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台湾漢民族の姻戚

台湾漢民族の姻戚

姻戚=「妻の父と母の兄弟」の果たす役割を分析。宗族=父系出自ではない「家族」の全体像を、社会関係や家族の内側から描き出す。

著者 植野 弘子
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学専刊
出版年月日 2000/02/25
ISBN 9784894890008
判型・ページ数 A5・432ページ
定価 本体7,400円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに 
   表記について・関係地図 

序章 課題と方法 

    一 本書の課題 
    二 分析用語の定義 
    三 フィールドワーク 

第一章 漢民族の姻戚関係研究 

    第一節 大陸・香港における姻戚関係研究 
    第二節 台湾の姻戚関係研究と課題 

第二章 台南・佳榕林 

    第一節 佳榕林からみた台湾の歴史 
    第二節 佳榕林と地域社会 

第三章 家族における男性と女性 

    第一節 生殖観にみる家族 
    第二節 家族展開の原理 
    第三節 家族のなかの女性 
    第四節 親族と姻戚の分類 

第四章 祖先祭祀にみる男性と女性 

    第一節 祖先と〈鬼〉 
    第二節 祖先祭祀の多重構造 
    第三節 祖先祭祀と女性 

第五章 通婚関係と地域社会 

    第一節 親族的領域における婚姻規制 
    第二節 通婚関係の地域的展開 
    第三節 通婚関係と祭祀活動 

第六章 婚姻儀礼と財の交換 

    第一節 婚姻儀礼 
    第二節 婚姻における財の交換 

第七章 贈与にみる姻戚関係 

    第一節 〈後頭セキ〉の贈与と儀礼 
    第二節 〈後頭セキ〉の贈与と役割──事例と考察 

第八章 男性の活動としての姻戚関係 

    第一節 寄付活動と姻戚関係 
    第二節 婿の貢献 

第九章 冥婚にみる姻戚関係とその変化 

    第一節 台湾の冥婚 
    第二節 〈孤娘〉と位牌婚儀礼 
    第三節 佳榕林の位牌婚──事例と考察 
    第四節 位牌婚の変化と姻戚関係 
 
第十章 姻戚関係の展開と再編 

    第一節 姻戚関係における男性と女性 
    第二節 姻戚関係の範囲と再編 

終章 結論 

    第一節 姻戚関係の展開の原理 
    第二節 姻戚関係をめぐる男性と女性 
    第三節 台湾の姻戚関係と漢民族研究 

   おわりに 
   参考文献 
   民俗用語  
   索引/地図・図表・写真一覧 

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内容説明

宗族=父系出自を分析の対象としてきた従来の漢民族研究の欠を補い、姻戚=「妻の父と母の兄弟」の果たす役割を初めて本格的に分析。親族・婚姻体系研究に不可欠な「家族」の全体像を、社会関係や家族の内側から十全に描き出した画期的論考。


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はじめに  植野弘子

「■婿半子」──娘婿は半分、息子のようなもの。このことわざを台湾のフィールドで聞いた時、実に言いえて妙と思えた。結婚した娘を通じて、息子の半分ほどには役立つ娘婿との関係ができあがる。漢民族社会は、父系社会であり、同じ祖先につながる父系関係者とは、強い身内意識で結ばれている。けれども、娘がつなぐ娘婿との関係も、社会的・儀礼的に重要な意味をもっている。さらに、母方との関係も興味深い。もう一つ、ことわざを紹介しよう。「天頂天公、地下母舅公」──天上で最も偉大なのは玉皇上帝、地上では母方オジ。母方オジに対しては、本来、最も敬意を払わなければならなかった。現在でも、母方オジは多くの贈与をなしてくれる存在である。以上の二つのことわざに表現されている関係は、台湾の漢民族にのみ特徴的なものではなく、漢民族全般に広くみられるものである。

にもかかわらず、こうした関係は、これまでの漢民族の親族研究においては、深く論じられてこなかった。本書の目的は、こうした女性が介在した関係、父系以外の関係から、漢民族の親族・婚姻体系を再考することにある。

漢民族社会の親族の特徴は、強固な父系観念であり、父系祖先を同じくする者は、時には父系出自集団──「宗族」を組織する。父系観念また父系的親族関係は、漢民族社会の政治・経済・宗教などにおいて、重要な意味をもつとされてきた。また、こうした親族のあり方と関連して、家族も既婚の息子たちが共に暮らす大家族が理想的形態とされる。さらに、婚姻では、伝統的には夫方居住を規範とし、女性は結婚して夫方の家族に移り、そこで子孫を得て、最終的には夫方において祭祀される。「嫁出去的女児、?出去的水」、つまり「嫁にいった娘は、撒いた水と同じ、もとには戻らない」ということわざは、こうした女性の位置づけを表している。女性は婚姻によって、その出生した家族から切り離されるものとして捉えられてきた。

