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転換期のミャンマーを生きる

「統制」と公共性の人類学

転換期のミャンマーを生きる

人々には今も「統制」のくびきがある一方、さまざまな「公共性」の風穴がほの見える。モノ・情報・コミュニティから見た可能性。

著者 土佐 桂子
田村 克己
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2020/03/20
ISBN 9784894892675
判型・ページ数 A5・334ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

 序章──「統制」と公共性研究について(土佐桂子)

●第Ⅰ部 統制のほころびと新たな公共性の行方

 一 「経験」された統制──社会主義時代における農村の調査(田村克己)
    一 はじめに
    二 監視と「自己統制」
    三 お茶の「輪」と「親しい間柄」
    四 「まとまり」としての村
    五 個人的ネットワークの競合
    六 おわりに

二 民主化運動における「対抗的公共圏」の成立過程(伊野憲治)
    一 はじめに
    二 一九八八年民主化運動の発端と公共性
    三 八八八八学生決起、自由な討論の場と「ドー・アイェー(我らが大義)」の創出
    四 クーデター、政党結成と「対抗的公共圏」の形成
    五 総選挙・軍政の存続・憲法制定・民政移管・総選挙と課題
    六 おわりに

三 軍統制下における農村の公共意識と宗教──上ビルマ村落の事例から(飯國有佳子)
    一 はじめに
    二 軍政期の農業政策にみる統制
    三 浸透する国家権力
    四 規律的権力によるリスクの自己責任化と「官製NGO」
    五 村における集団形成
    六 おわりに

四 ミャンマーにおけるフェイスブックと公共性の構築(テッテッヌティー)
    一 はじめに
    二 言論統制
    三 情報統制
    四 テインセイン政権の改革
    五 おわりに

五 セキュリティ民営化とインフォーマルな国家統制(岡本正明)
    一 はじめに
    二 私的暴力装置(研究)の少なさ
    三 警備業の定義
    四 警備業の誕生と発展
    五 警備会社、警備員の特徴
    六 国家による警備会社、警備員の統制
    七 警備業の自己統制化から国家統制へ?
    八 おわりに

    ●第Ⅱ部 民主化の中の宗教──競合する公共性

六 仏教を結節点とした「つながり」とその変容(藏本龍介)
    一 はじめに
    二 出家者の反ムスリム運動
    三 出家者の反ムスリム運動に対する批判
    四 「法友」の台頭とマバタの対応
    五 おわりに

七 民主化による新たな試練とムスリムコミュニティ(斎藤紋子)
    一 はじめに
    二 身分証明書をめぐる問題――ホワイトカードを利用した統制と排除
    三 ムスリムコミュニティの新たな活動
    四 ミクロなレベルでのムスリム・仏教徒関係
    五 おわりに

八 説法会を核とする仏教公共性(土佐桂子)
    一 はじめに
    二 説法会とは何か
    三 軍政時代初期の説法
    四 テインセイン政権時代の説法
    五 おわりに

●第Ⅲ部 マイノリティをめぐる統制と鼓動

九 “ガラスの多文化主義”と少数民族のパブリシティ(髙谷紀夫)
    一 はじめに
    二 ミャンマーの政治的文脈とパブリシティ
    三 シャンのパブリシティの外延
    四 おわりに

一〇 少数民族組織の活動にみる統制・公共圏・共同体のありよう
       ──パラウン(タアン)民族を事例に(生駒美樹)
    一 はじめに――パラウン民族組織
    二 研究背景
    三 パラウン社会組織
    四 パラウン茶業者組合
    五 少数民族組織の活動にみる統制と公共性/公共圏のありよう
    六 おわりに

一一 他者化された人々と公共的なるもの──カンボジア農村部のベトナム人の事例から(松井生子)
    一 はじめに
    二 調査地
    三 差別と舞台裏の公共性
    四 一般のクメール人との対話
    五 政治空間への接合
    六 おわりに

一二 シンガポールの多文化主義による「統制」と新たな空間の創出(田村慶子)
    一 はじめに
    二 多文化主義下での華語の「排除」とマレー系の「統制」
    三 創造されない公共空間
    四 「下からの」新たな空間創造の動き
    五 おわりに

 あとがき(田村克己)

 索引

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内容説明

激変するかに見えた国の底流にあるもの
民政移管そして「スーチー政権」へ。人々の上には今も「統制」のくびきがある一方、傍らにはさまざまな「公共性」の風穴がほの見える。モノ・情報・コミュニティから見た可能性とは。注目の民博共同研究の成果。

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序章──「統制」と公共性研究について

土佐桂子




 (前略)

 ミャンマーでは、ネーウィン社会主義政権時代も加えると軍人支配は半世紀近く続いたが、ようやく民主化の方向に舵を取り始めた。二〇一一年四月の民政移管は実際には軍政に主軸を持つ連邦団結発展党(USDP)による政権だったが、テインセイン大統領は当初期待された以上に改革を進め、アウンサンスーチー党首率いる国民民主連盟(NLD)も補欠選挙から参加することとなった。その後、第二回総選挙を経て二〇一六年四月からはNLDが与党となり、大統領にはティンチョーが、アウンサンスーチー党首は国家顧問と外相を兼任することとなった。スーチー政権誕生直後には欧米からの支援も本格的に始まり、大きな変化を迎えはじめた。

