ヒエロファニー)とみなす立場と、聖性の根底に社会的なるものを置き、あくまでも社会構造の内部に位置づけられるものとみなす立場である1)。エリアーデは、「周囲の俗的な空間からそれを隔絶させることによって聖別した、原初のヒエロファニーをくりかえす」聖なる空間は、人間が選び取るのではなく、何らかの仕方で人間に「発見」あるいは「啓示」されるものである、とする[エリアーデ 1974: 58]。そこでは聖地は人間に先だって存在する「世界の中心」であり、動かしがたい実存性を持つ。それに対して、社会学的立場は、聖地を人間が作り上げた世界の象徴的秩序化であるとみなし、あくまでも社会的に構築されたものとみなす[リーチ 1981]。

 これは一見視点のおき方の違いとして矮小化されがちであるが、実際は互いの存立基盤そのものに関わる重大なズレを秘めている。聖性をめぐる立場の違いは、出発点の違いであり、また何よりも到達点の違いでもある。それは、最終的に聖性の復興を目指すのか、社会・政治的な批判を目指すのかの違いとなってあらわれる。そのため、両者の懸隔はなかなかに埋めがたく、共同の研究も成功しがたい面がある。

 宗教を人間による文化的な意味生成の様式だとみなす構築主義的立場からは、エリアーデらの聖性の捉え方はあまりに本質主義的で、かつ西洋キリスト教神学を前提としていると批判されてきた[Smith 1998, McAlister 2005]。これを受けて、本書は、あくまでも社会学的視点に立った聖地論である。それは、20世紀末以降の宗教、聖地がおかれた新しい状況を理解するためには、こうした視点が有効だと考えるからである。世紀をまたいで現在に至るまで、宗教、聖性は社会・政治的な対立を強化する役割を果たしており、そのさい宗教、聖性の持つイデオロギー効果が、もっとも強力な装置として機能してきた。そこでは宗教が引き起こす「神がみの闘争」状況により、互いの生き死にをかけた対立となり、しばしば陰惨たる悲劇を生み出す要因になっている。それはいわゆる「世俗化論」とは対照的に、むしろ「再呪術化」の様相を示している。編者の杉本良男はそれをして、ポスト冷戦構造の中での宗教の復権からさらに先へと進んだ「ポスト・ポスト」状況であると指摘した[杉本 2014]。

 こうした時代に、聖地を取り上げる意義は、それが宗教、聖性の消費化・観光化と有形化・モノ化の進行が顕著に見られる「場」だからである。ここでも聖地は、観想的な聖性に支えられた場ではない。そこで人びとは、その身体性を賭して、ときに巡礼におもむき、ときに観光に遊ぶのである。そして、聖地の特異性は、その両者が渾然一体となっているところにある。さらにそこには、場所性・空間性、歴史性・物語性、真正性・正統性、政治性・宗教性など一見対立するような概念、現象がおりかさなっている。多くの巡礼者・観光客にとって、聖地がもつ聖性こそが訪れるに値する魅力的な商品なのであり、聖地は資本経済と分かちがたく結びついている。宗教とツーリズムに関する研究の第一人者といえる山中弘も、聖性の真正性を担保する場ともいえる聖地を起点として、宗教とツーリズムとが相互の文脈を利用しあいながら結果として聖地の聖性を高めあっているとする[山中 2012]。そこでは宗教が消費の対象でもあり、侵しがたくありがたい神がみもお土産品となって人びとの消費意欲をかきたてている。それによって、「聖なるものは、制度化された宗教の外部の消費文化において、生きながらえることができる」[Featherstone 1991]のである。ようするにアガンベンなどが言うように、いまや資本主義そのものが宗教と化しているのである2)。ただ、それを近代社会に特有の現象とみるのはプロテスタント的偏向を含んでいることについてもすでに指摘したところである[杉本 2014]。

