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01 産む・育てる・伝える

昔のお産・異文化のお産に学ぶ

01 産む・育てる・伝える

人間の営みで最も重要な場に様々な問題が生じている日本。「個人が、病院で、無事に」という観念をほぐす時、変革の一歩が始まる。

著者 安井 眞奈美
ジャンル 人類学
シリーズ 風響社あじあブックス
出版年月日 2009/10/18
ISBN 9784894896505
判型・ページ数 A5・202ページ
定価 本体1,800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

序 章 シンポジウム開催にあたって

 シンポジウムの趣旨説明 安井眞奈美
 天理大学で出産について考える意義 橋本武人
 パラオ共和国からのメッセージ アレキサンダー・メレップ

第1章 文化の中で創られる出産

 基調講演 文化としての出産 波平恵美子
 コメント 火と出産 飯島吉晴

第2章 昔の出産に学ぶ

 助産師の皆さんへの公開インタビュー
      コーディネーター 安井眞奈美
      助産師 青柳裕子・石井希代子・奥田朱美・東田百合子

 「産む力」を引き出す助産婦
     ――自宅出産から母子健康センターでの出産へ 安井眞奈美
  一 「産む力」とは
  二 自宅での出産
  三 母子健康センターでの出産
  四 「ひとりで産む」から「助産婦とともに産む」へ

 自宅出産のころ――滋賀県マキノ町知内の場合  柿本雅美
  はじめに
  滋賀県高島市マキノ町知内
  妊娠
  出産
  産後の生活
  おわりに

第3章 異文化の出産に学ぶ

 パラオ共和国の概要と出産儀礼 安井眞奈美
  パラオ共和国の概要
  母系社会・パラオ
  パラオの現在
  出産環境の変遷
  パラオの出産儀礼
  産後の鬱を防ぐ出産儀礼

 パラオの出産――いま・むかし リンダ・テラミス(安井眞奈美訳)
  出産に関する神話
  妊娠中のタブー
  妊娠・出産を支える人々
  第一子誕生儀礼
  産後のタブー

第4章 出産をとりまく社会の変化

 コメント 日本文化の変容の中で出産を考える 小松和彦

 ディスカッション 総括
 司会 安井眞奈美  
 パネラー 梶間敦子・波平恵美子・小松和彦・飯島吉晴・齊藤純

終 章 自らの問題として考える

 パラオより出産のシンポジウムに参加して ローレンツァ・イセ
 シンポジウムの感想

あとがき
スタッフ一覧
英文要旨
英文目次

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内容説明

命の誕生という人間の営みで最も重要な場に、様々な問題が生じている日本。そこには現代社会の矛盾が端的に表れている。昔の、また異文化の出産を通して、「個人が」「病院で」「無事に」という固定観念をほぐす時、変革の一歩が始まる。


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はじめに


本書は、二〇〇八年一二月一三日に、天理大学文学部歴史文化学科考古学・民俗学研究室が主催したシンポジウム「産む・育てる・伝える――昔のお産・異文化のお産に学ぶ」をもとに編集したものです。


近年、奈良県をはじめ、全国的にお産を扱う病院や産科医院が減少し、決して女性とその家族が「安心して産める環境」にあるとは言えません。しかし、産科医が増えれば問題は解決する、という単純なことでもありません。なぜなら、産む環境をめぐる現実には、生と死に関する意識の変化、地域医療の現状、国の医療費削減、私たちの身体そのものの変化など、さまざまな要因が絡んでいるからです。


人の暮らしに即して人間と社会の営みを考える私たちの学問分野の立場においても、まずは現代に生きる私たち自身が、広い視野のなかで「産む」そして「産まない」ということを改めて捉えなおし、問題を整理する必要があることを、日々痛感してきました。そのために、現代の出産がどのような過去を経て今日に至っているのか、また異文化ではどうなのかを知り、現代社会を問い直すところから始めたいと、シンポジウムを開催しました。本書はそのシンポジウムの内容をもとに編まれたものです。


第一章「文化の中で創られる出産」では、日本の医療人類学を切り拓き、日本文化における「ケガレ」(かつて出産はケガレ[産穢]に関わると考えられていた)の問題にも早くから取り組んでこられた波平恵美子氏の基調講演を再録しています。「文化としての出産」という御講演では、出産に関する習俗が地域や時代によっていかに多様であるかが具体的に示されます。また身体そのものが変化してきた現代において、「産む」ことに関して生じているさまざまな問題についても解明されています。この基調講演に対して、子どもの民俗文化について研究を進めてこられた飯島吉晴氏がコメントをくださり、出産習俗の多様なあり方の中にも共通性がみられること、そしてそれこそが、産むという人類に共通の営みである証だと補足いただきました。


第二章「昔の出産に学ぶ」では、助産師の立場からみた出産の変容を明らかにしていきます。助産師(助産婦・産婆)は、妊産婦やその家族、また地域の人々と独自の関係を築きながら、近代から現在に至るまでの日本の出産を支えてきました。助産師は、医者とは異なり正常分娩しか扱えず、医療行為は禁じられています。だからこそ、より妊産婦の身体の声に敏感であったとも言えます。そこで、私たちの身体の変化を熟知している助産師の皆さんをお招きし、公開インタビューを企画しました。過去の出産を知ることにより、私たちの置かれている状況を冷静に捉え、次への足がかりを得ようと考えたからです。


また、公開インタビューに加えて、一九四〇年代頃から現代に至るまでの出産の変容に関する小論を加えました(「『産む力』を引き出す助産婦」「自宅出産のころ」)。これらにより出産そのものが、自宅から母子健康センターを経て、病院などの施設へと移行する中で、いかに変容してきたのかがより一層明らかとなることでしょう。また小論では、産む女性とその家族、そして助産師との関係の変化についても示されています。


