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「亡国の越境者」の100年 別巻22

ネットワークが紡ぐユーラシア近現代史

「亡国の越境者」の100年

白系ロシア人・タタール人・華僑・ベトナム難民。戦前戦後、驚くほどさまざまな人びとが流入し、歴史を紡いできた日本を語る。

著者 小野 亮介
中西 雄二
岡野 翔太
瀬戸徐 映里奈
ジャンル 歴史・考古・言語
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻
出版年月日 2020/10/15
ISBN 9784894892880
判型・ページ数 A5・100ページ
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに(小野亮介)

第1章 神戸と白系ロシア人
    ──その多層性と無国籍性(中西雄二)

第2章 『民族の旗』紙からみる極東のタタール人ネットワーク
    ──アズハル留学事業のてん末(小野亮介)

第3章 越境者たちの神戸と「華僑」社会
    ──「反攻」「解放」「独立」を巡るせめぎあい(岡野翔太〈葉翔太〉)

第4章 ベトナム難民の「故郷の食」にみる社会関係と自然利用
──地方都市・姫路での暮らしから(瀬戸徐映里奈)

おわりに(小野亮介)

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内容説明

ヒトつながりて異郷に至る
白系ロシア人・タタール人・華僑・ベトナム難民。戦前戦後、驚くほどさまざまな人びとが流入し、歴史を紡いできた日本。わけても神戸・姫路は「出島」のように、ユーラシアそして世界につながる「覗き穴」であった。

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 …… このブックレットは「地図の書き換え」をきっかけとして日本へやって来た「亡国の越境者」による様々な社会的・経済的・政治的営みに焦点を当ててきた。彼らの中には、「地図の書き換え」によって成立し、再編された政治体制から排除された人々もいれば、それによって送り込まれた人々もいた。それまでの法的帰属、意識上の帰属が失われ、故郷へ戻るのが難しくなる中で、彼らは、あるいはかつてのアイデンティティの維持に努め、あるいは新しい政治的・社会的環境と向き合うことになった。その営みは宗教・行商・買い出し・近所づきあいのように日々の生活に根差したものから、どの政治体制を支持するかというせめぎあいを伴うものまであった。また彼らの越境は来日後も続いた。タタール人は商業のために日本と満洲とを頻繁に行き来しただけでなく、コミュニティ維持のために子弟をエジプトにまで送り出したし、ベトナム難民は、本国への一時帰国が可能になったことによっても食材調達の選択肢を広げた。

 様々な切り口から「亡国の越境者」の様相を見てきたが、彼らが常にハッピーエンドを迎えたとは限らない。紆余曲折を経ながらもホスト社会に溶け込み、日本社会も彼らを温かく迎え入れ、共生を実現したということを言えなくもないだろうが、それではあまりに一面的だ。日本社会、つまり私たちが「白系ロシア人」「華僑」「ベトナム難民」と一口に括ろうとしても、宗教やエスニシティを単位として、あるいは政治的志向や本国へのまなざしによって、その内実は様々であり、コミュニティ内での対立や分裂、政治的帰属を巡る競争、あるいは無関心や行き詰まりが見られた。こうしたビターエンドも、「亡国の越境者」たちの歩みなのである。

 また、第3章で語られるせめぎあいの延長線上に岡野が中華学校などで経験したような日本の華僑・華人社会での台湾認識のねじれがあるという意味で、この章は彼のような背景を持つ人でなければ書けなかったといっても過言ではないだろう。また岡野は「地図の書き換え」によって引き直された国境線によって帰郷が阻まれた人々についても焦点を当てた。日本・大陸中国・台湾はそれぞれ海によって隔てられている分、政治的駆け引きに目を向けなければ、彼らが陥った狭間や分断には気づきにくいものかもしれない。「亡国の越境者」は「地図の書き換え」をきっかけとしているが、急にどこからともなく現れた人たちではない。この章で岡野が越境者たちの経歴(日本留学など)を丹念に確認したように、「地図の書き換え」以前からの連続性や、断絶・変革などとの関係の中で越境者を捉えるべきだろう。

 第1章では、「亡国の越境者」への日本社会の警戒を見てきた。彼らに対する詳細な秘密調査のおかげで、もはやほぼ消滅した在神白系ロシア人の詳細な情報を知ることができるのは、中西の言うように皮肉に他ならない。逆に、彼らが日常生活レベルで神戸の人々とどう関わったのか、外事警察の記録からは見えにくいのも確かである。中西は外国人の定住や定着に対する日本社会の消極的な姿勢、外国人の社会統合に関する政策の乏しさを指摘するが、在神タタール人の比較対象として、筆者にはフィンランド・タタール人のことが思い浮かんだ。フィンランドでは極東と似た経緯でいくつかの都市でタタール人コミュニティができた。高齢化などの問題に直面しているが、彼らはフィンランド社会の一員でありつつ、タタール人としてのアイデンティティを守り、次世代に受け継がせようとしている。