 このように、聖地をめぐっては、宗教組織のみならず、外部の力や多様なアクターの競い合いが見られ、聖性という一元的なイデオロギーで覆われているわけではない。例えば、キリスト教カトリック世界の代表的な聖地であるスペインのサンティアゴ巡礼を研究する岡本亮輔は、現代西欧の聖地巡礼を、教会を頂点とする制度的宗教性と、ポスト世俗化以後の私事化された宗教性である私秘的霊性(「自分探し」やスピリチュアリティ)とが競合、相克する「アリーナ」として捉えている。そして、それは「聖性の分化」として理解することができるとする[岡本 2012]。つまり、聖性そのものも多様化しているのである。一方、同じキリスト教の聖地として世界的に有名な聖母をまつるフランスのルルドでは、贖罪とのかかわりを強調したい教会に対して、奇蹟言説にこだわる病者、傷病者とボランティアが繰り広げる「傷病者のスペクタクル」こそがルルドらしさを作り出す聖なる体験だとみなす巡礼者・観光客、商売熱心な地元など、多様な言説が繰り広げられている[山中 2012, Eade 2000, 寺戸 2012]。また、ルルドには世界各国から軍隊巡礼団が訪れるが、ルルド教会によるその軍隊巡礼団の受入をめぐっては、時にヴァティカンの政治的意向やイデオロギー政策が反映されており、聖地はグローバルな政治的、軍事的紛争に間接的にせよ関与せざるを得ない状況にある[Eade 2017]。

 このように、西欧のキリスト教聖地をめぐる先行研究の多くは、宗教学的視点に基づいており、どうしても関心が聖性をめぐる議論へと向いていることは否めない。さらに、非西欧社会における聖地に関する社会学的研究は、依然として限定的であると言わざるを得ない。だが、国家や国際社会、グローバル資本主義という政治経済的実体とそのイデオロギーは、非西欧社会においてより先鋭化するのであり、これらは近年の聖地をめぐる変容にも大きく関与している。
本書は、西欧世界でもなく、また人類学が伝統的に対象にしてきた「未開社会」でもなく、インド、中国、ロシアという非西欧の比較的規模の大きな社会を対象としている。この三地域については、すでに北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターが行った研究プロジェクトにおいて、「ユーラシア地域大国」として概念化され、またその成果も公刊されている(『シリーズ・ユーラシア地域大国論』ほか)。本書でこれらの地域に注目したのは、濃淡はあるものの、それぞれ社会主義体制を経験した社会を取り上げることによって、聖地、ひいては宗教そのものの持つ現代的意義をあらためて考え直そうとする意図があってのことである。そのうえでこれら三地域の積極的な「比較」研究を意図するが、その意義は19世紀的な共通性を通じた「本質」への接近なのではなく、互いの相違を強調する「差異化」としての比較にほかならない[杉本 2014]。

 ユーラシア地域大国が経験した社会主義体制は、マルクスのいう「宗教は民衆の阿片である」を宗教の全否定ととって、こと宗教に関して厳しい立場をとることもあるが、そこには先述したように濃淡の差がある。とくにインドの社会主義は比較的穏健で、イデオロギーよりは経済面での主要産業の国有化にほぼ限られ、宗教に関して否定的な態度はとっていない。それに対して、ロシアも中国もかなり徹底した批判と規制が敷かれ、宗教施設の破壊や儀礼、教義、宗教職能者の継承の断絶などを経験した。そして、1990年代以降はともに宗教の「復興」が大きな焦点となっている。いずれにしても、これらの国は、西欧キリスト教世界をモデルにした一般的な宗教論では十分に論じきれない面を含んでいるのが共通の特徴である。その意味で、ユーラシア地域大国における宗教を論ずることは、既存の宗教論への根本的な批判になる可能性を秘めている。これが、これら三地域を取り上げる学問的意義である。

 本書は、三地域の比較研究であるが、編集にあたって地域ごとに章立てを行うのではなく、相互の「比較」を意識して各地域を通貫する4つのテーマを設定した。いずれも、聖地の持つ現代的特徴を反映したもので、少なくとも三地域の比較研究としては重要な問題を含んでいると言うことができる。そうはいっても、それぞれの論考が当該テーマに収斂するのではなく、むしろ複数のテーマを含んでいるわけで、ここでの分類はその論考の持つそれぞれの特徴を反映したものにすぎない。つまり、章立て、章分けは暫定的なもので、章をまたいだ「比較」も十分可能であることをお断りしておきたい。以下に各論考の意義について、簡単に概括することにしたい。

(後略)
 
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【執筆者紹介】掲載順 *は編者

杉本 良男(すぎもと・よしお)*
1950年生まれ。
博士(社会人類学)(東京都立大学)。
国立民族学博物館名誉教授。専門は社会人類学、南アジア研究。
現在は、インド農村社会の構造変動、ポピュラー・カルチャーとナショナリズム、神智協会と南アジア・ナショナリズム、などについて調査研究を行っている。主要業績に『インド映画への招待状』(青土社、2002)、『スリランカで運命論者になる──仏教とカースト制が生きる島』(臨川書店フィールドワーク選書14、2015)、『ガンディー──秘教思想が生んだ聖人』(平凡社新書、2018)など。

