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近代東南アジアと華商ネットワーク  新刊 これから出る本

近代東南アジアと華商ネットワーク

帝国主義に覆われた太平洋は域内貿易のフロンティアでもあった。力による支配と繋がりによる「対策」を描く、注目の論考。3月発売

著者 工藤 裕子
ジャンル 歴史・考古・言語
出版年月日 2026/02/28
ISBN 9784894890602
判型・ページ数 A5・332ページ
定価 本体5,000円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

はじめに

      凡例・略語・地図

序章

    1 アジア域内貿易における華商ネットワーク
    2 ジャワの植民地経済と華人
    3 華人の政治指向と公権力
    4 対象とする時期と地域
    5 分析の視点・構成・史料

  ●第1部 転換期の華人社会と植民地経済への対応

第1章 20世紀初頭の華人社会

    1 ジャワ主要都市の華人
    2 公館による統治と華人の地位問題
    3 華人社会の苦悩と公館制度の綻び
    4 アジアにおける華人の改革運動とジャワでの展開
    5 辛亥革命への支持とその波及―革命派の諸相と植民地政府の対応
    小結

第2章 華人資本家層の発展と植民地経済

    1 アジア域内貿易の隆盛と華人資本家層の出現
    2 企業化する華人
    3 『蘭印企業年鑑』からみる華人の株式会社
    小結

  ●第2部 貿易都市と華人-バタヴィアとスマランを中心に

第3章 新興勢力としてのバタヴィアの客家

    1 バタヴィアにおける客家コミュニティーの発展
    2 バタヴィアから日本へ―新たな機会を求めて
    3 アジア製品輸入と小売りネットワークの拡大
    小結

  【コラム】 インドネシア近現代史を生きた梁家5代の軌跡

第4章 スマランのエリート層と貿易業への参入

    1 スマランの華人官吏―専売業から貿易業へ
    2 公館の形骸化
    3 スマランの大手商社による事業の近代化
    4 20世紀の貿易事業の拡大と華人企業

第5章 「日本人」になった華人―台湾籍民と日本との接近

    1 蘭印の「日本人法」と台湾籍民
    2 台湾籍民の職業
    3 台湾籍民を介した日本の経済的南進
    小結

  【コラム】 台湾籍民郭春秧の多国籍性

  ●第3部 アジアを行き交うモノ・ヒト・資金

第6章 茶がつなぐジャワと台湾

    1 包種茶貿易と華人流通網
    2 ジャワにおける包種茶の商標問題と販売
    3 包種茶市場の縮小と現地生産への移行
    小結

第7章 砂糖貿易をめぐる華商とオランダ資本の協働と破綻

    1 ジャワ糖とアジア市場―取引形態と欧系銀行からの資金調達
    2 1917年の砂糖危機
    3 販売統制体制への移行と銀行の変化
    4 スマラン砂糖市場の凋落と華商の分化
    小結

第8章 日本製マッチの輸入と華人流通網─世界市場の分水嶺ジャワをめぐる日欧の競合の下で

    1 グローバル商品としてのマッチとアジア市場
    2 マッチ市場としての蘭印
    3 交錯するマッチ取扱商のネットワーク
    4 1920年代の日本製マッチの衰退
    小結

第9章 植民地経済における華人銀行─スマラン馬森泉銀行の発展と限界

    1 華人をとりまく金融機関
    2 馬森泉銀行の設立
    3 馬森泉銀行の仲介機能
    4 馬森泉銀行の変容と破綻
    小結

第10章 ジャワからの移転と海外事業

    1 ジャワからの移転―第一次世界大戦後の圧力と移転要因
    2 貿易業からの事業転換
    3 中国での銀行経営とアジア域内華人との連携
    小結

終章

    1 アジア交易圏における華人の商業ネットワーク
    2 転換点としての第一次世界大戦と1920年代の変調
    3 複数の国家との間で

参考文献

事項索引

人名索引

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内容説明

蘭印ジャワから海上交易を見渡す
帝国主義に覆われた太平洋は域内貿易の活性化によるフロンティアでもあった。モノ(茶・砂糖・燐寸)・ヒト・カネが様々なルートで行き交い、各地に根付いた華人たちは、植民地支配の狭間を縫うように根を張り、枝を伸ばしていった。力による支配と繋がりによる「対策」を描く、注目の論考。