 一方、第4章ではベトナム難民による食材の調達の移り変わりが、地方都市としての姫路の特徴とともに順序だって語られた。その意味では、アイデンティティの維持と日本社会への適応とが両立した例と言える。しかし、クアン・ロン・オアンとも現在のベトナムの体制や風景への眼差しは冷めたものであり、姫路にいながらにして創造・再現される「故郷」が、かつて彼らが去らざるを得なかった故郷ベトナムとの分断と表裏一体の関係であることを考えると、筆者は複雑な思いを抱いてしまう(もちろんベトナムの現状を肯定的に受け入れる人も多いだろう)。こうした分断や葛藤の意識もまた、「亡国の越境者」を捉える上での重要な視角である。

 このブックレットでは、文献資料に基づいた第1・2章とインタビュー調査に基づいた第4章、その中間としてインタビュー調査を足掛かりに文献資料にアクセスした第3章というように、手法はまちまちであるし、そもそも執筆者の関心や判断基準は一様ではない。しかし、かえってそのことが、ロシア革命から現在に至るまで神戸・姫路が「亡国の越境者」の結節点として機能し続けていることを気づかせてくれる。関東大震災(1923年)、第二次世界大戦の終結(1945年)、「二・二八事件」(1947年)、中華人民共和国の成立と中華民国の台湾移転(1949年)、サイゴン陥落(1975年)とベトナム社会主義共和国の成立(1976年)など様々な画期を挟みつつ、神戸・姫路での「亡国の越境者」の営みはロシア革命が起きた1917年から数えて100年近いグラデーションを描いている。だからこそ一つの対象や判断基準に拘るよりも、学際的なアプローチが重要ではないだろうか。実際、ブックレットのきっかけとなったシンポジウムのための初顔合わせ以来、執筆者4人の間では、意外なところで関心の繋がりが見つかり、ブックレットで盛り込めなかったことも含め相互に刺激を受けることが多かった。

 このブックレットは、地域史の観点から「亡国の越境者」を描いたものではない。それぞれの越境者に焦点を当てることによって、むしろ神戸・姫路が彼らのネットワークの結節点として浮かび上がった。言い換えれば、彼らの営みを介して、彼らを取り巻く同時代の世界的な流れと神戸・姫路とが結び付いたのである。残念ながらこのブックレットでは神戸・姫路での全ての「亡国の越境者」を扱うことはできなかった。神戸市長田区のコリアンタウンの人々は、まさに「亡国の越境者」の典型ともいえるのだが、これをきっかけに「亡国の越境者」から日本を照らしていきたい。どのような越境者たちがいて、どこまで彼らのネットワークを日本の中に位置づけることができるだろうか。今から楽しみである。


……

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著者紹介
小野亮介(おの りょうすけ)
1984年、大分県生まれ。
慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻後期博士課程単位取得退学。現在、早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。主な業績として、Emigrants/Muhacir from Xinjiang to Middle East during 1940-60s (ILCAA, TUFS 2019、野田仁との共編著)、『亡命者の二〇世紀──書簡が語る中央アジアからトルコへの道』(風響社、2015)などがある。
http://researchmap.jp/ryosuke_ono/

中西雄二(なかにし ゆうじ)
1981年、大阪府生まれ。
関西学院大学大学院文学研究科西洋史学専攻(地理学)博士課程後期課程修了。博士(地理学)。現在、東海大学文学部文明学科教員。主な業績として、共著に『エスニックミュージアムによるコミュニティ再生への挑戦』(大阪公立大学共同出版会、2015)、『社会的分断を越境する――他者と出会いなおす想像力』(青弓社、2017)などがある。

岡野翔太(おかの しょうた)
1990年、神戸市生まれ。在日台湾人2世。台湾名は葉翔太。
大阪大学大学院文学研究科東洋史学専攻(文学)博士前期課程修了。現在、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程在学、大阪大学大学院言語文化研究科特任研究員、神戸華僑歴史博物館運営委員。主な業績として、共著に『二重国籍と日本』(筑摩書房、2019年)、共編著に『交錯する台湾認識』(勉誠出版、2016年)などがある。

瀬戸 徐 映里奈(せと そ えりな) 
1986年、兵庫県姫路市生まれ。
京都大学大学院農学研究科生物資源経済学専攻指導認定退学。現在、同志社大学人文科学研究所嘱託研究員。主な業績として、共著に Rethinking Representations of Asian Women Changes, Continuity, and Everyday Life (Palgrave Macmillan 2016)などがある。

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