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東アジアの現在

人類学的研究の試み

東アジアの現在

国際学術研究「周辺からみた中国の変動過程に関する人類学的研究」の成果。日・英・中・韓・越語レジメを付す。

著者 末成 道男
ジャンル 人類学
報告書・報告論集
シリーズ アジア研究報告シリーズ
出版年月日 1997/05/31
ISBN 9784938718947
判型・ページ数 A5・376ページ
定価 本体3,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

序文

海南島におけるエスニックグループ間の境界維持と統合 (瀬川 昌久)

時代因応与対策:陳隷丁氏回族漢化過程之一考察 (庄景輝)

村落における民俗知識の運用の一局面 (李鎮栄)

福建省恵安県東部地域における経済・社会変動と地方文化の変容 (清水  純)

ヴィエトナムにおける民間宗教の特色 (田村 克己)

韓国の空間認識における中心性と周縁性 (伊藤 亜人)

雲南ぺー族の村からみた中国社会の変動過程 (横山 廣子)

VIETNAMESE VILLAGE: TRADITION AND RENOVATION (Ngo Duc THINH)

?南地域の王爺廟再興──台湾との交流をめぐって (三尾 裕子)

中国広州市における回族コミュニティの形成と変遷 (馬建●[金+刀])

ベトナムの民間信仰の復活──ハノイ近郊村落の事例を中心に (末成 道男)

  日本語要旨 英語要旨 中国語要旨
  韓国語要旨 ベトナム語要旨

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内容説明

変動期にある東アジアを、中国周辺諸社会の微視的な調査から触診し、その変容過程の共通性と異質性を探る試み。国際学術研究「周辺からみた中国の変動過程に関する人類学的研究」の成果。日・英・中・韓・越語レジメを付す。


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序文 末成道男


本書は、1994年度より進めてきた国際学術研究「周辺からみた中国の変動過程に関する人類学的研究」の一環として開催したワークショップの成果である。この研究計画の主旨は以下のとおりである。


東アジアは、前世紀末から近代化へ向け大きな変化を経験し、地域によりその様態に差があった。中国周辺部における変化には、多様性と共通性が認められる。中国文明は、有史以来周辺から諸要素を取り込み、統合し、正統的様式を作り上げ、それを標準として、その文明圏内に広めてゆくという求心的メカニズムを有していた。こうした伝統は、辛亥革命さらには社会主義革命による、異なる社会体制のもとで一変したと考えられた時期もあった。しかしその後の展開をみると、多くの変革にもかかわらず、中国を一体として捉える求心性は民衆の意識にも根強く存続しているように見える。こうした体制上の変化に加えて、開放政策以来、とくに華南地域において経済を中心に大きな変動を経験している。それにつれて伝統的な社会、文化がいかに変容し、上記のような中国の一体性やそれを支える正統性に影響を与えているのだろうか。これを、高度成長を境にして同様大きな変動を経験している中国周辺諸社会と比較することにより、中国周辺諸社会の様々なレベルでの共通性と異質性を明らかにしたい。このような大きなテーマに、ミクロな社会を研究対象とする人類学がどこまで迫り得るかの実験でもある。


また、今回の会議の特色には、共通語を設定しない研究発表および意見交換の可能性を探る実験的試みでもあった。従来、国際会議を開く場合、英語など比較的通用度の高い言語、あるいは開催国言語を公用語とし、それに合わせて、レジメ、サーキュラーなどを用意するのが、常識のようになっている。実用的には、それが効率的であるし、手数もかからない。しかし、常々感ずるのは、共通語を設定した場合、native speaker とnon-native speakerの表現力の差が大きく開いてしまい対等な議論が行われ難いことである。もちろん、語学の才能に恵まれ、若年時の留学などにより、互角に討論できる少数の優れた人々は存在するし、そのような人材を増やすことを、「国際化」の目的としているようなところがある。これは、ひとつのあり方として結構なことであるが、その際のマイナス面があることを念頭に置いておく必要がある。もちろん、言語習得力とその他の研究能力とが相関関係をもつ場合には、このような選別はあながち無意味ではない。しかし、これは、それぞれの社会や時期の状況によって大きく左右される。例えば、文革中に英語教育が殆ど中断してしまった中国、最近までロシア語、中国語が学校教育での主要外国語であったベトナム等、英語や日本語で発表できることを基準に選ぶと非常に偏った人選になってしまう。さらに、人類学のように異文化の翻訳を内包している分野では、共通語の問題は、単なる技術的な問題にとどまらず、研究内容にかかわる本質的な問題でもある。とくに今回は、現地研究のカウンターパートナーとして、業績面から人選を行ったため、最大公約数としての言語がひとつも存在しなかったので、少数者切り捨てに通じかねない共通語の設定を行わなかった。そのかわり、研究の発表はそれぞれの言語で行い、内容が把握出来るレジメを各国語で用意し、討論は適宜個人的な通訳を交えて行うというやりかたを試みた。


成果は、内容面では、エスニック境界の生成とその維持のメカニズム(横山・瀬川)、歴史的展開の過程におけるエスニシティに関連したイスラム的要素の放棄と保持(荘・馬)、民俗レベルでの正統性の存在と欠如(伊藤・李)、中国における地方的慣習の求心的統一化と周辺部における民俗宗教の再活性化(清水・三尾)、ベトナムにおける宗教の復活の中国モデルと東南アジアモデルの対比(Ngo・末成・田村)といった興味深い論点の提示と意見の交換が行われた。討論の方も、懸念していたような、自分の分からない言語の発表の間にも雰囲気が壊れることもなく、むしろレジメをもとに異言語間の質疑応答が活発に行われ、緊張感を保って進行した。もちろん、参加者の多数が日本語を解するため、結果的には日本語中心の運営になり、日本語を解さない参加者の不利になったことは否めないが、特定の言語に公用語、共通語という強制力を持たせず、本書にみられるように印刷物の上でも差をつけなかったことは、それなりに理解していただけたと思う。


最後に、調査に当たって、現地の方々および海外分担者の方々に大変お世話になった。上記のような試みは、会場の準備、設営、翻訳や複写、製本を手伝ってくれた学生諸君の協力を得て初めて可能になったものである。また、風響社の石井雅氏には、本書の刊行をお引き受けいただいた。ここに併せて記し謝意を表したい。


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執筆者紹介
瀬川昌久 (東北大学東北アジア研究センター教授、1957年、岩手県)
庄 景 輝 (厦門大学人類学博物館副館長、1952年、福建省)
李 鎮 栄 (名桜大学国際学部専任講師、1957年、韓国大邱市)
清水 純 (日本大学経済学部教授、1956年、東京都)
田村克己 (国立民族学博物館助教授、1949年、兵庫県)
伊藤亞人 (東京大学総合文化研究科教授、1943年、東京都) 
横山廣子 (国立民族学博物館助教授、1953年、東京都) 
Ngo Duc THINH (ベトナム人文社会科学センター民俗研究所所長、1944年)
三尾裕子 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授、1956年、東京都)
馬 建 ● (広東省民族研究所所長、1954年、海南省)
末成道男 (東京大学東洋文化研究所教授、1938年、東京都)
コメンテーター
崔 吉 城 (広島大学総合科学部教授)
武内房司 (学習院大学文学部助教授)
Shaun Malarney (国際基督教大学教養学部助教授)
菊池秀明 (中部大学国際関係学科助教授)

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