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伊能嘉矩蕃語調査ノート

伊能嘉矩蕃語調査ノート

平埔族を含む原住民諸族語、日本語、英語の対照一覧表形式でまとめられている。言語・研究史の貴重な資料。中文要旨付き。

著者 伊能 嘉矩
森口 恒一
ジャンル 芸能・文学
シリーズ 台湾原住民研究資料叢書
出版年月日 1998/03/30
ISBN 9784938718862
判型・ページ数 B5・252ページ
定価 本体4,000円+税
在庫 品切れ・重版未定
 

目次


はじめに

概説

  蕃語ノートと調査日誌
  語彙項目および調査地点・言語
  表記
  ノートに関する注意点
  文献

比較語彙表 (巡臺日乗、(附)東瀛遊記)

  地図
  比較語彙表目次
  比較語彙表
  索引

語彙表   (東瀛遊記)

  地図
  語彙表
  索引

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内容説明

原住民研究の開拓者の一人・伊能嘉矩が残した手書きノート。現地調査に携帯しつけ加えていった語彙集で、平埔族を含む原住民諸族語、日本語、英語の対照一覧表形式でまとめられている。言語・研究史の貴重な資料である。中文要旨(張曦訳)付き。


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はじめに 森口恒一


本書は、伊能嘉矩による手書きの「蕃語集」ノートを整理・編集したものである。この四冊の蕃語集は、1996年6月に「日本順益台湾原住民研究会」(代表:末成道男)の研究大会の一環として、遠野市立博物館所有の伊能嘉矩の遺品の見学・研究会の時に、手にしたもので、「蕃語集」として4冊まとめて登録されていた。それらは、表書きは何もなく、台湾原住民の語彙集であることは、明白であったが、どのような由来のものかは、はっきりとはしていなかった。当初は、御子孫の伊能邦彦氏の許可を得て、博物館にお願いしてコピーを頂き、平埔族の部分だけをまとめようと思っていた。しかし、そのノートがいかなるものかということも調べる必要があると考え、すでに公刊された『伊能嘉矩の台灣踏査日記』と照合している際に、初めてこの日記と語彙集が密接な関係にあることが判明した。その後、色々な平埔族の語彙集を見てもこのノートが、すべての発表されているものの源になっているのではないかという疑問がわいて来た。伊能嘉矩の蕃語語彙集は書写されたノート類が種々残ってはいるが、そのオリジナルは、幻の語彙集として謎になっていたが、本書は正にそれに相当するものと見て間違いないであろう。


本書を刊行するにあたり快諾して頂いた伊能邦彦氏、コピーやその他の便宜をはかって頂いた遠野市立博物館の方々、また、出版を可能にした台湾の順益原住民博物館(館長:土田滋、理事長:林清富)に心からお礼を申し上げたい。

概 説


・蕃語ノートと調査日誌


4冊の語彙集は、遠野市立博物館の伊能嘉矩の遺品の中に蕃語集としてまとめて保存されていたもので、それらには何の表書きも、何時のものかも明示されていない。そこで、この語彙集では、それぞれのノートにAノート、Bノート、Cノート、Dノートという名前をつけておく。ノートはすべてB6版の大きさで、1冊が85枚、170ページからなっている。4冊の内の3冊は、調査項目には大きな違いはなく、同一の基準で調査を行ったことがわかる。しかし、Dノートは、前述の3冊とは違い、最初から英語のアルファベット順に調査しようとしていた事がうかがわれるが、後半になって多くの追加を行っており、その順序も何等規則性もない。


このノートがいかなる物かは、ノートそれ自体ではわからないが、その調査地点を伊能の調査日誌(『伊能嘉矩の台湾踏査日記』、この本では日誌とする)と比べると、時間的な推移に従って語彙集が進んで行くことがわかる。殆どの場合、伊能は日誌に「言語の調査を行った」のように明示してあり、何年何月何日の調査であったかが、手に取るようにわかる。しかし、調査地点名、言語名が書いてあっても現地で調査をしていないところがあるし、ヤミの様な場合には、短時間の滞在で本人が書かずに、別の人──上領氏──が書いた物もある。一方、それぞれの調査地点で異なった筆記用具が使われているので、後にまとめて書いたのではなく、日誌に書かれている調査時のノートそのものに後の資料が加わったものと思われる。このように、これら4冊のノートは、伊能嘉矩が台湾の調査で記録した語彙表のオリジナルのもので、後の幻の蕃語語彙集そのもの、または、そのもとになったものと考えられる。


このノートは、調査で大部分出来上がった物であるが、後に伊能自身が訂正、追加し、他の調査の際にも携帯して行ったように思われる。それゆえ、殆どがその調査日時を特定出来るのに対し、ノートの一部には、調査日時がはっきりしない箇所がある。それらは、どちらかと言うと台湾の北部の平埔族の調査や南部のものである。また、自分の調査したものと既存の文献、語彙表と比べようとした部分もある。(たとえば、Sinkanの部分では、どこにも書かれてはいないが、著者の調査によるとBullock/Steerの語彙表を書き加えてあると考えられる。)言語名、調査地、年月日の照合の結果は以下のようになる。

(後略)

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