
建国の前年に刊行された重要著作。中国社会の近代化への道筋を追究、家族・男女・血縁から社会や国家まで本質をえぐる。増補改訂版
| 著者 | 費 孝通 著 西澤 治彦 訳 |
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| ジャンル | 人類学 社会・経済・環境・政治 |
| シリーズ | 風響社あじあブックス > あじあブックス別巻 |
| 出版年月日 | 2026/03/30 |
| ISBN | 9784894893443 |
| 判型・ページ数 | A5・352ページ |
| 定価 | 本体2,600円+税 |
| 在庫 | 未刊・予約受付中 |
目次
訳者まえがき/凡例
旧著『郷土中国』再刊の序言
一 「郷土社会」の本質
二 文字を農村へ
三 再び「文字を農村へ」を論ず
四 差序的な構造配置
五 個人間を繋ぐ道徳
六 家族
七 男女に別あり
八 礼治秩序
九 訴訟のない社会
十 無為政治
十一 長老統治
十二 血縁と地縁
十三 名と実の分離
十四 欲望から需要へ
十五 後記
訳者解題
訳者あとがき/増補改訂版あとがき
索引
内容説明
「差序格局」モデルで知られる名著翻訳をさらに深化
近現代中国社会学の泰斗・費孝通。本書は建国の前年(1948)に刊行された、彼の重要著作の一つである。中国社会の近代化への道筋を追究する論考は、個人・家族・男女・血縁から、社会や国家まで鋭く本質をえぐり、今日でも色あせない古典。〈増補改訂版〉
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訳者まえがきより
本書は、費孝通(一九一〇─二〇〇五)が一九四八(中華民国三七)年四月に、上海の観察社から「観察叢書」の一冊として出版した『郷土中国』の全訳である。『郷土中国』が単行本として刊行されるに至った経緯は、著者による「後記」に詳しい。ここでは、これに加え、関連する文献も参照しつつ、費孝通の人生を振り返りながら、その概要を簡単に整理しておきたい。
……中略……
『郷土中国』訳出の意義
『郷土中国』の重要性は日本でも思想史や政治史、社会学、人類学などの分野において早くから指摘され、注目されてきた。なかでも第四章「差序的な構造配置」〈差序格局〉のモデルは、中国人社会の成り立ちを説明する上で、しばしば言及されてきた。しかしながら、その結果、『郷土中国』の中でも「差序的な構造配置」だけが一人歩きしている感も否めない。この傾向は、中国においても同様である。もっとも、中国の場合は、『郷土中国』の中でも「差序的な構造配置」のモデルを議論する限り、政治的な問題が発生することはない、という理由もあろう。
それはともかく、費孝通が『郷土中国』で論じようとしたのは、端的に言うなら、中国社会の近代化への道筋である。イントロダクションである第一章の「『郷土社会』の本質」に続いて、第二章「文字を農村へ」および第三章「再び『文字を農村へ』を論ず」で費が強調しているのは、文字を知らないからと言って、農民は決して愚かではない、という点である。これには晏陽初らが進めていた平民教育運動に対する批判が込められている。即ち、晏の言う中国農民がかかえる「愚、窮、弱、私」という「四大病根」のうち、最初に挙げられている「愚」に対する反論として書かれているとも言える(この点については「訳者解題」で詳述)。その上で、費は、自分が考える最大の問題は「愚」ではなく「私」であるとし、満を持して第四章「差序的な構造配置」でこの問題を論じているのである。従って費が考えた「差序的な構造配置」のモデルは、あくまで「私」の問題を解き明かす為のものであって、必ずしも彼が本書で一番、訴えたかったことではない。しかもそれは西洋の「団体的な構造配置」との対比のなかで生まれたモデルである。続く第五章「個人間を繫ぐ道徳」もこの延長線上の議論となっている。
その上で、第六章から、「差序的な構造配置」の根幹を成している家族制度の問題に移り、続く第七章「男女に別あり」でもこの延長線上の議論を行なっている。これ以降の章は、対象範囲を個人や家族から拡大し、国家の統治の問題に移行する。但し、これらの議論は、「差序的な構造配置」を土台として論じられている。換言すると、第四章は、前章を受けていると同時に、続く章の権力構造の発生のメカニズムや国家統治の議論への橋渡しにもなっている。即ち、第八章「礼治秩序」では、人治と法治に対して、中国特有の「礼治」を問題にし、続く第九章「訴訟のない社会」でもこの延長線上の議論を行なっている。第十章「無為政治」では権力構造の諸形態について論じ、続く第十一章「長老統治」にて、中国の郷土社会特有の統治制度を抽出している。第十二章「血縁と地縁」で再び血縁関係の問題に戻り、近代化の過程における血縁から地縁への転換が論じられている。
第十三章「名と実の分離」および第十四章「欲望から需要へ」は、単行本化する際に新たに書き下ろされた章で、激動する時代の最中にあって、郷土性をもった中国社会を近代的な民主国家に変えていく上で、何が必要なのかが模索されている。なお、「後記」も単行本化の際に書かれたものである。
このように、「差序的な構造配置」のモデルは、こうした全体の文脈の中で理解されるべきものである。この意味でも、入手しやすい形で『郷土中国』の新たな全訳が日本で出される意義は十分にあると言えよう。もちろん、『郷土中国』の刊行から七〇年を経た今日、中国社会も大きな変貌を遂げた。だが、こうした変化は、むしろ費孝通が予期したものでもある。社会変動の中にあっても、大きく変わらないものがある限り、社会構造の本質を突いた分析は色褪せるものではない。この七〇年で何が変わり、何か変わっていないのか、そしてその理由は何なのか。本書にはその手がかりが随所に散りばめられている。
