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社会変動と宗教の〈再選択〉

ポスト・コロニアル期の人類学研究

社会変動と宗教の〈再選択〉

ポスト・コロニアルと呼ばれる21世紀。イデオロギーに替えて宗教を「再選択」する多様な事例を通し、新たな民衆の生き方に迫る。〔

著者 宮沢 千尋
ジャンル 人類学
シリーズ 人類学集刊
出版年月日 2009/03/30
ISBN 9784894891296
判型・ページ数 A5・304ページ
定価 本体4,200円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき

序論    宮沢千尋
 植民地主義と人類学
 植民地主義と宗教
 再びポスト・コロニアル状況について
 南山大学人類学研究所とコロニアル、ポスト・コロニアル研究
 収録論文について

宗教の再選択と経済の選択──バリ島のヒンドゥー・観光・テロ事件 吉田竹也

 一 宗教の選択という選択
 二 ヒンドゥーという再選択
 三 観光地という選択
 四 テロの衝撃
 五 論点の整理

複数性と選択性──フィリピン・セブ市のグアダルーペの聖母信仰に関する予備的考察 川田牧人

 一 はじめに
 二 セブ市におけるグアダルーペの聖母信仰
 三 さまざまな起源伝承と奇蹟譚
 四 セブの人びとにとっての洞窟・地下のイメージ
 五 考察──複数性と選択性のなかのポストコロニアルな宗教人類学

植民地支配下西アフリカにおけるイスラームとキリスト教の出会い
   ――アマドゥ・ハンパテ・バとチェルノ・ボカール     坂井信三

 はじめに
 一 歴史的背景
 二 弟子と師
 三 チェルノ・ボカールの教え
 四 フランス語による出版
 結論

近代エチオピア国家形成と異教「共存」──皇帝・霊媒師・踊る精霊たち 石原美奈子

 一 エチオピア帝国の形成と異教「共存」その一──歴代皇帝の宗教政策
 二 エチオピア帝国の形成と異教「共存」その二──キリスト教徒皇帝とムスリム聖者
 三 聖地における異教「共存」
 四 あるキリスト教徒霊媒師とムスリム精霊
 五 むすび──エチオピアにおける異教「共存」の諸相

東北タイのシーサ・アソーク仏教共同体運動に関する一考察 森部 一

 はじめに
 一 SA共同体運動の行われている場所とその歴史
 二 SA共同体運動の思想・実践上の諸特徴
 三  SA共同体構築にとっての障害
 四 プッタタートとポティラック(あるいはサンティ・アソーク)──若干の比較
 五 SA共同体の存続の背景
 むすび

改宗に伴う社会変化の諸相に関する一考察
   ――中央アンデスにおけるプロテスタント諸派の布教戦略を中心に   河邉真次

 一 はじめに
 二 中央アンデスへのプロテスタントの浸透
 三 プロテスタントの布教と宗教系NGO組織の活動
 四 宗教系NGO組織の活動に見られる二つの戦略
 五 伝統社会の変化のプロセス
 おわりに

ベトナム南部メコン・デルタのカオダイ教の政治化と軍事化 宮沢千尋

 はじめに
 一 メコン・デルタの立地と宗教 聖地としての山
 二 第一次世界大戦期からのインドシナ植民地の変化
 三 カオダイ教の成立と教理
 四 カオダイ教の反植民地性と自律性
 五 カオダイ教の内紛、分裂とファム・コン・タックの台頭
 六 日本軍の仏印進駐とカオダイ教徒の蜂起
 七 タックの逮捕と日本との連携
 八 カオダイ教の政治化と軍事化─各政党との連盟、復国同盟会への加入
 九 タイニン派とベトミンとの短い連携
 一〇 結びにかえて──大同の世を求めて

あとがき

索引

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内容説明

戦後の開発の時代と植民地時代の相似性を注視する時、その眼差しはポスト・コロニアルと呼ばれる21世紀の世界に至る。イデオロギーに替えて宗教を「再選択」する多様な事例を通し、新たな民衆の生き方に迫る。〔南山大学人類学研究所叢書〕


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まえがき


本書は、南山大学人類研究所第八期長期研究プロジェクトの成果報告書である。最初になぜこのテーマが選択されたのか説明が必要であろう。人類学研究所はおおむね三年を一期として、プロジェクトを遂行してきた。後述するように人類学研究所は、「主として、アジア諸地域の基層的、伝統的な民族文化を研究対象とし、宗教人類学その他の諸問題ないしは、一定地域社会に関する比較的短期間の歴史人類学的な特定研究の実施」を行うと規程に定められている。特に宗教人類学はほとんどすべてのプロジェクトに関連する重要なテーマであった。