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はじめに より

 

 



  南シナ海から赤道を超えて南に進むと、東南アジア島嶼部の南端に位置するジャワ島に行きつく。東西1000キロメートル以上にもおよぶ細長いこの島には、北海岸に沿って主要な都市が形成された。西部にはオランダ東インド会社が1619年に拠点を設けたバタヴィア(現在のジャカルタ)、中部のスマラン、東部はスラバヤと、いずれも港湾都市として、またそれぞれの地域の中心地として発展してきた。その祖先が海を渡ってやってきた華人系住民もこれらの都市に多く集まり、市街地の中心部にはにぎやかな華人街が形成されてきた。

  中国から東南アジアへの華人の移動はかつて「下南洋」といわれた。この人の流れは19世紀の半ばに加速し、世界の華僑華人の移動を示す地図にはしばしば、その動きが北から南への太い矢印として示される。一方で、矢印の先にある地域にたどり着き、生活や事業をしながらジャワに定着していった華人たちは、ジャワ海と南シナ海を超えた先の世界をどのように捉えていたのだろうか、というのが筆者の根底にある関心である。そこで、本書では南から北に向けた視点で、東南アジアの華人たちの活動を考えてみたい。オランダ領東インド(蘭印)のジャワを基点に、アジアの広域で展開した商業活動や人的交流の様態を明らかにすることが本書の課題である。

  対象とする時期は、タイ(シャム)を除くほぼすべての東南アジアの地域が西欧列強の植民地となった19世紀末から20世紀初頭とする。19世紀後半以降の東南アジアでは植民地化による帝国主義の拡がりとともに、宗主国主導の自由主義経済が進展した。古くからの稲作地帯であったジャワでは、輸出用の砂糖生産が基幹産業となり、20世紀以降は主に中国や英領インド、日本などへと輸出された。またサトウキビ栽培のために水田が借用されたことで、不足した米は東南アジア大陸部のデルタ地帯から輸入され、蘭印の経済はアジアとの結び付きを強めていった1。

  蘭印の植民地経済が国際分業に組み込まれる過程で、ヨーロッパ人以外にも華人やインド系、日本人などのアジア系商人がこれらの貿易に関与した。本書では、アジア系商人のなかでも、古くから現地社会に根付き、居住者として植民地経済の一端を担っていた華人が、帝国主義的な経済構造の中で果たしていた役割に注目する。これは近代以降のアジア域内の貿易や植民地経済の実態を把握するための重要な視点といえるだろう。

  華人は単なる生産地と消費地をつなぐ取引を行う商人としての役割を担っただけではなく、現地社会に密接なかかわりを持つ生活者でもあった。外来系住民としての華人を取り巻く環境は、オランダ植民地の政策に大きく規定され、法的には「外来東洋人」という植民地支配層のヨーロッパ人と現地住民の間の中間的な存在に位置付けられた。さらに清朝末期の中国の改革運動もまた、華人たちに大きな刺激を与え、移住先の住民としての自覚、中国との関係に揺れ動く存在となった2。海外にルーツを持つ住民ゆえに直面する現地社会との関係性があり、一方で対外的な人的ネットワークや通商網にアクセスし得るという特性も備えているのである。華人が持つこの二つの側面を念頭に、植民地の内と外をつなぐネットワークのあり方と、アジア域内と蘭印のそれぞれに与えた影響を検討することが、本書の目的である。それはまた、蘭印というオランダ統治下にある植民地の特質を浮き上がらせることにもつながるだろう。

