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薬草とともに生きる  新刊

インドネシアのジャムウ行商婦人と顧客

薬草とともに生きる

ボロブドゥール遺跡の壁画にも見られる伝統的薬草飲料「ジャムウ」。多元的ヘルスケア社会の中で、庶民に根強い人気の飲料を紐解く。

著者 杉野 好美
ジャンル 人類学
シリーズ 風響社ブックレット
風響社ブックレット > ブックレット海域アジア・オセアニア
出版年月日 2024/03/25
ISBN 9784894893658
判型・ページ数 A5・98ページ
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
 

目次

口絵

はじめに

一 ジャムウとは
   1 ジャムウについて
   2 ジャムウ行商婦人について
   3 インドネシアの概要と近代医療
   4 世界の伝統医療と民間療法
   5 ジャムウの歴史とジャワの概要
   6 さまざまなジャムウ

二 村のジャムウ行商婦人
   1 行商婦人との出会い
   2 調査地域
   3 行商婦人のジャムウ飲料
   4 行商婦人のライフヒストリー

三 行商婦人のジャムウ仕事
   1 ジャムウ作り
   2 材料の仕入れや採取
   3 ジャムウの行商
   4 行商以外のジャムウ活動
   5 行商婦人の日常

四 ジャムウを飲む人々と村人
   1 ジャムウを飲む人々
   2 行商婦人との会話
   3 顧客のジャムウの知識や飲み方
   4 女性顧客のジャムウ飲用のライフヒストリー
   5 行商婦人が作るジャムウ以外の利用
   6 ジャムウを飲まない人々

五 ジャムウ行商婦人のゆくえ
   1 政府のジャムウの取り組み
   2 既製品のジャムウ
   3 現代のジャムウ
   4 ジャムウ行商婦人の変化
コラム ジャムウ体験
   1 台所でジャムウ作り
   2 インドネシアでジャムウ体験

おわりに
注・参考文献
あとがき

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内容説明

ジャワの暮らしはどこか懐かしい
ボロブドゥール遺跡の壁画にも見られる伝統的薬草飲料「ジャムウ」。日々変化する多元的ヘルスケア社会の中で、庶民に根強い人気だ。飲む人、売る人、作る人の日常から見えるものとは。

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はじめに より





 本書は、ジャワ島中央に位置する中部ジャワ州で(図1)、主にジャワ人を中心に親しまれている伝統的薬草飲料「ジャムウ」(jamu)と、それを手作りし販売するジャムウ行商婦人、そのジャムウ飲料を日常的に飲む人々を紹介する。ちなみに、ジャムウにはさまざまな種類があるが(第一節1項に記載)、本書ではそのうちの一つである行商婦人が作るジャムウ飲料を中心に取り上げる。日本ではなかなか目にする機会が少なくなった、薬草が身近にある暮らしだ。

 地元の市場やスーパーマーケットに行くと、その土地の食材や物が並び、売り買いする人々の生活の一部を見ることができる。中部ジャワの市場でも、なじみの少ない熱帯地域で育った野菜や果物が売られている。もしいつか読者がこのような市場を訪れることがあれば、遠慮なくいろいろなものを試してみることを、筆者はお薦めする。そして、その中から薬草を探してみると、日本でも香辛料として使われているシナモン、コショウ、クローブが売られている。インドネシアの薬草の代表格といえば、やはりウコンやショウガなど根茎類である。根茎類の種類は豊富で、初めて見ると種類の区別がつきにくい。しかし根茎類を食べ調理していると、大きさや色、香りを確かめ、種類の違いがわかってくる。ウコンはインドネシアでよく利用され、このインドネシアのウコン(Curcuma domestica Val.)と日本に多く流通している秋ウコン(Curcuma longa L.)は種類が少し異なる[由田 二〇〇五:一七、Kementerian Kesehatan Republik Indonesia 2011: 62](以下Republik IndonesiaをRIと略す)。本書ではこれらを区別するために、日本産を「アキウコン」、インドネシア産を「ウコン」と表記する。ウコンは、秋ウコンと比べて根茎の色がよりオレンジ色である。インドネシアの薬用植物の多くは家庭料理の調味料に使われるが、他にも薬用植物の葉と合わせて、温かい薬草茶や新鮮な薬草ドリンクとして利用されることもある。

 ジャムウで有名なジャワ島のジョグジャカルタ市やスラカルタ市(図2)の市場では、ジャムウ飲料を売っている婦人がいる(写真2)。また、道端でジャムウの入った数本のガラス瓶を籠に背負ったり、手押し車で売り歩いたり、自転車やバイクの荷台にジャムウ飲料を積み行商する者もいる。もしこのような婦人が見つからない時、地元の人に聞くと、婦人に会えそうな時間帯や場所を教えてくれる。彼女たちはジャムウゲンドン(jamu gendong)と呼ばれている。ジャムウ行商婦人は、販売ごとに自身のレシピでジャムウ飲料を手作りし、そのジャムウは黄色や黄土色、緑色、茶色など色鮮やかで、薬草から抽出された自然の色である。