当初我々は、第八期では地球上を覆っているかのごとき「開発」現象が、宗教にどのような影響を与えたかという、比較的「新しい」と思われる現象を扱うつもりであった。ところがそうしたポスト・コロニアル的テーマに取り組んでみると、植民地時代との相似性、連続性が見えてきた。「開発の時代」には、先進国の多くが、旧植民地であった途上国の開発計画を推進することで、貧困からの脱却に協力していたが、それは、西欧の経済水準に追いつく近代化理論によって、「西欧近代の社会的、政治的モデル(汎経済主義、消費万能主義、国民国家制、技術官僚主義)によって規定され」た「西欧化の婉曲表現」にすぎない場合が[ヴェルヘルスト・ティエリ 一九九四:一〇三]しばしば見られた。援助がたとえ善意であり、途上国政府の承認と協力のもとに行われるにしても、近代化、文明化の名の下に、少数意見者、国家政策の反対者、少数民族の存在を抑圧または無視して行われれば、その行為は「植民地主義的方法と変わることはない」のである[山路 二〇〇二:二二]ということが、あらためてわかってきた。イギリス、フランスなどかつての植民地大国が、「統治対象の人々は自らより劣るがゆえに保護し、キリスト教の福音をもたらしてやることが自己の使命である」と考えていた「文明化の使命」の観念との相似を、そこに見ることができる。現に、開発という語が現在のような意味をもつようになった背景には、第二次世界大戦後の欧米植民地帝国の崩壊、旧植民地社会の復権と大挙しての独立がある。「世界の警察官」となったアメリカ大統領トルーマンの開発宣言は東西冷戦の顕在化状況での途上国の共産化阻止の目的があったが、イギリス労働党政権の社会福祉という発想からの開発、フランスの植民地支配を「文明化の使命」と見なす一九世紀以来の大義名分は、植民地の独立以降は、開発ないし発展のための援助や、ド・ゴールの第五共和制下では協力という概念によって彩られたにせよ、そこには、植民地時代からの連続性を見ることができる[川田 一九九七:一三]のである。


多くの旧植民地が「民族自決」を掲げて独立を果たした後も、植民地主義が死滅したのではなく、そのような状況をポスト・コロニアルと呼ぶ背景には、公式の植民地主義の退潮後もやはり植民地主義が継続している状況、あるいは植民地主義を念頭に置かなければ現状把握ができない状況がある[山路 二〇〇二:一七]。


深刻なのは、「民族自決」を旗印に独立を遂げた新興国家の政府が、その「民族自決」の論理によって、少数民族や少数意見者を抑圧する開発政策を行っている点である。典型的な例はスハルト大統領統治下のインドネシアであったろう。彼の「新体制」では、開発による経済発展が、国民の政治的権利の制限、言論統制、少数者抑圧を正当化する理由とされた。また、イリアン・ジャヤのように、オーストロネシア系統に属するインドネシアの他地域とは身体的形質も文化も違っている西パプアがインドネシアに併合されたのは、ただただオランダの植民地だっただけで、住民の意思が反映されたとは言いがたい[山路 二〇〇二:二〇─二一]。ジャワ島出身の行政官は、「文明化の使命を帯びて西パプア住民の『インドネシア化』を実践している」、と支配の正当性を訴えている。こうした「野蛮な」住民に対するインドネシアの「文明化の押し付け」という政策は、インドネシア政府による、かつての西欧的な植民地主義の実践にほかならない[山路 二〇〇二:二一]。かつて植民地宗主国が行っていたことを、独立した国民国家が行っているのである。

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著者紹介
宮沢千尋(みやざわ ちひろ)
1962年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。学術博士(文化人類学)。
現在、南山大学人文学部准教授。
論文に「農業行政制度と農村合作社」白石昌也編著『ベトナムの国家機構』(明石書店、2000年)「ベトナム北部・紅河デルタ村落における村落運営とリーダー選出」2002年など。

吉田竹也(よしだ たけや)
1963年生まれ。南山大学大学院文学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得退学。博士(人間科学、大阪大学)。
現在、南山大学人文学部准教授。
著書に『バリ宗教と人類学─解釈学的認識の冒険』(風媒社、2005年)など。

川田牧人(かわだ まきと)
1963年生まれ。筑波大学大学院歴史・人類学研究科満期退学。博士(人間環境学)。
現在、中京大学現代社会学部教授。
著書に、『祈りと祀りの日常知─フィリピン・ビサヤ地方バンタヤン島民族誌』(九州大学出版会、2003年)など。

坂井信三(さかい しんぞう)
1951年生まれ。東京都立大学大学院博士課程単位取得退学。博士(社会人類学)。
現在、南山大学人文学部教授(人類学研究所長)。
著書に『イスラームと商業の歴史人類学』(世界思想社、2003年)など。

石原美奈子(いしはら みなこ)
1967年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。
現在、南山大学人文学部准教授。
論文に「『移動する人々』の安全保障─エチオピアの自発的再定住プログラムの事例」望月克哉編『人間の安全保障の射程』(アジア経済研究所、2006年)、「コーヒーの森とシャネル5番─ジャコウネコ飼育をめぐる動物愛護の主張とその影響」福井勝義編『社会化される生態資源』(京都大学学術出版会、2005年)など。

森部 一(もりべ はじめ)
1947年生まれ。南山大学大学院文学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得満期退学。博士(文学、南山大学)。
現在、南山大学人文学部教授。
著書に『タイの上座仏教と社会─文化人類学的考察』(山喜房佛書林、1998年)、編著に『文化人類学を再考する』(青弓社、2001年)など。

河邉真次(かわべ しんじ)
1968年生まれ。南山大学大学院文学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得退学。
現在、大阪経済大学非常勤講師。
論文に、「祖先の来訪とその社会的意義―メキシコ・ワステカ地方の死者の日にまつわる伝承と民俗舞踊の分析を通じて」『説話・伝承学』第14号(説話・伝承学会、2006年)、翻訳に「歴史と記憶―サルワの板絵」(原文:Millones, Luis. 2005 'Historia y memoria: las pinturas de Sarhua')『ラテンアメリカ研究年報』第26号(日本ラテンアメリカ学会、2006年)など。

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