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アジア・オセアニアの海民たち  新刊 これから出る本

海を生きる技法とその魅力

アジア・オセアニアの海民たち

大海原を草原のごとく渡り、島々でオアシスのように憩い 水や風と共生してきた人びと 海と人とモノが織りなす世界、その魅力を紹介

著者 長津 一史
ジャンル 人類学
シリーズ 風響社ブックレット
風響社ブックレット > ブックレット海域アジア・オセアニア
出版年月日 2026/02/28
ISBN 9784894890626
判型・ページ数 A5・90ページ
定価 本体900円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

カラー口絵

序 海民の世界への誘い(長津 一史)

   1 海域アジア・オセアニア
   2 海民
   3 なにを描くのか

第1章 従属しない周縁の民──バジャウ人と海の政治(長津 一史)

   はじめに
   1 サンゴ礁──抵抗と自治の生態資源
   2 民族の生成──バジャウ人になる
   3 いかにバジャウ人になるのか──東スラウェシの政治的文脈から
   おわりに──従属しない周縁の民

第2章 海と女たち──「とるに足らない」商売が紡ぐサマ社会(中野 真備)

   はじめに
   1 東南アジアの海に生きる女性たち
   2 インドネシア・バンガイ諸島サマ人の暮らし
   3 魚を売る──ネリおばさんの1日
   4 菓子を売る――ウンミかあさんの朝
   おわりに──女たちが紡ぐ世界

第3章 世界とつながる小さき存在──海民モーケンとナマコの物語(鈴木 佑記)

   はじめに
   1 ナマコが結びつける人と場所
   2 文献にみられるモーケンとナマコの記録 (1)略奪者
   3 文献にみられるモーケンとナマコの記録 (2)商人
   4 現代におけるモーケンによるナマコ漁
   おわりに

第4章 ソロモン諸島の海の民「ラウ」(竹川 大介)

   はじめに
   1 人類の拡散
   2 海への拡散
   3 海の民ラウの人びとの歴史──バラファイフの伝説
   4 海の民の暮らし──多種多様な漁労活動
   おわりに──変わるものと変わらないもの

参考文献

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内容説明

「海域」の独自の生態に迫る!
大海原を草原のごとく渡り、島々でオアシスのように憩い
水や風と共生してきた人びと
海と人とモノが織りなす世界、その魅力を凝縮し紹介

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序 海民の世界への誘 より

長津 一史






1 海域アジア・オセアニア


 東アジアから東南アジア、オセアニアに至るアジア・オセアニアの多島海は、海と人とモノが織りなす独自の世界、海域世界をかたちづくっている。アフリカで生まれた人類は、アジアからオセアニアに至るこの地域で、他ではみられない生態適応を遂げた。海を渡り、島に生きるという適応である。

 わたしたちの祖先は、最終氷期に含まれる5万年前から4万年前にはオーストラリア大陸にまで到達した。ユーラシア大陸からボルネオ島やジャワ島に至る大陸棚(スンダランド)と、ニューギニア島からオーストラリア大陸に至る大陸棚(サフルランド)のあいだには、深海で縁取られた島々、ウォーレシアが広がる(図0-1)。ウォーレシアの島々、スラウェシ島やハルマヘラ島、フロレス島、ティモル島などは、現在より100メートル以上海面が低かった最終氷期でさえ、いずれの大陸とも地続きにならなかった。つまり、オーストラリア大陸に到達するために人類は、海を渡らざるをえなかったのである。こうして海を渡り、島々に生きる技法や生活様式を体得した人類は、オーストラリア大陸ないしニューギニア島を経て、さらにハワイ島やイースター島にまで至る太平洋の島々に広がっていった。

 陸地を中心に発展した農耕と近代文明が世界を覆うようになった現代でも、海域アジア・オセアニアでは多くの人びとが海と密接に関わる生活を営み続けている。サンゴ礁に漁る、島々を渡る、大洋に商いを見いだす、船に暮らす、汀に住まう、浜辺に祈る、入り江の外に厄災を放つ─経済・社会・文化等の幅広い領域で、日々の生活が海と密接に関わっている人びとを海民と呼ぼう。