 筆者がインドネシアの薬草に興味を持った経緯を簡単に紹介する。二〇一一年から、国際協力機構(JICA)の主催する青年海外協力隊の保健師で、インドネシアの南スラウェシ州(スラウェシ島、図1)では県の保健局に在籍していた。法律で整備された近代医学の下、地域医療の制度やサービスを活用し、その地域に多い健康課題の解決に取り組んでいた。南スラウェシの生活が一年過ぎた頃、筆者は地元の人が保健センターなど近代医療だけでなく、薬草オイルや薬草茶を健康維持や軽症に利用していることがわかった。例えば、南スラウェシ州ではミニャ・ゴソ(minyak gosok)という薬草オイルが有名で、虫刺されや筋肉痛等塗り薬として、この地域の家庭の常備薬であった(写真3)。筆者も蟻に足を刺された時、このオイルを勧められ、患部に使用し、オイルの香りが強かったことを記憶している。また別の日、山間部に住む七〇歳代の女性が、疲労回復の目的で、庭で育てているトゲバンレイシの木から葉を数枚取り、鍋を用いて煎じ、薬草茶として飲んでいた。これは、インドネシア語でシルサック(sirsak)と呼ばれ、葉は緑色で固く、薬草茶は苦みが少なく飲みやすい。さらに、保健局や保健センターの同僚に、地域で使われている薬草について教えてほしいと尋ねたところ、外でヤエヤマアオキの果実を見かけると「これが吐き気に効く」と教えてくれた。別名の「ノニ」と聞くとイメージできるかもしれない。このように、薬用植物の利用など家庭の医学が人々の生活の身近に存在した。

(後略)

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著者紹介
杉野好美(すぎの よしみ)
1982年 愛媛県生まれ。
2005年 高知大学医学部看護学科卒業
民間の病院、保健所、保健センター等で保健師として勤務を経て、2011年からJICAの青年海外協力隊(保健師)でインドネシアの南スラウェシ州タカラール県の保健局、さらに同州ブルクンバ県の保健局(保健師)で地域保健活動を行う。2015年からインドネシアの中部ジャワ州スマラン市の大学の伝統的薬草療法コースに留学。帰国後、日本で保健師として働きながら、ジャムウ教室を主宰。
現在、京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 博士課程。
1児の母。
主な業績:“Relationship between Customers and Jamu Gendong in Central Java, Indonesia: Focusing on the Use of Herbal Beverages in Daily Life.” People and Culture in Oceania (2022) 38:51-67, 共著、『〈フィールドワーク便り〉都会の一角に小さなオアシス「薬草園」』(アジア・アフリカ地域研究、18(2)206-209、2019年)。





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ブックレット海域アジア・オセアニア 「刊行の辞」 


 本ブックレットシリーズは、海域アジアとオセアニアを対象地域としている。ここでいう海域アジアとは、日本・琉球列島や台湾、東南アジア島嶼部といった海と島からなる海域世界、ならびにアジア大陸部の沿海部を指している。また、オセアニアは、南太平洋に浮かぶ島嶼群やオーストラリア大陸からなる一大海域世界でもある。本シリーズは、その両者を分けることなく、海を媒介としてつながる海域世界として捉え直している点に特徴がある。

 海域アジア・オセアニアは、しばしば近代の陸地中心的な国家・地域観に基づき、中国、台湾、東南アジア、オセアニアなど、個別の研究対象地域に分けられてきた。だが、海域アジアとオセアニアは、古来より人類の移住、モノ、文化、宗教の移動を通してつながってきたエリアである。近年、両地域間のヒト、モノ、文化、情報の越境的な動きは、ますます加速している。本シリーズは、海域中心的な視点に立脚しながら、海域アジアとオセアニアの歴史的・現代的なつながりを描き出そうとするものである。

 二一世紀は「太平洋の世紀」ともいわれるように、海域アジアとオセアニアは地政学的に極めて重要な位置を占めつつある。本シリーズでは、その各地域における開発や生態、食生活、災害といった人々と環境の相互的関係性、あるいは人々の移動に伴う越境の動態など、さまざまなトピックを扱う。そして、シリーズ全体として海域アジアとオセアニアの間の連環世界を捉えていくことで、従来の地域概念や蛸壺化しつつある地域研究の枠組みを超えた、新たな地域研究の在り方とその方法を模索していきたい。

 海域アジア・オセアニアは「境界をもたない」地域概念でもある。したがって、本シリーズが想定する海域アジアやオセアニアの範疇を超えて拡がる世界も、視野に含まれる。本シリーズは、個々の研究者の最新の研究を通して、新たな地域研究の枠組みを模索することを目標の一つとしている。その一方で、その最新の研究成果をわかりやすく伝えることで、広く社会に向けて海域アジア・オセアニアの諸相を知っていただきたいと願っている。本シリーズが、アジアとオセアニアをつなぐ海域世界への理解に、少しでも役立てられることがあれば幸いである。

 二〇二四年三月

 「海域アジア・オセアニア・ブックレット」ジェネラル・エディター
小野林太郎・河合洋尚・長津一史・古澤拓郎


*本ブックレットシリーズは、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構で推進されている機関プロジェクトの1つ「海域アジア・オセアニア研究プロジェクト」(拠点機関:国立民族学博物館・東洋大学・京都大学・東京都立大学)が、企画編集しているものである。

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