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ファシズム期の人類学  新刊 これから出る本

インテリジェンス、プロパガンダ、エージェント

ファシズム期の人類学

国家が力を剥き出しにする時代、研究者たちは「権力」とどう向き合い学知を深めていったのか。当時の史料や文脈に分け入り省察する。

著者 中生 勝美
飯田 卓
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2025/05/30
ISBN 9784894890480
判型・ページ数 A5・304ページ
定価 本体3,000円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

まえがき(中生勝美)

序論 人類学史の検証と自省のための方法論(中生勝美)

   一 人類学的学知の自省
   二 本書の鳥瞰図

●第Ⅰ部 エージェントとプロパガンダの人類学

第1章 戦前の内蒙古におけるドイツと日本の特務機関─モンゴル学者ハイシッヒと岡正雄(中生勝美)

   はじめに
   一 ハイシッヒと岡正雄
   二 北京時代のハイシッヒ
   三 内蒙古の日本特務機関
   四 戦後のハイシッヒ
   おわりに

第2章 ナチスドイツ時代における人種衛生学の位相(池田光穂)

   はじめに
   一 一九三三〜三九年─人種衛生学に基づく断種政策
   二 一九三九〜四一年─T4計画
   三 一九四二〜四五年─民族絶滅計画とその派生
   おわりに

第3章 文化人類学、戦争、植民地統治─一九三〇~一九四〇年代のフューラー=ハイメンドルフとリーチの人生をめぐって(田中雅一)

   はじめに
   一 国境地帯のフィールドワーク
   二 文化人類学と植民地統治
   三 民族分布と歴史
   四 敵性外国人、クリストフ・フォン・フューラー=ハイメンドルフ
   五 陸軍少佐、エドマンド・リーチ
   六 植民地統治との関係
   おわりに

第4章 民族学者ペッタッツォーニ─ファシスト政権下のイタリア民族学(江川純一)

   はじめに
   一 ペッタッツォーニにおける宗教史学と民族学
   二 民族学講座開講講演(一九三七年)
   三 人種法の施行と第八回ヴォルタ学会(一九三八年)
   おわりに

第5章 ベイトソンの戦時研究
    ─NARA、UCSCおよびLOC資料の分析から(飯嶋秀治)

   はじめに
   一 グレゴリー・ベイトソンと国民国家の関係
   二 ミルトン・エリクソン
   三 OSS
   四 プロパガンダ
   五 ベイトソンの象徴操作
   六 軍事、セラピー、デザイン

●第Ⅱ部 インテリジェンスの学知展開

第6章 農村社会研究がインテリジェンスになるとき─学説史のなかの『須恵村』、社会史のなかのエンブリー(泉水英計)

   はじめに
   一 問題の所在
   二 人類学の学説史のなかの『須恵村』
   三 米国社会史のなかのエンブリー
   おわりに

第7章 両大戦間期の日本民族学─フランスとの関係を中心に(飯田 卓)

   はじめに
   一 国際連盟─国際文化交流の始まり
   二 フランス国立極東学院─美術史と考古学を中心とした活動
   三 松本信廣─考古学に関心を広げた東洋学者
   四 エミール・ガスパルドヌ─フランスの日本学(一)
   五 アンドレ・ルロワ=グーラン─フランスの日本学(二)
   おわりに

●第Ⅲ部 ナショナリズムの周辺

第8章 鳥居龍蔵の西南中国調査にみる二つの民族観と中国への影響─中国民族学界からの評価に着目して(佐藤若菜)

   はじめに
   一 鳥居龍蔵と日清戦争─繰り返す調査と昇進、西南中国での手厚い援助
   二 二つの民族観─『苗族調査報告』と『人類学上より見たる西南支那』の比較から   
   三 中国の民族学界による評価─苗族カテゴリーの確立
   おわりに

第9章 ミンゾク学と宗教者─近代仏教者を例として(角南聡一郎)

   はじめに
   一 学僧の定義と歴史
   二 僧侶とミンゾク学
   三 今村完道の植民地経験と平和
   四 近代仏教者とミンゾク学
   おわりに

結論 学知のデコロナイゼーション(飯田 卓)

あとがき(飯田 卓)

索引

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内容説明

諜報と調査、「危ない橋」をどう渡るか!?
参与観察や民族誌という方法論が定着する1930年代は、「国権」が内外で力を振るう時代でもあった。当時の研究者たちは「権力」とどう向き合い学知を深めていったのか、本書は当時の史料や文脈を踏まえ分析する。新たな「帝国主義」にも備える「温故知新」の試み。

