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サンゴの島とひと  新刊 これから出る本

ポリネシア・プカプカ環礁で考える自然・歴史・社会

サンゴの島とひと

サンゴが作った独特の地形は、脆弱な生態系と独自の文化や生活を育んだ。タフでしなやかなそのレジリエンスと島嶼社会の明日

著者 深山 直子
山野 博哉
山口 徹
棚橋 訓
ジャンル 人類学
歴史・考古・言語
社会・経済・環境・政治
シリーズ 風響社ブックレット
風響社ブックレット > ブックレット海域アジア・オセアニア
出版年月日 2026/03/30
ISBN 9784894890619
判型・ページ数 A5・80ページ
定価 本体900円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

カラー口絵

はじめに(深山 直子)

  1 プカプカと出会う
  2 なぜいまプカプカか
  3 クック諸島およびプカプカ環礁というところ
  4 本書の構成

第1章 サンゴはうむ:環礁と州島(山野 博哉)

  1 はじめに──プカプカ環礁と州島
  2 環礁の形成史
  3 州島の形成史
  4 州島の多様性

第2章 サンゴの島は姿をかえる:天水田が連なる景観(山口 徹)

  1 大海原のその先で
  2 天水田の景観
  3 環礁州島の層位発掘
  4 プカプカ環礁の初期居住
  5 湿地転用の天水田とすり鉢状の天水田
  6 プカプカ環礁の天水田開発史
  7 天水田の起伏は「えくぼ」

第3章 サンゴの島ははぐくむ:ひとが使う資源(深山 直子)

  1 やわらかい社会
  2 資源保護区で守る
  3 タロイモ天水田で支える
  4 食料分配制度で分ける

第4章 サンゴの島はつなぐ:ポーがつむぐ世界(棚橋 訓)

  1 はじめに
  2 すべての始まりは「岩礁の頭」から
  3 地下界のひろがりのなかへ
  4 キーワードとしてのポー
  5 墓地に生きる
  6 問いかけがつむぐ

参考文献

写真・図一覧

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内容説明

太平洋に浮かぶ400の小宇宙、環礁
サンゴが長時間かけて作った独特の地形は、脆弱な生態系をなし
それゆえ独自の文化や生活をはぐくんできた
タフでしなやかなそのレジリエンスは、島嶼社会の明日をどう繋ぐのか

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はじめに より

深山直子





 …………
 

 2 なぜいまプカプカか

 

 ここで、我々が小島嶼、特に環礁に学術的に注目するに至った経緯を、時代的な背景を含めて触れておきたい。

 20世紀半ば以降、ひとの活動によって、二酸化炭素を始めとする温室効果ガスの濃度が増し、気候変動が加速したことはよく知られている。1980年代以降は、特に地球温暖化に起因して、海洋の平均水位が高まる海面上昇や気象の変化が顕著になり、ひとの暮らしに問題を引き起こすものとして、グローバルに取り上げられるようになった。そのなかで、気候変動に起因するリスクの高い地域として、小島嶼社会に注目が集まるようになった。すなわち、相対的に陸域が小さく資源が限られている小島嶼社会では、例えば海面上昇による陸地の浸食や異常気象による干ばつが、より深刻な被害を及ぼすだろう、というわけである。特に開発途上国内の小島嶼社会は、被害の深刻化が憂慮された。これを受けて、太平洋やカリブ海などに所在する小島嶼開発途上国は国際社会へ自らの現状や意見を訴えることを目的に、1990年に小島嶼国連合(Alliance of Small Island States、略称AOSIS)を結成した。近年では国連が2014年を「国際小島嶼開発途上国年」に定め、環境問題と政治・経済問題の複合的観点から、小島嶼社会が抱える問題に対する喫緊の対応が必要であると訴えるに至っている。こうして、気候変動の問題が深刻化するにつれ、小島嶼は自他双方の訴えにより注目を集めていった。

 一口に小島嶼といってもその形成史や特徴はさまざまであるが、そのなかでも環礁という地形の上に形成される島、すなわち環礁州島は、その小ささと低平さが際立つことで知られている。さらに、土壌が薄く植物相と動物相は共に極めて貧弱である。となると、環礁州島は他の小島嶼と比較した場合でも、ひとが居住するにはより過酷な環境であることが容易に想像できよう。こうして、小島嶼のなかでも環礁州島の社会に注目が集まるようになった。

