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オセアニアの気候変動と適応策  新刊

地球から地域へ

オセアニアの気候変動と適応策

政治も科学も、正解は見いだせず、人びとの思いもまた一つではない。この複雑なマトリックスを整理し、人びとの最善の未来を考える。

著者 古澤 拓郎
ジャンル 歴史・考古・言語
社会・経済・環境・政治
シリーズ 風響社ブックレット
風響社ブックレット > ブックレット海域アジア・オセアニア
出版年月日 2024/03/25
ISBN 9784894893641
判型・ページ数 A5・92ページ
定価 本体900円+税
在庫 在庫あり
 

目次

口絵

はじめに(古澤拓郎)

   1.きっかけ
   2.気候変動をめぐる意見の対立
   3.本書の目的と構成

第1章 IPCC第6次評価報告書からみたオセアニアの気候変動(古澤拓郎 デイビット・メイソン 飯田晶子)

   1.オセアニアの気候変動
   2.気候変動とは
   3.オセアニアにおける影響とリスク

第2章 オセアニアにおける適応策の類型化(古澤拓郎 デイビット・メイソン 飯田晶子 塚原高広)

   1.地域の状況
   2.適応策の類型化とは
   3.本研究における類型化

第3章 事例からみたシナリオ(古澤拓郎 石森大知 土谷ちひろ 飯田晶子 デイビット・メイソン)

   1.事例集とは
   2.海面上昇と適応策
   3.暴風・豪雨・干ばつの影響と適応
   4.生態系ベース適応
   5.内陸移住とその影響
   6.国内移住とその影響
   7.国際移住とその影響
   8.気候変動・適応策とウェルビーイング

終章 地域からみた将来シナリオ(古澤拓郎)

おわりに

引用文献

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内容説明

温暖化による島々の海岸浸食と浸水はもはや否定できない事実だ。
政治も科学も、正解は見いだせず、人びとの思いもまた一つではない。この複雑なマトリックスを整理し、人びとの最善の未来を考える。
今はまさにその時だ。

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はじめに

古澤拓郎




1.きっかけ

 オセアニアの小さな島々が地球温暖化による海面上昇により水没危機にある、というのはかなり前から言われていたことであるが、私がそれに関する研究に取り組もうと考えたのは2014年のことであった。この年、ソロモン諸島タロ島の全住民が移住する計画ができたことが、日本でも報道された。海面上昇が原因による、全島民移住計画が実施されるのは、初めてという説明もあった。

 しかし、それまですでに13年にわたりソロモン諸島の別の島を調査していた私からすると、少々唐突な印象であった。私の調査地では、海面上昇を実感することはなかったからである。報道のあった翌年、私はタロ島に行き実際の海岸の状態を調べつつ、地元の人々や、海外の研究者と話をした。たしかに海岸が侵食されて大きくえぐられた場所があったり、内陸まで海水が浸水した跡があったりして、私のそれまでの調査地に比べると「海面上昇を実感」できる状況にあった。地元の人々の中には、津波や熱帯低気圧(サイクロン)による高潮への恐怖、あるいは将来への不安を語る人も多くいた。

 その一方で、浸食・浸水のあった場所はまだ島のごく一部であり、本当に全島移転する必要があるのかは、私には判断がつかなかった。聞き取りによると、海面上昇が顕在化する以前より、この島は人口が稠密していて、より広い土地に移りたいという議論はあり、何かの「きっかけ」を使って全島民移住をしようとしてきたこともわかってきた。

 実は、オセアニアにおける海岸浸食や浸水はかならずしも海面上昇によるのではなく、人間が海岸部を開発したことによる部分が大きいという研究もある。また、小さな島が水没危機にあるというのは、一部のメディアが作り上げたイメージであり、島の人々もそれを利用して有利な移転計画を立てようとしているという話もある。タロ島の場合はどうであろうか。

 それでも、もし実際に海面上昇が進んでいるのであれば、人々は何らかの対策を取らなければならない。この事態を、私はどう解釈すれば良いのであろうか。


 2.気候変動をめぐる意見の対立


 オセアニアの島々が水没危機にあって世界がそれに対して何かをするべきだという意見がある一方で、水没危機へ懐疑的な意見もある。

 これは、気候変動そのものをめぐる、分断にも通じるものがある。環境活動家として世界の若者に影響を与えるグレタ・トゥーンベリは、2019年の国連総会で、「パリ協定」から離脱した当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプに「科学に耳を傾ける」ように警告するメッセージを出したが、トランプは温暖化を「でっちあげ」だと主張していた。

