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カンボジアの農民

自然・社会・文化

カンボジアの農民

動乱によって失われた農村文化や社会生活、地誌・自然まで詳細に記述、カンボジアの基層文化を知る貴重な百科全書的原典である。

著者 ジャン・デルヴェール
石澤 良昭
及川 浩吉
ジャンル 社会・経済・環境・政治
出版年月日 2002/11/24
ISBN 9784894890015
判型・ページ数 A5・856ページ
定価 本体15,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

口絵

序 故及川浩吉氏の『カンボジアの農民』翻訳に思う(今川幸雄)
訳者序(及川浩吉)

著者序文

●総説

カンボジア北東台地/カンボジア南部山地/カンボジア北部/クマエ・イスラーム人/ベトナム人(ユォン)/中国人(チェン)

●第一部 環境││カンボジア平野

 第一章 雨

  第1節 モンスーン熱帯性気候
  第2節 乾燥の様相
  第3節 カンボジアの気候におけるその他の悪条件

 第二章 平野の起伏と洪水

  第1節 平野の起伏
  第2節 洪水

 第三章 土壌

  第1節 砂質土壌
  第2節 粘土質土壌及び粘土質・泥質土壌
  第3節 川岸の土壌
  第4節 玄武岩土壌

 第四章 植生

●第二部 農村の文化

 第五章 人

  第1節 体型
  第2節 性格の特色

 第六章 衣・食

  第1節 衣
  第2節 食物
  第3節 小家畜の飼育
  第4節 家族漁業

 第七章 家とポゥーム(集落)

  第1節 家(プテァッ)
  第2節 ポゥーム(集落=小村)

 第八章 農具と家畜

  第1節 道具
  第3節 家畜

 第九章 農村の手工業

  第1節 木・石・金属
  第2節 陶器製造
  第3節 ざる類の製作
  第4節 織物

 第一〇章 トナォツ(オウギヤシ)

●第三部 住民と経済

 第一一章 住民

  第1節 人口の分布
  第2節 人口の様態

 第一二章 稲田の人(ネァック・スラェ)

  第1節 水田
  第2節 稲作
  第3節 稲作の栽培体系

 第一三章 畑地の農民(ネァック・チョムカー)

  第1節 川岸の多角栽培
  第2節 チョムカー(畑作地)
  第3節 もうかる仕事

 第一四章 農民の国勢回復(再占拠)

  第1節 一八七四年のカンボジア「州別」人口
  第2節 国勢回復の方式
  第3節 土地の不均衡と人口の不均衡

●第4部 農村社会

 第一五章 農業経営

  第1節 カンボジアの五クム(村)における農村社会
  第2節 農家の経営

 第一六章 土地の所有

  第1節 平均耕地所有面積
  第2節 小地主の土地所有
  第3節 土地所有と農業経営

 第一七章 商業の独占と生活水準

  第1節 商業と高利
  第2節 生活水準の実態

●第5部 地方の生活

 第一八章 四本腕平野地方

  第1節 昔から人の住む地方
  第2節 四本腕平野の川岸
  第3節 南東部の二州

 第一九章 コンポァン・チャム地方

  第1節 玄武岩の台地
  第2節 コッ・ソティンとクロチェッ間のトァンレートム川の川岸

 第二〇章 湖水平野

  第1節 コンポァン・トム地方
  第2節 シェムリァプ地方(ソーツニ・クム、シェムリァプ、プォク東部
  第3節 クロラッニュ地方(プォク西部、クロラッニュ、トゥック・チャ、シソポン)
  第4節 バッドンボーン地方
  第5節 ポーサッツ地方

結び

今でも新鮮な古典的名著││監修者あとがきに代えて(石澤良昭)
クメール語の表記について(石澤良昭)

●付録

 索引
 クメール語・フランス語述語対照表
 参考表 参考図 参考図版 

 参考文献

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内容説明

1950年代に著者自ら行った調査を基に、61年に刊行された大著の翻訳。その後の動乱によって失われた農村文化や社会生活を始め、地誌・自然までが詳細に記述されており、カンボジアの基層文化を知る貴重な百科全書的原典である。


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今でも新鮮な古典的名著  監修者あとがきに代えて  監修者 石澤良昭


カンボジアが、学ぶべき「知」の遺産の宝庫であることを実証しているのが本書である。上座部仏教をよりどころに精神の平安を得た人々、生きる術とは何か、そうした智慧を本書の随所に見い出すことが出来る。


原著者のジャン・デルヴェール氏は、もとパリ大学の教授で、東南アジア研究の碩学であり、東南アジア人文地理学の泰斗として知られる。氏が一九四九年から一〇年にわたり農村調査を実施し、その成果としてまとめられたのが本書である。カンボジアの伝統的村落を自然・社会・経済・文化の各方面から解明した世界で初めての学術的成果であり、東南アジア研究の不朽の名著として名高い。


