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〈客家空間〉の生産

梅県における「原郷」創出の民族誌

〈客家空間〉の生産

不断に繰り返される「民族」「文化」創出のメカニズムを解明、注目の空間論的アプローチとその展開。

著者 河合 洋尚
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2020/02/25
ISBN 9784894891029
判型・ページ数 A5・366ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき

注記──凡例に代えて

序章 本書の視点と方法――客家文化研究から空間論へ

  一 問題提起
  二 客家文化概念の生成
  三 空間論的視座の導入
  四 〈空間〉と〈場所〉をめぐるアプローチ

第一章 政策――華僑のまなざし、「原郷空間」の創出

  一 梅県と梅州市
  二 海外への移住と華僑ネットワークの形成
  三 客家文化政策の推進と「原郷」の建設
  四 客家文化の表象と〈客家空間〉の生産

第二章 宗族――客家言説と「親族」カテゴリー

  一 客家の宗族をめぐる言説
  二 張氏の系譜と宗族意識
  三 宗族の復興と祖先崇拝活動の変化
  四 比較と考察――宗族の二重原理を解読する

第三章 儀礼――正月半をめぐる表象と実践

  一 客家の年中行事と正月半
  二 梅州市における「閙元宵」の表象
  三 張氏における正月半の実践
  四 比較と考察――儀礼と〈場所〉の生成

第四章 風水――客家文化としての表象、住まうことの実践

  一 客家文化と風水思想
  二 客家風水に関する研究史とその表象
  三 囲龍屋における「風水」の実践と実践知
  四 考察――客家風水と「看屋場」のはざまで

第五章 景観――都市開発と文化遺産実践

  一 梅県における都市開発の推進
  二 客家らしい都市景観の創出
  三 宗族による囲龍屋の保護活動
  四 考察――〈場所〉と〈空間〉のダイナミズム

第六章 信仰――客家神をめぐるポリティクス

  一 客家文化と宗教・信仰
  二 梅県における宗教景観の創造
  三 信仰の記憶、〈場所〉の再生成
  四 考察――信仰の〈場所〉から〈客家空間〉へ

第七章 墓地――歴史の資源化と「親族」の再構築

  一 客家の歴史、宗族の歴史性
  二 楊氏による宗族広場の建設と客家文化
  三 秋祭りにみる実践知とネットワーク
  四 考察――墓がつくる「親族」ネットワーク

終章 客家文化研究の空間論的転回へ向けて

  一 総括――梅県における〈客家空間〉の生産
  二 展望――客家文化研究における新たな視点と方法

あとがき

参考文献

索引

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内容説明

客家はいかにして〈客家〉となったか
作られた領域、観念としての民族は、やがて「空間」となり「文化」を形成していく。不断に繰り返されるこの「民族・文化」創出のメカニズムを解明、注目の空間論的アプローチとその展開。

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まえがき




(前略)
 実際、筆者が二〇〇四年から梅県で目の当たりにしてきたのは、華僑の圧倒的な存在感であった。特に一九七八年一二月に中国で改革開放政策が始まると、華僑は梅県に多額の寄付や投資をし、文化的な「正しさ」を時として主張することもあった。また、調査を進めると、客家の中心地という一般的なイメージと異なり、梅県の人々は客家としての確たる自己意識を昔からもっていたわけではないことが分かってきた。客家という概念、及び梅県を客家の「原郷」であるとするイメージを早くから抱いていたのは、むしろ華僑や研究者の方だったのである。山岳地帯に位置する梅県は相対的に貧困であったため、それだけ華僑への依存度が高かった。中国経済が急速に向上してからも、国内外の観光化をどれだけ引き寄せる魅力をつくるかは、梅県の政府、開発業者、観光業者などにとって重要な関心事であった。だから、これらのアクターは、華僑や観光客などの外部者をひきつける魅力をつくるため、客家の概念を積極的にとりいれ、彼らがイメージする客家文化にあふれる「原郷」を建設していった。筆者はこうした状況を知るにつれ、梅県をグローバルなつながりの結節点の一つとして捉え直し、人類学の視点から「原郷」の景観が建設される過程を調査するようになった。

 本書は、そうした視点に基づき、梅県が客家の「原郷」としてどのようにつくられていったのかを論じるものである。すなわち、梅県を客家地域であるとしてアプリオリに想定するのではなく、グローバル市場経済の進展に伴い、梅県が客家の〈空間〉(以下、〈客家空間〉)として生産されていく過程を明らかにすることが、本書の目的である。梅県という〈空間〉が客家と結びつけられていく地理的想像力を論じるため、筆者は序論および七章の構成から議論を進めていきたいと考えている。

