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目でみる牧畜世界

21世紀の地球で共生を探る

目でみる牧畜世界

多様な気候風土の中、様々な家畜を遊牧・移牧・放牧する、牧畜の民とその家畜、社会や文化を描く映像ドキュメンタリー。

著者 シンジルト
ジャンル 人類学
社会・経済・環境・政治
書誌・資料・写真
出版年月日 2022/02/20
ISBN 9784894893108
判型・ページ数 A4・162ページ
定価 本体2,600円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに《シンジルト》

地図=本書で扱う社会や地域の分布図

総説=世界の牧畜から牧畜世界へ ―― もう一つの共生を探って《シンジルト》

フォトコラム=牧畜民の多様な世界

●第1部 平原を駆ける

1 ユーラシアの心臓部、天山の山嶺から
   ――牧畜民の来し方、いま、そして行く末は《秋山 徹》

2 ウマを愛でる歴史
   ――ソ連・ロシアの経験は牧畜をどう変えたのか《井上岳彦》

3 牧畜民とオスマン朝、そして現代
   ――牧畜の記憶はどう語り継がれ、扱われてきたのか《岩本佳子》


コラム1=インド・タール砂漠の暮らしと牧畜
   ――移動民ジョーギーにとって牧畜とは何か《中野歩美》

●第2部 極限に暮らす

4 カザフスタン・小アラル海地域での牧畜
   ――牧畜が災害復興に果たした役割とは何か《地田徹朗》

5 ヒマラヤでヤクと生きる
   ――ブータンの高地牧畜民が往来する境界とは《宮本万里》

6 山と町を往還する
   ――グローバル化はアンデス牧畜をいかに変えたか《佃 麻美》


コラム2=モンゴルの乳しぼり
   ――牧畜民と家畜の心は通うか《上村 明》

●第3部 遊牧を生きる

7 トルコ遊牧民ユルックの現在
   ――いかに、なぜ移動を続けるのか《田村うらら》

8 ナイル遊牧民のライフヒストリー
   ――キバシウシツツキはどうやって青年をふたたび立ちあがらせたのか《波佐間逸博》

9 エチオピア牧畜民の老いの儀礼と豊饒性
   ――老人式はどのように行われるか《田川 玄》

10 オイラト、動植物、無生物
   ――牧畜民的な「共生」とは《シンジルト》

●資料編=基本語彙解説/関係年表

収録写真一覧

おわりに 《シンジルト》

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内容説明

牧畜という生業
悠久の歴史をもつこの生業は、ユーラシアからアフリカそして南米と、地球のすみずみに分布する。扱う家畜もヒツジ、ウシからラクダ、リャマ、ルパシカ等々、気候風土の中で多種多様である。

牧畜という知恵
都市社会とは別世界のように思われたその現場は、いま新たな脚光を浴びている。環境、共生、そしてSDGsはもちろんのこと、ノマドワーキングのような個の生き方までもが、牧畜の循環する生態から多くを学んでいるのだ。

牧畜の現在
本書は、遊牧・移牧・放牧はもちろん、都市民となった末裔までも対象に、二一世紀の牧畜の民とその家畜、社会や文化を、愛情深く丹念に追いかけた映像ドキュメンタリーである。

牧畜の未来
生命を生命によって永らえる生き方、その現実は厳しくそして優しい。数次の産業革命によって疎外され尽くした「ヒト」びとが、いささかでも本来の姿に立ち戻る、本書がその小さな契機となることを願う。


◎収録写真:376点(オールカラー)、地図13点、関係年表、基本語彙解説などで立体的に読む◎


 組み見本
 組み見本2

 組み見本3

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はじめに

《シンジルト》




 クレヨンで虹を描くように世界地図を指でなぞりながら見ていく。左下の東アフリカから上の中央ユーラシアへ、そして中央ユーラシアから右下の南アメリカへと、扇状の乾燥地帯がひろがっていることが分かる。これこそが牧畜民が暮らす空間である。この空間を舞台にして活躍してきた牧畜民の歴史と文化を紹介するのが、本書である。

 多くの読者にとって、牧畜民は教科書でしか出会えない存在であろう。長い間、牧畜民の歴史や文化をめぐる世間一般の認識はかなり素朴なものだった。西洋と東洋を結ぶシルクロード、東西文明の十字路といった具合に、牧畜民の歴史的な位置づけはその外部にある文明の通過点にすぎなかった。また、自然環境に適応した暮らしぶりや家畜に合わせて移動する越境性から、牧畜民はまともな文化を持たないものとみなされ、野蛮や破壊といったマイナスなイメージと結びつけられやすい。

