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アーカイブのちから 別巻28

世界は足跡(アーカイブ)に満ちている

アーカイブのちから

痕跡や存在そのもの、転用・誤読・秘匿などの作為や来歴も含め、「情報の集積」なるものの本質に迫る。

著者 伊東 未来
岩城 考信
宮本 隆史
森 昭子
ジャンル 人類学
書誌・資料・写真
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》 > ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻
出版年月日 2023/10/25
ISBN 9784894898141
判型・ページ数 A5・88ページ
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに(伊東未来・宮本隆史)

 1 「アーカイブ」にあふれた現代
 2 「アーカイブ」は自明の何かではない
 3 「アーカイブ」の価値も自明ではない
 4 「アーカイブ」をとらえるさまざまな視座

Ⅰ タイ中部の高床式住宅に刻まれた洪水への対応史(岩城考信)

 はじめに  11
 1 高床式住宅の建築的な特徴
 2 タイ中部の洪水常襲地域にあるバーンバーン地区の洪水対策と高床式住宅
 3 2011年大洪水時のバーンバーン地区における対応の多様性

Ⅱ トンブクトゥにおける写本の救出活動(伊東未来)

 1 はじめに
 2 トンブクトゥの歴史と写本図書館
 3 「読める」写本――アラビア語写本に対する住民の矜持
 4 トンブクトゥにおける混乱と危機
 5 写本の危機と移送
 6 おわりに

Ⅲ ガーナ南部の看板絵と芸術実践から読み解くアーカイブ(森 昭子)

 1 はじめに――残らない看板絵
 2 欧米博物館におけるアフリカ看板絵のアート化
 3 欧米アートワールドにおけるアフリカ看板絵のアーカイブ化
 4 アフリカ人美術匠による看板絵のアーカイブ化
 5 おわりに――看板絵と芸術実践から読み解くアーカイブ

Ⅳ アーカイブをめぐる綱引き
     ――アンダマーンの流刑囚による書きものの場合(宮本隆史)

 1  はじめに
 2 アンダマーンの歴史とその喪失
 3 ターネーサリーとそのテクスト
 4 民族主義のテクストへ?
 5 おわりに――安全な過去としての「独立戦争」

おわりに(宮本隆史・伊東未来)

あとがき(伊東未来)

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内容説明

民家・古写本・美術カタログ・流刑囚の書……
本書は、これらの痕跡や存在そのもの、転用・誤読・秘匿などの作為や来歴も含めて「アーカイブ」を論じる。さまざまな「アーカイブ」のありようから、AI時代にいたる「情報の集積」なるものの本質に迫る。

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      おわりに より




    宮本隆史・伊東未来




 アーカイブは、常に何らかの意図をもって「アーカイブ」として設計され管理されるものとは限らない。そのように捉えてしまっては、われわれ人類がこれまでに作ってきた多くの記録が、アーカイブの範囲から外れ、見過ごされ、埋もれてしまうことになるだろう。他方でアーカイブは、何もないところに自然に発生するものでもない。私たち人間は、日々何かをなしては忘却する。その活動の痕跡は、のちに振り返ったときに「記録」としてあつかわれるようになり、参照されたり活用されたり消去されたりするものになる。それゆえアーカイブは、完了し閉じた体系として存在することはない。常に「現時点での最新版」として、日々刻々と変化している。

 本書の各章では、住宅、写本、美術カタログ、歴史的文書といったさまざまなモノが、いかにアーカイブに「なり」、いかに記憶を媒介し、いかに社会の中でそのかたちや意味を変え続けているのか、その「最新版」の瞬間を捉え、示そうとした。
岩城は、日常生活に埋め込まれた建物のようなモノが、想起の装置として機能するさまを示す。自然的・文化的環境のなかで、建物はさまざまな記憶を喚起する。タイの高床式住宅に暮らす人びとは、柱に刻まれた洪水の痕跡について互いに語り合う。建物が伝える痕跡は、文書記録とは異なる性格のものだ。しかし、人びとはそれを読み取り、思い出し、語り合い、他の記憶と結びつけることで、建物を想起のための媒体として取り扱うのである。  

 伊東が論じたのは、アーカイブなるものがそこにあるということ自体が、社会的・政治的な意味を帯びるということである。トンブクトゥの住民にとって、手元にある写本の内容がいかなるものであるかにかかわらず、その存在そのものが強い矜持をもたらしてきた。これには、この社会における文字史料の位置づけが関係している。写本がテロリストによる破壊の危機に瀕すると、その矜持は再強化されることになった。