原書は八〇〇頁に及ぶ雄編だが、その価値をいち早く認め、一〇年にわたる現地勤務のかたわら、刻苦勉励し、全訳の大業に挑まれたのが故及川浩吉氏である。氏は完訳本の完成を待たず、惜しくも一九九八年逝去されたが、関係各位の尽力により四回忌をもって刊行の運びとなった。


本書のような本格的な東南アジア地域研究の全訳刊行は初めてであり、二一世紀のわが国における東南アジア研究の基本資料となるものと確信している。研究者やカンボジアに関心を寄せる方はもとより、広く学会・関係諸氏の座右に置かれんことを願うものである。


カンボジアは一九九三年九月に約二〇年にわたる混乱に終止符を打ち、新憲法の制定、新王国の誕生・新政府の樹立がなされ再出発がはじまった。新生カンボジア誕生時には、第一に内戦から復興、第二に脱社会主義化と市場経済の導入、第三に貧困からの脱却、第四に国際社会への復帰、第五に民族和解に向けてのアイデンティティの確立など五課題に直面していた。


カンボジアは和平から約一〇年を経て、アセアン(ASEAN)への加盟も果たし、そして現在は「復興から開発」に向けての取り組みがなされつつある。


一九七〇年からこれまでにカンボジアについての膨大な報告書や調査・研究成果が刊行されてきた。しかし、それらはいつも現状分析にとどまり、その背景にある生活・経済・社会等の課題を深く掘り下げ、諸問題を解決するための指針になるような重厚で基本的な資料が欠落していた。例えば、どの農業関係の調査も一九九五年以降のものばかりであり、人的資源の開発、農業振興、農村開発、環境など中核となる問題点の分析はいつも一九九七年以降の調査研究の成果のみに終始し、時間軸における検証がなされていなかった。


原著者のデルヴェール教授が指摘しているように、「カンボジアを研究することはカンボジアの農民を研究すること」である。つまり、カンボジアの農村研究があらゆる問題の基盤であり、出発点である。カンボジアでは一部を除いてほとんどの職業を中国人・ベトナム人・チャム人・フランス人など外国人に委ねてきたが、土地を耕す仕事だけはカンボジア人が自ら行う民族的な生産活動であり、それが農業生産だといえる。このようにカンボジア人は農業とはっきりと職業を特定化していることに注目しなければならない。もう一つカンボジア人の職業は政府官吏であろう。


本書は五部構成から成り立っている。


総説はクメール人の大地の骨組みを提示したもので、なかなか読み応えがあり、本書の主題がおのずと納得させられる。


第一部は一九五〇年代から早くも環境の諸問題を採り上げ、自然が織りなす雨水・土壌・植生の特色を明示している。


第二部は衣食住と生業形態を採り上げ、手工業、オウギヤシ砂糖にまで言及している。


第三部は人口の分布から主として稲作と畑作の専従者の農業を採り上げ、住める土地と人口密度の低い土地を比較検討し、その原因を考究している。


第四部は農地の経営と大・中・小の地主、商売の独占、そして貧困克服に向けて種々の可能性を例示しているが、これを現在のそれと比較考察すると興味深い結果が出ると思われる。


第五部は主な地方の風土風物、それに生活とその特産品を採り上げ、地方的な特色を指摘している。


本書は約半世紀前の調査研究成果ではあるが、現在も色あせてはいないし、基本問題を捉える有効な学術資料を提供すると同時に、カンボジアにおける自然・社会・経済・文化などについて百科全書的分析がなされ、『カンボジア研究事典』として使われることも可能である。


このように本書にはカンボジアの多様な自然と風土が描かれ、九〇年に及んだ植民地体制下の伝統的な社会が、独立(一九五三年)という政治的契機を踏まえてどのように覚醒し、どのように変貌を遂げていくか、その初期の過程がわかってくる。


さらに生態系の詳細な検証に加え、生活環境の構成ファクターの変化、その風土が今後の復興から開発に向けて揺れ動くことになろう。世界システムの中のカンボジア、東南アジアの中のカンボジア、その目指すものは何かが提示されてくるものと思われる。カンボジアが東南アジア諸国と共に二一世紀にもう一つの豊かさを求めていく実像を見守りたい。


本書の内容と特色を列挙するならば、第一に、第二次大戦と内戦の間に十数年の歳月を費やして行われた唯一の総合調査である。


第二に農業国カンボジアの環境や文化・社会・経済について、豊富な資料に基づき、各項目で検証がなされて、統計的に裏付けられている。


第三に、乾季と雨季による河流や雨水変化など、複雑な自然環境に適合した独自の伝統的生活文化を、実証的に検分できる。


第四に、作業・道具・動植物から水利技術にいたるまで、多様な暮らしの詳細を、明確な図版、緻密な統計調査、貴重な写真を交え、生き生きと紹介するカンボジア百科全書である。