 本書の著者たちもまた、こうした時代のなかで環礁に関心を寄せてきたことは確かである。その一方で、政治や報道、あるいは専門家による先行研究は、気候変動というグローバル・イシューを前提に、環礁社会は弱い、はかない、危ない、という論点を強調してきたが、本書の視点はそれらとは重なる部分こそあれ、異なることに留意してほしい。むしろ、複数の分野の専門家が協力してプカプカ環礁を描き出すことによって、環礁とその社会・文化のタフさやしなやかさ、複雑さやレジリエンス(回復力)をも描き出し、そのイメージを刷新することを重視している。さらにいえば、気候変動が深刻化する今だからこそ、むしろ環礁やその社会そのものに、学ぶことがあることを伝えたいと考えている。

 

 3 クック諸島およびプカプカ環礁というところ

 

 次に、プカプカ環礁とそれが所在するクック諸島という国について、紹介したい。クック諸島は太平洋の国家で、ニュージーランドの北東約3000km、サモアとタヒチの間にある。慣習的に、太平洋の島嶼や大陸をオセアニアと呼び、そのなかをオーストラリア大陸、そして島嶼からなるメラネシア、ミクロネシア、ポリネシアと分けるが、クック諸島はポリネシアの中央あたりにある(図0-1参照)。

 多島国家で、北部諸島として主に6つの環礁、南部諸島として主に7つの火山島と2つの環礁が数えられる。南部諸島の南部にある火山島ラロトンガ島が、首都アヴァルアが所在する主島である。クック諸島の総面積は約237 km2だが、排他的経済水域は200万 km2近くにまで及ぶ[Cook Islands Statistics Office 2022:17]。

 クック諸島の名称は、ヨーロッパの大航海時代末期に活躍したイギリスの海軍士官・探検家として知られるジェームズ・クック、通称キャプテン・クックの名に因んでいる。ただし、実際にはヨーロッパ人はそれらの島々をクック到来よりはるか前に確認していたことがわかっている。18世紀末にクックがこの地域の島々に来島すると、19世紀初頭にはキリスト教の宣教団も来島するようになった。そして1888年には、イギリスが植民地として統治するようになった。さらに1901年には、イギリスの植民地であったが徐々に独立性を高めていったニュージーランドが、南部諸島そして北部諸島を併合し、それらをまとめて正式にクック諸島と名付けた。世界大戦の後、1960年代には独立の機運が高まり、1965年に内政自治権を獲得して、ニュージーランドとの自由連合という形態に移行した[オセアニア文化事典編集委員会編 2024:684–685]。

 現在クック諸島は、主権国家と同等の内政を行い独自の外交を行っているが、国防および外交における最終責任はニュージーランドが負うことになっている。クック諸島の国民は、ニュージーランドの市民権(国籍)も保持する。国連には未加盟だが、世界保健機関(WHO)や国連教育科学文化機関(UNESCO)など、国際機関にも加盟している。2001年のクック諸島とニュージーランドの共同宣言にて、クック諸島が主権独立国家として外交を行うことが表明されたこともあって、現在ではクック諸島を独立国家として承認する国家も増えている[オセアニア文化事典編集委員会編 2024:684–685]。

 人口は2021年時点で15,040人を数え、その7割弱はラロトンガ島に居住している[Cook Islands Statistics Office 2022:17]。エスニシティに関しては総人口の約77%がクック諸島マオリ、約8%がパート・クック諸島マオリ、クック諸島マオリ以外は約14%で、英語とクック諸島マオリ語が公用語である。宗教に関してはキリスト教徒が大半を占め、クック諸島キリスト教会(Cook Islands Christian Church)と答える者が最多で約43%、次に多いのはローマ・カトリック教会で約17%、続いてセブンスデー・アドベンチスト教会(Seventh-day Adventist Church)が約8%である[Cook Islands Statistics Office 2022:20–21]。政体は立憲君主制で、ニュージーランドと同様にイギリス国王を国家元首としている。行政は議院内閣制で、議会は一院制、首相が自らを含めて6人の内閣を組織している。主要産業は、観光業、農業、黒真珠養殖を中心とする漁業、金融サービスで、特に観光業はGDPの過半を占めている[オセアニア文化事典編集委員会編 2024:684–685]。

