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ギリシャの音楽、レベティコ

ある下層文化の履歴

ギリシャの音楽、レベティコ

「いかがわしい下層社会」の音楽とされたレベティコ。その魅力の奥にある歴史・社会的な文脈と音楽的本質を語る。

著者 ゼレポス イオアニス
黒田 晴之
ジャンル 歴史・考古・言語
芸能・演劇・音楽
シリーズ 風響社あじあブックス > あじあブックス別巻
出版年月日 2023/01/30
ISBN 9784894893436
判型・ページ数 A5・304ページ
定価 本体2,200円+税
在庫 在庫あり
 

目次

●序論

 本書の目的
 研究状況
 本書の構成

●第1部 定義

 概念
 対象

●第2部 歴史編

 過ぎ去らない過去──一九世紀のギリシャ
 ギリシャのなかの小アジア──一九二二年の大災厄
 「マンガス」がレコードを録音する──一九三三年のマルコス・ヴァンヴァカリス
 混淆様式
 第二世代──一九三六年/一九三七年のヴァシリス・ツィツァニス
 生存をかけた戦い──一九四〇年から一九九年までの戦争と占領と内戦
 最盛期──第三世代
 民族音楽ではなく「民衆」の音楽──「ライコ」
 豪華なレベティコ
 おとぎの国のブズキ──「東方趣味」
 ヒョティス、ザベタス、新富裕層
 「インドによる支配」、カザンヅィディス、地方出身労働者
 芸術的な知ったかぶり──「エンデフノ」とフォークロア

●第3部 音楽編

 リズムの相
   タクシミ
   アマネス
   対称的なリズム──ハサポセルヴィコスとハサピコス
   非対称的なリズム──9/8拍子のダンスの部類(ゼイベキコ、アプタリコス、カルシラマス)
     ゼイベキコ
     アプタリコス
     カルシラマス
   その他のリズム(ツィフテテリ、シルトス、ワルツ)
     ツィフテテリ
     シルトス
     ワルツ
 メロディーの相
 歌詞の相
 楽器
   ブズキ
   バグラマス

●第4部 結論

●第5部 人物 

●訳者解説

●原注/代表的資料/曲目一覧/索引

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内容説明

「いかがわしい下層社会」の音楽とされたレベティコは、今やギリシャを代表する文化だ。
 本書は、その魅力の奥にある歴史・社会的な文脈と音楽的本質を語る、最良の手引きである。

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本書巻末の「索引」「曲目一覧」ファイル、および本書で扱われる歌・曲を、読者がYouTubeで試聴するさい、手助けとなるリンクのリストを、以下にアップしてゆきますのでご参照ください。

★★刊行後に公開★★


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      序論より




 ……本書はレベティコという音楽ジャンルのイメージを提供しようとする試みである。このイメージによってその音楽の展開を、歴史的および社会的な観点から辿るだけでなく、音楽の内実も含めて今まで以上に理解しやすくしたい。なぜなら一般に流布している「レベティコ」概念の用法は、内容に不明確な点のあることが否めないからだ。レベティコとはなんなのか?

 この問いについては夥しい数の異なる意見があり、完璧な答えを探そうとしても結局は無駄で、以下に続く本書のページでもそうした答えは出せない。たとえば他ジャンルとの違いは言うまでもなく、この音楽の由来や内容や担った人々といった、基本的な相についても、わりと最近のことなのに明確なイメージがないのは、驚くべきことだと思われるにちがいない。

 このように至った重要な理由の一つとして、レベティコはギリシャの国内でも国外でも、さまざまな神話が染みついているということがあり、この神話のしつこさたるや他の音楽ジャンルは比較にならない。「クツァヴァキス」「マンガス」「レベティス」といった者[後述]や、かれらが「テケス(ハシッシュ吸引窟)」、タヴェルナ、監獄などで送っていた生活、かれらの文化や気質について、雑多な伝説や逸話がやたらと流布し、こんにちのファンにとってはそれが、レベティコから得られる魅力の重要な要素ともなっている。

 こうした現在のレベティコ神話の形成には、演奏をしてきた長老も大いに関わってきた。かれらは一九七〇年代初めから自伝を書きはじめ、たしかにそこでは個人的な思い出を語っているのだが、たくさんの矛盾することばかりかときには紛れもない噓まで述べ、故意だったかどうかは別にして、過去のイメージを捏造する結果となった……


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      訳者解説より





 ポピュラー音楽の歴史を振り返ってみると、爆発的と言ってもよい展開をしたものがある。たとえば二〇世紀初めのニューオリンズで興ったジャズは、戦前のスイングを経て戦後のモダン・ジャズへと洗練した。イギリスでは一九六〇年代半ばにアメリカの黒人音楽を吸収して、ビートルズなどによる「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が巻き起こった。スカからロックステディを経てレゲエにいたるジャマイカの流れも、こうしたポピュラー音楽の爆発的な展開と言ってよいだろう。おそらくそうした展開は世界の各地にあったはずだ。たしかにポピュラー音楽の歴史では大々的に取り上げられないが、レベティコも二〇世紀のある時期に集中して展開したギリシャの音楽である。このレベティコを縦横無尽に論じてみせたのが本書である。ここでは訳者から見た本書の特徴を二つだけ挙げてみたい。

