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チベットの宗教図像と信仰の世界

チベットの宗教図像と信仰の世界

生きとし生けるものを苦しみから解き放つ護符。ポン教・チベット仏教が伝承してきたこの「秘法」は、今も民衆の心を掴んでやまない。

著者 長野 泰彦
森 雅秀
ジャンル 人類学
民俗・宗教・文学
歴史・考古・言語
出版年月日 2019/10/18
ISBN 9784894892781
判型・ページ数 A5・400ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序(長野泰彦)

●総説

 チベットの護符・仏画、その特徴と内容(森雅秀)

●図像

 輪廻の輪を捉える無常大鬼(立川武蔵)
 チベットの仏教説話画―『アヴァダーナ・カルパラター』を中心として(大羽恵美)
 中央に飾り文字を書き入れるタイプの十輻輪の意匠の護符について(川﨑一洋)

●実践

 チベットにおけるヤントラ受容の一例(倉西憲一)
 ネワール仏教における護符の実際―チベット仏教の護符との比較を通して(スダン・シャキャ)

●信仰

 魔除けと護符の「境界性」をめぐって―民間信仰のフィールドから(村上大輔)
 真言・事物・護符―疾病の来源と猪の護符について(津曲真一)
 雪山で生まれた仏法(脇嶋孝彦)

あとがき(長野泰彦)

索引
編者・著者紹介

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内容説明

「悪魔よ、来い。もうどこにも逃げられない」
生きとし生けるものを苦しみから解き放つ護符。ポン教・チベット仏教ニンマ派が伝承してきたこの「秘法」は、いまも民衆の心を掴んでやまない。本書は、宗教学・人類学・図像学などの方法論を結集し、人々の宗教実践における護符の意味を追究。

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 チベットの宗教文化はアジアにおける精神文化を支える柱のひとつとして長く注目を集め、分厚い研究の蓄積がある。しかし、それは主として仏教に関する正統的な教義あるいは哲学及びそこから派生するタンカやマンダラの図像表象にかかる研究であり、人々の宗教実践に関するアプローチは少ない。また、図像に関する研究の多くは仏教論理との関係や美術史的関心から行われてきており、民衆が宗教に何を求めているかという視点は稀薄である。

 本書は 、 チベットに広く行われている主として白描による宗教図像と護符に注目し、一般の人々の目線に立って、それらの内容・意味・用途の記述、文献学的裏付け、それらの加持・聖化(パワーの付与)に関する儀礼などを宗教学、文化人類学、仏教学、チベット学、インド学、図像学の方法論、及び、フィールドワークと文献学の手法を組み合わせつつ調査研究し、宗教図像と護符というモノを通じてチベットの宗教実践の有り様と宗教文化基層の一端を明らかにすることを目指した。

 チベットは長く鎖国状態にあり、1985 年に外国人が入領できるようになるまではいわゆる神秘の国であったが、この神秘性とは別に、19 世紀以降世界の眼がチベットに向けられたもう一つの理由はチベット仏教典籍の特徴にある。仏教典籍の漢語訳が大胆な意訳を特徴とするのに対し、チベット語仏典は9世紀に確立した欽定文法や語彙集に基づいて訳され 、 きわめて忠実な直訳を旨としたため、それを用いて、今は散逸したサンスクリットの仏教典籍を再構成できることが認識されたことによる。欧露・日本の探検隊や個人が幾多の危険を冒してチベットに入ろうとしたのは 、 貴重なチベット仏教経典を求めてのことであった。

 1959 年のチベット動乱を機にチベット研究の動向は大きく変化した。多くのチベット人がインドに逃れ、貴重な文献類がもたらされたとともに、生きたチベット文化に触れることができるようになった。文献類の中でも蔵外文献(古インド語から訳された大蔵経に含まれない、チベット人の撰述になる文献)は様々の経典の注釈書、図像や儀礼の儀軌書を含み、その後の仏教教学解釈に大きな影響を与えることになるのだが、しかし 、 学問の主流は依然として仏教であった。