  本書ではまた、東南アジアの華人の地域性に着目し、渡来時期や出身地、言語などの文化的特性や地域経済との関連を複合的に検討する。新来者が集まった植民地都市バタヴィアと、古くからの華人の集住地であった中部ジャワのスマランを事例とし、それぞれの華人社会の特色と広域アジアで形成したネットワークのあり方を抽出する。

  これらの検証を通じて、蘭印ジャワを事例とした東南アジアの華商ネットワークが、植民地当局をはじめとする様々な政治的、経済的な主体との連携や競合、排除などの様相を伴いながら形成されていく過程を、ミクロレベルで解明する。具体的にはバタヴィアとスマランの2都市における華人社会から、それぞれの地域の特性と、そこからアジア各地との間に結ばれた異なるタイプのネットワークの抽出を試みる。そのために、19世紀後期より近代アジアに広く普及し、人々の生活様式に大きな影響を及ぼした商品(砂糖、米、茶、マッチ、雑貨など)の流通網とそれに伴う人の移動に注目し、これらの商品を介して人々がどのようにつながっていたか、そのつながりを可能にした要素を分析する。そこには、取引の形態や資金調達の方法、華人以外の人々や公権力との関係性などの検証が求められよう。

   これらのモノや人、カネを通じた分析は、華商のネットワークが植民地当局をはじめとする複数の政治、経済主体との連携やそれらからの排除を伴いながら形成された過程を解明することにもつながる。これは華人にとっての移住先の東南アジアと出身地の中国の2点を結ぶ直線的なつながりではなく、より広いアジア内の空間におけるネットワークを想定したものである。

  特にジャワの華人と日本のつながりは、日本からの南進という一方向的な流れではなく、東南アジアと日本、その統治下にあった台湾、中国の諸要素が交錯する多面的なベクトルにより強化されていったことを、ヒトやモノ、カネの動きから実証的に明らかにしていく。日本、中国、西欧列強による複数の制度が複雑に入り乱れる東南アジアにおいて、その制度から逃れ、あるいは利用しながらも、有機的なつながりを拡大させていくプロセスやその限界を解明することにより、一国史の範囲では捉え切れない華商ネットワークの特質を提示することになろう。

  さらに、外来系住民である華人が対外的なネットワークから影響を受けつつ、植民地の近代化を推進した側面にも注目し、これにより、一集団としてひとくくりにされがちな華人像からの脱却を試みる。近代以降に構築された華人社会の多層的な構造が、日本統治期を経てインドネシア独立後の国民統合をめぐる対応についても重要な要素となっていたことを明示するものである。個々の華人個人レベルの来歴や事業、相互の関係を地道に掘り下げ、同時に周囲の環境を併せて検討することで、彼らの実利的あるいは不可抗力的な選択や行動や思想の多元性を理解できると考えるのである。

  

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著者紹介

工藤 裕子(くどう ゆうこ)
東京大学人文社会系研究科博士課程単位取得退学
2017年博士(文学)学位取得
財団法人東洋文庫研究員を経て、2024年よりノートルダム清心女子大学国際文化学部准教授。
主な著作に、「蘭領東インドにおけるオランダ系銀行の対華商取引―ジャワ糖取引と1917年砂糖危機を中心に」(『社会経済史学』79(3)、91-113頁、2013年)、「オランダ領東インドの客家系商人―20世紀初頭の事業展開とアジア域内ネットワークを中心に」(『華僑華人研究』18,7-27頁、2021年)、「ジャワにおける包種茶の普及と華人流通網―20世紀前半期の台湾籍民の活動を中心に」(籠谷直人・川村朋貴編『近代東南アジア社会経済の国際的契機』臨川書店、2023年)、「二つの「中国」とジャカルタの華人社会―国民党派の動向を中心に」陳來幸編『冷戦アジアと華僑華人』(風響社、2023年)など。


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