ホーム > 宗教がひしめきあう都市に生きる

宗教がひしめきあう都市に生きる 64 新刊 これから出る本

法廷記録簿からひもとく一八世紀のイスタンブル

宗教がひしめきあう都市に生きる

「宗教共存」の場だったオスマンの帝都。近隣の日常や軋轢を詳細に記録から読み解く国家の管理と「包摂と排除」という市民の論理。

著者 守田 まどか
ジャンル 歴史・考古・言語
文学・言語
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2025/10/15
ISBN 9784894890541
判型・ページ数 A5・70ページ
定価 本体800円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

はじめに

一 連続性と変化

1 明るい未来の予感?
   新しい時代のはじまり
   一七世紀から受け継いだもの
   騒乱の記憶

2 帝都のなりたちと街区
   イスタンブルと三つの町
   商業地区と生活空間
   卵が先か、鶏が先か

二 近隣関係と宗教

1 まとまる動機、まとめる意図
   非イスラム教徒の街区、消える?
   看板と中身
   隔離でもなく、混住でもなく

2 貞節と追放刑
   評判がものを言う
   アイシェを追い出せ!
   追放刑とはどんな刑罰か?
   インフォーマルな手段
   パラドックス

3 婚姻手続きと街区
   非合法な婚姻のはびこり?
   婚姻許可状とは?

三 排除と包摂

1 一七四〇年の危機
   騒擾の余波
   よそ者=危険分子というレッテル
   イェニチェリ・商工民・よそ者

2 よそ者をあぶり出す
   一七四〇年の勅令
   再三の警告
   合法・不法をわけるもの

3 背後でおきていたこと
   方針転換?
   よそ者調査の記録
   適者生存

おわりに
あとがき
参考文献・図の出典
年表

このページのトップへ

内容説明

社会秩序のキモは女性の貞節とよそ者?
オスマンの帝都は非イスラム教徒が4割、二百数十の街区にモスク・教会・シナゴーグが建ち並ぶ、「宗教共存」の場であった。都市行政をも担った法廷は、近隣の日常や軋轢を詳細に記録していた。史料から読み解く国家の管理と「包摂と排除」という市民の論理。

*********************************************


      はじめに より



  本書は、三〇〇年ほど前のイスタンブル――オスマン帝国の都――の歴史へのいざないである。

 オスマン帝国は約六〇〇年にわたり、中東からバルカン半島にかけての広大な地域と多様な人間集団をゆるやかにまとめながら、異なる宗教が比較的平和裏に共存する社会を実現していた。一四五三年のコンスタンティノープル征服後、二〇世紀初頭のオスマン帝国解体まで帝都として営まれたイスタンブルにおいても、都市人口の少なくとも四割以上を非イスラム教徒(キリスト教徒とユダヤ教徒)が占めていた。帝都において多様な住民が共存する鍵となったのが、本書が焦点をあてる法廷と街区というしくみである。法廷は司法だけでなく都市行政をひろく担っていた。帝都は君主に任命された法官が管轄するひとつの行政区をなした。そしてその下には、二百数十の街区が、都市行政の末端組織として位置づいていた。街区は、宗教・宗派別編成を基礎としつつも、宗教・宗派の違いを超えて人々がつながる社会的な空間でもあった。宗教の壁を越えて築かれる人々のつながりに依存するかたちで、帝都の統治は成り立っていたのである。

 このように本書は、国家の出先機関として帝都の統治に携わった法廷と、統治の最小単位であり、かつ宗教にもとづく帰属と近隣関係とがゆるやかに重なり合う場であった街区に焦点をあてることで、異なる宗教の住民がひとつ屋根の下に生きた一八世紀イスタンブル社会のあり様を描く。

 時間を今から三一〇年、巻き戻してみよう。

 ときは一七一五年冬――。ひとりの女が五人の男たちを伴い、イスタンブルの町の一角にある法廷にいた。男たちは法官の前で、こう証言した。彼女の夫は三年前に死亡したので、イスラム法に照らして新たな婚姻への障害はない、と。イスラム法とは、イスラム教の聖典であるクルアーンと預言者ムハンマドの言行を法源とする法である。この証言を受けて法廷は、彼女が別の男と再婚することを許可する証明書を発行した。

 実はこの女も再婚相手もキリスト教徒だった。キリスト教徒同士の結婚にもかかわらず、なぜ、その花嫁候補について、イスラム法の定める婚姻要件を満たしているかどうか、わざわざ法廷で確認する必要があったのだろうか? さらに興味深いのは、彼女のために証言をおこなった男たちの宗教構成である。五人の証言者のうち二人は彼女と同じキリスト教徒で、かつ司祭だった。おそらく彼女はこの司祭たちの仕える教会に通っていて、司祭たちは彼女のことをよく知っていたのだろう。しかし残り三人はイスラム教徒だった。そしてこの五人の男たちはみな彼女と同じ街区に住んでいた。つまり、一八世紀のイスタンブルでは、宗教の異なる人々が隣り合わせに暮らしていたのである。では、複数の宗教からなる地域社会とは、どのようなものだったのだろうか? 本書は、このような問いをひもときながら、一八世紀イスタンブルの都市社会のあり様を探求する。


*********************************************

著者紹介
守田まどか(もりた まどか)
1984年、大阪市生まれ。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。
専門はオスマン帝国、都市社会史。
現在、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所ベイルート拠点、中東研究日本センター(JaCMES)の特任研究員。
主な論文として、“Between Hostility and Hospitality: Neighbourhoods and Dynamics of Urban Migration in Istanbul (1730‒54)”, Turkish Historical Review 7 (2016) や、“İzinname, Şehadet Kaydı, ve Mekânsal Bilinç: İstanbul’da 18. Yüzyılın İlk Yarısında Nikâh Denetimi ve Mahalle Toplumu”, Tarih ve Toplum Yeni Yaklaşımlar 26(2025)(近刊予定)などがある。

https://researchmap.jp/madoka_morita


このページのトップへ