
太平天国後の中国がグローバル経済に統合されていく過程で、究極の「お雇い」総税務司をトップとする海関(税関)が果たした役割とは
| 著者 | ファン・デ・フェン ハンス 著 陳 雲蓮 訳 |
|---|---|
| ジャンル | 歴史・考古・言語 |
| 出版年月日 | 2025/12/20 |
| ISBN | 9784894893504 |
| 判型・ページ数 | A5・488ページ |
| 定価 | 本体5,000円+税 |
| 在庫 | 未刊・予約受付中 |
目次
日本語版の刊行に寄せて(ハンス・ファン・デ・フェン)
用語について/凡例に代えて(訳者)/参考図 本書に登場する海関(訳者)
プロローグ
第一章 海関=カメレオンの誕生
一 上海の実験
二 ホレイショ・レイの失脚とロバート・ハートの台頭
三 新体制のなかの旧体制
第二章 ロバート・ハートの一望監視体制
一 領事と監督のあいだ
二 官僚組織化─書式、記録簿と通信
三 海洋進出─海事部
四 採用と態度─聡明で見栄え良く、たくましい青年たち
第三章 自強運動期の海関─一八七〇―一八九五
一 ヨーロッパのなかの中国─海関のロンドン事務所
二 海関、外国貿易の拡張、低開発分野の発展
第四章 債券市場の勃興─債権回収業者としての海関、一八九五―一九一四
一 一八九五年に向けての中国融資市場の創出
二 対日賠償金、清の国内借款の失敗、租界の争奪と門戸開放通牒
三 海関と義和団事件
四 激しい反発─青年中国の台頭と税務処の創立
五 総税務司の後継者問題
六 辛亥革命の切り札─債券市場
第五章 国家の中の国家─一九一四―一九二四
一 フランシス・アグレン、海関、銀行
二 顧維鈞、国際会議と反帝国主義
三 海関と国民党の台頭
第六章 関税の国、密輸業者の国 ─南京国民政府時代の海関、一九二九―一九三七
一 フレデリック・メイズ
二 密輸の蔓延
三 密輸取締
四 仲介取引
第七章 統合性を保つ─一九三七―一九四九
一 日本の猛攻撃
二 八方塞がり
三 日中戦争後における海関復興の失敗
四 海関の終焉
エピローグ─余韻と陰
参考文献
訳者あとがき
年表 近代世界史と中国海関史
写真図表一覧/人名索引/事項索引
内容説明
それはアヘン戦争から始まった⁉
不平等条約のもと関税自主権を縛られた清朝は、グローバル経済の渦中に引き出され、清末民初の混乱は列強の介入を経て、やがて日本の侵略に至る……。本書は、究極の「お雇い」=総税務司を軸に、なぜ海関(中国の税関組織)が「国中之国」となり得たのか、その「関税100年戦争」の顛末を現代史に書き加えた大著である。
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海関─中国近代性の国際的起源
Breaking with the Past: The Maritime Customs Service and the Global Origins of Modernity in China
ハンス・ファン・デ・フェン(Hans van de Ven)著/陳雲蓮(Chen Yunlian)訳
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刊行にあたって(陳 雲 蓮)
本書は、イギリス・ケンブリッジ大学の中国近現代史教授ハンス・ファン・デ・フェン氏(Hans van de Ven)が著した中国近代における「海関」の通史で、その「誕生」(一八五四年)から「終焉」(一九五二年)までのほぼ一世紀のダイナミックな歴史を詳細にたどった大著である。海関はいわゆる税関であるが、英語ではThe Maritime Customs Serviceと表記され、「洋関」とも呼ばれるように、通商大国の交易を司る機構として長く複雑な歴史を持つ。
本書では、アヘン戦争後、清とイギリスのあいだで南京条約が締結されて以降、外国人とりわけイギリス人によって行われた中国の海関制度の編成と管理を追うと同時に、中国国内と国際情勢の変遷に伴い、変容し続けた海関の役割を主として近代グローバル史の観点から論じている。─その役割はまず、中国の外国貿易における関税の査定と徴収であるが、列強とのせめぎ合いを経て新中国誕生に至る激動期を背景に、中国沿岸部の港湾施設やその他のインフラストラクチャーの整備、中国における外国貿易の促進活動、東西の文化・学術交流、諸外国との外交領域への進出、中国の内債や外債の管理、沿岸部の密輸の取り締まりなど広範囲な活動が詳細に取り上げられる。
こうした海関の幅広い活動と特殊なポートフォリオに着目した著者は、海関を、近代中国と諸外国とのあいだにできた「境界体制(Frontier Regime)」と位置付けている。つまり、アヘン戦争以降の清とヨーロッパ列強を取り巻く厳しい国際社会において、海関は、清とヨーロッパ列強のあいだの交易業務を引き受け、両方の負担を減らし、中国の沿岸部と長江流域の外国貿易に秩序をもたらすと同時に、清やのちの中華民国に多額の関税という国家収入を提供しうる制度だったのだ。一九四九年、中華人民共和国の成立後、外国人支配の海関はその役割を終えた。しかし、その直後から、中国を侵略した帝国主義の付属機関として位置付けられるようになったのは、歴史の悲劇と言えるのかもしれない。