松尾瑞穂(まつお・みずほ)*
2007年総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。
専攻は文化人類学、ジェンダー医療人類学。
現在、国立民族学博物館超域フィールド科学研究部准教授。
主著書として、『ジェンダーとリプロダクションの人類学――インド農村社会の不妊を生きる女性たち』(昭和堂、2013年、単著)、『インドにおける代理出産の文化論――出産の商品化のゆくえ』(風響社、2013年、単著)、『宗教とジェンダーのポリティクス――フェミニスト人類学のまなざし』(昭和堂、2016年、共著)、Cities in South Asia (Routledge、2015、共著)など。

望月哲男(もちづき・てつお)
1951年生まれ。
1982年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。文学修士。
専攻は文学、ロシア文学。
現在、中央学院大学現代教養学部教授(北海道大学名誉教授)
主著書として、『創像都市ペテルブルグ:歴史・科学・文化』(編著)(北海道大学出版会、2007)、『「アンナ・カレーニナ」を読む』(ナウカ出版、2012)、『ユーラシア地域大国の文化表象』(編著)(ミネルヴァ書房、2014年)、『ロシア語対訳 名場面でたどる「罪と罰」』(NHK出版、2018年)、論文として、「ロシアの空間イメージによせて」松里公孝編『講座ユーラシア学3 ユーラシア――帝国の大陸』(講談社、2008)、「恥とイデア――『未成年』の世界」『現代思想――ドストエフスキー』(2010年4月臨時増刊)、「境界を越える写真」岩下明裕他(編)『境界研究 特別号』(北海道大学、2014年)など。

小林宏至(こばやし・ひろし)
1981年生まれ。
2013年首都大学東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(社会人類学学)。
専攻は社会人類学、中国漢族研究、客家社会研究。
現在、山口大学人文学部准教授。
論文として、「テクストとしての族譜――客家社会における記録メディアとしての族譜とそのリテラシー」(『社会人類学年報』37号、2011年)、「僑郷からの災因論――二一世紀における「古典的」な風水事例より」(『僑郷――華僑のふるさとをめぐる表象と実像』行路社、2016年)、「孤高の「酒」ホッピー――あるいはホッピーの文化人類学」(『ホッピー文化論』ハーベスト社、2016年)、「客家地域における閩南文化――分水嶺を越境する神様の「里帰り」」(『やまぐち地域社会研究』14号、2017年)など。

井田克征(いだ・かつゆき)
1973年生まれ。
2005年金沢大学大学院社会環境科学研究科国際環境社会学専攻博士課程修了。博士(文学)。
専攻はインド思想、ヒンドゥー教史。
現在は人間文化研究機構総合人間文化研究推進センター研究員/龍谷大学南アジア研究センター研究員。
著書として『世界を動かす聖者たち』(平凡社新書、2014年)、『ヒンドゥータントリズムにおける儀礼と解釈――シュリーヴィディヤー派の日常供養』(昭和堂、2012年)。共編著としてHistorical Development of the Bhakti Movement in India: Theory & Practice(Manohar Publishers, 2011)がある。

高橋沙奈美(たかはし・さなみ)
1979年生まれ。
2011年北海道大学大学院文学研究科博士課程学位取得(学術博士)。
専門は宗教社会学、ロシア地域研究。
現在、北海道大学スラブ・ユーラシアセンター助教。
主著として『ソヴィエト・ロシアの聖なる景観――社会主義体制下の宗教文化財、ツーリズム、ナショナリズム』(北海道大学出版会、2018年)、『ロシアの歴史を知るための50章』(明石書店、2016年、共著)など。論文として、「 レニングラードの福者クセーニヤ――社会主義体制下の聖人崇敬」(『宗教研究』第91巻、2017年)、「ボリシェヴィキの対ロシア正教会政策とその帰結――国教関係、教会外交、「生きた宗教」」(『ロシア史研究』第101号、2018年)など。