 温暖化が地球規模の問題として認識されるようになったのは1970年代に端を発する。この時にはまだ温暖化について科学者が合意したことはなく、逆に地球寒冷化も議論の対象になっていた。1979年の第1回世界気象会議後に設置された世界気象計画を機に、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)は気候と気候変動に係わる研究を推進する決意を表明した。そして1988年に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立された。IPCCは世界中の専門家が地球温暖化についての科学的研究を収集・整理・評価して科学的知見を提供する、政府間組織である。

 また1988年にアメリカ航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙研究所のジェームズ・ハンセン博士が、上院議会で証言したことも、地球温暖化についての国際的議論が進む契機となった。1992年には、「国連地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)」において、気候変動枠組条約が締結された。上記のIPCCが学術組織であるのにたいして、気候変動枠組条約の締約国会議(COP)は政治会議である。

 さまざまな科学的研究の進展とIPCCの報告書により、地球温暖化は人類が排出した二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスが原因であることが、おおむね科学者の合意するところ(コンセンサス)になった。そして1997年の第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で、各国政府代表によって採択された「京都議定書」は温室効果ガスである二酸化炭素などについて、国別に1990年を基準にした削減目標を課した。

 温室効果ガスの削減としてできることは、発電・工場や化石燃料自動車からの排出を減らすということだけではない。二酸化炭素を吸収する森林を、植林などによって増加させた場合は、その分を温室効果ガス排出量削減に算入することができる。また先進国が途上国に技術や資金等を支援することにより、温室効果ガス排出量を削減したり、ガス吸収量を増加させたりもできる(クリーン開発メカニズム:CDM)。国同士の排出量取引、市場原理に基づいた炭素クレジット取引(REDD+など)という形で、温室効果ガス削減は世界経済にも組み込まれつつある。

 このように気候変動は世界を動かしてきたが、排出量を減らすために先進国や企業は活動に制約を課されることになり、一部では気候変動への反発があるのである。


 3.本書の目的と構成


 このブックレットは、オセアニアの小さな島々において、気候変動が地域社会にどのような影響を及ぼすかを明らかにし、人々がそれにどう対処できるかを考えるためのものである。まずIPCCや気候変動枠組条約の情報を参考にしながら、科学的に明らかになった事実や地域の調査結果をまとめる。それから気候変動の影響と地域社会が取る適応策が将来どのような結果をもたらす可能性があるかを探る。そして、地球温暖化や海面上昇に関心を持つ日本の読者が、オセアニアの状況についての理解を深め、地球と地域の将来を考えるための基礎資料となることを目指す。新型コロナウィルス禍による渡航制限期間が終わり、2023年に久しぶりにソロモン諸島を訪れた私は、自分の調査地で海岸浸食と集落への浸水が進んだ状況を目の当たりにし、驚き、ショックを受けた。私が尊敬する、オセアニア各地の友人たちの将来を考えながら、本書を編集した。

 


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編者紹介
古澤 拓郎(ふるさわ たくろう)
1977 年福岡生まれ。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授。
東京大学医学部健康科学・看護学科卒、同大学大学院医学系研究科国際保健学専攻修了、博士(保健学)。
東京大学サステイナビリティ学連携研究機構特任研究員、同大学国際連携本部特任講師、同大学日本・アジアに関する研究教育ネットワーク特任准教授等を経て、現職。
主な業績に『ホモ・サピエンスの15万年:連続体の人類生態史』(ミネルヴァ書房.2019年)、『ウェルビーイングを植える島:ソロモン諸島の「生態系ボーナス」』(京都大学学術出版会.2021年)。

執筆者紹介(50音順)
飯田 晶子(いいだ あきこ)
1983 年東京生まれ。
東京大学大学院工学系研究科特任講師。
慶應義塾大学環境情報学部卒、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了、博士(工学)。
日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大学院工学系研究科助教等を経て、現職。
主な業績に『都市生態系の歴史と未来』(朝倉書店.2020年. 共著)、『島嶼地域の新たな展望::自然・文化・社会の融合体としての島々』(九州大学出版会.2014年. 分担執筆)。


石森 大知(いしもり だいち)
1975年神戸生まれ。
法政大学国際文化学部准教授。
甲南大学経済学部卒、神戸大学大学院総合人間科学研究科修了、博士(学術)。
日本学術振興会特別研究員PD、ハワイ大学人類学科客員研究員、武蔵大学社会学部准教授、神戸大学大学院国際文化学研究科准教授等を経て、現職。
主な業績に『生ける神の創造力:ソロモン諸島クリスチャン・フェローシップ教会の民族誌』(世界思想社、2011年、単著)、『宗教と開発の人類学:グローバル化するポスト世俗主義と開発言説』(春風社、2019年、共編著)、『ようこそオセアニア世界へ』(昭和堂、2023年、共編著)。


