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音楽を研究する愉しみ 別巻18

出会う、はまる、見えてくる

音楽を研究する愉しみ

現地の音楽の魅力にはまってしまった著者たち。学問分野や方法論の違いを超えてぶつかり共鳴する、それぞれの「音楽とは何か」。

著者 金子 亜美
小倉 志穂
神野 知恵
田中 有紀
井上 さゆり
ジャンル 人類学
芸能・演劇・音楽
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻
出版年月日 2019/10/25
ISBN 9784894894198
判型・ページ数 A5・88ページ
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに(田中有紀)

一 音楽は言葉を越える
 ――南米先住民と他者、そして出会いを媒介する音(金子亜美)

1 音楽と言葉
2 南米先住民との出会い
3 スペイン領南米の辺境地域と音楽
4 チキトス地方のミッション・バロック音楽
5 ミッション・バロック音楽の今日
6 音楽は言葉を越える

二 音楽は青マンゴーの酸味のように――タイ古典音楽に親しむ(小倉志穂)

1 私にとって音楽とは
2 なぜタイ古典音楽を研究することになったのか
3 留学時のエピソード
4 タイ古典音楽、サムニアンパサーの魅力
5 私にとって音楽とは

コラム① 「留学に行く前と行った後で、何が変わったか」

三 人に出会うための民族音楽学――韓国、日本、そして世界へ(神野知恵)

1 音楽に飛び込む、音楽に浸る
2 韓国の農楽との出会い
3 環境のなかの身体と音楽
4 研究する喜びと苦しみ
5 音楽は人間そのもの

コラム② 「フィールドで見たものをどのように発信していくか」

四 「正しい」音楽とは何か――中国の音楽論から音楽を考える(田中有紀)

1 ミュージカルと中国音楽
2 音楽への興味、中国への興味
3 いま研究している音楽
4 私にとって音楽とは何か

五 私にとってのミャンマー音楽研究――文献研究と実践(井上さゆり)

1 私が一番よく聴いている音楽
2 私はなぜ今の研究をするようになったのか
3 ミャンマー音楽の魅力
4 私にとってミャンマー音楽を研究するということ

コラム③ 「これからの自身の研究の方向性についてどのように考えているか」

おわりに(田中有紀)

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内容説明

南米・タイ・韓国・中国・ミャンマー
西洋音楽とは異なる歴史や文化背景から生まれた現地の音楽との出会い。その魅力にはまってしまった著者たちの実践と学び。学問分野や方法論の違いを超えてぶつかり共鳴する、それぞれの「音楽とは何か」。

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 ……   本書は、音楽を研究してみたい人、あるいは音楽が好きで、音楽研究に興味がある人を対象とするものである。通常の入門書とは異なり、音楽学にはどのような分野や研究方法があり、どのような先行研究を読めば良いのかということには、ほとんど触れていない。その代わりに、音楽(らしきもの)を専門とするに至った五人の研究者が、一体どのようなきっかけでその道に進み、何のためにその研究をしているのかを、なるべく丁寧に、正直に記述した。大学で音楽を専攻していた者もいれば、私のように音楽の専門教育を受けていない者もいる。本書の五人の専門分野を記せば、文化人類学・民俗学・教育学・思想・文学ということになるが、たとえば私自身は、思想を研究しようと決めて、その中で音楽という分野を論じようと考え、研究を始めたわけではない。実際のところは、音楽に関心を持ち、試行錯誤を繰り返していった結果、それが哲学だったり思想だったりしたわけである。おそらく多くの研究者は、先に入門書を読んで、次にどのような研究をするかを選択するという道を歩んではいないだろう。私たちも「結果として」音楽を研究しているが、別のものを研究する可能性も十分あったのである。

 本書の各章は五人の音楽研究者によって執筆されている。南米ボリビアのチキトスで、宣教師が広めたミッション音楽を研究している金子亜美、タイの古典音楽を専門とする小倉志穂、韓国の伝統楽器芸能である農楽を研究し、民族音楽学を専門とする神野知恵、中国の音律思想を分析する田中有紀、そして、ミャンマー音楽を研究する井上さゆりである。この五人がそれぞれ、なぜその音楽に関心を持ち、それを研究するに至ったのか、そしていま取り組んでいる研究にはどのような魅力があるのかなどを執筆した。これらは通常の論文ではなかなか書けない内容である。

 この五人は「バラバラなように見えるが、共通点はある」ということはない。初めて五人で話した時は「音楽」という事象をめぐり、ここまで研究方法も考え方も違うものかと、むしろ差異が強調されるばかりであった。共通点といえば、「音楽(らしきもの)を研究している」「非西欧圏の研究をしている」「全員、留学など現地での長期滞在経験がある」ということくらいであった。もともとこのブックレットは、留学奨学金である松下幸之助国際スカラシップ(アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国への留学を助成対象とする)を受けた者のうち、音楽を研究しているメンバーで企画したものであるから、それは当然である。しかしこの多様性の中にこそ、かえって音楽という事象を考えるための手がかりがあるのではないか。音楽というテーマは、ここまで様々な分野を包含し、ここまで様々なやり方で研究ができるのだ。これは、非西欧圏に長期滞在した私たちだからこそ、提示できる新しい音楽研究の世界なのかもしれない。同時に私たちは、音楽という事象をきっかけに、異文化へと飛び込んだ。音楽は私たちに新しい世界を見せてくれたともいえるだろう。