 だが今日、学界内では牧畜民をめぐる認識が改められるようになっている。スキタイや匈奴、突厥やモンゴルなど、国家にも民族にも融通無碍である彼ら牧畜民こそユーラシアの歴史を突き動かしたとする研究(杉山正明『遊牧民から見た世界史:民族も国境もこえて』一九九七、日本経済新聞社)や、世界史はモンゴル帝国とともに始まったのであり、中央ユーラシアの草原の牧畜民の活動が、地中海文明と中国文明の運命を変えたとする研究(岡田英弘『世界史の誕生:モンゴルの発展と伝統』一九九九、筑摩書房)が現れた。

 そして、グローバル化は何も産業革命や冷戦以降に限られるものではなく、産業革命や大航海時代をさらに遡ったところから既に始まっており、それを促したのがモンゴル帝国の拡張がもたらした、ユーラシア大陸の内陸交通とインド洋における海洋交通の有機的結合、すなわち「一三世紀世界システム」だったとする学説も登場した(ジャネット・L・アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前:もうひとつの世界システム』二〇〇一、佐藤次高他訳、岩波書店)。このように、西洋中心史観や中華中心史観、そして定住民中心史観が揺さぶられつつある。

 さらに、牧畜の一形態である遊牧に、西洋近代文明が直面する課題の解決策を見出そうとする識者も増えている。人類学にも多大な影響を与えた思想家ドゥルーズらは、越境性を特徴とする遊牧民の文化や生き方を基にノマドロジーという概念を導入し、定住民の閉塞的な思想や生き方、ひいては権力のくびきから脱走し、境界を横断しながら多様性を生きる可能性を模索する(G・ドゥルーズ/F・ガタリ『千のプラトー』一九九四、宇野邦一他訳、河出書房新社)。
どうやら、遊牧民の暮らしは教科書の中だけに留まる話ではないようだ。彼らは、近代社会を生きる我々にいい影響を与えるヒントを持っているのかもしれない。

 では、牧畜民たちが歩んできた真の歴史と、今おかれるリアルな状況をどのように理解すればよいのか。実際、彼らの生き方から何が学べるのか。

 本書は、一二人の歴史学者と人類学者が一堂に会して、文字だけではなくフィールドで撮られた写真というメディアを生かし、アフロ・ユーラシア、南アメリカ大陸に暮らす牧畜民と、彼らを取りまく環境が構成する牧畜世界の現在を描く。そして、その世界で醸成されてきたもう一つの共生の論理を見出そうとするものである。
世界の牧畜をめぐる我々の研究成果が、本書を通して多くの人びとのもとへ届くことを祈念する。


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執筆者紹介(本文の掲載順/*は編者)

秋山 徹(あきやま てつ)
早稲田大学高等研究所准教授
専攻:中央ユーラシア近現代史
主要著作に、The Qïrghïz Baatïr and the Russian Empire: A Portrait of a Local Intermediary in Russian Central Asia (Leiden: Brill, 2021), “Why Was Russian Direct Rule over Kyrgyz Nomads Dependent on Tribal Chieftains “Manaps”?”, Cahiers du Monde russe, vol.56(4), 2015など。


井上岳彦(いのうえ たけひこ)
人間文化研究機構総合人間文化研究推進センター研究員/北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター特任助教
専攻:ロシア近現代史
主要著作に、「遊牧から漁撈牧畜へ:定住化政策下のカルムィクについて(18世紀後半~19世紀中葉)」『地域研究』(第20巻第1号、2020年)、The Resurgence of “Buddhist Government”: Tibetan-Mongolian Relations in the Modern World (Osaka: Union Press, 2019)(共編著)、「ダムボ・ウリヤノフ『ブッダの予言』とロシア仏教皇帝像」『スラヴ研究』(第63号、2016年)など。


岩本佳子(いわもと けいこ)
長崎大学多文化社会学部准教授
専攻:イスラーム史、オスマン朝史、遊牧民研究
主要著作に、『帝国と遊牧民:近世オスマン朝の視座より』(京都大学学術出版会、2019年)、「『ワクフのレアーヤー』たる遊牧民:オスマン朝における徴税権の複層化とその影響」『東洋史研究』(第80巻第3号、2021年)、「『スルタン』から『パーディシャー』へ:オスマン朝公文書における君主呼称の変遷をめぐる一考察」『イスラム世界』(第88号、2017年)など。


中野歩美(なかの あゆみ)
関西学院大学先端社会研究所
専攻:文化人類学、南アジア地域研究
主要著作に、「複数の生活拠点をつくること:インド北西部の移動民と『定住』実践」三尾稔編『南アジアの新しい波 上巻』(昭和堂、2022年)、『砂漠のノマド:カースト社会の周縁を生きるジョーギーの民族誌』(法藏館、2020年)、「北インドにおける婚資婚再考:ラージャスターン州西部に暮らすジョーギーの婚姻関係を事例に」『国立民族学博物館研究報告』(42巻3号、2018年)など。