 
2 海民


 海民は、アジア・オセアニアに海域世界をつくりあげてきた主要なアクターである。ミクロネシアのサタワル島民は、帆をたてたカヌーを駆り、星や風、潮流を読みながら数百キロメートル以上も離れた島々のあいだを往来した。文化人類学では誰もが知るニューギニア島東部トロブリアンドの島民も、総計500キロメートルを越す距離の円環状の島々をカヌーで巡り、儀礼的な装飾品や食糧を交換した。インドネシア・スラウェシ島の海民マカッサンは、イギリス人航海者が到達するよりもはるか昔、木造の帆船を駆使して1000キロ以上離れたオーストラリア大陸の北岸に到達、ナマコを漁り、在地の住民(先住民)とともにそれを加工した。

 海域アジア・オセアニアでは、こうした遠い距離であれ、より短い距離であれ、島々のあいだに海でつながれた人とモノをめぐる関係の連鎖、海のネットワークが古くから紡がれてきた。そこには文化と社会が連続する圏域ができあがった。いまでは海民たちはエンジンのついた船を使う。かれらは、そうした動力船を駆使しながら、海をわたる移動とそれをなぞるネットワークをますます活性化させている。近代国家の枠組みとは異なる、海を介してつながる文化や社会の圏域も目にみえるかたちで残っている。そこでは海民は、海に関わる自前の知識と技法で、海を基盤とする自らの生活世界を維持し、またつくり続けている。

 海民は思想でもある。いまみたような、近代国家に拘束されない自前の世界を持つ海民に目を向け、かれらの世界構築のあり方を学ぶことは、従来のアカデミアにおける歴史観や国家認識を脱構築するための知的な営為の一端をなす。それは、長らくわたしたちが常識としてきた歴史や文化、陸に住む人間を中心に描かれてきた歴史や文化を、海から、あるいは漁師や船乗り、廻船商人、船大工、製塩職人の視点から再考しようとする試みでもある。

 歴史学者の網野善彦は、従来の中世日本史の研究が「百姓」を稲作農耕民と同一視するあまりに漁師や廻船商人ら海民の存在をみすごしてしまい、かれらが地域社会において果たしていた役割を正しく評価してこなかったことを批判した。そのうえで、これら海民の移動性の高さや交易ネットワークの広がりに深い注意を払い、日本中世の多くの社会が海民を介してアジアの海に開かれていたこと、裏返せば日本列島がけっして「閉鎖的な島国」ではなかったことを指摘した[網野 1992]。

 この網野の視点を共有する海域アジア・オセアニアの海民研究も、従来の西洋起源の人文社会科学が農耕定着民を念頭に社会の基本要素とみなしてきた「まとまり」「定着」「持続」を相対化し、海民に特徴的な「分散」「移動」「うつろい」を対象地域の社会の基本要素として前景にすえおいた[鶴見 1984、立本 1996、秋道編 1998、長津 2016]。こうしてわたしたちは、ようやく海民の世界にきちんと目を向けるようになった。


3 なにを描くのか


 海域アジア・オセアニアの海民のなかには、生まれてから死ぬまでの一生を船で過ごす人たちがいた。かれらは、英語では「海のノマド(Sea Nomads)」、日本の研究では「漂海民」と名づけられた。中国では「船を以て家と為す(以船為家)」と表現された。日本の長崎県沿岸や瀬戸内海で、船を住まいとして漁業を営む人びとは「家船」と呼ばれた[Sopher 1977 (1965); 羽原 1963、野口 1986]。

 一生を船上で暮らす生活様式を集団として維持している人びとは、おそらくもはや存在しない。それでも、浅瀬に杭上家屋を建てて暮らす、サンゴ礁を積みあげた人工島に家屋を築いて住まう、1年の長い時間を船で家族と過ごす、浜辺や島々を移動しながら生きる、そうした海民はいまも珍しくない。かれらは、海民のなかでもとりわけ濃密に海とともに生きている。

 このブックレットは、このように海ととくに密接に関わりながら生きるアジア・オセアニアの海民に焦点をあて、かれらがいかに魅力的な人たちであるのか、その生活がいかに刺激に満ちているのかを読者に伝え、同時にかれらの生きざまから、陸地と近代国家に埋め込まれたわたしたちの社会や歴史のあり方、見方を問いなおすことを目的としている。