改革開放以降、復権した費孝通は、小城鎮研究など、中央政府の政策に則ったテーマが主な研究対象となっていった。一度、右派として認定され、文革で闘争にかけられた経験を持つ人間としては、やむを得ないことであった。それ故、彼は民国期の研究を全て封印せざるを得なかった。聶莉莉が指摘しているように、費は晩年の文章や談話において、『江村経済』や『生育制度』などの著作については何度も言及し、解説を行なうことはあっても、『郷土中国』については、あまり多くを語ろうとはしなかった。唯一、本書に対する心情を吐露しているのが、重刊に際しての「旧著『郷土中国』重刊の序言」であった(「費孝通──その志・学問と人生」二九〇─一頁)。
社会学者や人類学者が知る費孝通像と、中華民国史や思想史の研究者が知る費孝通像との間には微妙なずれがあるように思う。それはまた中華民国期と中華人民共和国との間の断絶に対応していよう。中華民国期の費孝通は、中国民主同盟に加盟し、憲政による民主的な国家の建設を模索する、リベラルな知識人の一人であった。その中でも彼は非常に優秀で、影響力のある知識人であった。実際、『郷土中国』の基となる論文を連載した『世紀評論』は、腐敗した一党独裁の国民党でも、毛沢東率いる共産党でもない、第三の道を模索する雑誌であった。そうした民国期における費の著作の中でも、『郷土中国』は、費自身が書いているように、最も知的な冒険をした一冊であった。一般には、彼が書いた「為社会学説幾句話」を皮切りに右派に認定されたとなっているが、費の思想的な経歴や儲安平との深い関係を考えれば、費が連坐して右派に認定されるのは時間の問題であった。
改革開放後の、名誉回復された以降の費孝通の研究しか知らない読者にとっては、本書を通読することによって、費孝通の全く異なる姿を目にすることになるであろう。また、『郷土中国』の存在を知っていても、「差序格局」の部分を中心に目を通した読者(かつての私もそうであったが)にとっては、『郷土中国』の全貌というか、本来の姿を目にすることになるであろう。
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著者紹介
費孝通(ひ こうつう)(1910-2005)
1910年、江蘇省に生まれる。1933年、北京の燕京大学で社会学を学んだ後、清華大学大学院に進学し、シロコゴロフの指導を受ける。1936年、ロンドン大学・政治経済学院(LSE)に留学し、マリノフスキーのもとでPeasant Life in China (中国語訳は『江村経済』)を書き上げる。帰国後、雲南大学教授となり、農村調査と教育に従事、『禄村農田』などを刊行する。1943年に米国訪問し、雲南での調査報告をEarthbound China として英訳出版する。1945年、清華大学教授となり、昆明に疎開していた西南聯合大学でも授業を兼任した。46年に英国を再訪した後、北京に復帰していた清華大学に戻り、雲南時代の研究成果である『生育制度』『郷土中国』『郷土重建』などを陸続と発表する。
中華人民共和国成立後、自ら思想改造を行ない、中央民族学院移籍後も民族識別工作などに従事するも、1957年の反右派闘争で右派とされ、1966年から始まった文化大革命でも迫害を受け、47歳の時から20年以上もの間、研究活動の中断を余儀なくされた。
改革開放以降、名誉回復され、中国社会科学院社会学研究所長、北京大学社会学系社会学・人類学研究所長などを歴任、中国社会学会長に就任し、社会学・人類学の再建に尽力する。改革開放以降の費孝通の研究は、民族問題や小城鎮問題、社会学史など多方面にわたり、『小城鎮大問題』『中華民族多元一体格局』などを刊行、それらは『費孝通社会学文集』『費孝通民族研究文集』『費孝通文集』『費孝通全集』など複数の文集に編纂されている。2005年、95歳でこの世を去る。
これまで公開出版された費孝通の邦訳としては、市木亮訳『支那の農民生活』(教材社、1939)、仙波泰雄・塩谷安夫訳『支那の農民生活―揚子江流域に於ける田園生活の実態調査』(生活社、1939)、『土地に縛られた中国(要約)』(油印本、日本太平洋問題調査会、1949)、横山廣子訳『生育制度―中国の家族と社会』(東京大学出版会、1985)、小島晋治ほか訳『中国農村の細密画―ある村の記録1936~82』(研文出版、1985)、大里浩秋・並木頼寿訳『江南農村の工業化─「小城鎮」建設の記録 1983-84』(研文出版、1985)、西澤治彦・塚田誠之・曽士才・菊池秀明・吉開将人共訳『中華民族の多元一体構造』(風響社、2008)、諸葛蔚東訳『郷土中国・郷土再建』(東京大学出版会、2021)、梁海燕・蒋青・陳雪・張喆訳『費孝通学術論集 述懐と再考』(京都大学出版会、2021)などがある。
訳者紹介
西澤治彦(にしざわ はるひこ)
1954 年広島県生まれ。筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学・総合研究大学院大学)。武蔵大学人文学部教授を経て、2021年より武蔵大学名誉教授。著書に『中国の人類学を読む─自選書評集=一九八〇〜二〇二〇年』(風響社、2024)、『中国食事文化の研究―食をめぐる家族と社会の歴史人類学』(風響社 2009)、『中国映画の文化人類学』(風響社 1999)、編著に『「国民料理」の形成』(ドメス出版 2019)、共編著に『フィールドワーク―中国という現場、人類学という実践』(風響社 2017)、『中国文化人類学リーディングス』(風響社 2006)、『大地は生きている―中国風水の思想と実践』(てらいんく 2000)、『アジア読本・中国』(河出書房新社 1995)、共訳書に費孝通著『中華民族の多元一体構造』(風響社 2008)、フリードマン著『東南中国の宗族組織』(弘文堂 1991)など。

