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東アジアからの人類学

国家・開発・市民

東アジアからの人類学

長年柔軟な視点で人類学の枠組みを再構築してきた伊藤教授の門下による、新たなパラダイムへの野心的提言である。

著者 伊藤亞人先生退職記念論文集編集委員会
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2006/03/31
ISBN 9784894890428
判型・ページ数 B5変・308ページ
定価 本体3,500円+税
在庫 在庫僅少
 

目次

序 宇田川妙子

      〈国家・近代〉
商品としての南原木器:韓国のものつくりに関する一試論   本田 洋

どぶろくと抵抗:植民地期朝鮮の「密造酒」をめぐって   板垣 竜太

 [研究ノート]東アジアにおける同姓不婚規範の軌跡   坂元 真一

コメモレイションから民族を考える:中国延辺朝鮮族自治州の「九三」記念行事をめぐって   聶 莉莉

されどわれらは満族:福建省三江口水師旗営の後裔たち   劉 正愛

中国系移民の僑居化と土着化:ベトナム・ホイアンの事例から   三尾 裕子

 [研究ノート]近代日本における「皇族」の誕生   李 英珠

装いの政治、日常の装い:ブルガリアにおけるムスリム女性の着衣をめぐって   松前もゆる

 [研究ノート]彼女の胎児は50年眠っている:モロッコにおける過期妊娠信仰の現在   井家 晴子

      〈開発・市民〉

地域コミュニティと「文化」:政策立案サイドからみた「文化政策」の展開   中村 淳

現代沖縄社会における宗教的実践と地域文化:沖縄本島佐敷町の事例より   姜 京希

愛玩犬と食用犬の間:現代韓国社会の犬論争に関する一考察   フェルトカンプ・エルメル

 [研究ノート]現代韓国の教育事情─代案教育運動の展開   小玉 博亮

モンゴル国東部牧畜地域における開発と移住   尾崎 孝宏

水と「人間の安全保障」と文化人類学:ウガンダ農村の視点から   杉田 映理

 [研究ノート]開発NGOのゆくえ:インドネシアにおける技術協力プロジェクトの試み   石丸奈加子

イタリア社会研究と「市民社会」概念:パットナムの『哲学する民主主義』を中心に   宇田川妙子


      〈伊藤先生の人と学問〉

[コラム]伊藤投手の秘密   木村 秀雄
[研究会記録]よさこい祭りと市民社会   伊藤 亞人
伊藤亞人さんの人類学と韓国研究   嶋 陸奥彦

伊藤亞人先生主要業績(1969~2005年)   記念論文集編集委員会
執筆者紹介

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内容説明

東アジアを見つめ続けてきた日本人類学。その眼差しは近年また大きな転換点を迎えようとしている。本書は、長年柔軟な視点で人類学の枠組みを再構築してきた伊藤教授の門下による、新たなパラダイムへの野心的提言である。


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序 宇田川 妙子


本書は、本年3月、伊藤亞人先生が東京大学を退職なされるのを記念して、同大学の文化人類学研究室で伊藤先生にご指導いただいた指導学生(もちろんその多くは、正確に言えば元指導学生だろうが、以下一律に指導学生とする)を中心に、ささやかながらも感謝の意を込めて企画した論文集である。


伊藤先生が、東京大学教養学部および東洋文化研究所の助手を経て、同大学教養学部で助教授として教鞭をとられるようになったのは1979年のことである。私はその翌年、同学部教養学科文化人類学コースに進学し、伊藤先生の授業を受けることになったのだが、当時、「ハーヴァード大で人類学の新しい流れに触れて帰ってきた先生」という評判が広がっていたことをよく覚えている。事実、伊藤先生の講義や演習では、ご専門の韓国研究のみならず、応用人類学、医療人類学、都市人類学等々、まさに当時の「新しい流れ」が取り上げられることが多かった。授業を離れた場でも、これからの人類学はもっと現代社会を対象にしていく必要がある、なんでも人類学の対象になるのだと、しばしば熱心に語っておられた。


ただしその際、より印象的だったのは、伊藤先生はこれらの「新しい流れ」をたんに紹介していたのではなく、いわばご自分流に消化されて、様々な事柄に、しかも通常は人類学の対象とはならないような事柄にも適用しながら話をされていたことだった。その意味では、「人類学の新しい流れ」も伊藤先生にとってはけっして「新しい」ものではなく、(若干の失礼を承知で申し上げれば)むしろご自身の自在な人類学的見方を実証し裏付けるためのものだったのかもしれない。今にして思えば、伊藤先生は、まさに「なんでも人類学の対象になる」という言葉通り、人類学的なものの見方の面白さ・豊かさをそのままご自身が体現なさりつつ、我々学生に対峙なさっていたのだろう。いずれにせよ、まだ人類学をかじり始めたばかりの我々学生にとっては(少なくとも私にとっては)、かたや人類学の古典たるラドクリフ=ブラウンやエヴァンズ=プリチャードなどを読み、かたや当時話題になっていたレヴィ=ストロースやギアーツの難解な議論に触れる一方で、伊藤先生の授業やお話とは、その内容もさることながら、学び始めた人類学的な知識を「なんでも人類学の対象にする」ことによって身近なものにつなげていくことの可能性に、具体的に触れる機会でもあった。そして伊藤先生は、人類学のほかにも民俗学をはじめとする幅広い知識と関心をお持ちになりながら、以降約 25年間、同研究室で学生の指導に当たってこられたわけである。


