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写真野帳 海村島人

東南アジア・南太平洋の海域社会

写真野帳 海村島人

伝統と開発に揺れる太平洋の島嶼群。その多様な村落生活を、生業・信仰・家族・芸能などの観点からとらえた、目で見る生活百科。

著者 岩切 成郎
ジャンル 社会・経済・環境・政治
書誌・資料・写真
出版年月日 1993/07/14
ISBN 9784938718817
判型・ページ数 B5・143ページ
定価 本体7,500円+税
在庫 在庫あり
 

目次

カラー口絵
 南太平洋点描
 東南アジア点描
 南太平洋の幻想画

はしがき
地図

大人の暮らし・子供の暮らし──東南アジア
 辺境の女性
 働き手の女性
 むらの活気
 僻地の陶器作り
 むらのギャンブル
 子供の悲哀

島の民族と親子の場面──南太平洋
 育つ子供達

村作り・街作り──東南アジア
 杭上集落
 民族と家屋

島々の近代化と伝統──南太平洋
 スバの街
 サモアの円形屋根“ファレ”
 ラグーン(礁湖)の人工島

飲み水と料理
 スンダ料理

Coral-reefと河川の景観──南太平洋

島嶼交通

船の百景
 オラン・ラウト
 カヌー(丸木舟)

東南アジアの漁労と養魚
 パダンのカツオ曳繩漁
 バガン(やぐら式敷網)
 バリ島の¥筌うけ?と製塩木槽
 ラグナ・ド・バイの養魚
 タンバック(ジャワ式養魚)

魚の乾物・塩蔵──東南アジア

南太平洋の漁具漁法およびBeche de Mer
 ナウルのトローリング
 フィジーの海面養殖業
 イリコ(煎りナマコ)

製塩の諸方法

南太平洋の陸の生業、農産
 フィジーの糖業
 サゴヤシ澱粉

市場の風景──南太平洋
 南太平洋の鮮魚流通
 野菜

魚市場の賑わい──東南アジア

南太平洋の技能と鉱工業
 ソロモンの貝貨
 フィジーの作陶

信仰、宗教の多様性──東南アジア
 亀甲墓

伝道宗教──南太平洋
 南太平洋の宗教

生活とデザインそして舞踊
 ブギスの大甕
 民族舞踊

島嶼の過去といくつかの主張──南太平洋

研究余録──あとがきにかえて

索引

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内容説明

伝統と開発に揺れる太平洋の島嶼群。その多様な村落生活を、生業・信仰・家族・芸能などの観点からとらえた、目で見る生活百科。漁業経済学の調査と、ヒューマンな交流から得た、フィールド・フォト・メッセージ。(写真343葉)


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はしがき 岩切成郎


東南アジア大陸部から東南洋上に形成されている大群島国家が、インドネシア、フィリピンの東南アジア島嶼部であり、さらに視線を拡げると、広漠たる海域に散在するのが南太平洋フォーラム加盟国(一部自治領)やフランス領ポリネシア等の小島嶼国家群であり、両者にまたがる海域は地球の海面の三分の一にも当たる。インドネシアとフィリピンだけで人口約二億五千万人の東南アジア大群島国から、十余で人口六〇〇万人に満たない南太平洋小島嶼国まで、対象とする分野・領域によっては両者を深い相互波及性なり依存性なりで把握できるし、ほぼ断絶した独自性を置くこともできよう。安易な比較や相関性を論じてもここでは意味がない。海洋を通じて見れば昔も今も、海流や生態から人種移動や博物伝播まで、分離できない時間と空間の連続を知るのである。


私はこれまで三〇年程、これら島嶼国群における沿海集落の社会生活や生業の研究調査と、その延長にある後進地域計画の行政調査にかかわって来たので、在勤居住は大都市であっても、調査の場所は各国の辺境や小島嶼で、一、二ヶ月も滞在し歩き廻ることが多かった。そこはいわゆる伝統的共同体社会であり、多くは孤立分散した集落単位で、民族や宗教の枠のなかで自然条件と社会関係に順応した生活と生産が営まれ、人々が何らかの神霊と交わり、それなりの美感覚に浸る場である。こんな環境のなかで私の関心は次第に狭義の社会科学の領域から外れて、広い人文科学的な興味に惹かれて来たといえよう。本書で展開されるのは、広大な太平洋海域社会の人文的な、しかしごく限られた諸断面である。大群島・小島嶼の農漁業と村落にはより文明度の高い社会生活があるにもかかわらず、それに触れないで主に後進地域だけを強調しているように思われては困惑せざるを得ない。私はここでいう「海村島人」を紹介したいのである。