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      はじめに





中生 勝美


 成城大学で開催された研究会で、科学史の人たちと人類学史をテーマに議論したことがある。科学史の人たちは、人類学者をあたかもまな板の鯉の如く「研究の対象」にして論じ、人類学者はその批判に違和感を持ちつつ聞いていた(公開シンポジウム「歴史としての人類学・民族学・民俗学─フランスと日本の場合」二〇〇八年二月二九日開催、このときの報告書は翌年に刊行されている[上杉・及川編 二〇〇九])。その時、人類学者の清水昭俊氏から次のような問いかけがあった。人類学者が人類学史を研究するのは、自分たちのフィールドワークにいかなる問題があったのか、どのような環境の下でならバイアスをかけずに民族誌データを得られるかと自問しつつ、自省のために研究するのである。科学史はいったい、どういう立場で人類学史に向きあうのか─という内容だった。この質問には科学史の人たちからは、誰からも答えがなかった。清水氏の根源的な質問は、人類学史の取り組みが主体的であるのか否かを分ける分岐点になるとわたしは理解した。

 民族誌の作成は、人類学の研究で最も重要な仕事である。クリフォードとマーカスが編集した『文化を書く』という論文集(クリフォード・マーカス編、一九九六)は、まさに民族誌を書く仕事を批判的に検証することによって文化人類学の歴史を再解釈し、かつ展望している。参与観察の結果をいかに記述し、民族誌を作成するかというテーマは、人類学者がたえず考察するテーマである。いっぽう『文化を書く』の中心テーマは、民族誌を書くときに働く政治性である。人類学者はフィールドで部分的な「真実」を経験するに過ぎず、それをあたかも全体的で本質的な「真実」であるかのように記述すれば、ある種の虚偽が宿らざるをえない。『文化を書く』は、他者を研究する人類学者みずからが生んだ自省の議論として、その後に大きな影響を与えた。

 人類学は、社会の法則を発見する以上に、文化の社会的文脈を解明することを重視する学問である。そのための方法論として、人類学者は、フィールドワークにもとづく民族誌に依拠してきた。観察可能な小さなコミュニティに深くコミットし、そこで社会的コンテクストを見出すためにフィールドワークという方法論が生み出され、その妥当性を担保するために民族誌という作品表現が生み出された。

 これを受けて近年の人類学では、再帰的人類学や公共人類学といったアプローチが一般化しつつある。フィールドにおいて、研究者と研究対象とは相互かつ循環的に影響を与え合う。この関係にもとづいて研究が深まるプロセスを再帰性(reflexivity)と呼ぶ。再帰的人類学とは、こうした再帰性にもとづいてフィールドにおいて人類学者が与えたインパクトやそれに対する反応なども含めて民族誌を記述しようとする試みのことである。

 公共人類学は、人類学が研究対象者や非人類学と協働して民族誌を書く実践である。近年では、福島の原発事故被災者や津波被災者などとの協働がある。
これらは、研究成果を調査対象の社会に還元する試みであり、人類学の知識を植民地統治や国家統治のために提供する応用人類学とは大きく異なる。フィールドワークとその成果が対象社会に与えたインパクト、ならびに対象社会のその後の変化を検証するには、人類学者の研究活動の歴史を当時の社会的文脈で再構成しておくことが不可欠である。したがって人類学史は、理論の展開を祖述するだけではなく、自然科学における仮説検証と同じく研究方法の妥当性を確かめる意味でも、研究の背景や社会的文脈を明らかにすることが重要である。フィールドワークによる学術研究と現地社会の健全な関係を取り結ぶためにも、この分野の探求は真摯にくり返されるべきである。

 本書はそうした問題意識にもとづき、民族誌という方法論が定着する一九三〇年代をとくに大きく取り上げ、文献資料や未公刊資料にもとづいて人類学者の活動を論ずる。この時代は帝国主義が世界を席巻したのみならず、世界恐慌によってブロック経済化が進み、人類学的知識が宣伝と諜報に利用された時代でもあった。言いかえれば、人類学者がナショナリズムとインテリジェンスにもっとも接近した時代であり、『文化を書く』をふまえた自省の観点からすると、もっとも深刻な問題をはらむ時代として、人類学史で取り組みがいのある課題である。

 結果的には、こうした方向性からやや外れた時代やテーマを選択した執筆者もいたが、そのことの意義については後述しよう。

 

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編者紹介
中生 勝美(なかお かつみ)
1956年生まれ。
1987年上智大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。
2015年京都大学大学院人間・環境学研究科 博士(人間・環境学学)。
専攻は文化人類学、東アジア地域研究、人類学史研究。
現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。
主著書として、『近代日本の人類学史:帝国と植民地の記憶』(風響社、2016年)、『中国農村の生活世界』(風響社、2023年、『異文化へのアプローチ』(北樹社、2023年)、『アメリカの日本研究:その戦略と学知の遺産』(桜美林出版会、2025年)、論文として、「鳥居龍蔵の満蒙調査:慶陵研究の系譜」(『鳥居龍蔵研究』5号、2022年)など。


飯田 卓(いいだ たく)
1969年生まれ。
1999年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程研究指導認定退学。博士(人間・環境学)。
専攻は生態人類学、アフリカ地域研究、文化遺産学。
現在、国立民族学博物館教授。
主著書として、『身をもって知る技法――マダガスカルの漁師に学ぶ』(臨川書店、2014年)、編著書として『文化遺産に生きる』『文明史のなかの文化遺産』(ともに臨川書店、2017年)、Heritage Practice in Africa(National Museum of Ethnology, 2022)、論文として、「探索と推論の限界心理学――アフォーダンス理論と関連性理論の架橋」(『国立民族学博物館研究報告』49巻1号、2024年)など。