韓敏(かん・びん)
1960年生まれ。
1993年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(人類学)。
専攻は文化人類学、中国を含む東アジア研究。
現在、国立民族学博物館超域フィールド科学研究部教授。
単著として、『大地の民に学ぶ――激動する故郷、中国』(臨川書店、2015)、『回応革命与改革――皖北李村的社会変遷与延続』(江蘇人民出版社、2007)、Social Change and Continuity in a Village in Northern Anhui, China: A Response to Revolution and Reform (National Museum of Ethnology、2001)。主編著として『人類学視野下的歴史、文化与博物館――当代日本和中国人類学者的理論実践』(共編、国立民族学博物館、2018)、Family, Ethnicity and State in Chinese Culture Under the Impact of Globalization.(共編、Bridge21 Publications 、2017)、『中国社会における文化変容の諸相――グローカル化の視点から』(風響社、2015)、『近代社会における指導者崇拝の諸相』(国立民族学博物館、2015)など。

前島訓子(まえじま・のりこ)
1980年生まれ
2012年名古屋大学大学院環境学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(社会学)
専攻は社会学、南アジア地域研究
現在、愛知淑徳大学他非常勤講師
主著書 『遺跡から「聖地」へ――グローバル化を生きる仏教聖地』(法蔵館,2018年)、論文として「仏教最大の聖地ブッダガヤの世界遺産と地域社会――問われる「世界遺産」の行方」(『文化資源学研究』、第20号、2018年)など。

井上岳彦(いのうえ・たけひこ)
1979年生まれ。
2013年北海道大学大学院文学研究科博士後期課程単位修得退学。博士(学術)。
専攻は歴史学、カルムィク史、ロシア仏教文化研究。
現在、大阪教育大学教育学部特任講師。
論文として、「ダムボ・ウリヤノフ『ブッダの予言』とロシア仏教皇帝像」(『スラヴ研究』63号、2016年)など。

河合洋尚(かわい ひろなお)
1977年、神奈川県生まれ。
2009年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了(社会人類学博士)。
専攻は社会人類学、景観人類学、漢族研究
現在、国立民族学博物館グローバル現象研究部・総合研究大学院大学文化科学研究科准教授。
主著書として、『景観人類学の課題――中国広州における都市景観の表象と再生』(風響社、2013年)、『日本客家研究的視角与方法――百年的軌跡』(社会科学文献出版社、2013年、編著)、『全球化背景下客家文化景観的創造――環南中国海的個案』(暨南大学出版社、2015年、共編著)、『景観人類学――身体・政治・マテリアリティ』(時潮社、2016年、編著)、Family, Ethnicity and State in Chinese Culture under the Impact of Globalization(Bridge21 Publications、2017年、共編著)、『フィールドワーク――中国という現場、人類学という実践』(風響社、2017年、共編著)など。

櫻間 瑛(さくらま・あきら)
1982年生まれ。
2013年北海道大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。
専攻は民族学、旧ソ連・ロシア地域研究。
現在、一般財団法人勤務。
主著書として、『現代ロシアにおける民族の再生――ポスト・ソ連社会としてのタタルスタン共和国における「クリャシェン」のエスニシティと宗教=文化活動』(三元社、2018年)、『タタールスタンファンブック――ロシア最大のテュルク系ムスリム少数民族とその民族共和国』(パブリブ、2017年、共著)。論文として、「東方宣教活動の現在――沿ヴォルガ地域における正教会の活動と民族文化」(『ロシア史研究』100号、2017年)、「現代ロシアにおける民族運動のなかの「民族文化」表象とその限界――クリャシェン(受洗タタール)の「民族的祭り」を事例に」(『地域研究』16巻1号、2015年)など。

川口 幸大(かわぐち ゆきひろ)
1975年、大阪府生まれ。
2007年、東北大学大学院文学研究科博士課程修了(文学博士)。
専攻は文化人類学、東アジアの親族・宗教・移動・食文化。
現在、東北大学大学院文学研究科准教授。
主著書として、『東南中国における伝統のポリティクス――珠江デルタ村落社会の死者儀礼・神祇祭祀・宗族組織』(風響社、2013年)、『ようこそ文化人類学へ――異文化をフィールドワークする君たちに』(昭和堂、2017年)。『東アジアで学ぶ文化人類学』(昭和堂、2017年、共編著)。『〈宗族〉と中国社会――その変貌と人類学的研究の現在』(風響社、2016年、共編著)『僑郷――華僑のふるさとをめぐる表象と実像』(行路社、2016年、共編著)など。

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