このようなこれまでの常識的認識に即して、漢民族の親族研究は、その父系的理念や、発達した宗族が研究の中心的課題であった。また、大家族の形成や分裂、家族内の人間関係、さらには父系的に関連する家族間の関係などに大きな関心が集まっていた。婚姻についても、女性の最終的な帰属の変更と、「嫁」としての地位、あるいは婚姻に伴う財の交換と女性の地位との関連などが主として論じられてきた。

従前の研究にみられる父系中心的な親族関係の把握、また婚姻によって親と切り離される女性という理解に対して、本書では、女性を婚姻によって夫を親や兄弟とつなぐ存在としてとらえ、父系以外の関係である「姻戚関係」を中心に、漢民族の親族・婚姻を再考しようとするものである。なお、「姻戚関係」とは、分析用語としては、婚姻関係と親族関係とで結ばれる関係であるが、本書においては、それに加えて母方親族関係も含めた関係を、父系関係と大別して「姻戚関係」と称することにした。「姻戚関係」という用語の用法については、序章において論じているので、ここでは詳しく述べないが、本書では、姻戚関係を多面にわたって検討することで、これまでの研究で論じられなかった漢民族の親族・家族・婚姻の有り様を描いていくことを目指す。

こうした女性をめぐる関係に筆者が関心を持つに至ったのは、それまで生きて来た日本社会に、まず、その根がある。日本は漢民族社会のような父系出自理念が明確な社会ではないが、「家」は父系的な連続を内在させており、現在の日本では姓は父系に継承されることが当たり前とされる。さらに、家族の代表は、やはり男性であると考えられているのが現状である。こうした日本の家族についての研究、特に「家」についての研究では、女性は結婚によって婚家に入り、子供、特に息子を得て母とならなければ、その存在価値はないという定式ができあがっている。そこで問題となるのは、妻として母としての女性である。しかし、これでは、結婚してから女性の人生があるような捉え方であり、また、自分を産み育ててくれた親との関係が切れるような描き方は、女性をめぐる家族関係の実態と乖離していると筆者は考えてきた。筆者が、フィールドワークを行って、こうした問題について最初に考察したのは、南西諸島の八重山と奄美であった。これらの地域は、姉妹が兄弟に対して霊的に優位の関係にある「オナリ神信仰」が見られたところである。フィールドワークを行った一九七〇年代後半には、こうしたオナリ神信仰による儀礼的関係は見られなくなっていたが、兄弟―姉妹の協力関係は、日常生活、労働交換、儀礼などへの参集に明確に現れた。姉妹は結婚後も、兄弟との強い絆を維持していた。

そこで、筆者の次の研究関心は、兄弟姉妹間に霊的な関係の存在しない社会、また強固な父系観念の存在する社会に向かい、このような社会において、女性が婚出後にいかなる関係を親や兄弟姉妹と維持し、それが親族体系、さらに社会生活のなかでいかに意味づけられているかを考えようとした。そうして選択したのが、漢民族社会であり、フィールドワークを行う条件から台湾の漢民族社会を研究対象とした。研究の結論としては、ここにおいても、女性は婚出後も親や兄弟との強い絆を維持し、それによって彼らと夫をつないでいる。姻戚関係は、重要な社会関係として、経済的・政治的役割をもつとともに、家族にかかわる儀礼においては、不可欠のものであることが明らかとなった。

最初にフィールドワークを行った一九八〇年代前半には、台湾において、既に若干の姻戚関係に関する研究は行われていたが、ごくわずかなものであった。中国大陸においてもこうした研究はなく、香港の姻戚関係について論じたルビィ・ワトソンの論文(一九八一年)を、高鳴る気持ちで読んだのは、台湾でフィールドワークの準備をしている時であった。その後の漢民族の親族研究は、特に近年では女性に関わる研究は増加しているが、姻戚関係についての研究の蓄積は、いまだ多くはない。女性が介在して展開する関係を軽視して描いてきたこれまでの漢民族の親族・婚姻研究は、父系原理のバイアスによって歪められたものであった。本書は、姻戚関係に注目することで、こうした父系関係への偏重と男性中心的視点で行われてきたこれまでの漢民族の親族・婚姻研究に対して、異論を投げかけ、新たな解釈をめざすものである。

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著者紹介
植野弘子(うえの ひろこ)
1953年、神戸市に生まれる
明治大学大学院博士後期課程満期退学
現在、茨城大学人文学部助教授、学術博士
専攻:社会人類学
共編著:『アジア読本 台湾』(河出書房新社)
主要論文:「妻の父と母の兄弟──台湾漢人社会における姻戚関係の展開に関する事例分析」(『民族学研究』51巻4号、1987年)、「血の霊力──漢民族の生殖観と不浄観」(『性の民族誌』、人文書院、1993年)

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