「海村島人」を主題にするには、自然村としてのむらの秩序・運営と、その基盤たる土地および海面の保有・管理とが関心の的になる。前者の代表はインドネシアの村落共同体カンポン(行政村はデサ)、フィリピンの伝統農村と行政単位を合わせたバランガイ(植民地支配下ではバリオ)などである。また後者の典型では、南太平洋フィジーの氏族共有の土地制度を成分法にしたマタンガリの組織や、西サモアのマタイ、バヌアツのナサラなどの慣習土地制が存続している。このような具象制の無い対象を、写真を通してどこまで分析し表現できるかに、本書の真価が問われるといえよう。


さて私のカメラ歴は四〇年になるが、その目的は最初から実態調査で使用する野帳の代替ないし補助であった。農耕漁労の生産用具や村落住民の社会生活の様式を写すことは、大事な記録として後で文章に代える素材であったが、写真を論文や報告書に掲載する習慣は、社会科学の学界ではほとんど見られなかった。ある時期から私が、写真を直接著作に取り入れたのには動機がある。東南アジアの沿海集落を歩き始めた頃、その見聞を研究会や講義で披露しても、なかなか実情の理解は得られず、あまりこだわると「それは経験主義だ、不可知論だ」と責められた。まだ発展途上国問題への世間の関心は薄く、テレビをはじめ映像産業も海外取材の少ない一九六〇年代後半のことである。このような状況のなかでたてた方針は、まず論文等を英文で発表して関係諸国での反応を求めることと、写真を単なる説明にとまらず主張するものとして活用することであった。こんな動機や方針が本書を写真野帳と称する所以である。


それにしても私は専門の写真技術を習ったことのない素人であり、写真作家みたいに狙った題材を持ったり、絵画的な意図で対象を見ることなど出来ない。また報道写真家でもないからジャーナリズムに役立つような意識や感覚は欠如している。いわんや観光地や名所旧跡の案内には縁がないし、またすべての国には近代的都市の表裏もあれば文化財として重要な場所も少なくないが、本書の対象外といえよう。ここでは主として沿海集落の住民にこだわっているのである。一枚の写真が決定的な真実を訴えることもあれば、沢山の説明写真で誤ったイメージを定着させることもあろう。本書の写真は決して対象とするテーマのすべてを物語るものではないし、そんな不遜な期待もないが、ただ何よりも平凡で日常的な被写体から話しかけて来る声が聞こえたら私にとって本望である。


収録されている写真は東南アジアではほとんどがインドネシアとフィリピンだが、少数ながら比較ないし関連して大陸部各地のものがある。撮影は一九七〇年代からごく最近までを含む。一九六〇年代後半のものが数枚含まれるが、これは年代にあまり影響されない場面である。南太平洋の方はすべて一九八〇年代から九〇年初頭までで、フィジーからソロモン諸島、バヌアツ等広く網羅されている。編集については全体の章や項目を立てるのに、撮影の年月と場所とをいかに調整できるかが問題であったが、結局テーマの内容を強調するためには、時間と空間の各連続性に混乱が避けられなかった。
また国名・地名などの固有名詞のカタカナ表記は、できるだけ現地の発音を表現したかったが、彼我における諸条件の下では、共通する基準や方法を用いることは現状では困難である。本書でも例示はしないが、若干の不統一があることを明記しておきたい。
それにしても、風響社、石井雅氏が本書のような商品性に乏しい出版を決諾され、編集から写真レイアウトまですべてに細心の配慮をしていただいたことに深甚の謝意を表明するものである。

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著者紹介
岩切成郎(いわきり しげろう)
1925年、鹿児島市生まれ。
1949年、京都大学経済学部卒業。
1979年、農学博士(京都大学)。
1973年、鹿児島大学水産学部教授。同南方海域研究センター長、同水産学部長を経て、1990年、鹿児島大学名誉教授、鹿児島県立短期大学長(現在に至る)。
その間、インドネシア水産総局顧問、バングラデシュ水産局専門家、米国東西センター短期研究員、国連大学特別研究員、南太平洋大学客員教授など歴任。
著書・論文
『東南アジアの漁業経済構造』(1979年、三一書房)、Study on social ecology and regional planning for lagoon areas in the South Pacific, Report of MONBUSHO international scientific research program No.63044116, kagoshima Univ., 1989-90など多数。

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