 一方、動乱を機にポン教の存在が認識されたことはチベット宗教文化の枠組みを考える上で大きな飛躍と言える。ポン教とは、仏教伝来以前からチベットに広く分布し 、 仏教が政権と結びつくまでは支配的だった宗教で、土着的要素と密接な関連を保ちつつ 、 独自の高度な教義・論理体系を築き上げてきた。D. スネルグローヴ(Snellgrove)は 1961 年からロンドン大学において 、 動乱を逃れた3名のポン教学僧と共同研究を行い、チベットの宗教文化の基層をなしているのはポン教であるとの主張を明確に打ち出した。本論文集はチベットの宗教文化を貫いているのは何かという関心から発想されたものだが、その着想にはスネルグロ ーヴの主張に刺激された面がある。

 ネルグローヴが「チベットの宗教文化の基層を担っているのはポン教である」と断じたのに対し、我々はチベットの宗教文化の基層が仏教、ポン教、民間信仰のいずれであるのかを問題とするのではなく、そこに通底するものは何かをモノを通じて探究する態度をとる。チベットの精神文化基層においては、超越的な原理(シャマニズム的なもの:憑依)と世俗的な経済原理(集団存続のための経済基盤)の双方が絡み合っており、その二つを有機的に繋ぐための仕掛けとして 「 呪力観ないし呪物 」 が働いていると考える。一般民衆が信を寄せて縋る白描による宗教図像や護符はその典型的なモノのひとつである。このような研究態度をとってこそチベット文化の基層に動くダイナミズムをとらえることができると考えるのだが、従前、このような研究態度は伝統的チベット研究では異端視され、成果は少ない。世界のチベット研究がポン教文化にやっと注目しだした現段階でこそ、それをさらに一段と幅を広げることにより、高次化され一般性を帯したチベット研究が可能となる。

 我々はこのような発想の下に国立民族学博物館が蔵する「チベット仏画コレクション」の記述的研究を行った。その記述の成果は同館のデータベースとして公開されるが、それと並行して各研究員がそれぞれの専門分野における関心に従い、ひとつの、あるいは複数の図像について詳細な検討を行った結果が本書である。チベット宗教図像群における本コレクションの位置付けや意味に関する概説に続き、仏教学を踏まえた図像解析、チベットにおけるヤントラの意義、宗教学・文化人類学に立脚した宗教実践に関する解釈、が9件の論考として示されている。今後のチベット基層文化研究に資するところがあれば幸甚である。

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執筆者紹介(*は編者)

長野 泰彦
 (ながの  やすひこ)*
国立民族学博物館・総合研究大学院大学名誉教授 (専門分野)チベット語、嘉戎(ギャロン)語等を中心とするチベット・ビルマ系諸語の歴史研究、及びチベット学
『現代チベット語分類辞典』汲古書院、1990 年。A Lexicon of Zhangzhung and Bonpo Terms(共編著)2008 年、 国立民族学博物館。『嘉戎語文法研究』汲古書院、 2018 年など。

森 雅秀 (もり  まさひで)*
金沢大学人間社会研究域教授 (専門分野)仏教学、比較文化学
『チベットの仏教美術とマンダラ』名古屋大学出版会、2011 年。『エロスとグロ
テスクの仏教美術』春秋社、2011 年。『高僧たちの奇蹟の物語』朱鷺書房、2016 年。『仏教の女神たち』春秋社、2017 年など。

立川 武蔵 (たちかわ  むさし)
国立民族学博物館名誉教授 (専門分野)インド哲学、仏教学
『空の思想史』講談社、2003 年。『中論サンスクリット索引』法蔵館、2007 年。『マ
ンダラ観想と密教思想』春秋社、2015 年。『仏教原論』角川書店、2019 年など。

大羽 恵美 (おおば  えみ)
金沢大学国際文化資源学研究センター客員研究員 (専門分野)仏教美術史・図像学「『ボーディサットヴァ・アヴァダーナ・カルパラター』にみられる龍王の図像」『密教図像』第 34 号、2015 年。Identification and Analysis of the First and the Last paintings of dPag bsam ’khri shing: Part 1, Journal of the International Center for Cultural Resource Studies (vol. 2), 2016 年、26-46 頁。「チベットにおける舎衛城の神変における図像学的考察―賢愚経を所依とする絵画を中心にして―」『密教図像』(第 37 号)、2018 年、66-88 頁など。