 それでは、この間、人々の暮らしは実際に変化したのだろうか。社会主義政権下ではモノ、情報の流通や人の移動は制限された。その後の軍事政権下においては、市場経済への移行が計られ、商品や一般的情報の流通は以前に比して格段に増加したが、政治に関連する選択肢は極めて限られ、情報流通や政党・政治活動に強い「統制」が加えられてきた。それでは一般の人々が日常生活を営むうえで、こうした「統制」はいかに経験されてきたのだろうか。あるいは、統制下にある人々にとって公共性はどのように開けているのだろうか。

 本書はこうした問いを、ミャンマーを中心にしつつ、インドネシア、シンガポール、カンボジアの研究者を含め、人類学、政治学の観点から考察しようとするものである。国立民族学博物館の研究事業として開催した共同研究会「「統制」と公共性の人類学的研究――ミャンマーにおけるモノ・情報・コミュニティ」(代表土佐桂子、二〇一二年一〇月〜二〇一六年三月)の成果でもある。この研究の特徴は、政治権力体制の特質を踏まえつつ、むしろミクロレベルでの調査研究を元に、日常生活において感知、経験される政治的諸相を「統制」と公共性という観点から明らかにすること、特にミャンマーにみられる急激な変化を、過去との分断のうえにではなく、従来の長期の文化社会研究に基づく知見を生かし、連続性のなかでとらえていくことにある。

 以下、「統制」と公共性について、少し説明を加えたい。

 「統制」に関しては、二つのタイプを想定できる。第一は国家など公権力からモノや人や情報の流通に対して課せられる「統制」で、社会主義政権下では最も顕著に存在した。ただ「統制」は必ずしも外部から課せられるものとは限らない。第二には、フーコーが述べたような規律=訓練社会の成立のなかで、むしろ「個々人が掌握されるなどの関係を個人の内的な機構が生み出す仕掛け」を考える必要がある[フーコー 一九七七]。いわば、統治の内面化という側面で、ニコラス・ローズが指摘するような管理社会の広がりともかかわる[Rose 1999]。

 研究会を通じて、統制の強い社会では何が公共(パブリック)なのかという決定そのものが公権力によってなされる点が重視された。そのうえで公権力が何を統治の対象とするか、換言すれば何を「統制」対象とするのか、どのような領域を「統制」しようとするのかを明確に見定める必要性があろう。ミャンマーの事例でいえば、半世紀に及ぶ一党独裁のもとで、「政治(ナインガンイェイ)」は決してパブリックなものではなかった。むしろ軍事政権のプライベートな専有物とされてきたとも考えられる。「政治」が重要なものであるという認識は公知されるものの、政治への人々の参与は厳しく制限される。例えば、軍事政権下では民主化運動や党活動は統制の対象となり、NLDの政治活動は「党政治(パーティーナインガンイェイ)」として、望ましくない非合法の活動とされた。一方、言論・情報に対する「統制」は社会主義政権時代以来厳しく課されてきた。例えば、ミャンマーでは英領時代以来、新聞による批判、議論はそれなりに行われてきたが、社会主義政権時代にすべての新聞が国有化され、日刊紙は公権力の「公報」の様相を呈していた。軍政時代になるとジャーナルと呼ばれる週刊新聞の発刊が認められ、海外政治・経済動向、スポーツ、商品といった情報は格段に増えた。ただし、検閲制度は健在で、政治や政策決定に係わる言論、批判に関しては変わらず規制されてきた。

 一方、こうした公権力による「統制」に対して、それをくぐりぬける実践や対抗的実践が見いだせる。ただ、そうした実践はどれほど「公共性」を持つのか、そもそも公共性をどうとらえるべきなのだろうか。

(後略)
 
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編者・執筆者紹介(掲載順)

土佐桂子(とさ けいこ)
総合研究大学大学院文化科学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。
専攻は文化人類学、ミャンマー地域研究。
現在、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。
主著書として、『ビルマのウェイザー信仰』(勁草書房、2000年)、『グローバル化する〈正義〉の人類学:国際社会における法形成とローカリティ』(昭和堂、2015年、共著)、Champions of Buddhism: Weikza Cults in Contemporary Burma(Singapore: National University of Singapore Press, 2014年、共著)など。


田村克己(たむら かつみ)
国立民族学博物館/総合研究大学院大学名誉教授。
専攻は、文化人類学。
主な編著書に、『レッスンなきシナリオ:ビルマの王権、ミャンマーの政治』〈風響社、2014年〉『ミャンマーを知るための60章』(松田正彦と共編、明石書店、2013年)など。