 …… 

 ただし本書で一貫しているのは、歴史学の訓練を受けた方ならではの、客観的で厳密な論の運び方である。「レベティコとはなにか?」という冒頭の問いをめぐって、ギリシャの独立から本書出版時までの歴史を押さえたうえで、この音楽にまつわるあらゆる相を一つ一つ解きほぐしていく。記述はその隅々まで徹底して注意深くなされ、主観的な物言いは極力避けられている。こうした書き方ゆえに読者には戸惑う部分もあるかもしれない。たとえばゼレポス氏は「相」「観点」という言葉をよく使うが、これは視覚モデルを使って対象を多角的に見ているからで、対象が見方によって異なる様相を呈すことを示唆している。ゼレポス氏と話をするときしばしば指摘されるのが、「それは……の観点だろ」ということで、これは一つの観点を絶対化しないことの表われである。さらにまたある種の音楽や音楽家を挙げるときゼレポス氏は、「方向」「方向性」という言葉もしばしば使っている。「ジャンル」というのは境界が恣意的だったり曖昧だったりして、「ジャンル」以前の音楽もあるということを考慮した言い方である。「西ヨーロッパの方向性の音楽家」というのは、「西ヨーロッパの音楽」を演奏する者とは限らない。レベティコ初期の音楽家は自分たちの音楽を、「レベティコ」とは呼ぼうと思わなかった、という事実もそうした言い方に繫がっているはずだ。こうした姿勢が取れたのはゼレポス氏が、ギリシャ本国ではなくドイツという異国から、レベティコに取り組んでいるからだと思われる。

…… 

 これに比べて本書は具体的な記述がやはりどこまでも圧倒している。これはゼレポス氏がドイツでもギリシャでもブズキを演奏していたことにもよる。ブズキは趣味ではなく生計の糧でもあったとご本人からはお聞きした。だから本書第3部の「音楽編」では音楽家ならではの記述がとくに冴えている。これまでに訳者はレベティコ関係の研究書をいくつか見てきたが、博士論文などを元にした詳細な個別研究は見かけるとは言え、これほどまで緻密にその成立から最後までを歴史的に描き、これほど具体的にリズムから楽器までその音楽を記した類書を知らない。

 だからと言ってその書き方はけっして無味乾燥というわけではない。ギリシャの首都になってから伐られてしまったアテネの椰子の木の悲運、影絵芝居に出てくる「スタヴラカス」という滑稽な人物、あちこちで引用される音楽家の自伝や当時の様子を伝える文学、音楽家と聴き手が似た者同士であったりなかったりすることを示す画像、なによりも随所で適切に挙げられるレベティコの歌の歌詞。これはギリシャの文化史としても風俗史としても面白く、わたしたちは本書によってギリシャの人たちに、一歩も二歩も近づけるのではないだろうか? こうして少しは近くなったギリシャのイメージというのは、青い空と海に白い家並みというのとはまた違ったものになるだろう。おそらく読者には陳腐に聞こえるかもしれないが、あえて言えばそのような対象に向ける「愛」こそが、本書を貫く第二の特徴となっていると言ってよい。「距離」ゆえにその対象がなおさら恋しい「愛」と言えばよいだろうか? この本の「序論」の最後でゼレポス氏は大きな諦念とともに、「レベティコのもつ比類のない素晴らしさ」は、「一冊の本によって」は「再現」できないときっぱり断っている。これはまずレベティコそのものを聴いてほしいという願いである。だがそれと同時にゼレポス氏はその「素晴らしさ」を手放しで讃えている。こうしたレベティコへの「愛」こそが本書の根幹である。

…… 


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著者紹介

イオアニス・ゼレポス(Ioannis Zelepos)
1967年ハンブルク生まれ。ベルリン自由大学で博士号を、ウィーン大学で教授資格(東ヨーロッパ史と近現代ギリシャ学)を取得。これまでにミュンヘン大学などで教鞭を執ってきたが、現在はボーフム大学で主管研究員として、数々のプロジェクトを率いる。著書に『レベティコ――ある下層文化の履歴』(Romiosini, 2001)、『ギリシャ小史――国家の成立からこんにちまで』(C.H.Beck, 2014)、共編著に『さまざまな像の世界、世界のさまざまな像――オスマン期以降の南東ヨーロッパの国際都市における過去の現在』(Peter Lang, 2010)、『南東ヨーロッパにおける歴史的遺産としての古代とビザンティン(19世紀から21世紀まで)』(Südosteuropa-Jahrbuch, 2019)など。


訳者紹介

黒田晴之(くろだ はるゆき)
1961年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。松山大学経済学部教授。1996年にドイツ語学文学振興会奨励賞受賞。著書に『クレズマーの文化史――東欧からアメリカに渡ったユダヤの音楽』(人文書院2011)、共著に『規則的、変則的、偶然的――大久保進先生古稀記念論文集』(朝日出版社2011)、共訳書にハヌシェク『エリアス・カネッティ伝記(上巻・下巻)』(ぎょうせい2013)、ヤーン『岸辺なき流れ(上・下)』(国書刊行会2014)など。




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