 森は、制度化されたアーカイブに実装されるカタログという道具が、いかに戦略的に用いられるかを示した。カタログは、グローバルな市場においては、造形物をアート作品として位置づけるための仕組みとして機能する。一方でローカルな文脈では、アフリカの芸術家や美術匠たちもまた、自分たちの手元でカタログを作り自らの物語と存在を発信してきた。その相互関係の中で、さまざまな造形物は、「普遍的」な美術史なるものの中に位置づけられることで、「アート作品」としての価値を与えられるのである。

 宮本は、文書や記録の「集積」としてのアーカイブが、歴史的に情報の参照のネットワークとして形成されてきたことを論じた。一九世紀後半に英領インドの流刑地アンダマーンで、流刑囚によって書かれた書物は、既存の英語の書き物を参照して書かれた。それは著者の親英的な姿勢を特徴としていたが、インド・パーキスターンの分離独立を経て、両国で繰り返し再版されるなかで、民族主義のテクストとして「誤読」されていった。参照する者の戦略に応じて、過去の書き物の集積は異なる参照のネットワークの中に置き直され続けるのである。

 これらを通じて、「はじめに」で述べたように、アーカイブは自明の何かではなく、その価値も自明ではないということが、読者の皆さんにもお分かりいただけたのではないだろうか。

 今日、アーカイブをめぐる環境は、日々変化している。タイの高床式住宅の柱は、数十年後にその表面の痕跡をカンナで削り取られ、「高級木材」として流通することになった。手で一文字一文字書き写されてはラクダで運ばれた写本は、数百年後のいまデジタル化されている。絵師が描く看板絵は、手のひらに収まるカメラで絵師自らによって撮影され、SNS上で拡散され、世界中の人の手のひらにあるスマートフォンで閲覧されている。アンダマーンの流刑囚による書物は、百数十年後に文字起こしされ、機械可読テクストになっている。このような事態を、ほんの数十年前に誰が予測しえただろうか。

 私たちはアーカイブについて語る時、こうした技術の「進歩」やそれによる公開性を称揚する。しかしこれらは、アーカイブがもつ危うさや複雑さを解決する特効薬ではないということについても、いま一度考えなければならないだろう。

 アーカイブにあふれた世の中は、たわわに果実が実る森のようだ。そこここにある先人たちの知恵を、もぎとって血肉とすることができる。アーカイブはまた、流れの急な川のようでもある。手のひらにとって一口だけ啜るつもりが、膨大な量の情報に飲み込まれおぼれてしまうこともある。アーカイブの「利活用」に浮かれ、アーカイブを選び取り読み解く技術やリテラシーを身に着ける前に、私たちはアーカイブがもつこの両義的なちからを、自覚しなければいけないのかもしれない。



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著者紹介(50音順)

伊東未来(いとう みく)
1980年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。現在、西南学院大学国際文化学部准教授。主著に、『ジェンネの街角で人びとの語りを聞く』(ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻2、風響社、2011年)、『千年の古都ジェンネ―多民族が暮らす西アフリカの街』(昭和堂、2013年)、『かかわりあいの人類学』(栗本英世,村橋勲,中川理らと共編、大阪大学出版会、2022年)など。


岩城考信(いわき やすのぶ)
1977年生まれ。法政大学大学院工学研究科建設工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。現在、呉工業高等専門学校建築学分野准教授。主著に、『バンコクの高床式住宅:住宅に刻まれた歴史と環境』(ブックレット〈アジアを学ぼう〉9、風響社、2008年)、『アジアに生きるイスラーム』(笹川平和財団編、イースト・プレス、2018年)、『危機の都市史:災害・人口減少と都市・建築』(「都市の危機と再生」研究会編、吉川弘文館、2019年)など。


宮本隆史(みやもと たかし)
1979年生まれ。東京大学大学院地域文化研究科博士後期課程単位取得退学。修士(学術)。現在、大阪大学大学院人文学研究科講師。主な編著に、『デジタル・ヒストリー スタートアップ・ガイド』(ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻1、風響社、2011年)、『デジタル時代のアーカイブ系譜学』(加藤諭と共編、みすず書房、2023年)など。


森昭子(もり しょうこ)
1983年生まれ。青年海外協力隊やアーツカウンシル東京勤務を経て、現在、東京都立大学大学院人文科学研究科社会人類学教室博士後期課程。日本学術振興会特別研究員(DC2)。主著に、『旅する看板絵−ガーナ南部の絵師クワメ・アコトの実践』(ブックレット〈アジアを学ぼう〉別巻21、風響社、2020年)、『萌える人類学者』(馬場淳,小西公大,平田晶子らと共編、東京外国語大学出版会、2021年)など。


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