 さて、プカプカ環礁はクック諸島の北部諸島のひとつで、ラロトンガ島から1316km離れており、その総面積は3.9 km2である(2)。地方自治体としては、プカプカ/ナサウ島政府(Government of the Islands of Pukapuka and Nassau)がプカプカ環礁と、そこから91km弱離れておりプカプカ出身者が居住するナサウ島を共に管轄している(3)。プカプカ環礁の地形は、環礁という名の通り環状に形成されるサンゴ礁上に、主に3つの州島が形成されていることに特徴がある。主島ワレ島、モトゥ・コー島、モトゥ・コタワ島(Motu Kotawa)という3つの州島は、ラグーンを内に抱えた三角形の頂点のような位置関係にある(図0-2参照)。人口は2021年時点で456人である[Cook Islands Statistics Office 2022:17]。クック諸島全体として1970年代以降は人口が減少しており、ラロトンガ島のみ2000年代以降は増加傾向にあるという状況のなか、プカプカ環礁もまた2021年の人口は半世紀前の1971年に比べると、約4割減少している。とはいえ2021年時点でも人口密度は15島のなかで最も高く351人/km2で、次に高いラロトンガ島の162人/km2をはるかに上回っている[Cook Islands Statistics Office 2022:17]。

 歴史を紐解くと、16世紀末以降、スペインやイギリス、アメリカ等の船舶がプカプカ環礁に接近したが、いずれも継続的な接触にはならなかったようである。クック諸島の他島に比べるとだいぶ遅れて、1857年にロンドン伝道協会(London Missionary Society、略称LMS)がクック諸島の他島の出身者2人を宣教師として配置し、以降はキリスト教の影響を受けることになった[Salisbury 2012]。現在この環礁では、全国的な傾向と同様に、LMSの流れをくむクック諸島キリスト教会、ローマ・カトリック教会、セブンスデー・アドベンチスト教会、という3つの教会が活動している。

 

 4  本書の構成

 

 本書は、4章それぞれを共同調査チームのコア・メンバーが担当し執筆している。山野博哉は第1章「サンゴはうむ:環礁と州島」で、自然地理学・地学・地形学の観点から数千万年というタイムスケールで地球史を振り返りつつ、サンゴが環境の変化に対応しながら環礁と州島をうみ出してきた過程を明らかにしている。山口徹は第2章「サンゴの島は姿をかえる:天水田が連なる景観」で、考古学の発掘成果に基づきながらも歴史生態学の観点を導入し、タロイモ天水田が連なる景観を、数百年の間における人間の営為と自然の営力の絡み合いの結果として読み解く。深山直子は第3章「サンゴの島ははぐくむ:ひとが使う資源」で、文化・社会人類学の視点から、現在のプカプカ環礁の社会的特徴を指摘したうえで、住民が環礁の限られた資源を管理、利用そして分配する固有のやり方を描き出す。棚橋訓は第4章「サンゴの島はつなぐ:ポーがつむぐ世界」で、やはり文化・社会人類学の観点から、プカプカの住民の世界観の一端を「ポー」(闇)の概念を手がかりに探り、環礁外にまでおよぶ「つながり」と「ひろがり」に特徴付けられた社会のありかたについて論じる。

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著者紹介(執筆順)

深山直子(ふかやま なおこ)[はじめに、第3章担当] 
1976年生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻博士課程単位取得退学、博士(社会人類学)。現在、東京都立大学人文社会学部教授。主な業績に『現代マオリと「先住民の運動」―土地・海・都市そして環境』(単著、風響社、2012年)、『先住民からみる現代世界―わたしたちの〈あたりまえ〉に挑む』(共編著、昭和堂、2018年)、『考えてみよう 先住民族と法』(共編著、信山社、2022年)、『岩波講座 世界歴史 19 太平洋海域世界~20世紀』(共著、岩波書店、2023年)、『オセアニア文化事典』(共編著、丸善出版、2024年)など。