本書刊行については、諸般の事情から刊行が大幅に遅れ関係者に多大の迷惑をかけてしまった。申し訳なくお赦しいただきたい。


とりわけ訳者及川浩吉氏がどんなに刊行を待ち望んでいたかを思う時、慚愧に耐えない。ご遺族にもお詫び申し上げる次第である。


監修者としてどのような作業を行ったか、について述べておきたい。及川氏の原稿は生前私家版として出された前半と、手書きのまま残された後半に分かれていた。それらを組み直して校正することから始めたが、いくつか重要な作業が残されていた。すなわち、原註や表が本文に組み入れられたり、省略されていた点、付表・付図については多くが訳されていなかった点、クメール語の日本語表記が必ずしも統一的になされていない点、などである。これらについては、生前及川氏も言及されていたことであるが、実際に校正を始めてみるとかなりやっかいな作業となった。


とりわけ苦慮したのがクメール語表記の問題であった。結論として言えば、及川氏の遺志を継いだ形で可能なかぎり現地音に忠実な表記を採ることとした。その作業はまた膨大なものであったが、本書は以下の特色を備えることとなったのである。


第一にフランス語ローマ字綴りの発音が全てカンボジア語カタカナ表記になっている。第二に、カンボジア語・フランス語の述語対照表により、地名・人名・事項などを容易に調べることができる。このカタカナ表記音はカンボジアで通用している発音であり、これを読み上げていただけば、カンボジア人はすぐ判ってくれるであろう。第三に、調査対象地域を含め詳細な地図と写真と図版、びっしり数字の入った統計表などにびっくりされるであろう。大枠では現在もほとんど変わっていないものばかりである。


フランスにおけるカンボジア研究は、九〇年に及ぶ植民地時代に多大な学術的成果の蓄積がなされているが、J・デルヴェール教授の本書がいまだに高く評価されており、パリにおいて一九九四年にそのまま再版された。この事実からも本書の学術的価値と期待される役割が大きいことを証左している。


文末となってしまったが、本訳書の刊行にあたっては、プノンペンニュ大学助教授Oum Ravy先生(上智大学大学院地域研究専攻、外国人で博士号第一号を取得)にクメール語の発音についての全文のカタカナ表記をお手伝いいただいた。彼女の夫君 Neang Sivutha 氏にもお世話になった。また校正の段階でコンピュータに入力して種々お手伝い下さった田代亜希子さん(上智大学アジア文化研究所共同研究員)に多大なご尽力をいただいた。三氏に御礼申し上げたい。


それに加えて本訳書の加筆訂正、発音表記の点検など全ての作業をお手伝い下さった風響社の石井雅氏に何よりも御礼申し上げたい。


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著者・監修者・訳者紹介
J・デルヴェール(Jean Delvert)
1921年フランス生まれ。1943年、国立高等師範学校大学卒業。
1943-46年、第二次世界大戦従軍。1946-48年、パリ大学助手、1945-59年、在カンボジア・フランス大使館文化担当官、1960-65年、アルジェ大学教授、1965-86年、パリ・ソルボンヌ第三大学教授、1986年よりパリ大学名誉教授、海外科学アカデミー会員。
著書に『東南アジアの地理』(邦訳、菊池一雅訳、白水社、1968年)『カンボジア』(邦訳、石澤良昭・中島節子訳、白水社、1998年)など。

石澤良昭(いしざわ よしあき)
1937年北海道生まれ。1961年、上智大学外国語学部卒業。文学博士。専攻はアンコール王朝時代の碑刻学、現在、上智大学外国語学部教授、同大アジア人材養成研究センター所長。
1961年よりアンコール遺跡の研究に従事。1980年より「カンボジア人による、カンボジアのためのカンボジアの遺跡保存、修復、調査・研究」を掲げて人材養成を実施中、上智大学アンコール遺跡国際調査団団長。主な著書に『アンコールからのメッセージ』(山川出版、2002年)、『アンコール・ワットへの道』(JTB出版部、2000年)、『東南アジア古代国家の成立と展開』(岩波書店、2001年)、ほか多数。

及川浩吉(おいかわ こうきち)
1914年岩手県生まれ。1935年、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)獣医学科卒業。
1935-70年、農林省、十勝畜産牧場長など。1970-86年、(社)国際原種鶏協会、中央畜産会。1960-62年、カンボジア国畜産センター設置準備。1964-69年、カンボジア国、日本カンボジア友愛畜産センター運営協力。
叙勲に、1962年、シュバリエ・ド・コルトル・メリット・アダリコール・リバタラ、1965年オローシェ・ド・コルトル・サハタトレイ、1968年、オライシェ・ド・コルトル・ロワイヤル・デュ・カンボジ、1988年、勲四等瑞宝章。
1998年、死去。

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