 第1章と第2章ではフィリピン・マレーシア・インドネシアに跨がるウォーレシアに住むバジャウ(Bajau)人を、第3章ではタイ・ミャンマーの南西、アンダマン海に住むモーケン(Moken)人を、第4章ではメラネシア圏に含まれるソロモン諸島に住むラウ(Lau)人をそれぞれ取りあげる。バジャウ人の一部とモーケン人は、かつては船上居住民であった。いまも多数はサンゴ礁上の杭上家屋に暮らす。ラウ人は、環礁内に石垣を積んで島をつくり、そこに家を建てて生活する。

 4本のエッセイは、いずれも数年から10年以上におよぶフィールドワークに基づく。各著者は、それぞれの海民との長いつきあいを土台に、かれらがどのように海で生を営み、自然や人びととの関係を紡ぎ、自らの系譜や伝説を語り、女の商いの世界をつくり、また植民地や国民国家と対峙してきたのか、その生きざまは現代の日本を生きるわたしたちとどう違うのか、こうした観点から海民の魅力を描きだそうとする。


 1998年3月、大潮の夜、マレーシア・サバ州センポルナのバジャウ人漁師は、いつものように突き漁に出かけた。6メートルほどの長さの小舟に乗るのは、彼の手伝いとわたしの3人。満月の凪いだ夜、島のまわりに広がる浅いサンゴ礁の縁、海が深海に落ち込むところに沿って彼は櫂をこいだ。「しっ、しゃべるな」といって彼は舟を止めた。その直後、さっと離頭式の銛をかかげ、10メートル以上先の満月に照らされた海に向かってそれを投げつけた。パチャという小さな音に続いて、銛に結われたロープがビュンと張る。なにかがバシャバシャと逃げていく音が聞こえる。マダラトビエイを仕留めたのである。10分ほど格闘した後、横幅1.5メートル強のマダラトビエイが舷側から引き揚げられ、ぬめりを帯びた白い腹部が甲板に横たえられた。漁師はふっと一息つき、タバコに火をつけた。

 彼はこうした漁を営みながら、フィリピン、マレーシア、インドネシアの国境を越え、その海を生きてきた。国境警備や税関は、少しの賄賂でうまくやり過ごした。3カ国いずれの海にもバジャウ人の村はある。何か問題が起こったら、そこに逃げ込めば良い。彼のいうように、バジャウ人はサンゴ礁さえあればどこでも食うのに困ることはない。漁のあとの誇らしげな姿はそのことを納得させるのに十分であった。

 このブックレットで皆さんを誘いたいのは、こうしたワクワクする生きざまに満ちた世界である。海民の世界へようこそ。


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著者紹介

長津 一史(ながつ かずふみ)*編者
1968年札幌生まれ
東洋大学社会学部教授
上智大学外国語学部卒、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了、博士(地域研究)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助手等を経て現職。
主な業績に『開発の社会史――東南アジアにおけるジェンダー・マイノリティ・境域の動態』(共編著、風響社、2010年)、『海民の移動誌――西太平洋のネットワーク社会』(共編著、昭和堂、2018 年)、『国境を生きる――マレーシア・サバ州、海サマの動態的民族誌』(木犀社、2019年)。

中野 真備(なかの まきび)
1992年埼玉県生まれ
甲南女子大学人間科学部講師
國學院大學文学部卒、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了、博士(地域研究)
人間文化研究創発センター研究員・グローバル地域研究事業海域アジア・オセアニア研究プロジェクト東洋大学拠点特別研究助手等を経て現職。
主な業績に「インドネシア・バンガイ諸島サマ人の環境認識――外洋漁撈をめぐる魚類・漁場・目標物の民俗分類」『東南アジア研究』58(2)(2021年)、「多島海のナヴィゲーション――環境のなかを動く身体」『モビリティと物質性の人類学』(分担執筆、古川不可知編、春風社、2024年)、『海を「視る」技術――インドネシア・バンガイ諸島サマ人の漁撈と環境認識』(京都大学学術出版会、2025年)。