伊野憲治(いの けんじ)
一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。
専攻はミャンマー地域研究、社会史。
現在、北九州市立大学基盤教育センター教授
主著書として、『ビルマ農民大反乱(1930∼1932年):反乱下の農民像』(信山社、1998年)、『アウンサンスーチーの思想と行動』(財団法人アジア女性交流・研究フォーラム、2001年)、『ミャンマー民主化運動:学生たちの苦悩、アウンサンスーチーの理想、民のこころ』(めこん、2018年)、『アウンサンスーチー演説集』(みすず書房、1996年、編訳)など。


飯國有佳子(いいくに ゆかこ)
総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程修了。博士(文学)。
専攻は文化人類学、ミャンマー地域研究。
現在、大東文化大学国際関係学部准教授。
主著書として、『現代ビルマにおける宗教的実践とジェンダー』(風響社、2011年)、『ミャンマーの女性修行者ティーラシン:出家と在家のはざまを生きる人々』(風響社、2010年)、『ミャンマーを知るための60章』(雄山閣、2013年、共著)など。


テッテッヌティー(Htet Htet Nu Htay)
東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程単位取得退学。
専門はメディア学、ミャンマー研究。
主な論文として「ミャンマー社会におけるインターネット技術の導入と「ウェパンイェネーパェー」の再編:2009年の医療ミス問題を巡って」(『言語・地域文化研究』19号、2013年)など。


岡本正明(おかもと まさあき)
京都大学大学院人間文化環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(地域研究)。
専攻は東南アジア地域研究、政治学。
現在、京都大学東南アジア地域研究研究所教授。
主著書として、『暴力と適応の政治学:インドネシア民主化と地方政治の変容』(京都大学学術出版会、2015年)、『東南アジアにおける地方ガバナンスの計量分析:タイ、フィリピン、インドネシアの地方エリートサーベイから』(晃洋書房、2019年、共編著)、論文として、「インドネシアにおける暴力をめぐる公私のポリティクス」(村上勇介・帯谷知可編『多元多層の共存空間:「環太平洋パラダイム」の可能性』、京都大学学術出版会、2017年)など。


藏本龍介(くらもと りょうすけ)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学
現在、東京大学東洋文化研究所准教授。
主著書として『世俗を生きる出家者たち:上座仏教徒社会ミャンマーにおける出家生活の民族誌』(法藏館、2014年)など。


斎藤紋子(さいとう あやこ)
1962年東京外国語大学大学院地域研究科博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。
専攻はミャンマー地域研究、ミャンマーのムスリム研究。
現在、東京外国語大学、上智大学、拓殖大学等非常勤講師。
主な業績として、「ミャンマーのムスリムコミュニティ」『アジアに生きるイスラーム』(笹川平和財団編、イースト・プレス、2018年)「第7章 ミャンマー社会におけるムスリム:民主化による期待と現状」『ポスト軍政のミャンマー:改革の実像』(工藤年博編)アジ研選書39、アジア経済研究所、2015年)など。


髙谷紀夫(たかたに みちお)
東京大学大学院社会学研究科博士課程中途退学。博士(学術)。
専攻は文化人類学、東南アジア民族学、知識人類学。
現在、広島大学大学院総合科学研究科教授。
主著書として、『ビルマの民族表象::文化人類学の視座から』(法藏館、2008年)、『ライヴ人類学講義:文化の「見方」と「見せ方」』(丸善、2008年)、『つながりの文化人類学』(東北大学出版会、2012年、共編)、論文として、「ビルマの仏教と社会:仏教の比較考察からの試論」(『民族学研究』47巻1号、1982年)、「祭祀と地域性:ビルマ・ラングーン研究から」『国立民族学博物館研究報告』13巻2号、1988年)、「シャンの行方」(『東南アジア研究』35巻4号、1998年)など。


生駒美樹(いこま みき)
東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は文化人類学、ミャンマー地域研究。
現在、東京外国語大学および国士舘大学非常勤講師。
主な論文として、「パトロン=クライアント関係と負債:ミャンマーのチャ摘みの事例から」(『白山人類学』22号、2019年)、「茶をめぐる生産者の選択と関係:ミャンマー北東部シャン州ナムサン郡を事例として」(『東南アジア研究』52巻1号、2014年)など。


松井生子(まつい なるこ)
広島大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。
専攻は文化人類学。
現在、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所ジュニア・フェロー、法政大学現代福祉学部非常勤講師。
論文として、「在カンボジア・ベトナム人と3つの学校教育の場―国境地域の村の事例から」(『南方文化』40輯、2013年)、「メコン河の水辺に生きるベトナム人―カンボジア南東部の村のフィールドワークから」(『史學研究』289号、2015年)など。


田村慶子(たむら けいこ)
九州大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、博士(法学)。
専攻は国際関係論、東南アジア地域研究。
現在、北九州市立大学法学部政策科学科教授
主著書として、『シンガポールの基礎知識』(めこん、2016年)、『多民族国家シンガポールの政治と言語―「消滅」した南洋大学の25年』(明石書店、2013年)、『マラッカ海峡―シンガポール、マレーシア、インドネシアの国境を行く』(編著、北海道大学出版会、2018年)、『シンガポールを知るための65章』(編著、明石書店、2016年)、論文として「シンガポール―2015年総選挙と権威主義体制の行方」『国際政治』185号、2016年)など。

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