 ……

 このシンポジウムや本書の企画から得たものは、五人それぞれ異なるだろう。小倉は留学中に、タイ音楽を学ぶことは「人間にまつわること」を学ぶことであるときづいた。また、神野は、自分自身を「音楽学者」とすることに違和感を覚えるときがあるといい、自らの研究対象を「演じる人々やコミュニティの生活、その土地の気候風土、信仰、身体、人生、趣向性、価値観、会話の話法など全てが混然一体となったものの総体」と述べた。私自身も、中国音楽を学んでいる中で、それが哲学であり思想だったということにきづいていった。その一方で私は、「いま私が取り組んでいるものは、哲学や思想なのであり、音楽ではない」と宣言できるのだろうか。「前近代と現代の価値観は違うのだから、古代中国の音にまつわる事象を音楽とは言えない」と断言できるのだろうか。本書の執筆を通して、私ははからずも再び、自分の当初の関心であった音楽という問題に遡ることになった。すると、自分の中にこれまで蓄積してきた音楽をめぐるさまざまな疑問を、中国音楽を通じて解き明かそうとしている態度にふと気がついた。自分の専門に集中し、なるべく客観的に論文を書き進めていこうとする中で、「音楽そのものへの問い」を、なかなか表には出せなくなっていた。そのような根源的な「問い」に対する答えとして、有効な視座を与えてくれるような世界が、中国音楽の中にはやはり存在している。私はこのように考えるに至った。

 本書の五人は、全員もともと音楽が好きだった(「好き」にも差があり、大学の専攻とするに至るほどの興味を若い時から持っていた者もいれば、私のように、たとえ好きではあっても音楽の道に進むほどではなかった者もいる)のは確かである。音楽と関わる中でその時その時に感じていた疑問や、また、音楽とは関係のないところで考えていた問題が、様々なかたちで流れ込んでいき、結果として、今の研究になっている。本書は前述したとおり、音楽研究に興味を持つ方に向けたものではあるが、同時にもう一つ大きな目的を持っている。それは、執筆者個人が、論文というかたちをとらず、過去の自分を振り返ることによって、音楽への素朴な興味と今の研究とが、どのように結びついているかを見つめ直すことである。それによって「音楽とは何か」という答えの出ない問題に、少しでも取り組むことができるのではないか。私はこのように考えている。……

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著者紹介
金子亜美(かねこ あみ)
1988年、千葉県生まれ。
聖徳大学附属高校音楽科ピアノ専攻、東京藝術大学音楽学部楽理科卒業後、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻文化人類学コース修了、同コース博士課程単位取得退学。修士(学術)。現在、宇都宮大学助教。主な業績として、『宣教と改宗――南米先住民とイエズス会士の交流史』(風響社、2018年)、「指標的記号形態としての音の研究に向けて――シルヴァスティンのコミュニケーション理論に基づく試論」(『音楽学』60巻1号、 pp.14-29、 2014年)などがある。

小倉志穂(おぐら しほ)
1996年、秋田県生まれ、埼玉県出身。
埼玉県立伊奈学園総合高等学校普通科音楽系を卒業後、東京学芸大学教育学部中等教育教員養成課程音楽専攻をピアノ専攻で入学。学部三年次より音楽学専攻に転科し、2019年3月卒業。在学中、タイ東北部に位置するコンケン大学芸術学部音楽科に留学した。

神野知恵(かみの ちえ)
1985年、神奈川県生まれ。
東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了、国立民族学博物館機関研究員。主な業績として、『韓国農楽と羅錦秋――女流名人の人生と近現代農楽史』(風響社、2016年)、「韓国音楽学者李輔亨による湖南右道農楽録音資料の比較考察」『国立民族学博物館研究報告』第43巻第3号(国立民族学博物館、2019年)などがある。

田中有紀(たなか ゆうき) 
1982年、千葉県生まれ。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、立正大学経済学部准教授。主な業績として、『中国の音楽論と平均律――儒教における楽の思想』(風響社、2014年)、『中国の音楽思想――朱載堉と十二平均律』(東京大学出版会、2018年)などがある。

井上さゆり(いのうえ さゆり)
1972年生まれ、鹿児島県出身。
東京外国語大学大学院地域文化研究科地域文化専攻博士後期課程修了、大阪大学大学院言語文化研究科言語社会専攻准教授。主な業績として、『ビルマ古典歌謡の旋律を求めて――書承と口承から創作へ』(風響社、2007年)、『ビルマ古典歌謡におけるジャンル形成』(大阪大学出版会、2011年)、The Formation of Genre in Burmese Classical Songs(大阪大学出版会、2014年)などがある。

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