川﨑 一洋 (かわさき  かずひろ)
高野山大学講師 (専門分野)密教学、図像学
「『真実摂経』後期密教の源流」『インド後期密教』春秋社、2005 年、13-36 頁。『弘法大師空海と出会う』岩波新書、2016 年。「『理趣経』の曼荼羅」『空海とインド中期密教』春秋社、2016 年、253-271 頁。「シャル寺の曼荼羅壁画について」『アジア仏教美術論集・中央アジアⅡ』中央公論美術出版、2018 年、233-258 頁など。

倉西 憲一 (くらにし  けんいち)
大正大学綜合佛教研究所主任 (専門分野)インド仏教
「事実と虚構―インド後期密教のある聖人伝を巡って―」藤巻和宏編『聖地と
聖人の東西―起源はいかに語られるか―』勉誠出版、2011 年、183-202 頁。Yantras in the Buddhist Tantras —Yamāritantras and Related Literature —, Puspikā Proceedings of the International Indology Graduate Research Symposium(vol.1), 2014 年, 265-281 頁. “A Study on Scholarly Activities in the Last Period of the Vikramaśīla Monastery: Quotations in Ratnaraksita,” 『東洋文化』96 号 , 2016 年, 49-61 頁など。

スダン・シャキャ (Sudan  SHAKYA)
種智院大学人文学部教授 (専門分野)インド・チベット・ネパール仏教
「『ナーマサンギーティ』と「法界語自在にマンダラ」について」『密教学研究』
第 40 号、2008 年、61-76 頁。「Vasudhārā と Vasundharā」『印度学仏教学』第
59 号、2011 年、995-990 頁。「ネパール仏教における三宝帰依と三種のマンダラ」『密教学』第 51 号、2015 年、211-227 頁。A Study on the Tibetan Manuscript Transliterated in Devanāgarī Existing in Nepal, Journal of World Buddhist Cultures Vol. 2, 2019 年, 141-159 頁など。

村上 大輔 (むらかみ  だいすけ)
駿河台大学経済経営学部准教授 (専門分野)社会人類学
National Imaginings and Ethnic Tourism in Lhasa, Tibet —Postcolonial Identities amongst Contemporary Tibetans —, Kathmandu: Vajra Publications, 2011 年. The Trapchi Lhamo Cult in Lhasa, Revue d'Etudes Tibétaines 27 (Octobre), 2013 年, 21-54 頁.『チベット 聖地の路地裏〜八年のラサ滞在記〜』法藏館、2016 年(第2回斎藤茂太賞・審査員特別賞受賞)。「「魂」(bla)を呼び戻すチベットの儀軌「ラグツェグ」(bla ’gugs tshe ’gugs)〜ニンマ派伝承の祈祷書の訳注と儀軌の記述〜」『国立民族学博物館研究報告』2019 年, 43(3):485-548 頁など。

津曲 真一 (つまがり  しんいち)
大東文化大学文学部准教授 (専門分野)宗教学
Meaningful to Behold: A Critical Edition and Annotated Translation of Longchen-pa’s Biography, CreateSpace Independent Publishing Platform, 2016。「“良き死” の諸相 : アジアの伝統宗教の立場から」『死生学年報 2016 生と死に寄り添う』LITHON、2016 年、7-26 頁。「チベットのネーチュン:国家神と神託官」『霊と交流する人びと(下)』LITHON、2018 年、289-316 頁など。

脇嶋 孝彦 (わきしま  たかひこ)
ポン教ゾクチェン研究所 (専門分野)ポン教の思想と実践
『ゾクチェン瞑想修行記:チベット虹の身体を悟るひみつの体験』ムゲンブックス、2018 年。(訳書)『智恵のエッセンス』春秋社、2007 年。『光明の入口:カルマを浄化する古代チベットの9瞑想』ムゲンブックス、2018 年。

 

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