 まず序章では、客家研究、とりわけ客家文化をめぐる研究をレビューすることで、本書の視点と分析枠組みを提示する。これまで客家研究では、客家が生活実践を通して特色ある客家文化をつくりだし、それにより客家地域が自然に形成されるという、生態学的アプローチが前提とされてきた。それに対し、序論では、グローバル経済の論理に応じて客家地域が先に認定され、それにより客家文化が資源として発見・利用されていく過程にアプローチすることの重要性を主張する。具体的には、アンリ・ルフェーヴルの「空間の生産」にまつわる議論を参照することで、なぜ客家研究がいま〈空間〉に着目すべきなのかを論じる。

 次に第一章では、梅県の概況を述べるとともに、一九七八年に改革開放政策が採択されてから始まった華僑との交流、および客家文化政策の推進について論じる。特に一九八〇年代後半より、地方政府やマスメディアや企業が客家や客家文化の概念に着目し、華僑や観光客がイメージする客家の「原郷」としての梅県を演出してきた政策的側面を概観する。続いて、第二章から第七章は、それぞれ親族、儀礼、風水、景観、信仰、墓地という個別のテーマに焦点を当てる。これらの章の前半では、いずれも第一章で概観した政策的側面を、さらに詳細に論じる。ただし、各々の章の後半は、政策とはひとまず距離を置き、客家や客家文化という言説/認識では語れない、地域住民の語りと実践を民族誌の視点から記述する。

 本書は、〈客家空間〉の生産をタイトルとしているが、むしろ重点を置いているのは再生産の方であるといえるかもしれない。第二章から第七章では、筆者が主要な調査地としてきた梅県のX地域を舞台としており、一方で、華僑の介入や客家文化政策の推進が宗族(親族集団)の語りや実践に及ぼした影響力を論じている。だが他方で、フィールドワークを通して明らかになったのは、そうした影響力が総じて表面的なものにすぎないということであった。宗族の人々は、身体行為と周囲の物質、及びそれを媒介とする生命力を通して、それぞれ個別の世界(本書はそれを〈場所〉と呼んでいる)を生成しているからである。ところが、彼らは、自身の〈場所〉を守るために、時として自ら〈客家空間〉を生産する政策的営みに参与することがある。それにより、〈客家空間〉が動態的に再生産されていくダイナミクスを、地域住民の側から描き出していこうというのである。

 これらの事例分析を通すことで本書が主張したいのは、華僑や観光客がイメージする〈客家空間〉として梅県が生産されていったのは実は二〇世紀に入ってからであり、それが特に景観として物化していくようになったのは一九八〇年代以降であるといういうことである。その背後には、グローバル市場経済の進展に伴い梅県の〈空間〉的特色を醸成しようとする政策的な意図があり、その基盤のうえで学者、メディア報道者、開発業者、店舗経営者、宗族などが各自の利害に基づき〈客家空間〉を生産・再生産してきたという出来事がある。梅県は今では多くの人々に客家地域であるとみなされているが、本書はむしろ、こうした認識そのものが〈空間〉のイデオロギーに支配された思考様式であると主張する。それに対して、本書は、なぜ我々が梅県を客家地域としてアプリオリにみなすのかを、〈空間〉をキーワードとして解読することを目指している。もちろん本書は、梅県が客家地域ではなかったと否定することを目的としているのではない。むしろその逆であり、梅県がどのような経緯により〈客家空間〉となっていったのか、民族誌的な手法により問い直すことを目指している。そのうえで、客家研究――あわよくば民族研究そのもの――における空間論的転回を導き出すヒントを探求することが、本書の狙いとなっている

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著者紹介
河合洋尚(かわい ひろなお)
1977年、神奈川県生まれ。
2009年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。
現在、国立民族学博物館グローバル現象研究部・総合研究大学院大学文化科学研究科准教授。博士(社会人類学)。
主な業績:
『景観人類学の課題――中国広州における都市景観の表象と再生』(風響社、2013年)、『日本客家研究的視角与方法――百年的軌跡』(社会科学文献出版社、2013年、編著)、『全球化背景下客家文化景観的創造――環南中国海的個案』(暨南大学出版社、2015年、共編著)、『景観人類学――身体・政治・マテリアリティ』(時潮社、2016年、編著)、『Family, Ethnicity and State in Chinese Culture under the Impact of Globalization』(Bridge 21 Publications, 2017,共編著)、『フィールドワーク――中国という現場、人類学という実践』(風響社、2017年、共編著)『客家――歴史・文化・イメージ』(現代書館、2019年、共著)ほか。

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