著者は、史料の制限もあって、その後の海関を論じることはしていないが、本書を読む読者には、激しい政治的侵略の裏で繰り広げられた経済的なせめぎ合いの中で、海関の果たした役割は帝国主義の手先と言うにはあまりに複雑な相互作用があった事情を知ることになるだろう。
まさしく本書には二つの主題がある。表の主題は中国の近代海関の誕生、成長と終焉であり、裏の主題は近代中国の政治史、戦争史、外交史、経済史の変遷である。著者の視点は中国国内の変化にとどまらず、中国に進出してきたイギリス、フランス、ドイツをはじめとしたヨーロッパ列強、そして遅れて参加したロシア、日本、アメリカも交えた一九世紀後半から二〇世紀前半の国際政策の変化を、一次資料を駆使して鋭く捉えている。
訳者にとって、本書の最大の魅力は、近代中国の海関制度の成立・運営・終焉と、それにかかわった各国出身の人物たちの活動が中国社会や国際社会に及ぼした影響を、生き生きとした臨場感で描いたところである。プロローグにある著者の言葉を借りれば、「本書のもう一つの目的は、海関とその延長線上にある外国の要素を、中国の近代史の中にしっかり位置づけること」(One purpose of this book is to write the Customs, and by extension the foreign, back into China’s modern history)」なのである。
英語から日本語に翻訳するにあたり、海関に関連するおびただしい数の部局名、職名、地名、人名、通貨名、経済史と政治史の専門用語の処理は困難を極めた。海関の部局名、職名、地方関名、通貨名は陳詩啓・孫修福主編『中国近代海関常用詞語 英漢対照宝典』(中國海関出版社、二〇〇二年)を参照したが、中国語の名称のみでは日本の読者には分かりにくいと思われるので、「日本語訳」の表記を中心としている。例えば、Preventive Departmentは「緝私課」だが、「密輸取締局」と表記するなどである。
歴史的地名は譚其鑲主編「中國歴史地圖集 清時期」(中国 地図出版社、一九八〇年)、人名は岩波書店辞典編集部編『岩波 世界人名大辞典』(二〇一三年)を参照し、その他、経済史や政治史の専門用語については膨大な蓄積をもつ日本の東洋史先行研究全般を参照させていただいたが、一般に定着している表記にしたがったものも多いことをお断りしておく。
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日本語版の刊行に寄せて(ハンス・ファン・デ・フェン)
『Breaking with the Past』〔原著:過去との訣別〕が刊行されてから十余年の歳月が流れた。著作というものは、校正を終えてゲラを出版社に渡した後は、著者の手を離れ未来に委ねられてしまうものだ。読者の反応を待つ以外になす術もないまま、不安と希望をもってひたすら待つ日々が続くのだが、こうした時間は、私自身の発想を進化させてくれてもいることだろう。ここでは二つの側面─読者からの反応と十年前の著作への私自身の見解─から少しばかり述べさせていただく。
本著が刊行された二〇一四年当時、それが中山大学マルクス主義学院で教材として採用されるなど夢にも思っていなかった。それを知ったのは、昨年の秋、中山大学を訪問した際のことだった。私の二度の講義を聴講した学生たちは、本著に基づくシラバスと、それに対する彼らのプレゼンテーションを示してくれた。そして、笑顔と興奮を見せながら多くの学生がサインを求めて列を作ったのだ。何人かの学生から、彼らが最も心惹かれたのは、本著で語られた数多くの個人史だという感想を聞くことができた。本著〔過去との訣別〕が中国の大学の政治学講座に光明をもたらすことになるのであれば、それは望外の幸せである。そして出版社も、この本の売り上げが増えて喜んでくれることだろう。
本著に寄せられた多くの好評と中国語版の人気はとても喜ばしいことだったが、これらは少なからずロンドン大学ロイヤル・ホロウェイカレッジの中国史研究者、蔡維屏教授のお陰である。彼女はロバート・ビッカーズ教授と私が主催する海関史研究プロジェクトに参加したのをきっかけに、海関に関する知識を深め、さらにその美しい文体で本著の中国語版をたいへん読みやすい書物に仕上げてくれた。蔡教授はつい最近、ハーバード大学出版局から『The Making of China’s Post Office』〔中国郵便制度の形成〕を上梓したばかりだ。中国の近代郵便制度は海関に由来するという点からしても、蔡教授の研究は海関が中国社会に与えた影響に関する知見をさらに深めてくれるものとなっている。
本著への学術的書評でもっとも正鵠を射たのは、プリンストン大学のベンジャミン・エルマン教授によるものである。エルマン教授の書評はおおむね肯定的だったが、中国の国際経済への参加拡大を叙述するにあたり、本著は一八〇〇年以前の銀本位時代におけるアジア域内交易への中国の関与を論じていない、と指摘してくれた。この指摘はまったく正しい。世界経済のグローバル化はその頃すでに始まっており、一八五〇年以降のグローバル化はその次なるステップであった、と本著は強調しなければならなかったのである。