ところでその間、人類学をめぐる状況は大きく変化した。現在、人類学について語ろうとすると、つい「危機」という言葉が口をついて出てしまう。もちろん危機言説は今に始まったわけではなく、どんな学問分野でも、ある程度制度化されるようになると必ずや出現してくるものである。その意味では、危機言説とは学問の適切な発展のためには必須であり、むしろ、その意識のない学問こそ危機であるという言い方もできる。しかしながら人類学の場合、さらなる問題を抱えていることも事実である。

(中略)

その意味で我々は、本書を、伊藤先生の退職記念論文集であると同時に、現在の日本で育ってきた人類学の成果の一端を具体的に確認しつつ発信していく場としても企画することにした。これが、本書のタイトルを(多少口はばったい思いがなかったわけではないが)『東アジアからの人類学』とした所以である。このことは、伊藤先生が韓国を中心に東アジアで研究を進められながら、先にも述べたように「人類学の新しい流れ」にも広く関心を示され、それを自在に消化して常にご自身の立場から人類学的なものの見方を続けていらっしゃったこととも関係している。もっとも、指導学生であった我々自身は、いまだあらゆる意味で未熟であり、そうした姿勢を十分に身につけているとは言いがたい。ただし我々も、この機会にあらためて自らの人類学の軌跡を振り返りながら、今後の方向性を見据えつつ、それぞれ執筆に励んできたつもりである。ゆえにその結果が、タイトルに見合うだけのものになっているか否かは、ひとえに我々執筆者一人ひとりの力量のいかんによるものだが、その最終的な判断は読者の皆さんに委ねることにしたい。


さて本書の構成は、以上のような主旨に基づき、大きく二つに分かれている。前半は、伊藤先生にご指導いただいた学生たちによる論文および研究ノートであり、後半では、「伊藤亞人先生の人と学問」と題して、伊藤先生の人類学の一端を紹介することとした。


ここで、その内容に関して簡単に説明しておこう。


まず、我々指導学生による論文および研究ノートだが、それぞれが扱っている個別の対象やテーマはかなり多様なものとなっているものの、全体としてはその主たる問題関心は、国家、近代、開発・援助、市民というキーワードでまとめることができる。これらのテーマは、いずれも我々の現代社会が直面している重要な課題であり、近年の人類学でも盛んに議論が行われていることはいまさら繰り返すまでもないだろう。ただ「市民」という言葉に関しては、若干説明を付け加えておく必要がある。

(中略)

また、伊藤先生の指導学生の多くは、伊藤先生のご専門である韓国をはじめとする東アジアを主な研究対象としているが、本書でも明らかなように、ヨーロッパ地域をはじめとする他の地域研究者も少なくないこともあらためて記しておきたい。特にヨーロッパ地域に関する人類学的研究は、現在でもまだ蓄積が少ないにもかかわらず、伊藤先生は、これからはヨーロッパも積極的に人類学の対象にするべきだとして、快く指導を引き受けてくださった上に、適切な助言や励ましも数多くいただいた。これは、私がヨーロッパの研究者であるがゆえの個人的な感謝の表明というだけでなく、これまで何度も指摘してきた伊藤先生の人類学に対する姿勢を端的に例証するものであろう。なお本書では、伊藤先生に指導を受けた学生たちのうち、諸般の都合により論考を寄せることができなかった者も少なくなかったことも付け加えておく。


そして本書の後半、すでに述べたような伊藤先生のご研究の特徴を、少なくともその一部でも具体的に紹介するために、伊藤先生の主要業績目録をはじめとして、最近の伊藤先生の研究関心の一つであるよさこい祭りに関する論考を収録することにした。伊藤先生は、韓国研究者として知られてはいるが、日本に関する論考も少なくなく、特に近年では、新たな市民社会への動きの一例として、よさこい祭りに注目した興味深い発言を続けておられる。なお本書に掲載した文章は、後にも記したように、伊藤先生がある研究会でいわゆる中間報告として発表されたものである。ゆえにそれは、たしかに議論の途上ではあるが、途上だからこそ伊藤先生の問題関心や思考のプロセスをいっそう鮮やかな形で映し出ているに違いない。
また本書では、伊藤先生と少なからぬご交流のある嶋陸奥彦先生と木村秀雄先生に、特別にご寄稿をお願いした。お二方ともお忙しい中、快く引き受けてくださり、この場を借りて厚く御礼を申し上げたい。しかもお二方の文章は、嶋先生は伊藤先生の韓国研究に焦点をあて、一方、木村先生は伊藤先生の野球とのかかわりを取り上げるという具合に、それぞれまったく異なる方向から伊藤先生の学問や人となりに迫っていらっしゃるにもかかわらず、不思議と同じ像を結んでいくようにも思われる。これは私の錯覚だろうか。いずれにせよ、それぞれ絶妙な機微にあふれた論であるので、ここで下手に説明を加えるよりも、ぜひ一読していただきたい。