塚原 高広(つかはら たかひろ)
1962年東京生まれ。
名寄市立大学保健福祉学部栄養学科教授。
東京大学理学部生物学科卒、千葉大学医学部卒、東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程単位取得退学、法政大学大学院経済学研究科経済学専攻博士後期課程修了、博士(理学・医学・経済学)。
東京女子医科大学医学部助手、同大学講師、同大学准教授、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻客員共同研究員等を経て、現職。
主な業績に『オセアニアで学ぶ人類学』(昭和堂、2020年、分担執筆)、『生態人類学は挑む SESSION3 病む・癒す』(京都大学学術出版会、 2021年、分担執筆)。


土谷 ちひろ(つちや ちひろ)
1986年北海道出身。
医療創生大学国際看護学部助教。
自治医科大学看護学部看護学科卒、神戸大学大学院保健学研究科国際保健領域修了、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了、博士(地域研究)。
自治医科大学附属病院内分泌代謝科看護師、岐阜県立多治見病院救命救急センター看護師、独立行政法人国際協力機構海外協力隊(ソロモン諸島派遣看護師)、自治医科大学看護学部看護学科助教、東京医科大学医学部看護学科助教、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科特任助教を経て、現職。
主な論文に、Socioeconomic and behavioral factors associated with obesity across sex and age in Honiara, Solomon Islands(Hawai'i Journal of Health & Social Welfare, 2021年)、Relationship between individual-level social capital and non-communicable diseases among adults in Honiara, Solomon Islands (BMJ Nutrition, Prevention & Health, 2023年)。


David Mason(デイビット メイソン)
1993 年アメリカ合衆国バージニア州生まれ。
バージニア工科大学卒、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了、修士(工学)。
世界最大の独立系再生可能エネルギー企業であるRESにGISアナリストとして勤務。
主な論文に、How urbanization enhanced exposure to climate risks in the Pacific: A case study in the Republic of Palau(Environmental Research Letters, 2020年)。


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ブックレット海域アジア・オセアニア 「刊行の辞」 


 本ブックレットシリーズは、海域アジアとオセアニアを対象地域としている。ここでいう海域アジアとは、日本・琉球列島や台湾、東南アジア島嶼部といった海と島からなる海域世界、ならびにアジア大陸部の沿海部を指している。また、オセアニアは、南太平洋に浮かぶ島嶼群やオーストラリア大陸からなる一大海域世界でもある。本シリーズは、その両者を分けることなく、海を媒介としてつながる海域世界として捉え直している点に特徴がある。

 海域アジア・オセアニアは、しばしば近代の陸地中心的な国家・地域観に基づき、中国、台湾、東南アジア、オセアニアなど、個別の研究対象地域に分けられてきた。だが、海域アジアとオセアニアは、古来より人類の移住、モノ、文化、宗教の移動を通してつながってきたエリアである。近年、両地域間のヒト、モノ、文化、情報の越境的な動きは、ますます加速している。本シリーズは、海域中心的な視点に立脚しながら、海域アジアとオセアニアの歴史的・現代的なつながりを描き出そうとするものである。

 二一世紀は「太平洋の世紀」ともいわれるように、海域アジアとオセアニアは地政学的に極めて重要な位置を占めつつある。本シリーズでは、その各地域における開発や生態、食生活、災害といった人々と環境の相互的関係性、あるいは人々の移動に伴う越境の動態など、さまざまなトピックを扱う。そして、シリーズ全体として海域アジアとオセアニアの間の連環世界を捉えていくことで、従来の地域概念や蛸壺化しつつある地域研究の枠組みを超えた、新たな地域研究の在り方とその方法を模索していきたい。

 海域アジア・オセアニアは「境界をもたない」地域概念でもある。したがって、本シリーズが想定する海域アジアやオセアニアの範疇を超えて拡がる世界も、視野に含まれる。本シリーズは、個々の研究者の最新の研究を通して、新たな地域研究の枠組みを模索することを目標の一つとしている。その一方で、その最新の研究成果をわかりやすく伝えることで、広く社会に向けて海域アジア・オセアニアの諸相を知っていただきたいと願っている。本シリーズが、アジアとオセアニアをつなぐ海域世界への理解に、少しでも役立てられることがあれば幸いである。

 二〇二四年三月

 「海域アジア・オセアニア・ブックレット」ジェネラル・エディター
小野林太郎・河合洋尚・長津一史・古澤拓郎


*本ブックレットシリーズは、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構で推進されている機関プロジェクトの1つ「海域アジア・オセアニア研究プロジェクト」(拠点機関:国立民族学博物館・東洋大学・京都大学・東京都立大学)が、企画編集しているものである。

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