第三章「異文化の出産に学ぶ」では、異文化の出産の一例として、パラオ共和国の出産儀礼について報告をお願いしました。私は一九九五年からパラオでフィールドワークを行ない、出産儀礼の変容についてすでに何本かの論文で報告していますが、改めて、パラオ人の研究者であるリンダ・テラミスさんにお話いただくことにしました。研究成果を共有し、日本とパラオの相互の文化的理解を深めるとともに、異なった社会の出産を知ることで、日本の出産がより客観視できるのではと考えたからです。


第四章「出産をとりまく社会の変化」では、出産を考えるにあたって、その背後にある生と死に対する人々の意識の変容を理解しておくことが不可欠と考え、幅広い視野から日本文化の研究を進めてこられた小松和彦氏にコメントをお願いしました。さらに第三章までの内容を受けて、参加者の皆さんからも質問を募り、それをもとにディスカッションを行いました。とくに、問題の山積する現代社会を生き抜く術として、人生のグランドデザインを描くといったことが具体的に論じられます。


幸いなことに、シンポジウムの当日は一般の方々を中心に二〇〇人以上もの参加がありました。皆さんたいへん熱心に聴いていただき、フロアからもたくさんの御質問をいただきました。その後も、多くの方々から「ぜひ報告書を読みたい」という嬉しい問い合わせもありました。そこで、これまで紹介したような内容を出版する運びとなりました。


過去から現代に至る時間的な流れと、日本とパラオという空間的な広がりのなかで、改めて現代社会における命の誕生を問い直す手がかりを、本書の形で皆さんのお手元にお届けしたいと思います。


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執筆者紹介
安井眞奈美(やすい まなみ)
天理大学文学部准教授(民俗学、文化人類学専攻)
日本とパラオ共和国をフィールドに、生殖や身体に関する近現代の文化変容を研究。『日本文化の人類学/異文化の民俗学』(2008年、法蔵館、共著)など。

橋本武人(はしもと たけと)
天理大学長(宗教学、天理教学専攻)
著書に『いんねん―夫婦・親子』(1996年、天理教道友社)、「天理教の家族観」(『天理教とキリスト教の対話』1998年、天理教道友社)など。

アレクサンダー・メレップ(Alexander Merep)
パラオ共和国 元社会文化大臣
現在はパラオ共和国議会下院議員(コロール州選出)。

波平恵美子(なみひら えみこ)
お茶の水女子大学名誉教授(文化人類学専攻)
日本の農山漁村の調査を基に、死と不浄性、生殖と不浄性、ジェンダー、病気と治療などを研究。『日本人の死のかたち』(2004年、朝日新聞社)、『からだの文化人類学』(2005年、大修館書店)など。

飯島吉晴(いいじま よしはる)
天理大学文学部教授(日本民俗学専攻)
東アジアの民俗宗教の世界を調査研究中。子供の民俗文化にも大きな関心を抱いている。『竈神と厠神』(2007年、講談社学術文庫)、『日本の民俗8 成長と人生』(2009年、吉川弘文館、編著)など。

青柳裕子(あおやぎ ひろこ)
青柳助産院院長
1997年6月より青柳助産院開院。これまでに430人の出産を手伝う。お産を通して健康のこと、家族の絆のこと、子育てのことを妊産婦とご主人と一緒に考えていきたい。

石井希代子(いしい きよこ)
石井助産院 助産師
助産院では入院分娩(フリースタイル出産)が可能、イトオテルミー温熱療法を取り入れたケアを行い、母乳・育児相談にも応じている。育児サークルやイトオテルミー温熱療法勉強会も開催。

奥田朱美(おくだ あけみ)
あかね助産院院長
助産院を開いて10年。講演活動、わらべうたベビーマッサージの普及活動中。『ぬくもりのあるお産をもとめて』(2003年、悠飛社)、『CD付わらべうたベビーマッサージ』(2009年、現代図書)。

東田百合子(ひがしだ ゆりこ)
助産師
1949年より助産婦として天理市を中心に活躍。奈良県立医科大学医学部看護学科、天理看護学院助産学科にて非常勤講師として後輩の指導を行なうとともに、地域の妊産婦の保健指導にも尽力。

柿本雅美(かきもと まさみ)
佛教大学大学院博士後期過程在学中(民俗学専攻)
滋賀県や奈良県を中心にフィールドワークを行ない、近世から現代にいたる屋号や名づけについて研究中。

リンダ・テラミス(Lynda Dee Tellames) 
パラオ共和国 社会文化省芸術文化局 歴史専門研究員

小松和彦(こまつ かずひこ)
国際日本文化研究センター教授(民俗学、文化人類学専攻)
妖怪学を立ち上げ、幅広く日本文化を研究。『百鬼夜行絵巻の謎』(2008年、集英社)、『妖怪学新考―妖怪からみる日本人の心』(2007年、洋泉社)など。

梶間敦子(かじま あつこ)
天理看護学院助産学科教務主任
「いいお産の日―てんり」主宰など地域の母子支援活動に貢献。吉備国際大学大学院連合国際協力研究科修士課程(通信制)在学、在日外国人の出産・育児支援について研究中。

齊藤 純(さいとう じゅん)
天理大学文学部教授(民俗学専攻)
学芸員の後、大学で博物館学、民俗学を担当。民具や説話、特に伝説を研究。『記憶する民俗社会』(2000年、人文書院、共著)、『「大きなかぶ」はなぜ抜けた?』(2006年、講談社、共著)など。

ローレンツァ・イセ(Lorenza Ise)
パラオ共和国 社会文化省 主席参事官

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