本著は、冷戦後のグローバリゼーションに対する批判の波が起きる前に刊行された。研究そのものはずっと前から進めていたのだが、学内行政上の責務や膨大な作業量によって、原稿提出は十年以上も遅れてしまった。ただ、本著がそうした時代をよく映し出していることは間違いないだろう。当時、中国とアメリカはまだ互いを地政学上の敵対国とは見なしていなかった。私は今も本著が重要なメッセージを持っていると考えている。すなわち、海関のような「中間的な」(in-between)組織は、相互交流が難しい国家間の関係維持に極めて重要であること/国際貿易は有益であること(たとえ「外部性〈externalities〉=第三者に与える影響」に十分な配慮と管理が必要だとしても)/そして、絶対的な主権(absolute sovereignty)という思想のもとで作られる世界は、寛容・妥協・協力を育む個人や機関によって柔軟に運営される必要があること、である。
現在、私は、北京とケンブリッジのあいだを行き来しながら暮らしている。この暗澹たる時代に、学術的にも個人的にも有り難いこうした越境的な生活を享受できるのは、ひとえに北京大学とケンブリッジ大学が示してくれた意思、いや勇気ある姿勢のお蔭だと感謝している。
最後に本書の訳者である陳雲蓮さんに感謝の意を表したい。彼女はケンブリッジ大学にたびたび訪れる中で友人となった人だ。本著の日本語版刊行を実現するために彼女が注いだエネルギーと時間は、想像すらできない。残念なことに、翻訳者の仕事は往々にしてそれにみあう十分な評価を得られないものだ。せめてここに記して私の感謝の気持ちを申し上げたい。
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コロンビア大学出版会による梗概
1854年の創設から1952年の崩壊まで、中国海関は中央政府が徴収する歳入の1/3から1/2を担った。単なる徴税機関にとどまらず、海関は中国の港湾管理、灯台の設置、沿岸測量を行った。翻訳学院の資金と監督も担い、外交官の養成、中国の古典・小説・詩の翻訳、経済・金融システム・貿易・歴史・行政に関する研究を推進した。国際博覧会への出品を組織し、独自の影の外交を展開し、中国近代郵便制度の母体となり、独自の武力組織さえ維持した。1911年の辛亥革命後、海関は中国の国際借款と国内債券発行の管理に深く関与するようになった。
言い換えれば、海関は太平天国後の中国が近代国家となり、20世紀の世界貿易・金融システムに統合される上で極めて重要な役割を果たした。海関が中国に近代的な貿易管理を導入したことは、同時に中国が国際社会から理解可能な存在になったことでもある。海関の事実上の独裁者「総税務司」の活動を追う本書は、中国高官や列強外交官との頻繁な交流を通して、海関が中国と世界との関係をいかに変革させていったかを明らかにする。海関は、寄るべきものがない中でしばしば中国を一つに保った。
本書は、海関が清仏戦争、義和団事件、辛亥革命の結果に影響を与え、1920年代の国民党の台頭と向き合い、1950年代初頭の粛清(共産党の容赦ない論理による永久解体)に至るまでの過程を明らかにするものである。
書評(ラナ・ミッター ハーバード大学教授)より
本書は、今まさに成熟期を迎えつつある歴史学の転換点─中国史に外国の要素を再導入する試み─の卓越した事例である。ハンス・ファン・デ・フェンは、一世紀にわたる近代中国の政権運営において紛れもなく中心的な存在だった海関を分析することにより、現代中国を理解するにはグローバル化の文脈で考える必要があることを示すという、画期的な貢献を果たした。これまで見過ごされてきた多くの主題が、ファン・デ・フェンによって新鮮かつ説得力ある形で関連づけられている。彼の研究は確固たるデータを活用しながら、その核心に人間の物語を組み込んでいる。本書は最も高いレベルの歴史書といえよう。
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著者紹介
阿毛 香絵(あもう かえ)
1983 年生まれ。
2019年フランス国立社会科学高等研究院(セネガル国立サン・ルイ大学ダブルデグリー)社会人類学・民族学博士課程修了。博士(民族学・社会人類学)。
専門分野は文化人類学、アフリカ地域研究。
現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教。
主著書として、阿毛香絵・樫尾直樹「現代社会における宗教性に関するアフリカ・アジア比較研究の可能性:認識論的視座の再検討」(『京都精華大学紀要』第57号、2024年)、Kenichi Sawazaki, Kae Amo, Yo Nonaka, Shuta Shinmyo, Mamoru Hasegawa, Ahmed Alian, Yunus Ertuğrul, “Emergent Use of Visual Media in Young Muslim Studies(ヤング・ムスリム研究における映像メディアの新たな利用)” (TRAJECTORIA, Anthropology, Museums and Art, Museums and Art, Vol.5, National Museum of Ethnology〈国立民族学博物館〉、2024年)など。