執筆者紹介(掲載順)
池田 光穂(いけだ みつほ)
1956年生まれ。
1989年大阪大学大学院医学研究科博士課程(社会医学専攻)単位取得退学。医科学修士。
専攻は医療人類学、医学史、生命倫理学、中米アメリカ民族誌学等。
現在、大阪大学 COデザインセンター 名誉教授。
著書として、『医療と神々』(平凡社、1989年)、『実践の医療人類学』(世界思想社、2001年)、『コンフリクトと移民』(大阪大学出版会、2012年、編著)、『動物殺しの民族誌』(昭和堂、2016年、共著)、『犬からみた人類史』(勉誠出版、2019年、共編著)、『暴力の政治民族誌』(大阪大学出版会、2020年)。論文として「自然学論集」(Co*Design /特別号3, doi.org/10.18910/83315 , 2021年)

田中 雅一(たなか まさかず)
1955年生まれ。
1986年ロンドン大学経済政治学院(LSE)博士課程,PhD取得修了(人類学)。
専攻は文化人類学、南アジア民族誌。
現在、国際ファッション専門職大学副学長。
主著書として『癒しとイヤラシ エロスの文化人類学』(筑摩書房, 2010年)、『誘惑する文化人類学』(世界思想社, 2018年)、『フェティシズム研究 全3巻』(京都大学学術出版会, 2009-2014年、編著)、『コンタクト・ゾーンの人文学 全4巻』(晃洋書房, 2010-2012年、共編著)、『トラウマ研究 全2巻』(京都大学学術出版会, 2018-2019年、共編著)。


江川 純一(えがわ じゅんいち)
1974年生まれ。
2008年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。
専攻は宗教学宗教史学、イタリア宗教思想研究。
現在、東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター特任研究員。
主著書として、『イタリア宗教史学の誕生:ペッタッツォーニの宗教思想とその歴史的背景』(勁草書房、2015年)、『「呪術」の呪縛【上・下】』(リトン、2015年、2017年、共編著)、『ニュクス』第5号特集「聖なるもの」(堀之内出版、2018年、共編著)、論文として、「ファシスト政権下のイタリア宗教史学」(『宗教研究』97巻2輯、2023年)、訳書として、マルセル・モース『贈与論』(ちくま学芸文庫、2009年、共訳)など。


飯嶋 秀治(いいじま しゅうじ)
1969年埼玉県本庄市生まれ。
2005年九州大学大学院人間環境学研究科博士課程修了。博士(人間環境学)。
専攻は共生社会システム論。
現在、九州大学大学院人間環境学研究院および統合新領域学府教授。
主著書として、『自前の思想―時代と社会に応答するフィールドワーク』(京都大学学術出版会、20207年、清水展との共編著)、『寄食という生き方』(昭和堂、2025年、内藤直樹・森明子編、共著)、論文として、「宗教の教育と伝承:ベイトソンのメタローグを手がかりにして」(『宗教研究』第85巻第2輯第369号、2011年)など。

泉水 英計(せんすい ひでかず)
1965年生まれ。
2001年オックスフォード大学大学院博士課程人類学地理学専攻修了。DPhil。
専攻は文化人類学、沖縄地域研究。
現在、神奈川大学経営学部教授。
主著書として、『よみがえる 沖縄 米国施政権下のテレビ映像—琉球列島米国民政府(USCAR)の時代』(不二出版、2020年、共編著)、『近代国家と植民地性 : アジア太平洋地域の歴史的展開』(御茶の水書房、2022年、編著)、『戦後沖縄史の諸相ー何の隔てがあろうか』(関西学院大学出版会、2023年、共著)、論文として「ブラジル国サンパウロ州レジストロの日系移民とそのアイデンティティ」(『比較民俗学』77号、2023年)など。


佐藤 若菜(さとう わかな)
1983年生まれ。
2016年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了・博士学位取得。博士(地域研究)。
専攻は文化人類学、地域研究。
現在、京都女子大学現代社会学部教授。
主著書として、『衣装と生きる女性たち:ミャオ族の物質文化と母娘関係』(京都大学学術出版会、2020年)、論文として、「「手本の複製/見本からの創造」からみた手仕事の真正性:中国貴州省のミャオ族における手刺繍と機械刺繍の位置づけ」(『文化人類学』88号3巻、2023年)、「衣装がつなぐ母娘の「共感的」関係 : 中国貴州省のミャオ族における実家・婚家間の移動とその変容」(『文化人類学』79巻3号、2014年)など。

角南 聡一郎(すなみ そういちろう)
1969年生まれ。
2000年奈良大学大学院文学研究科後期博士課終了。博士(文学)。
専攻は物質文化研究、仏教民俗学。
現在、神奈川大学国際日本学部准教授。
主著書として、『神話研究の最先端』(笠間書院、2022年、共編著)、『島世界の葬墓制 : 琉球・海域アジア・オセアニア』(雄山閣、2024年、共著)など。

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