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プランテーションの人類学

タンザニア・ボンデイ社会とココヤシ栽培

プランテーションの人類学

アラブ商人が導入した大規模プランテーションから、いまや農村の生活基盤となったココヤシ。ボンデイの人々との密な関係を描く。

著者 高村 美也子
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2023/02/20
ISBN 9784894893337
判型・ページ数 A5・276ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき

序論

   第1節 目的
   第2節 調査機関と調査方法
   第3節 本書の構成

●第1部 ボンデイとココヤシ

第1章 ボンデイ社会

   第1節 タンザニア連合共和国
   第2節 ボンデイ居住地の環境
   第3節 ボンデイの生活実態
   第4節 ボンデイ居住地域における宗教

第2章 アラビア人によるココヤシ栽培導入

   第1節 アラブ・ペルシア人によるココヤシ栽培
   第2節 パンガーニにおけるココヤシ栽培の現在
   第3節 タンザニアにおけるココヤシ栽培

●第2部 ボンデイのココヤシ利用

第3章 ボンデイ族のココヤシ栽培

   第1節 ココヤシ栽培方法  85
   第2節 栽培における労働  90

第4章 ココヤシの葉利用

   第1節 葉の特徴
   第2節 葉の利用方法
   第3節 葉の加工と販売

第5章 ココヤシの実利用

   第1節 ココヤシの実の特徴
   第2節 実の収穫から種子の販売
   第3節 実の利用
   第4節 スワヒリ地域の代表ココナッツ料理
   第5節 実の加工と販売

第6章 ココヤシの樹液利用

   第1節 樹液から酒へ
   第2節 樹液採集者ムゲマの労働
   第3節 ココヤシ酒の消費
   第4節 儀礼とココヤシ酒
   第5節 地産地消のココヤシ酒

●第3部 グローバルヤシ科植物

第7章 ヤシ科植物の生態

   第1節 ヤシ科植物の特徴と分布
   第2節 グローバルヤシ科植物
   第3節 各ヤシ科植物の利用
   第4節 ココヤシの生態

結論 ココヤシが栽培地域にもたらす役割

   第1節 地産地消のココヤシ利用
   第2節 ココヤシの多面的意味
   第3節 ココヤシ原産地域東南アジアと

おわりに:タンザニア・ボンデイ社会とココヤシ栽培

文献

索引

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内容説明

スワヒリ地域のココヤシ文化
19世紀、アラブやペルシャの商人が東アフリカに導入した大規模プランテーションから、いまや農村の生活基盤となったココヤシ。長年の調査から、ボンデイの人々がいかにココヤシと密な関係を築いたかを、生業の緻密な分析からひもとく。

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まえがき





 タンザニア連合共和国(以下、タンザニア)は、アフリカ大陸内でココヤシの生産量第一位の国である。タンザニアの代表的な料理といえば、スパイスが効いたココナッツミルク入りのスワヒリ料理といえるであろう。スワヒリ料理とは、東アフリカ沿岸部の料理とアラブ系の料理が混合した料理を指す。東アフリカ沿岸部では、ココナッツ入りの料理がテーブルに並ぶと、ほのかに甘い香りが漂い、それは、誰しもが喜ぶ料理なのである。都市では、街を彩るようにココヤシの木が植えられ、農村では、いたるところにココヤシの木の葉が風になびいている。

 日本においてココナッツ入り料理が知られるようになったのは、インド・ネパール料理が広がったころであろうか。それまではあまり身近な味ではなかったが、2014年ころには、日本で健康食品としてココナッツのブームが起こっている。特に、ココナッツオイルが賞賛されている。料理に使用されるココナッツの産地は、アジアが知られているが、インド洋に接するアフリカ東部でも生産しているのである。

 東アフリカのソマリア南部からケニア、タンザニア、モザンビークの北部までの沿岸部は、古くからアラブ・ペルシャ地域の商人たちが交易のために訪れ、外来の文化であるアラブ・ペルシャ文化と東アフリカ在来のバンツー文化が融合されてきた場所で、「スワヒリ地域」と呼ばれる。このスワヒリ地域に、アラブ人やペルシャ人たちによって、19世紀にココヤシの大規模栽培プランテーションが導入された。

 植民地時代をへて、ココヤシ栽培の知恵と技術は現在の農村に継承され独自の発展をとげている。本書では、外来の栽培植物を主要作物とする東アフリカ沿岸部の農村を「スワヒリ農村」とし、スワヒリ農村社会の基層文化を、ココヤシに着目して明らかにしてゆく。

 1995年にダルエスサラーム大学に語学留学して以来、スワヒリの世界に魅せられた私は、タンザニアでの現地調査をくりかえしてきた。元大阪外国語大学の院生となった私は、もともとはスワヒリ地域の「コトワザ()」の調査をおこなっていた。タンザニアの人々は、コトワザを使用する人は「知識人」として認められ、ことあればコトワザを使用して、優雅に会話を続けていた。コトワザを使用する人は、やや得意気で、自信に満ちていた。そのなかでも、タンザニア北東部のタンガ州出身者がコトワザを頻繁に使用するという情報を得た私は、タンガ州の地名の由来とされる語彙「タンガ(tanga)」がボンデイ語の「畑」である説を知った。そこで、コトワザを使用する人々がボンデイの人びとであると仮定し、ボンデイと呼ばれる人々が主に居住するムクジ村で住み込み調査を開始した。