地田徹朗(ちだ てつろう)
名古屋外国語大学世界共生学部准教授
専攻:ソ連史、中央アジア地域研究
主要著作に、『牧畜を人文学する』(シンジルト・地田徹朗編、名古屋外国語大学出版会、2021年)、「ペレストロイカと環境問題:『アラル海問題』をめぐるポリティクス」『国際政治』(第201号、2020年)、「全面的集団化前夜のカザフ人牧畜民(1928年)」:『バイ』の排除政策と牧畜民社会」『地域研究』(第20巻第1号、2020年)など。


宮本万里(みやもと まり)
慶應義塾大学商学部准教授
専攻:政治人類学、環境人類学、南アジア地域研究
主要著作に、「ネップ関係からみるブータンの高地牧畜民社会とその変容:北部国境防衛と定住化の狭間で」『地域研究』(第20巻第1号、2020年)、「現代ブータンのデモクラシーにみる宗教と王権:一元的なアイデンティティへの排他的な帰属へ向けて」、名和克郎編著『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相:言説政治・社会実践・生活世界』(三元社、2017年)、『自然保護をめぐる文化の政治:ブータン牧畜民の生活・信仰・環境政策』(風響社、2009年)など。


佃 麻美(つくだ あさみ)
同志社女子大学研究支援員
専攻:文化人類学、アンデス牧畜研究
主要著作に、「アンデス牧畜におけるアルパカの日帰り放牧と母子関係への介入」『動物考古学』(34号、2017年)、「中央アンデス高地ペルーにおけるアルパカの「遺伝的改良」と種畜の取引」『年報人類学研究』(4号、2014年)、「僥倖と失敗」佐藤知久他編『世界の手触り:フィールド哲学入門』(ナカニシヤ出版、2015年)など。


上村 明(かみむら あきら)
東京外国語大学大学院総合国際学研究院研究員
専攻:文化人類学、内陸アジア地域研究
主要著作に、“Pastoral Mobility and Pastureland Possession in Mongolia” In: N. Yamamura et al. (eds.) The Mongolian Ecosystem Network: Environmental Issues Under Climate and Social Changes (Springer, 2012); Landscapes Reflected in Old Mongolian Maps (co-authored with H. Futaki) (Tokyo University of Foreign Studies, 2005)など。


田村うらら(たむら うらら)
金沢大学人間社会研究域准教授
専攻:人類学
主要著作に、『トルコ絨毯が織りなす社会生活:グローバルに流通するモノをめぐる民族誌』(世界思想社、2013年)、「トルコの定期市における売り手-買い手関係:顧客関係の固定化をめぐって」『文化人類学』(第74巻1号: pp.48-72. 2009年)、“Patchworking Tradition: The Trends of Fashionable Carpets from Turkey” In Ayami NAKATANI ed. Fashionable Traditions (Lexington Books: NY: pp.253-270, Ulara TAMURA 2020)など。


波佐間逸博(はざま いつひろ)
東洋大学社会学部教授
専攻:人類学、アフリカ地域研究
主要著作に、Citizenship, Resistance and Animals: Karamoja Region Pastoralists’ Resilience against State Violence in Uganda. Nomadic Peoples (Vol. 25 No. 2, 2021)、「敵の命を助ける:東アフリカ牧畜民の共生論理」『地域研究』(20巻1号、2020年)、『牧畜世界の共生論理:カリモジョンとドドスの民族誌』(京都大学学術出版会、2015年)など。


田川 玄(たがわ げん)
広島市立大学国際学部教授
専攻:文化人類学
主要著作に、「エチオピアの牧畜民は農耕民になるのか? 国家と生業」シンジルト・地田徹朗編『牧畜を人文学する』(名古屋外国語大学出版会、2021年)、「老いの祝福:南部エチオピアの牧畜民ボラナ社会の年齢体系」田川玄・慶田勝彦・花渕馨也編『アフリカの老人:老いの制度と力をめぐる民族誌』(九州大学出版会、2016年)、「福因と災因:ボラナ・オロモの宗教概念と実践」石原美奈子編『せめぎあう宗教と国家:エチオピア 神々の相克と共生』(風響社、2014年)など。


シンジルト(Chimedyn Shinjilt)*
熊本大学大学院人文社会科学研究部
専攻:社会人類学、内陸アジア地域研究
主要著作に、『オイラトの民族誌:内陸アジア牧畜社会におけるエコロジーとエスニシティ』(明石書店、2021年)、『牧畜を人文学する』(シンジルト・地田徹朗編、名古屋外国語大学出版会、2021年)、『民族の語りの文法:中国青海省モンゴル族の日常・紛争・教育』(風響社、2003年)など。


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