山野博哉(やまの ひろや)[第1章担当]
1970年生まれ。東京大学大学院理学系研究科地理学専攻博士課程修了、博士(理学)。現在、東京大学大学院理学系研究科教授。主な業績に『サンゴ礁学』(共著、東海大学出版会、2011年)、『久米島の人と自然』(共編著、築地書館、2015年)、『リモートセンシング事典』(共編著、丸善出版、2023年)、『レジリエンスの科学』(共著、放送大学教育振興会、2024年)など。

山口 徹(やまぐち とおる)[第2章担当]
1963年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻民族学考古学分野博士課程単位取得退学、オークランド大学大学院人類学専攻、PhD in Anthropology。現在、慶應義塾大学文学部教授。主な業績に『アイランドスケープ・ヒストリーズ―島景観が架橋する歴史生態学と歴史人類学』(編著、風響社、2019年)、『ようこそオセアニア世界へ』(共著、昭和堂、2023)、『オセアニア文化事典』(共編著、丸善出版、2024年)、『もの・しま・ひとの履歴を紡ぐ:オセアニア考古学×歴史人類学の射程』(YouTube動画、https://youtu.be/-IB65TUbH2I、2025)など。

棚橋 訓(たなはし さとし)[第4章担当]
1960年生まれ。東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻博士課程中退、博士(社会人類学)。現在、お茶の水女子大学名誉教授、東京都立大学大学院人文科学研究科客員教授。主な業績に『アイランドスケープ・ヒストリーズ―島景観が架橋する歴史生態学と歴史人類学』(共著、風響社、2019年)、『岩波講座 世界歴史 19 太平洋海域世界~20世紀』(共編著、岩波書店、2023年)、『オセアニア文化事典』(共編著、丸善出版、2024年)など。




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ブックレット海域アジア・オセアニア 「刊行の辞」 


 本ブックレットシリーズは、海域アジアとオセアニアを対象地域としている。ここでいう海域アジアとは、日本・琉球列島や台湾、東南アジア島嶼部といった海と島からなる海域世界、ならびにアジア大陸部の沿海部を指している。また、オセアニアは、南太平洋に浮かぶ島嶼群やオーストラリア大陸からなる一大海域世界でもある。本シリーズは、その両者を分けることなく、海を媒介としてつながる海域世界として捉え直している点に特徴がある。

 海域アジア・オセアニアは、しばしば近代の陸地中心的な国家・地域観に基づき、中国、台湾、東南アジア、オセアニアなど、個別の研究対象地域に分けられてきた。だが、海域アジアとオセアニアは、古来より人類の移住、モノ、文化、宗教の移動を通してつながってきたエリアである。近年、両地域間のヒト、モノ、文化、情報の越境的な動きは、ますます加速している。本シリーズは、海域中心的な視点に立脚しながら、海域アジアとオセアニアの歴史的・現代的なつながりを描き出そうとするものである。

 二一世紀は「太平洋の世紀」ともいわれるように、海域アジアとオセアニアは地政学的に極めて重要な位置を占めつつある。本シリーズでは、その各地域における開発や生態、食生活、災害といった人々と環境の相互的関係性、あるいは人々の移動に伴う越境の動態など、さまざまなトピックを扱う。そして、シリーズ全体として海域アジアとオセアニアの間の連環世界を捉えていくことで、従来の地域概念や蛸壺化しつつある地域研究の枠組みを超えた、新たな地域研究の在り方とその方法を模索していきたい。

 海域アジア・オセアニアは「境界をもたない」地域概念でもある。したがって、本シリーズが想定する海域アジアやオセアニアの範疇を超えて拡がる世界も、視野に含まれる。本シリーズは、個々の研究者の最新の研究を通して、新たな地域研究の枠組みを模索することを目標の一つとしている。その一方で、その最新の研究成果をわかりやすく伝えることで、広く社会に向けて海域アジア・オセアニアの諸相を知っていただきたいと願っている。本シリーズが、アジアとオセアニアをつなぐ海域世界への理解に、少しでも役立てられることがあれば幸いである。

 二〇二四年三月

 「海域アジア・オセアニア・ブックレット」ジェネラル・エディター
小野林太郎・河合洋尚・長津一史・古澤拓郎


*本ブックレットシリーズは、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構で推進されている機関プロジェクトの1つ「海域アジア・オセアニア研究プロジェクト」(拠点機関:国立民族学博物館・東洋大学・京都大学・東京都立大学)が、企画編集しているものである。

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