 ボンデイの人々のコトワザには、相互協力、年配者に対する尊重など、村での生活に対する「教え」が組み込まれている[髙村 2005]。人びとは、何か問題が起きた際、直接注意したり、怒りをあらわにすることを避ける傾向にある。コトワザを使用し、婉曲的に伝えることで、問題を更に悪化させないよう工夫をしているのである。そのコトワザに、ココヤシにまつわる言い回しが登場することに気が付いた。ことわざにココヤシが使用されているということは、ココヤシがいかに社会に定着しているかを示す判断にもなる。Wamitila [2001]がまとめたスワヒリ語で記載されたコトワザ辞典 (Kamusi ya Methali) にも記載されているコトワザ (simoボンデイ語) の例を1つ挙げてみる。

  ボンデイ語:Nazi ya kuvundayo yabonanga ngima [Mzee Chambai 2017]
  スワヒリ語:Nazi mbovu huharibu ya nzima[Wamitila 2001: 1534]
  
  和訳:傷んだナズィ(完熟ココナッツ)は傷んでいない他のナズィを傷めてしまうものである。
     日本のコトワザの「一桃腐りて百桃損ず」に相当。

  意味:一人悪い人間がいると、その悪い態度は他の人々にも影響する。
     そのような人を避けることが賢明である(長老より聞き取り2015年)。

 タンザニアの沿岸部のココナッツ栽培地域を訪れると、山積みになっているココナッツの実を頻繁に見かける。ココナッツは実の中にある胚乳が加工される。この胚乳は日持ちしない食材である。そのため、傷んだココナッツの胚乳が沢山の胚乳の中にあると、全体がその影響を受けてしまうのである。ココヤシは生活に密着した植物であり、人々がある程度共通のココヤシの知識を所有していることで、このようなココヤシを比喩としたコトワザが成立する。コトワザをきっかけに、ココヤシの生態、栽培、利用、加工流通、関連の仕事などを調べることで、ココヤシがムクジ村の生活文化の基盤に深く関わっていることを確信した。ココヤシ栽培の盛んなムクジ村を事例に、プランテーションで拡散されたココヤシ栽培がスワヒリ農村社会に受け入れられ、どのようにココヤシ文化とまで成りえたかについてまとめたのが本書である。

 本書の特徴は、①筆者が村に約10年にわたり足を運び、ボンデイ語を習いつつスワヒリ語を使用しながら農村に暮らし、そこから見えてきたことを基に記述している点、②ムクジ村の人々の生業に寄り添い、ココヤシの加工作業方法を教わりながらに居住するボンデイの家庭にて食事を共にし、ボンデイの生活を実践した点、③村で行われる行事に参加し、人々とココヤシとのかかわり合いを客観的に参与観察してきた点である。そこで確信したことは、彼らの生活にはココヤシが欠かせないということである。インフラが整備されていないタンザニアの農村の生活には、ココヤシが有効に使用されていることを日常生活から感じ取ることができた。

 もちろん、アフリカ大陸に生育するヤシ科植物はココヤシのみではない。ラフィアヤシ、ナツメヤシなど、生活に密着したヤシ科植物はある。その中でもココヤシは、アフリカ大陸だけでなく、グローバルに栽培、利用されており、その動態や利用は開発学的、文化人類学的にも研究されている。しかし、アフリカにおけるココヤシ栽培については、交易、プランテーション、奴隷貿易の関連の中で論じられてきた。ココヤシ栽培導入の経過の中で現地民の生活にも浸透し、ココヤシの東アフリカにおける文化的価値は高いにもかかわらず、地元住民の視点に立ったココヤシ文化研究は皆無であった。ここに、本書において東アフリカ・スワヒリ農村社会のココヤシ文化について論じる価値があるだろう。

 先述したが、日本でも近年、ココヤシの実であるココナッツを材料とした商品が身近なものとなってきている。例えば、マーガリン、菓子、石鹸、洗剤、ボディーオイル、ヘアーオイル、たわし、アクセサリー等があり、天然由来の「人と環境に優しい商品」として注目されている。特集も組まれ、ココナッツの紹介本が出版されているほどである。しかし、日本では実際にココヤシの実や樹木を見たことがある人は少ないだろう。日本から近いココナッツの生産地域といえば、フィリピン、インドネシア、インド、タイなど、日本人の旅行先として人気な地域が多い。これらの国々へ旅行に行った人々はココヤシの木を目にすることはあるだろうが、実際、ココヤシ栽培や加工業に関係する仕事に携わっている人々が、どのような作業をしているのかを見たことのある人は少ないだろう。ましてや、アフリカのココヤシ栽培地域の人びとの生活文化の詳細は、これまで紹介されてこなかった。ココヤシの栽培地域は、全赤道地域の沿岸部と範囲が広い。アジア、オセアニア、中央アメリカ、アフリカ大陸の赤道地域にまたがり、ココヤシは栽培され、人々はココヤシと共に暮らしている。この広い地域の内、私は、奴隷貿易の関連文献のなかでしか描かれてこなかった東アフリカのココヤシ栽培に注目し、そこに住む人々の暮らしを民族誌学的に論じていきたい。

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著者紹介
高村美也子(たかむら みやこ)
1968年生まれ。
2010年名古屋大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。
専攻は文化人類学、アフリカ地域研究。
現在、南山大学大学 人類学研究所プロジェクト研究員。
主著書として、「エコ暮らしのスワヒリ農村ボンデイのココヤシの葉利用」『マルチグラフト:人類学的感性を移植する』(集広舎、2020年)、「スワヒリ語のことわざ」『世界ことわざ比較』(岩波書店、2020年)、論文として、“Double Religious Structures in Bondei Society, Swahili”, Faits et phénomènes culturo-religieuxau Sahel,(Les Editions Monange,2022):127-142、「結婚式におけるキシミカントゥイ儀礼:タンザニア、ボンデイ社会のエスニシティ」(『アフロ・ユーラシア内陸乾燥地文明』vol.7、2019年):119-124、「ボンデイ社会における女性の死後の移動」(『人類学研究所研究論集』第7号、2019年):141-153など。

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