以上、本書は、我々伊藤先生の指導学生を中心に他の方々のご協力も得て完成にこぎつけたものである。現在の日本社会で育ってきた人類学の一端を、拙いながらもお伝えすることができたら幸いである。もちろん我々一人ひとりは、本書を貴重な出発点・通過点としつつ、今後も伊藤先生のもとで人類学を学んだ経験をどう生かしていくか、それぞれに取り組んでいくつもりである。では最後に、あらためて伊藤先生のこれまでのご指導に感謝の意を表するとともに、今後のさらなるご活躍に期待して、本書の序に代えることとしたい。

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執筆者紹介(50音順、★は編集委員)
伊藤亞人(いとう・あびと)
1943 年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科教授
研究テーマ:東アジアの文化人類学、開発研究

李英珠(い・よんじゅ)
1963 年生まれ、中央大学非常勤講師
研究テーマ:御用商人、日本の老舗、家族論からみた日本の皇室

石丸奈加子(いしまる・なかこ)
1974年生まれ、国際協力機構 ジュニア専門員/ 技術協力プロジェクト長期専門家(モニタリング・評価)研究テーマ:社会開発プロジェクトマネジメント、市民社会、能力開発

板垣竜太(いたがき・りゅうた)
1972 年生まれ、同志社大学社会学部専任講師
研究テーマ:朝鮮近現代社会史

井家晴子(いのいえ・はるこ)
1975 年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科・博士課程/日本学術振興会特別研究員(DC2) 研究テーマ:妊娠・出産の人類学

宇田川妙子(うだがわ・たえこ)★
1960 年生まれ、国立民族学博物館・助教授
研究テーマ:イタリアの文化人類学、ジェンダー/セクシュアリティ研究

尾崎孝宏(おざき・たかひろ)
1970 年生まれ、鹿児島大学法文学部助教授
研究テーマ:東アジア牧畜社会の変容に関する比較研究

姜京希(カン・キョンヒ)
1963 年生まれ、済州石文化公園 研究員研究テーマ:現代沖縄社会における祭祀と生活世界、済州島の石と観光文化、在日済州人の研究

木村秀雄(きむら・ひでお)
1950 年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科教授
研究テーマ:アンデス高地/アマゾン低地先住民の分節と接合

小玉博亮(こだま・ひろあき)
1980 年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科・修士課程
研究テーマ:韓国の教育問題(特に代案教育)

坂元真一(さかもと・しんいち)
1963 年生まれ、中国社会科学院客員研究員研究テーマ:音声/ 文字、家族/ 戸籍、氏族/ 族譜、国民/ 国籍に関する学際研究

嶋陸奥彦(しま・むつひこ)
1946 年生まれ、東北大学文学研究科教授
研究テーマ:韓国を中心とする東アジアの社会人類学・歴史人類学

杉田映理(すぎた・えり)
1967 年生まれ、国際協力機構職員
研究テーマ:水と衛生に関わる行動、開発人類学

中村淳(なかむら・じゅん)★
1968 年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科助手研究テーマ:日本および周辺諸地域の地域アイデンティティと文化政策

聶莉莉(ニエ・リリ)
1954 年生まれ、東京女子大学現代文化学部教授
研究テーマ:戦争記憶や中国の民族関係、社会のイデオロギー
フェルトカンプ・エルメル(VELDKAMP, Elmer)
1975 年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科・博士課程研究テーマ:日本・韓国の現代社会における動物にまつわる民俗文化

本田洋(ほんだ・ひろし)★
1963 年生まれ、東京大学大学院人文社会系研究科助教授
研究テーマ:韓国朝鮮の社会人類学・社会史

松前もゆる(まつまえ・もゆる)
1969 年生まれ、明治学院大学非常勤講師研究テーマ:ブルガリアおよび周辺地域における民族的範疇とジェンダー

三尾裕子(みお・ゆうこ)
1960 年生まれ、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授研究テーマ:中国系社会の宗教、植民地主義、移民などについての人類学的研究。

劉正愛(りゅう・せいあい)
1965 年生まれ、北京大学社会学人類学研究所ポストドクター
研究テーマ:エスニシティ、観光、民間信仰

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