ホーム > シンガポール国家の研究

シンガポール国家の研究

「秩序と成長」の制度化・機能・アクター

シンガポール国家の研究

「人造、移民」国にして独自の運営で異彩を放つシンガポール。統治・成長のメカニズムを分析、国家と国民の関係を緻密に跡づける。

著者 岩崎 育夫
ジャンル 社会・経済・環境・政治
出版年月日 2005/09/30
ISBN 9784894890206
判型・ページ数 A5・368ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 品切れ・重版未定
 

目次

序 章 シンガポール国家の分析視点

 国家の任務と存在理由/近現代国家類型の検討/多様な現代アジア国家/
 既存のシンガポール国家研究の検討/シンガポールの国家類型/
 本書の分析視点──「制度化・機能」と「アクター国家」/本書の目的

第一章 シンガポール政治経済史の概略

 第一節 政治史過程
 第二節 経済史過程
 第三節 シンガポール国家の歴史社会的背景

第二章 秩序の制度化と機能──政治統治と管理システム

 第一節 人民行動党──論理・組織・ヒト・行動
 第二節 指導者の社会階層と調達方法
 第三節 エリート官僚調達の仕組み──国家奨学金制度
 第四節 草の根レベルの統治術
 第五節 政府批判派の管理術
 第六節 人民行動党国家の政治統治の特性

第三章 成長の制度化と機能──経済成長の仕組みと運営

 第一節 開発の背景と成長の仕組み
 第二節 経済開発庁の役割
 第三節 エリート官僚の「三位一体」構造
 第四節 国民を動員した成長装置
 第五節 世界市場を活用した発展戦略
 第六節 シンガポールにみる「開発と国家」を巡る問題

第四章 国家と国民──社会工学と国民の意識

 第一節 「シンガポール国民」創出の社会工学
 第二節 社会の変容
 第三節 国民から見た人民行動党国家
 第四節 市民社会の空間

第五章 国際関係の基本構造と実態

 第一節 国際関係の基本命題と戦略
 第二節 第一構造の実態──対照的な二国関係
 第三節 第二構造とシンガポール国家

第六章 二一世紀のシンガポール

 第一節 人民行動党一党支配体制維持への意欲
 第二節 二一世紀の経済戦略

終 章 人民行動党国家の透視図

 第一節 「制度化・機能・アクター」を巡る問題
 第二節 シンガポール国家の透視図

 あとがき
 文献リスト
 写真・図表一覧
 索引

このページのトップへ

内容説明

多様な国家像の林立する現代世界にあって、歴史浅く小さな「人造、移民」国にして独自の運営で異彩を放ち続けるシンガポール。その国家像を統治・成長のメカニズムとして分析し、国家と国民の関係を緻密に跡づけた労作。

 

*********************************************

序文

 

本書の目的

本書の目的は、「制度化と機能」と「アクター国家」の二つの視点を使い、シンガポール国家が自己設定した「秩序と成長」のために、どのような制度化を行い、どう機能(ワーク)させたのか、その実体を解明することにある。すなわち本書は、既存の国家類型を援用しながら、この二つの分析視点を機軸に据えてシンガポール国家の全体像を明らかにすることを試みるものである。なぜこのような国家研究が必要であり、意味を持つのだろうか。

第一は、シンガポール国家の事例解剖を通じて、現代国家の本質の一端に迫れると考えるからである。ある社会が国家(ある政治体制)を創るには、成員の強固な意思と膨大なエネルギーを必要とするが、ひとたび創られた国家(政治体制)の維持には、それとは別の、あるいは、それ以上のエネルギーや特殊能力が必要とされる。シンガポールは一九六五年に誕生した若い国家だが、独立後に人民行動党の厳格な一党支配体制が築かれ、「シンガポール国家」と「人民行動党」が同義語となった体制の下で「秩序と成長」の「制度化と機能」が極限にまで追及されてきた。それゆえ、シンガポールを事例に、現代国家は任務遂行のために、どのような制度化と機能を行い、国民を統治・管理しているのか解明したならば、現代国家の本質(トータルな実体像と存在理由)の一端に迫ることができるし、その意義(あるいは無意義)も明らかになると考える。

第二に、シンガポール国家がそれを実行する過程で生起した問題を抉り出すことで、現代国家の限界や課題が明らかになることである。シンガポールの事例分析から得られる仮説は三点ある。第一が、国家の任務が何であれ、まさにそれを果たす過程で国家と国民関係の逆転現象が起こることである。すなわち、近代国家は国民が主人であることを原理にしたものだが(国民国家)、シンガポールでは国家が主人となる逆転現象が起こっており、その一因は国家の秩序と成長の制度化と機能の営為そのものにある。第二が、支配者の間に国家万能意識が生まれることである。シンガポール国家は、秩序と成長のために社会の有能な人材を全て国家の側に吸い上げる仕組みを創り上げ、ここから、社会(国民)は非力、国家は万能との意識が生まれたのである。第三が、国家の「制度化と機能能力」は、政治体制とは無関係なことである。すなわち、シンガポールは非民主的体制の国家なので、これは民主主義国家、権威主義国家、全体主義国家とは関係なく成立するものであることがわかる。三つの批判的仮説は、国民は常に国家が行う制度化や機能の営為をチェックする必要があること、国家には秩序と成長以外の「任務」や「能力」が必要であることを語っている。

本書の構成は、第一章で、シンガポール事情に不案内な読者のために本書全体の予備知識として、シンガポール政治経済史の概略と国家誕生の歴史社会的背景を説明する。第二章と第三章が本書の核心と言えるもので、それぞれ政治領域の「秩序」と経済領域の「成長」の制度化と機能の実態を詳しく分析・検討する。すなわち、第二章では、シンガポール国家の担い手集団である人民行動党の組織やヒト、同党が創り上げた政治統治、管理、抑圧の仕組みを、第三章では、開発と成長に向けた政府経済組織の制度化と成長メカニズム、開発任務を担った経済開発庁の運営とヒトの活動実態と特徴、国家が成長のために国民をどう動員したか検討する。第四章は、国家が国民を造り替えた社会工学を分析するが、その代表例として「シンガポール国民」創出作業を取り上げ、国家がどのような制度化や機能作業を行ったのか、他方、国民は一連の社会工学をどう受け止めたか検討する。第五章は、シンガポール国家の生存に不可欠な国際関係の基本的枠組みと実態を、二重構造の視点を使って分析・検討する。第六章は、人民行動党国家の二一世紀への生き残り戦略と課題を、それぞれ政治領域と経済領域毎に明らかにする。最後に終章で、秩序と成長の制度化と機能のバランスシートを検討した後、様々な角度からシンガポール国家の透視図を画いてみる。

本書の用語法を説明しておくと、本書はシンガポール国家が分析対象だが、一九五九年(とりわけ六五年)以降、「シンガポール国家」と「人民行動党」は同義語ともなっている。そのため、シンガポール国家と人民行動党国家を文脈に応じて使い分ける。また、本来、「国家」と「政府」は異なる用語概念であり区分する必要があるが、これも便宜的に同義語として扱い、文脈の中で使いわけていく。


*********************************************


著者紹介
岩崎育夫(いわさき いくお)
1949年 長野県生まれ
1972年 立教大学文学部卒業
現在 拓殖大学国際開発学部教授
専攻 シンガポール・東南アジア地域研究
主要著書
『アジア政治を見る眼』(2001年 中公新書)
『現代アジア政治経済学入門』(2000年 東洋経済新報社)
『リー・クアンユー 西洋とアジアのはざまで』(1996年 岩波書店)など

このページのトップへ