鈴木 佑記(すずき ゆうき)
1978年千葉生まれ
国士館大学政経学部准教授
上智大学大学院外国語学研究科博士後期課程修了、博士(地域研究)
日本学術振興会特別研究員PD、東洋大学社会学部助教等を経て現職。
主な業績に『現代の〈漂海民〉――津波後を生きる海民モーケンの民族誌』(めこん、2016年)、『脱観光化の人類学――かわりゆく観光と社会のゆくえ』(分担執筆、ミネルヴァ書房、2025年)『フィールドにみえた〈社会性〉のゆらぎ――霊長類学と人類学の出会いから』(分担執筆、京都大学学術出版会、2025年)。

竹川 大介(たけかわ だいすけ)
愛知県生まれ
北九州市立大学文学部教授
京都大学理学部卒、京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、博士(理学)
国立民族学博物館COE特別研究員等を経て現職。
主な業績に「あえてドメスティケートしないこと――ミツバチ養蜂戦略の違いから家畜と野育を考える」『野生性と人類の論理――ポスト・ドメスティケーションを捉える4つの思考』 (卯田宗平編、東京大学出版会、2021年)、「『互恵』と『共感』にもとづく正義の実現――共同体ガバナンスと葛藤解決における普遍的道徳基盤のはたらき」『たえる・きざす――シリーズ生態人類学は挑む』(伊藤詞子編、京都大学学術出版会、2022年)「動きを描くことの意味――動物表象とアニマシー」『〈動物をえがく〉人類学──人はなぜ動物にひかれるのか』(山口未花子ほか編、岩波書店、2024)。






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ブックレット海域アジア・オセアニア 「刊行の辞」 


 本ブックレットシリーズは、海域アジアとオセアニアを対象地域としている。ここでいう海域アジアとは、日本・琉球列島や台湾、東南アジア島嶼部といった海と島からなる海域世界、ならびにアジア大陸部の沿海部を指している。また、オセアニアは、南太平洋に浮かぶ島嶼群やオーストラリア大陸からなる一大海域世界でもある。本シリーズは、その両者を分けることなく、海を媒介としてつながる海域世界として捉え直している点に特徴がある。

 海域アジア・オセアニアは、しばしば近代の陸地中心的な国家・地域観に基づき、中国、台湾、東南アジア、オセアニアなど、個別の研究対象地域に分けられてきた。だが、海域アジアとオセアニアは、古来より人類の移住、モノ、文化、宗教の移動を通してつながってきたエリアである。近年、両地域間のヒト、モノ、文化、情報の越境的な動きは、ますます加速している。本シリーズは、海域中心的な視点に立脚しながら、海域アジアとオセアニアの歴史的・現代的なつながりを描き出そうとするものである。

 二一世紀は「太平洋の世紀」ともいわれるように、海域アジアとオセアニアは地政学的に極めて重要な位置を占めつつある。本シリーズでは、その各地域における開発や生態、食生活、災害といった人々と環境の相互的関係性、あるいは人々の移動に伴う越境の動態など、さまざまなトピックを扱う。そして、シリーズ全体として海域アジアとオセアニアの間の連環世界を捉えていくことで、従来の地域概念や蛸壺化しつつある地域研究の枠組みを超えた、新たな地域研究の在り方とその方法を模索していきたい。

 海域アジア・オセアニアは「境界をもたない」地域概念でもある。したがって、本シリーズが想定する海域アジアやオセアニアの範疇を超えて拡がる世界も、視野に含まれる。本シリーズは、個々の研究者の最新の研究を通して、新たな地域研究の枠組みを模索することを目標の一つとしている。その一方で、その最新の研究成果をわかりやすく伝えることで、広く社会に向けて海域アジア・オセアニアの諸相を知っていただきたいと願っている。本シリーズが、アジアとオセアニアをつなぐ海域世界への理解に、少しでも役立てられることがあれば幸いである。

 二〇二四年三月

 「海域アジア・オセアニア・ブックレット」ジェネラル・エディター
小野林太郎・河合洋尚・長津一史・古澤拓郎


*本ブックレットシリーズは、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構で推進されている機関プロジェクトの1つ「海域アジア・オセアニア研究プロジェクト」(拠点機関:国立民族学博物館・東洋大学・京都大学・東京都立大学)が、企画編集しているものである。

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